『ゼロのガンメン』(2)俺はルイズの使い魔だからな

 

 

 

 すれ違いざまに、シモンはたまたまそれを見つけたのだ。

「これ落としたよ」

 地面から拾い上げた瓶を、その少年に見せる。

「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」

 そう返されて、シモンは少年の傍らにいる少女に尋ねることにした。

「これは君のなの?」

「ギーシュさま。この香水はミス・モンモランシーの……」

「違うんだよケティ。僕の心の中に住んでいるのは、君だけ……」

 ギーシュの言い訳など通用するはずもない。そのあとはあれよあれよという間に話は展開してしまう。

 彼はケティにひっぱたかれ、駆け寄ったモンモランシーにまでひっぱたかれる。

 やり場のない怒りをもてあましたギーシュは、礼儀がなっていないことを口実にして、シモンへ決闘を挑んだのだ。

 

 

 

 細身のギーシュ相手ならば、なんとか勝ち目はあるとシモンは考えていた。しかし、それは間違いだった。なぜなら、シモンの相手はギーシュではなかったのだから。

「僕はメイジだから魔法で戦わせてもらうよ。青銅のゴーレム『ワルキューレ』が君の相手だ」

 ギーシュの振るったバラの花びらが、人間大の人形となったのだ。青銅の鎧を着込んだ女戦士の姿だった。

「ずるいよ、そんなの!」

「それなら、君も平民らしく武器を使えばいいじゃないか。剣でも銃でもかまわないよ」

 シモンは慌てて距離を取ろうとするが、それよりも速くワルキューレの拳がシモンの脇腹に打ち込まれた。

 体重の軽いシモンは耐えきれずに吹っ飛んだ。

「げふっ」

 四つんばいでシモンが呻く。

 生身のシモンの力などたかが知れている。体格も貧弱だし、腕力にも劣る。彼が慕っている兄貴とはあまりにも違いすぎた。

 それでもシモンは立ち上がる。

「まだ懲りないようだね」

 ワルキューレが動き、再びシモンを殴り飛ばす。

 起きあがる。また殴る。

 起きあがる。また殴る。

 見物客はすでに飽き始めていた。

 シモンはそもそも戦うべき手段を持っていない。ワルキューレを倒すための武器がないのだ。

 彼自身も不思議だった。どうして、諦めないのか。なぜ、逃げ出さないのか。

 そして、また殴り倒されていた。

「ブヒーッ!」

「もうやめて! 気が済んだでしょ! 決闘どころか、戦いにすらなっていないじゃない!」

 ブータに呼ばれて駆けつけたルイズが、二人の間に割って入る。

「シモンも謝っちゃいなさいよ。勝てないのはあなたにだってわかるでしょ!」

「嫌だ。俺はこいつに負けたくない。一発だけでも殴ってやりたいんだ」

「もう! なんでご主人様のいうことをきかないのよ!」

「わかっただろう? 僕は使い魔を躾られない君に代わって、礼儀を教えてやろうというんだ。感謝して欲しいくらいだよ。魔法の使えない君は難しいだろうからね」

「そんなのは私とシモンの問題じゃない。あなたには関係ないでしょ!」

「それなら、この決闘も僕達二人の問題だよ。君こそ引っ込んでいてもらおうか」

「そんなわけにはいかないじゃない」

「君がこの決闘を終わらせたいというなら、彼の代わりに謝罪してもらおう、ミス・ヴァリエール。使い魔の不始末は、ご主人様の不始末だからね」

「わ……わかったわ」

「待てルイズ。俺は悪くなんかない。俺はそいつの瓶を拾っただけだ。そいつはそのせいで二股がばれたって言いがかりをつけてきたんだ。俺は悪くないし、ルイズも悪くないだろ!」

「そうなの、ギーシュ!?」

 あまりといえばあまりな理由だった。どう考えても外聞のいい話ではない。

「そ、その通りだよ。その平民がよけいな事をしなければ、問題はなかったんだらね」

「そんなの、八つ当たりじゃない」

「だから、どうしたと言うんだい。彼の行動がなければ、起きなかった悲劇じゃないか」

「あんたには貴族としての誇りがないの!?」

 その指摘にギーシュが顔を歪ませる。

「貴族としての誇りだって? 君に言われるとは思わなかったよ。『ゼロ』のルイズ」

「くっ……」

「僕は貴族の誇りを守るためにも、平民に侮られるわけにはいかないんだよ。君にもそのぐらいはわかるだろう? 貴族なんだからね」

 そこまで言って、ギーシュが皮肉気な笑みを口元に浮かべた。

「謝罪する気がないならどいてもらおうか。もともと、悪いのは使い魔の方だからね」

「…………」

 ルイズが悔しさに身を震わせる。

 彼女の価値観で言えば、シモンに非などまったくない。ギーシュの主張する誇りなんて、まったくの欺瞞に過ぎないからだ。

 しかし、使い魔を見捨てるか、屈辱を受け入れるか、彼女はどちらか一方を選択しなければならない。

「わ、私がシモンの代わりに謝罪するわ。平民にすぎない私の使い魔が、貴族のあなたに逆らったりして……」

 ルイズの声が揺らいでいた。自分の誇りを力ずくで押さえつけているからだ。

「やめろ、ルイズ! 下げたくない頭は、下げなくてもいい! 悪いのは向こうの方だ!」

 四つんばいで身体を起こしながら、ルイズを止めようとする。

「仕方ないじゃない。あんたを死なせるわけにはいかないもの」

「だって、おかしいだろ! あいつは自分が悪いのに、言いがかりをつけて八つ当たりをしているだけだ! ルイズは自分を犠牲にしてまで、俺を助けようとしている! ルイズの方が立派なのに!」

「あんたは黙ってて!」

 仕方なく屈辱を受け入れたというのに、再びギーシュを怒らせてしまってはまったくの無駄になる。ルイズはなんとしてもこの場を無事に収めて、シモンを守りたかった。

 ギーシュの方でも、シモンを殺すまでのつもりはなかった。もうすこし、シモンが対面に気づかってくれれば、ここまで大事にはならずに済んだのだ。こうやって他人に責任を転嫁する辺りが、彼が生粋の貴族だという証左だろう。

 シモンの場合は事情が異なる。彼は納得のいかない事を受け入れる事が出来なかった。ジーハ村にいた頃ならばまだしも、今の彼は自分を肯定して生きる事を知ってしまったからだ。

「立派な人間が貴族だというなら、ルイズの方がよっぼど相応しいじゃないか! どんなに卑怯で嫌な奴でも、魔法が使えればそれだけで偉いのかよ!」

 それはシモンの心からの叫びだった。

 だが、それこそが、この世界の真理でもある。

 この世界に生きる平民達が、どれほど虐げられてきたことか。これまでに、数え切れないほど同じ言葉を発して嘆いてきたのだ。

「俺はお前なんかに負けたくない! お前なんか、『ゼロ』以下じゃないか!」

 その思いだけがシモンを突き動かす。

 困難に立ち向かう力――それこそが螺旋の力と呼ばれるものだ。

 シモンの首に掛かっている円すい型のペンダントが、緑色の光を放ち点滅する。シモンの魂の高ぶりに呼応するかのように。

「ブヒブヒーっ!」

 ブータが広場の端で鳴いている。シモンの事を呼んでいるのだ。

 ブータの後ろで、何かを覆っている布がかすかに震えていた。まるで隠されている何かが武者震いしているかのようだった。

「……まさかっ!?」

 ギーシュもワルキューレも無視して、シモンはまっすぐそこへ向かって走り出した。

「逃げるのかい?」

 嘲るようなギーシュの言葉も耳に入らず、駆け寄ったシモンはその布を取り払った。

 布の下から姿を見せたのは、人の身長程の大きさをもつ巨大な顔面像であった。

「あれは、平民と一緒に召喚された……」

 そんな生徒達の呟きがシモンの耳に届く。

「ラガンも来ていたのかっ!?」

 元いた場所で、シモンだけが扱えるガンメン――その名はラガン。

 振り返ったシモンがギーシュに向かって叫んだ。

「お前が魔法を使うなら、俺はラガンを使わせてもらう!」

「その像のことかい? かまわないよ。どうやって使うつもりか知らないけどね」

 嘲笑を浮かべてギーシュが頷いた。

 そんな鉄の像でなにが出来るというのか。

 群衆が見守る中で、器のように開いているラガンの頭部に、シモンが乗り込んだ。

 座った椅子の正面にある小さな穴。シモンは首にかけていた紐をはずして、点滅しているコアドリルをそこへ挿入した。

「立ち上がれ、ラガン!」

 気合いを込めてコアドリルをひねる。

 表示盤の渦巻き状の目盛りがぐんぐん上昇していく。

 ラガンが起動した。首の下からは二本の足が現れて身体を支え、後頭部に折りたたまれていた両腕がこめかみ部分へと移動した。

 大きな顔面を胴体として、両腕と両足が生えたのだ。

「う、動いたぞ……」「なんだ、アレは!?」「まさか、ゴーレム?」

 観客達が不思議そうに呟いている。

 操縦桿を握ったシモンが雄叫びをあげた。

「うおおおぉぉぉーっ!」

 がしゃこんがしゃこん、とラガンはスピードを上げながら、ワルキューレ目指して走る。

 充分にスピードが乗ると同時に、すでにその足は地面から離れていた。両足を向けるのは、敵であるワルキューレ。

「お前なんか貴族じゃないぞキーック!」

 バカン! と間の抜けた音と共にワルキューレがひしゃげてすっ飛んでいった。優美な姿を失ってしまうと、どんなゴーレムだろうともはや金属屑でしかない。

「なっ!?」

「どうだ。俺の勝ちだ!」

 唐突な展開に理解が追いつかず呆然としていたギーシュは、シモンの声を聞いて我に返る。

「は、……ははははは。バカを言っちゃいけないよ。戦いはこれからじゃないか」

 ギーシュは気取った仕草でバラの花を振って見せる。

 落ちた花びらのすべてがワルキューレに変化していた。その数は6体。

 ラガンは頭部のシャッターが閉まらず、シモンの身体も剥き出しのままだ。

 だが、それでもシモンは怯まない。

 ラガンがある限り、自分が負ける事などあり得ないからだ。

 振り向いた視線の先には、驚きで呆然とするルイズの姿があった。

 シモンは故郷で暮らしていたころの自分を思い出す。“穴掘り”という特技しか持たず、多くの人間から侮られていた自分。そのころの自分を支えてくれたのは、兄貴と慕うカミナ一人だけだった。

 今のルイズはたった一人だ。魔法を使えないと嘲笑され続け、そんな中でも自分の誇りを守ろうとしている。彼女はそれを投げ捨ててまでシモンを助けようとしてくれたのだ。

 ならば、今度は自分の番だった。

「俺がお前の兄貴になってやる!」

「な、何を言ってるのよ!?」

「俺にカミナの兄貴がいたように、お前は俺が支えてみせる!」

 シモンが両腕を組んで操縦席に立ち上がった。

「立派な人間が貴族なら、ルイズは間違いなく貴族のはずだ! 学院の人間が誰一人認めなくても、俺が認める! 俺が信じる!」

「君はまだ理解していないようだね。彼女は魔法を使えない『ゼロ』のルイズなんだよ!」

「魔法が使えるかどうかなんて関係ない。自分の誇りを持っているかどうかなんだ! 貫くべき筋を通す! それが男ってものなんだ! 人間ってものなんだ!」

 かつてシモンを勇気づけた、偉大な男の言葉が頭に浮かぶ。

「俺がルイズを信じてやる! だから、ルイズも俺を信じろ! ルイズを信じる俺を信じろ!」

 その言葉はルイズの胸を激しく揺さぶった。

 魔法の使えない自分に、学園の生徒も教師も、平民ですら白い目を向けている。

 魔法を使えないからこそ、せめて貴族らしくあろうとしてきた自分。それを、ここまで肯定してくれた人間は他にいない。

 自分の身体が感動に震えていたことすら、ルイズは気がついていなかった。

「ルイズが俺の代わりに謝るというなら、俺はルイズの代わりに戦ってやる! 俺はルイズの使い魔だからな!」

「ふざけるな、たかが平民! たかが『ゼロ』の使い魔じゃないかっ!」

「お前に見せてやる! 『ゼロ』の使い魔の力をっ!」

 巨大な顔面が吼えた。

 その目から、口から、装甲の隙間から、緑の光が溢れ出した。

 みなぎる螺旋の力がラガンから迸り、その両手を槍へと変貌させる。

 螺旋状の溝が刻まれた槍。

 それこそがシモンを象徴する武器――ドリルであった。

「行け! ワルキューレ!」

 ギーシュの命じるままに、六体のワルキューレがラガンに群がっていく。

「うおおおぉぉぉーっ!」

 ラガンの右腕が一体のワルキューレを突き刺した。高速回転するドリルが青銅の装甲をものともせず、火花を散らしながら胴体を真っ二つにしていた。

「そ、そんな馬鹿な!?」

 あまりに圧倒的な攻撃力にギーシュが呆然となる。

 その程度でラガンは止まらない。

 自分に向かい来るワルキューレを、2本のドリルで叩き潰していく。正面から突き刺すまでもなく、横殴りに叩きつけるだけで粉砕していくのだ。

 二体残っているワルキューレに向かって、二本のドリルを突き出す。

 ぎゅらららっ! 耳障りな音を響かせて、残ったワルキューレがまとめて四散した。

 ギーシュは自分を守るはずの盾が、一撃で消滅した事に愕然となる。

「し、信じられない。僕のワルキューレがまったく相手にならないなんて」

 呆然とその場にへたり込んだギーシュの眼前に、巨大な顔が接近した。

 シモンの思いと共に、ラガンが吼える。

「ルイズをバカにするなら、俺が相手になってやる! 『ゼロ』の使い魔がお前の相手だっ!」

 ギーシュに錬金できるゴーレムは7体が限度だ。彼に精神力などほとんど残されていない。

「ま、参った。……降参だ!」

 魔力だけの問題ではない。ギーシュを打ちのめすほどに、ラガンの力と存在感は圧倒的だったのだ。

 

 

  つづく

 

 

 
あとがき:1話では伏せていましたがラガンも登場。さすがにシモンだけだと話が転がりそうもないですし。このSSはこういうノリをメインに進める予定です。シャッターが閉まると無敵っぽいので、微妙な調整を施しました。