『ゼロのガンメン』(3)これからよろしくな
貴族であるギーシュを倒した平民の使い魔――シモン。
その事実は、学園で学ぶ貴族達や、学園で働く平民達を仰天させた。
しかし、当の本人はルイズの部屋で正座させられている。
「……まったく、私の許可もなく勝手にギーシュと決闘するなんて」
「でも、悪いのはアイツの方だし」
「うるさいっ! 勝ったからいいようなものの、殺されても文句は言えないんだからね!」
事実、シモンはギーシュのゴーレムによってボコボコにされている。魔法の秘薬や水の魔法を受けても三日三晩目を覚まさなかったのだから、重傷もいいところだ。
「それより、『私の兄貴になる』ってなによ。私は貴族であんたは平民じゃない! それも、年下のくせに!」
「兄貴っていうのは、血の繋がった兄弟のことじゃない。魂の兄弟ってことなんだ」
「魂の? なによそれ?」
「俺にはカミナって兄貴がいたんだ。俺が迷った時には、俺を導いてくれた。俺が倒れた時には、手を貸してくれた。俺には兄貴がいてくれたから、頑張ってこれたんだ」
「つまり、あんたが尊敬している人ってこと?」
「うん」
ルイズにとっての、姉たち――エレオノールやカトレアのような存在なのだろう。
「バカじゃないの。私がシモンを尊敬するなんてありないわ。あんたは私を尊敬してればいいのよ。いいわね。私の事を姉だと思いなさい!」
「ええ〜っ!?」
シモンがいかにも嫌そうな表情を浮かべてしまう。まるで、ハシバミ草を口にしたかのようだった。
「なにが、『ええ〜っ!?』よ!?」
「だってさあ。ルイズと兄貴じゃぜんぜん違うよ」
無茶で無謀と言われようと、カミナには自分の意志を押し通すだけの強さがあった。皆を奮い立たせるだけの魅力と、不可能に挑むほどの気概があった。
ルイズには悪いが、カミナとでは比較の対象にすらならない。
「それは無理。兄貴は死んじゃったけど、俺にとって代わりなんていないし、欲しいとも思わない」
「し、死んじゃったの?」
「うん」
表情を曇らせたルイズと違い、シモンは笑みすら浮かべて頷いてみせる。
カミナは自分を救うために命を落とした。
それを悲しみ、悔やみ、自暴自棄になった事もある。だが、今のシモンはそれをすでに受け入れていた。
カミナの思い出を胸に、自分は自分らしく生きていくしかない。
シモンの笑みを見て、ルイズの心拍数が上がる。子供だと思い込んでいたシモンに、少しだけ“漢”を感じたからだった。
「よく来てくれたな、『我らの顔』!」
満面の笑みで出迎えてくれたのは、コック長のマルトーである。
「え、ええっ!?」
事態のよくわからないシモンが戸惑っている。
つい先ほど、シエスタと名乗るメイドに招かれて、厨房まで連れてこられたところなのだ。
こんなにも歓迎される理由がわからず、シモンは傍らにいたシエスタに尋ねていた。
「シモンさんが貴族に決闘で勝ったからです」
シエスタがあっさりと告げる。
「ギーシュに勝ったのって、そんなに凄いことなの?」
「もちろんです。相手がミスタ・グラモンだからではなく、平民が貴族を倒すなんてまずありえないことですから」
シエスタが力説する。
魔法が使えるという事実は、上下階級などよりも強く力関係を決定づける。それほどまでに魔法の存在は高い壁となって、貴族と平民を隔てているのだ。
貴族に虐げられている“一般的な”平民達にとって、決闘で貴族を負かすというのは、誰もが思い描きながら、誰にも成し遂げられない夢なのだ。
それを果たしたシモンを彼等が歓待するのは至極当然の結果と言えた。
所狭しとテーブルに並べられた料理の数々。実は貴族ですら滅多に口にできない希少な食材まで調理されていた。貴族嫌いであるマルトーの心からのもてなしだった。
「うん。おいしい」
シモンの感想を聞いて、マルトーが誇らしげに笑う。
「そりゃそうさ。あんたに食べてもらうんだ。貴族連中に出すよりもよっぽど気合いが入るってもんだ」
平民のマルトーには魔法は使えない。だが、メイジがどんなに頑張ったところで自分よりも上手い料理なんて作れっこない。それがマルトーの誇りなのだ。
「いつもの食事もマルトーが作ってたの? 今朝の料理も美味しかったよ」
「そ、そうか? ま、まあ喜んでもらえたんなら、それでいいんだが……」
いつも出している食事と同列に言われて、さすがのマルトーも困惑顔だ。
料理というものは味わう人間の舌によって価値が変わる。シモンという人間は、貴族連中とは逆の意味でコック泣かせの存在と言えた。非常に“食べさせ甲斐のない”相手なのだ。
決闘騒ぎで実演した通り、ラガンは強力な力を秘めている。
しかし、日常的に使用する品でもないし、シモンが乗らなければほとんど彫像と変わらない。
決闘直後こそ、人の注意を引きつけていたのだが、数日もすれば物珍しさも薄れてしまう。
覆っていた防水布が剥がして、ラガンを興味深そうに眺めているのは、たった一人の中年男性だけだった。
ラガンの表面を撫でたり、関節部分を覗き込んでいる。
「どうしたの?」
話しかけられて、ようやくシモンの存在に気づいたらしい。
「君は……。ちょうど、よかった。このゴーレムについて教えてもらえないかね?」
「ゴーレムって、ギーシュが使ってたやつじゃないの?」
「ゴーレムは扱うメイジによって、姿形や大きさや数が変わってくるんだよ。これは違うのかい?」
「ラガンはゴーレムじゃなくんてガンメンなんだ」
「ガンメン? ゴーレムとはどう違うのかね?」
「ガンメンは魔法じゃなくて、機械なんだ」
「その機械というのは?」
「こういう金属で作られていて、こっちの操縦桿を握って操作するんだ」
「ふーむ。歯車や滑車で動く道具のようなものだろうか。もっと詳しく教えてもらえないかね」
コルベールと名乗った教師に請われて、シモンは知りうる情報を教える事にした。
「……なるほど。このラガンは別としても、ガンメンというのは君達の敵だった螺旋王が作っていたもので、君にもあまりわからないのか」
「リーロンならわかると思うけど。俺にはさっぱりなんだ」
メカニックをしていたリーロンは、修理を行っているぐらいなのでかなり正確に構造を把握しているはずだった。しかし、そんな人間は向こうでもほとんどいない。
シモン達のガンメン入手方法は、基本的に強奪によるものだった。
「そうなると、ガンメンというのはやはり武器なんだね?」
「このラガンは最強のガンメンなんだ」
「そうか……」
誇らしげに語るシモンとは違い、コルベールの表情が曇る。
彼にとって、魔法で人を傷つけることは苦い思いを伴うものだ。だからこそ、人のために役立てようと発明に力を注いできたのだが、そうして作られた“機械”ですら戦いに利用されているらしい。
その事実が彼の気を重くしたのだ。
「シモン。あんたに武器を買ってあげるわ」
「買ってあげる?」
シモンが首をひねったのは、“買って”という言葉の意味がわからなかったからだ。彼は“お金”というものの存在を知らなかった。
「ラガンが強いのはわかったけど、いつでもラガンがそばにあるとは限らないでしょ。室内で戦う時には武器が必要じゃない」
「武器かぁ……」
シモンが経験した戦いはガンメンによるものだ。生身の身体を使って、武器を使用した事など一度もない。
しかし――。
「あっ! それなら刀がいい!」
兄貴の姿が頭に浮かんだ。
シモンの憧れるカミナは、いつも刀を持ち歩いていたのだ。
獣人を相手取り、刀でやり合った事もある。
「刀って何よ?」
「知らないの? このぐらいの長さで、こうやって振り回すんだ」
シモンは両腕を開いて長さを示すと、両手を揃えて戦い方を演じてみせる。
様子を眺めて、ルイズにも想像がついた。
「なんだ、剣のことね。いいわよ。買ってあげるわ」
休日である虚無の曜日を利用して、ルイズは剣を買いに城下町まで向かうことにした。
学院はさまざまな事情で、町から離れた場所に存在する。とても徒歩で行ける距離ではない。
「ラガンで行く気?」
「うん」
「どうしてよ? 馬でいいじゃない」
「馬って、その動物のこと? 俺は乗ったことないよ」
シモン達の世界での移動手段は、基本的に徒歩かガンメンだった。
「好きにすれば」
ラガンなどに乗ったら、目立つ事このうえないのだが、仕方なくルイズは認める事にした。
ラガンの力を把握しておきたいという事情もあったからだ。
結果として、ラガンは馬に負けない速度で走る事が可能だった。短時間であれば、馬では太刀打ちできないほどの猛スピードで走る事も可能だ。
ルイズも一緒に乗せてもらったが、馬の乗り心地と比べて格別酷いということもない。
これならば最初から同乗すればよかったとルイズは悔しがったが、後の祭りである。
ルイズが武器屋に入店すると、取り締まりと勘違いした店主が慌てたものの、客だとわかると対応ががらりと変わった。
貴族ならば平民と違って金払いもいいだろう。
そう考えた店主だったが、剣を扱うのがシモンだと聞かされて落胆してしまう。
剣というのは実用品なため、小さくて軽い物はどうしても値段が安くなるからだ。
「そちらの使い魔に持たせるなら、このようなレイピアはいかがで?」
細身で片手用の剣である。基本的に斬撃よりも、刺突用に扱う代物だ。
「そうね。どう、シモン?」
シモンは体格も小柄なため、やはりその程度が向いているだろう。
ルイズに促されたが、シモンは首を振った。
「ダメだよ。こんなの刀じゃない」
「だから、刀って剣のことでしょ」
「刀っていうのは……」
シモンがあたりに視線を巡らせる。
刀身の厚さや長さの違いはあれど、目につくのは諸刃の直刀ばかりだ。
「あっ、これだよ、これ。こんなやつ!」
シモンが指差したのは、錆の浮いたボロボロの片刃剣だった。装飾さえ無視すれば、その長さや形状はシモンの希望に一番近かった。
「お前、自分を見たこと……」
聞こえてきた誰かの声に気づかず、シモンはそれを手に取った。
「おでれーた。てめ、『使い手』か?」
今度の声はハッキリとシモンの耳に届いた。
「うわっ!?」
思わず刀を放り出した。
ガシャン!
「なにすんでー。大事に扱え、こら!」
不満を口にしたのは床に転がっている刀だった。
「それって、インテリジェンスソード?」
「なに、それ?」
「意志を持つ魔剣のことよ」
「へー。しゃべれるのか、お前?」
「おうよ。俺の名は『デルフリンガー』だ。これからよろしくな、相棒」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 勝手に決めるんじゃないわよ。どうせ買うなら、もっといいヤツにするわ」
刀の自己紹介に、慌ててルイズが割って入った。
自分の使い魔に持たせるには、見栄えが悪すぎると思ったのだ。貴族の面々が見たら、きっとこの剣を笑うだろう。
「そっちの剣はおいくら?」
店主が持っているレイピアについて尋ねた。
「エキュー金貨で400ってとこでさ」
「そ、そんなにするの!?」
意外な高値に驚かされる。
武器を使うのはあくまでも平民である。貴族のルイズは剣を購入した事がないため、相場を全く知らなかった。
「新金貨で、100しか持ってきてないわ」
「そいつなら、新金貨100枚で結構ですぜ」
店主が指差したのは、問題のインテリジェンス・ソードである。
ルイズにとって、どうやら選択の余地はないようだった。
仕方なくルイズは手持ちの金貨全てを店主に支払うことにした。
「うん。やっぱり刀だよな」
シモンがその刀を両手で構える。
両手で振り回すその動きは、店主を唸らせるに十分だった。
「こいつは驚いた。あんた意外と使えるんだな」
体格や物腰からして全く評価していなかったが、一連の動作を見ると少年は立派に剣士として通用しそうだ。
体重が軽い分、斬り合いには不向きだろうが、戦い方によっては充分に戦力となりえる。
「変だな。こいつを持ってると、使い方が頭に浮かぶんだ」
「ちょっと待って。そのルーン、光ってるんじゃない?」
「ホントだ。なんでだ?」
ルイズの指摘通り、シモンの左手に浮かぶルーンが光を放っている。
「使い魔の契約をすると特殊能力を得ることがあるらしいわ。武器を使えるようになるのは、そのルーンの力なのかも知れない」
ルイズの推測は正しかった。先日の決闘騒ぎでもルーンは光っていたのだが、シモンはその事実に気づかなかったのだ。
「それなら、意外と戦えるのかも知れないわね」
ラガンについては、いまさら考慮する必要などない。そのうえ、シモン自身もそれなりに剣が使えるらしい。
もしかしたら、シモンを使い魔としたのは幸運な事なのかもしれない。
ルイズはそんな風に考え始めていた。
あとがき:シモンがお金を知らないというのは個人的な解釈です。『グレンラガン』1〜2部ではお金が存在しないように思えるので。