『ロード・トゥ・アーチャー(4)』
魔力を大量に消費したアーチャーは家で眠っている。
俺とアーチャーの間にはちゃんとパスが張られているので、時間さえかければ回復するはずだった。
手っ取り早く回復する方法を遠坂が提案してくれたものの、俺とアーチャーはそれを丁重に断った。たとえこの世が俺たちふたりだけになったとしても、断固として断る。
一人きりで公園にいた俺は、イリヤに何一つ抵抗も出来ないまま、城まで拉致されてしまうのだった。
あやうく人形確定のような選択肢を回避し、ようやく一息つく。
だが、出て行ったイリヤが不意打ちをかける前に、なんとしても遠坂達にそのことを伝えなければ。……アーチャーはどうなってもいいとして。
俺を椅子に縛り付けているロープをほどこうと悪銭苦闘していると、その視線に気がついた。
「……なにをしているんだ?」
薄く開いた扉の向こうからこちらを覗いていた相手が、わざとらしく廻りを見渡す。俺の声が自分に向けられたことを確認してようやく口を開いた。
「いや、なに。貴様の努力に水を差すのも悪いと思ってな。黙って見守ることにしたのだ」
悪びれもせずに説明した。
「さっさとはずせっ!」
俺は自分のサーヴァントに向かって怒鳴りつけた。
どうやらアーチャーは、遠坂やセイバーにせっつかれて、渋々やってきたらしい。
「人形になるというのは、少なくとも死んではいない状態だ。貴様を野放しにしておくよりも、生存する確率ははるかに高いと思うのだが……」
「勝手なことを言うなっ!」
「だが、事実だろう」
「事実じゃない!」
「いや、どう考えても事実だ。貴様が五体満足で生き残れる確率など4/45……いや5/45といったところだ」
「いやに具体的だな」
「とにかく、運の悪さを自覚して気をつけることだな。おそらく死んでも治らんだろう」
などと不吉なことを言う。
ちょうど玄関ホールにさしかかったとき、俺たちはその場にあり得ない姿を目にした。
「アーチャーだけなの? リンとセイバーもまとめて始末しようと思っていたのに」
残念そうにつぶやく少女の姿。どうやら、イリヤの外出というのは、敵を誘い込むための罠だったのだ。
「君らをおびき出すための囮となるはずだったのだが、どうやら、もくろみがはずれたようだな」
「貴方程度じゃ、楽しめないじゃない。どうせ、勝敗は決まっているのに」
おそらくイリヤの言葉は正しい。
遠坂からの魔力を受けたセイバーですら、バーサーカー相手に苦戦を強いられた。アーチャーがどれだけの力を秘めていようと、勝てるはずがない。
ならば――。
「逃げろ、アーチャー!」
本心からの言葉。
残る令呪のうち、一つが消滅した。
「なっ!? 貴様っ!?」
驚きの声を上げたのはアーチャー本人だった。よほど意外だったのだろう。
「俺のことはいい。せめて、お前だけでも逃げろ!」
イリヤが固執しているのは俺だけだ。そして、そうである以上、どうあっても俺は逃がしてもらえないだろう。
それならば、せめて被害は最小限に抑えた方がいい。アーチャーのことは嫌いだったが、助かる可能性のある相手を、みすみす死なせるわけにはいかない。
それが、未熟とはいえ正義の味方を目指した俺の選択だった。それだけが、今の俺にできるたったひとつのこと。
ほんのわずかな達成感を得た俺に、アーチャーが怒鳴った。
「ふざけるなっ!」
「……は?」
「貴様が死ぬのはいい。だが、私を救おうとして、貴様が犠牲になることだけは絶対に許さん!」
「わがまま言うな、アーチャー!」
「どっちがわがままだ! 貴様の身勝手な自己犠牲など虫酸が走る。なんとしても貴様は連れて帰るぞ」
「そんなことができるわけないだろっ!」
「やってみせよう」
アーチャーの口元に、不敵な笑みが浮かんでいた。
「――必要とあらば、バーサーカーを倒してでもだ」
アーチャーの剣技は、やはりセイバーに及ばない。だが、それでもバーサーカー相手に一歩も退かなかった。
骨を断たれない程度に、肉を切らせる。そういう、我が身を危険にさらす戦い方。素質に劣るからこそ――いや、己を越える技量の持ち主とばかり戦い続けたからこそ、そんな戦いが身に付いたのだろう。
薄氷を踏む思いで手に入れた、わずかな勝機。それを、アーチャーは見逃さなかった。
アーチャーが手にしたのは、西洋風の両刃の剣。
それがエクスカリバーと呼ばれる剣であることを今の俺は知っている。
黄金の剣は正面からバーサーカーの心臓を刺し貫いていた。
ありえない。
セイバーがアーサー王なのはまあ理解できる。女性ということに納得しきれていないが、事実なのだから仕方がない。
だが、どうしてアーチャーがエクスカリバーを持っているのか? アーチャーがアーサー王であることはありえないはずだった。
「なかなかやるじゃない、アーチャー。まさか、バーサーカーを殺せる剣を持っているなんて思わなかったわ」
あいにくイリヤは先ほどの剣の正体を知らないらしく、それがどれほどの謎をはらんでいたのかわからなかったようだ。
「でも、それだけじゃバーサーカーは倒せないわ」
その言葉に応じて、再びバーサーカーが動き出す。
「これが、バーサーカーの宝具というわけか? 確かに、あの斧剣からは神秘を感じられなかったが……」
「ええ、そうよ。ヘラクレスであるバーサーカーの宝具はゴッド・ハンド(12の試練)。同じ攻撃が通用しないうえに、12個の命を持っているんだから」
「それはいいことを聞いた」
アーチャーのつぶやきに、イリヤが耳を疑った。
「……え?」
「つまり、あと11回殺せばいいのだろう?」
「な、何を言っているのよ! 貴方はさっき宝具を使ったじゃない。バーサーカーには同じ攻撃は通じないんだからね」
「あれは私の宝具ではない」
「え……」
「アーチャーである私の宝具が剣というのはおかしいだろう?」
「じゃあ、さっきの剣はなによっ!」
イリヤの声は悲鳴に近い。
「覚えておくがいい、イリヤスフィール。アーチャーの定義は武器の投擲にあるのだ。その能力こそが弓であり、さきほどの剣は矢ということだ。私の持つ多くの矢のうちの、わずか一本にすぎん」
バーサーカーの周囲に、剣群が出現した。
「……っ!?」
イリヤですら驚きに声も出ない。
30本の剣。まったく違う種類の、かつ、全てが同等の神秘を纏う。
「果たして11個の命で生き残れるか、試してみるがいい」
30本の剣が降り注ぐ絨毯爆撃のさなか、アーチャーは俺を右肩に担ぎ上げて城からの脱出を果たしたのだった。
「お前は……強かったんだな」
アーチャーを賞賛するのは気が進まないが、自然と口にしてしまった。
「本来ならば、もう少し上手くやれたのだがな」
アーチャーはいつものように皮肉気に応じる。
「どういうことだ?」
「貴様の”逃げろ”という令呪さえなければ、もっと戦いに集中できたと言っているのだ」
その言葉はだめ押しだった。
アーチャーはハンディを背負った上で、バーサーカーを相手に優位を保っていたのだ。
「…………」
俺は結局、アーチャーの足を引っぱただけなのだ。
「なに、悲観することはない」
「え……?」
「おかげで令呪は残り一つとなったからな。せいぜい大事にすることだな」
「わかった。気をつけるよ……」