『ロード・トゥ・アーチャー(1)』
「……?」
背中がごつごつしている。
不思議に思って目蓋を持ち上げると、二人の少女の顔が目に入った。
「ちょっと、大丈夫?」
聞き覚えのある声が訪ねてきた。
どうやら二人の少女は、仰向けになっている俺の顔を覗き込んでいたらしい。
場所は学園の校庭である。夜らしく、あたりに他の人気はまったくない。
きょろきょろと周りを眺める俺に、二人の少女が機嫌が悪くなる。
「何を考えてんのよ、アンタは!?」
「何を考えているのです、貴方は!?」
二人は同時に俺を怒鳴りつけた。
ひとりは同級生の遠坂凛。
もう一人は、初めて見る美しい白人の少女だった。
「なにって、何があったんだっけ?」
「覚えて……ないの?」
遠坂が心配そうに、眉をひそめる。
えーと……。俺は弓道部の掃除を終えて……。
すでに日も沈みまっ暗になっていた校庭は、知らぬ間に戦場となっていたのだ。
戦っていたのは、青い服を着た二人の男女。
「俺は引き分けるように命じられているんだ。ここらでやめにしねぇか、セイバー?」
「そうはいかない。貴様はこの場で倒す」
「だったら、しかたねぇ」
周囲の魔力を吸収する男の槍は、確実な死を予感させる。素手の少女は苦もなく殺されるだろう……。
その想像に耐えられなくなった俺は、
「やめろっ!」
制止の声を上げて、その場に駆け寄っていた。
後で考えると無謀もいいところだ。
狼の戦いに羊が飛び込んだのだから。
標的を変えた青年に、俺はあっさりとその場で殺された――。
「……君が傷を治してくれたのか?」
「いえ。私ではありません」
セイバーと呼ばれていた少女が首を振る。
「じゃあ、遠坂か?」
「何言ってるのよ。そんな魔法みたいなことできるわけないでしょ?」
「だから、魔法じゃなくて、魔術でさ。その娘も人間じゃなさそうだし」
「衛宮くん、貴方一体……?」
遠坂が眉根を寄せる。
その道の人間には、魔法と魔術の間には厳然たる違いがある。俺もそっち側の人間なのだ。
「俺も魔術師なんだよ。半人前だけどさ」
「え!?」
「だって宣伝するようなことじゃないだろ? 遠坂が魔術師だって事は、俺も初耳だし」
「そりゃあ、魔術師は存在を秘匿するものだけど……」
今回は、俺を巻き込んでしまったという負い目があるからか、遠坂は渋々説明をしてくれた。
なんでも彼女達は聖杯戦争とやらに参加しており、6組の敵と戦うのだそうだ。
まあ、驚くべき話ではあるが、未熟な俺には縁のない話なわけで……。
主に精神的に疲労した俺は、やっとの思いで家にたどり着いたものの、落ち着く間もなくランサーの襲撃を受けてしまう。
強化したポスターなどという心許ない武器で逃げ切ることなど不可能だった。俺が追いつめられたのは庭にある土蔵の中だ。
危機一髪――、その瞬間、あらたな男が出現する。それこそ、文字どおり出現したのだ。
赤い服の男が周囲を見渡して状況を確認する。
「まさか、貴様に召喚されるとはな……。まあ、私と貴様とでは、触媒の有無などなんの意味もない。当然と言えば当然なのだが……」
一人で納得している。
「これは運がいいと言えるのだろうな」
状況を把握したらしく、男は腕組みしてうなずいている。
赤い騎士は俺の目前で、どこからともなく剣を取り出して――。
俺に向かって振り下ろした。
ぎん!
俺を救ったのは、朱色の魔槍だった。
「ちょっと待て、こら! お前、状況がわかってねぇだろ!」
「十分にわかってるつもりだが?」
「どこがだ!? いいか、この坊主はお前のマスターだ。俺はその坊主の敵だ。つまり、お前の敵は俺ってことだ」
見事な三段論法である。
「細かいことは気にするな。この小僧は俺の敵でもある。黙って見ていろ」
「なに考えてんだ、てめぇは?」
「私が君の替わりに小僧を始末すると言っているのだ。礼を言ってもらいたいぐらいだ」
「だーっ! わけわかんねぇぞ、てめぇ!」
苛立たしげに叫んだランサーが、驚くべき言葉を口にする。
「だったら、俺が坊主を守る。だから、俺がてめぇの敵だ」
…………。
ランサーの主張を理解するのに数瞬かかった。体感的には時間が止まったと思えた。
「……バカか、君は?」
おそらくそれは、アーチャーの偽らざる本音だろう。
「うるせぇ! 元々、俺の目的は全力で戦うことなんだよ。お前と戦う口実になるんなら、なんでもいい! どうせ、マスターを殺せとも、助けるなとも命令されてねぇからな」
「何を考えているんだか……」
肩をすくめる男を見て、ランサーが吐き捨てる。
「それはこっちのセリフだ!」
うーん……。この場合、俺はどっちを応援すればいいんだ?
どっちが勝っても俺は殺されることになるのか?
狭い土蔵ではなく、庭に出て二人が戦う。
ランサーは槍を突き出し、赤服の男は双剣で払う。
赤い騎士は手にした剣を何度も払い落とされるが、まるで手品のようにいくらでも剣が出現する。
「チ……。何もんだ、テメェ?」
永遠に続くかと思われた戦いが一人の乱入者によって終局する。
「セイバー!?」
赤い服の男が少女の姿を見て、動きを止める。そのため、あっさりとセイバーに斬られてしまった。
ランサーは慌てて飛び退いた。
「貴様……」
射抜くようなセイバーの視線を受けて、ランサーが慌てて答える。
「ちょっと待て、セイバー。俺は坊主を守ってやったんだぜ」
「戯れ言を……」
「いや、それがホントなんだ、セイバー」
セイバーと、門から入ってきた遠坂が、怪訝そうに俺を見る。
俺は、召喚してしまったサーヴァントに命を狙われたことと、ランサーに助けられたことを説明する。
「坊主、今度会う時は敵だと思うが、そいつには気をつけろよ」
「わかった。ありがとう、ランサー」
ランサーは友好的に去っていった。
さて……、問題は、俺のサーヴァントの方だ。
「だったら、令呪を使って命じたらどう?」
「待て! それは困る」
遠坂の提案に異を唱えたのは霊体となっているアーチャーだった。どうやら傷がひどく、実体化するのが難しいようだ。
「コイツが反対するということは、有効みたいだな。どうすればいい?」
「やめろといっているんだっ! 聞こえているはずだ、衛宮士郎!」
コイツの意見は無視する。
遠坂の助言を受け入れて、こう命令した。「俺を死なせるな」と――。常時「守らせる」のでは効果が弱いらしいので、「死なせない」と制限を狭めたわけだ。
「く……、よくもやってくれたな」
「それはこっちのセリフだ」
なぜ、初対面の俺を殺そうとするのか、コイツは頑として口を割ろうとしない。
唯一わかったのは、コイツのクラスがアーチャーだということだけだった。