『ロード・トゥ・アーチャー(3)』
突如として視界が真紅に染まる。
自分の体から魔力が吸い出さていく。
学園を覆った深紅の結界。
俺は急いで、魔力の充満する三階へと駆け上る。
そこにいたのは――。
「やめろ、慎二!」
「衛宮か……。何しに来たんだよ。お前に何が出来るって言うんだ?」
俺を嘲る慎二の傍らに、すらりとした長身の女性が並んでいた。
おそらく彼女こそがこの事態の元凶であり、慎二のサーヴァントなのだろう。
「何が目的でこんなことをしたんだ! 答えろ、慎二!」
「うるさいんだよ、お前。ライダー、あいつを黙らせろ」
「待ってください、シンジ。むこうにもサーヴァントがいます」
その言葉を耳にして、アーチャーが実体化した。
俺を殺したいと願っていたはずのアーチャーだったが、「俺を死なせない」という令呪は予想以上にアーチャーを律しているらしい。
どうやら、誰かを助けるというのは、アーチャー自身の存在意義にかかわるほど重要な意味を持つようだ。そのため、危機回避の名目で、アーチャーは学園までついてきており、今回はそれに助けられたことになる。
ライダーの短剣は鎖に操られて変幻自在に敵を襲う。それに対し、アーチャーは一対の剣で応戦していた。
「ふむ……。たいした強さではないな」
余裕を見せるアーチャーがちらりと慎二を見る。
「どうやら、君もマスターに恵まれていないらしい」
「それは否定しませんが、だからといって貴方に負けるつもりはありません」
ライダーが自らの首筋に短剣を突き刺すと、噴き出した血が魔法陣を描き出す。
召喚された何かが、圧倒的な魔力をともない廊下を走り抜けた。
アーチャーに突き倒さなければ、俺はその場で死んでいたかも知れない。だからといって、アーチャーに抱きつかれるのは二度とごめんだと思った。
アーチャーは窓から飛び出して壁を駆け上って行く。
ただの人間にすぎない俺は、地道に階段を駆け上って屋上へ向かうことにした。
すでに屋上に到着していたアーチャーはさらに高い位置を見上げている。
天翔ける天馬。
それが先ほど召喚したものの正体だろう。その背にはライダーが跨っていた。
ペガサスはまるで流星のように、こちらへ駆け下りてくる。
「ベルレフォーン(騎英の手綱)――!」
「ロー・アイアス(熾天覆う七つの円冠)――!」
膨大な魔力による巨大な鉄槌。それを、寸前で巨大な花が受け止めていた。
「なんだ……、これ?」
俺の疑問にアーチャー本人が答えた。
「私の持つ最強の盾。投擲武具に対して無敵とされる結界宝具だ」
「ひとつツッコんでもいいか?」
「断る!」
間髪を入れずに拒絶された。
「……あのペガサスはどう見ても投擲武具じゃないだろう?」
「断ると言ったはずだ。人の話はちゃんと聞け」
「それより、俺の質問に答えろ。あれは投擲武具には見えないぞ」
「ちゃんと防いでいるんだから、それで納得しておけ」
「そういうもんか?」
「そういうものだ」
しかし、のんきな会話をしている余裕もない。
7枚あったはずの花びらが、4枚まで減っていた。
「花びらが欠けていないか?」
「その通りだ」
残り3枚――。
「もしかして、全部消えると防げなくなるとか?」
「もしかしなくてもその通りだ」
残り2枚――。
「どのぐらいもつ?」
「そうだな……1分というところか……」
残っていた二枚のうち、一枚が消える。
「30秒だ」
「どうするんだ?」
「どうにもならん」
アーチャーの返答は身も蓋もない。
「だが、どうやら間にあったようだ」
俺達の背後に生じた強大な魔力。頼もしい援軍がようやく到着したようだ。
「どいてください!」
凛とした言葉と同時に、風が吹き荒れる。
俺とアーチャーは慌てて両側へ飛び退いていた。
「エクスカリバー(約束された勝利の剣)――!」
黄金の光が一閃する。
その一撃で決着がついていた。
ほっと一息つくと、がたんと物音を立てて、ある人物が階段へ駆け込んでいった。
「あっ!?」
「放っておきましょう」
追いかけようとした俺を、澄ました声でセイバーが制止した。
「だけど、アイツ……!」
慎二は学園の皆の命を危険にさらしたのだ。おそらくは、自分の都合だけで。
「私たちがせずとも、彼が許されることはありません。なにより、私のマスターが」
「……そうだな」
セイバーがこの場にいる以上、当然、彼女も巻き込まれたはずだった。
外面を外した素の遠坂がどれほど危険か、慎二はこれから思い知るのだろう。
哀れな子羊の悲鳴が聞こえたが、誰一人同情しなかったという。