『ゼロのガンメン』(5)彼女には悪い事をしたのう
昨夜の騒動で就寝の遅れたルイズとシモンは、当然のごとく翌朝は寝坊していた。
彼等を起こしたのは、自室まで訪れた客である。
「ミス・ヴァリエール。起きてください」
扉越しにかけられた何度目かの呼びかけで、ようやくルイズが目を覚ます。
藁の寝床で寝入ったままのシモンを、ルイズは不機嫌そうに睨みながら、自分の手で扉を開けた。
廊下に立っていたのは、学院長の秘書を務めるロングビルだった。
「どうしたんですか、こんなに早く」
「もう起床時間ですよ。学院長に詳細な説明をする約束だったはずです」
「はい。いますぐに」
ルイズが着替えようとすると、ロングビルが室内に踏み込んでそれを手伝い始めた。
そのさなかにルイズに蹴り起こされたシモンもようやく目を覚ます。
「ほら、あんたも起きなさいよ」
そう告げられて、シモンはテーブルの上に手を伸ばす。
「あれ?」
テーブルの上に向けた視線を、今度は床へと落とす。
「どこいったんだ?」
きょろきょろと当たりを眺めるシモンを、ルイズが急かしていた。
「ほら。さっさしなさいよ! 学院長のところへ行くんだから!」
フーケの犯行と思われる昨夜の襲撃について、学院長とコルベールを相手にルイズが詳細な説明をした。昨夜は時間も時間だったため、途中で切り上げることになったのだ。
肝心のフーケだったが、ゴーレムを破壊された直後に姿を消してしまった。キュルケやタバサもラガンの強さに目を奪われてしまい、そこまで気が回らなかったらしい。
宝物庫に開けた穴についても、ルイズは正直に告白した。
フーケが破壊した事にして誤魔化す事もできただろうが、それは彼女の誇りが許さなかった。
相手が盗賊とはいえ、罪をなすりつけるなど、貴族の振るまいとは言えないからだ。
「固定化もかけておるし、四系統の魔法では破壊できるはずもないんじゃがな」
「そうですか……」
オスマン氏の言葉を耳にして、ルイズは悔しげな表情を浮かべる。系統すら見つかっていない自分の才能を叱責された気がしたのだ。
「君を責めておるわけではないぞ。勘違いせんようにな」
「……はい」
そのとりなしもあまり意味がなかったようだ。
「それと、おぬしのゴーレム――ラガンじゃったか。フーケのゴーレムともう一度戦うことになっても、勝てると思うかの?」
「うん」
「どうしてそう思うんじゃな?」
「だって、勝ったじゃない」
なんのてらいもなく口にする。
実際にドリルで倒せているのだから、次に戦う事になろうとまったく不安を感じなかった。
「ふむ……」
髭をなでつけながら、オスマンが頷いた。
「すまんかったの。もう、授業に戻ってかまわんぞい」
ルイズとシモンが退室してから、オスマンは深いため息をついた。
「これはもう決まりじゃろう」
「ではやはり……?」
コルベールの確認に対して、オスマンが頷いてみせる。
「おぬしが調べだしたシモンという少年のルーン。そして、ミス・ヴァリエールの放つ四系統以外の魔法。二つの条件が重なれば、導き出される答えは一つしかないわい」
シモンの左手に刻まれている使い魔のルーンに興味を持ち、コルベールは古い資料をひっくり返した。その結果、問題のルーンとは、始祖ブリミルに仕えた使い魔『ガンダールヴ』のルーンと同一のものだと判明したのだ。
ルイズの放った失敗魔法は、強力な『固定化』のかかった宝物庫の壁を破壊してしまった。それは四系統の魔法では実現不可能な現象である。
5ひく4は1。誰にでもできる計算だ。
五大系統における残る一つは、虚無。始祖ブリミルが使用したと伝えられる伝説の系統だった。
コルベールが『ガンダールヴ』の情報を持ち込んできた時は、短絡的な判断だと保留したオスマンだったが、むしろ、その時点で虚無に行き着くべきだったのだ。
「魔法を使えぬからとつけられた『ゼロ』の名は、皮肉にも真相を言い当てておった。彼女はまさしく『
ルイズが劣等生として罵られていたのは、彼女の素質が劣るからではない。事実は全くの逆で、彼女の素質があまりに突出していたからなのだ。
「彼女には悪いことをしたのう」
ルイズが虚無のメイジであることに気づけなかったのは彼女自身の責任ではない。彼女を導くはずの教師全体の責任であった。
彼女の資質に気づかず、教師達は誰一人として手助けする事ができなかった。中には侮蔑していた者すらいる。
彼等が気づかなかったせいで、ルイズは『ゼロ』との嘲笑を受けながら学院生活を送らねばならなかった。
「申し訳ありません。私達がふがいないばかりに」
コルベールはその事実を重く受け止める。こういう自覚を持てることこそ、彼が優秀な教師である証明だった。
残念ながら、この学院に務める教師のほとんどが、真相を知った所で責任を感じたりしないだろう。
「その点ではわしも同罪じゃよ。彼女の失敗魔法に対して、調査もせず、対策も取らず、放置し続けてきた」
彼女が努力家だということを知っているからこそ、本人の力で克服する事を期待していたのだが、今回ばかりは間違っていたようだ。
二人の教育者が自分たちの未熟さを痛感する。
しかし、彼等が悔やむほどに彼等の罪は重くない。ハルケギニア中を探しても、彼女の属性を虚無だと察する事ができる人間はごく少数なのだから。
「虚無については、改めて彼女にも説明しておかねばならんのう」
「どこにやったのかなぁ?」
シモンがてくてくと歩きながら、ときどきしゃがみ込んで、植え込みの下を覗き込む。
「ブヒ」
ブータに急かされるようにして、再び歩き出す。
「最後に外したのは部屋のはずだったんだけど……」
そうつぶやいて、もう一度思い返す。
彼は首に掛けていたコアドリルを、寝る時に外してテーブルの上に置いたはずなのだ。ところが、今朝起きた時には見あたらなかった。
考えながら歩いていたシモンは、ブータに導かれてヴェストリ広場までやってきた。
普段ならかけられている防水布がはがされ、ラガンには一人の人物が乗り込んでいた。ガチャガチャと操縦桿を動かし、ぶつぶつと何かを呟いている。
「ミス・ロングビル?」
シモンの声に、彼女は驚いたように飛び上がった。
「あ、あら、シモンさん。驚かせないでください」
「ごめん」
シモンが素直に謝罪した。
「なにやってるの?」
問いかけられたロングビルは、自分がしていた行動を隠すように、両手を背中に回していた。
「ミスタ・コルベールからこのゴーレムの話を聞いて興味が湧きまして。『フーケ』のゴーレムを倒すなんて、凄いんですね」
「たいしたことないよ」
「……そ、そうですか」
なぜか、彼女の表情が強張った。
「ところで、コレを動かすにはコアドリルが必要と聞きましたけど、コアドリルがあれば誰にでも動かせるんですよね?」
「無理だよ」
「ええっ!?」
なぜか、彼女は驚いていた。
「これは俺にしか動かせないんだ。みんなも試してみたけどダメだったし。螺旋の力が強い人間じゃないと無理なんだ」
みんなというのは大グレン団の仲間のことで、螺旋の力というのもここに住む人間が知らない言葉だ。
しかし、ロングビルとしては、知りたい情報を得られたらしい。
「そう……ですか……」
なぜか、彼女は落胆していた。
力無く立ち上がったロングビルは、もそもそとした動作でラガンから降りると、ふらふらとした足取りで立ち去ろうとする。
「ブフゥ」
ブータがそれを呼び止めた。
「……ああ、そうでした」
何かを思い出したように、ロングビルが懐からそれを取り出した。
「これを廊下で拾ったのですが、もしかして……」
「コアドリルだ!」
ロングビルの右手にぶら下がっているドリル型の首飾り。それは間違いなく、シモンのコアドリルだった。
「ずっと探してたんだ。ありがとう!」
両手で受け取ったシモンに、ロングビルはかすかな笑みを浮かべて応じる。
「いいえ」
彼女の後ろ姿を見て、シモンがつぶやいてた。
「ミス・ロングビルっていい人だな」
「ブヒ」
気を取り直したミス・ロングビルは、本来の仕事に戻るべく宝物庫までやってきた。
へんな欲をかかずに、まずは、当初の目的を果たそうと気を取り直す。
ロングビルが訪れると、そこには交代を待っていたコルベールの姿があった。
「お待たせしましたでしょうか?」
「いえいえ。とんでもない」
コルベールは笑顔すら浮かべて応じる。
本当は決められた時刻に少しだけ遅れているのだが、彼女に好意を持っている彼が非難するはずもない。
「本来ならば女性に任せるべき仕事ではないと思うのですが……」
「人手も足りないのですから、仕方がありませんわ」
値打ち物を保管している宝物庫である。穴が空いたまま放置するのはさすがに問題だった。
応急処置として壁の穴だけはふさいだ物の、弱い素材のままだったので『固定化』をかけるわけにもいかない。
教師も狩り出されて、交代で警備を務める事になっている。フーケの襲撃があったことを考えると、当分の間は警備を緩めるわけにいかないからだ。
「それではよろしくお願いします」
そう告げて出て行こうとしたコルベールに、慌てた様子でロングビルが問いかけていた。
「あ、あの、ミスタ・コルベール! 『破壊の杖』が見あたらないようですが?」
杖を保管していた一画で、一番価値のある『破壊の杖』が消えていたのだ。彼女にとってはあまりに予想外の出来事だった。
「え? ご存知ありませんでしたか? ここに保管しておくのは危険なので、さきほど学院長が自分しか知らない場所へ隠したんですよ」
「そ……そうですか……」
なぜか、ロングビルは疲れた表情を浮かべていた。
あとがき:フーケ編完(笑)。