『ゼロのガンメン』(1)ここは月が二つ見えるのか

 

 

 

 トリステインという名の国があった。

 すでにその国名も、昔話の中でしか聞くことはない。

 かつて、トリステインの国土であった山の中腹に、今もそれは残っている。

 山肌に刻まれた巨大な顔の彫像。

 その彫像とともに、彼等の伝説は長く語り継がれていた――。

 

 

 

 その伝説は、このような形で始まる。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、“使い魔”を召喚せよ!」

 少女の言葉に続き、爆発音が響き渡った。

 

 

 

 少年が目を覚ました時、彼はベッドに横になっていた。日も暮れたのか室内は真っ暗だった。

「どうなってるんだ?」

 キョロキョロと辺りを見渡す。

 彼の目覚めを待っていたかのように、ぴょん、と布団の上に小動物――彼の飼っているブタモグラが乗ってきた。

「ブータ。ここはどこだ? ダイグレンの中なのか?」

「ブゥウー」

 ブータが主人を見上げながら首をひねる。

「みんなはどこにいるんだ? ヨーコとかキタンとかリーロンとか……」

 彼が覚えているのは、毎日続けていた瓦礫の撤去作業のことだ。敵を打ち倒して都を手に入れたまではよかったが、自分たちの攻撃が激しかったために、街への被害が凄まじかったのだ。

「ブイブイ?」

 その反応を見て彼――シモンが驚いた。

 ずっと一緒にいるため、シモンにはブータの言いたい事が大体理解出来る。

「知ってる人間は誰もいないのか?」

 ガチャ。扉を開いて一人の少女がその部屋を訪れた。

「ようやく目を覚ましたわね」

 ランプに火を灯されて、少女の桃色がかった金髪と小柄な容姿が確認できた。

 ルイズと名乗った彼女こそ、この事態を引き起こした元凶であった。

 

 

 

 ルイズからいろいろと説明を受けたのだが、なかなか話が進まない。

 困った事に、ルイズにとっての常識がシモンに通じなかったためだ。シモンは魔法も貴族も学校すら知らないのだ。おかげで、説明にはやたらと時間がかかってしまった。

「俺は『サモンなんとか』ってヘンな力で、トリステインとかいう国に連れてこられて、貴族っていう偉いお前の使い魔として働かないとダメなのか?」

「そういうことになるわね」

 ルイズは貴族としての立場に非常にこだわるので、シモンの口調は気に入らなかったもののさすがに見逃した。なにしろシモンは想像を絶するほどの田舎者なので、言葉遣いを注意しても無駄だと諦めたのだ。

「あんたの左手にも使い魔のルーンが刻まれているでしょ」

 ルイズに軽く告げられて、シモンは不思議そうに左手の甲へ視線を向ける。

 そこには何かの印が刻まれていた。彼は自分の世界の文字すら読めないため、このルーン文字が何を表しているか、どのような意味があるのかまったく知らない。

 ルイズの説明を聞いたシモンは、“自然に”刻まれたように受け止めたが事実は全く異なっている。

 シモンが意識を失っている状況で、担当教師に命じられたルイズが、シモンの意向を確認することなく使い魔の契約を行ってしまったのだ。使い魔を召喚したつもりのルイズが、平民の意向を確認しようとは思いつきもしなかったが。

「本当にテッペリンの事を知らないのか? 螺旋王がいた街なんだけど」

「聞いた事もないわよ。そんな辺境の王様なんて」

 その点については何度確認しても、色よい返事はもらえなかった。帰り道は自分で探すしかなさそうだ。

 シモンがため息をつきながら尋ねる。

「それで、使い魔って何をすればいいんだ?」

 食べていくためには働かなければならない。そういう常識は彼にも身についている。

「主人の目となったり、耳となったりするのよ」

「お前には目も耳もあるじゃないか」

「そうじゃないわ。離れた所にいるあんたの見ているものを見られるはずなの」

「へーっ。そりゃすごいや」

 きらきらと目を輝かせて、ルイズを見つめる。

「だけど、無理そうね。わたしにはなんにも見えないもん」

「なーんだ」

 落胆したように肩を落とす。

 侮られたように感じてルイズが腹を立てた。

「使い魔のあんたが力不足だからよ! 決して私の力が劣っているわけじゃないんだからね!」

 苦し紛れにルイズが主張する。おそらく、彼女の同級生達ならまったく逆の主張をするに違いない。

「他には……」

 いくつか使い魔の仕事を思い浮かべるが、どれも無理そうだった。

 秘薬を見つけようにも、シモンは魔法の存在すら知らなかったのだ。触媒に使う品を判別したり見つけ出したりするのは不可能だろう。

 主人を守ろうにも、幻獣ではないというだけでなく、平民としてでも弱そうに見える。ルイズよりも年下の14才だというし、小柄で貧弱な坊やなのだ。

「なんだって、あんたなんか召喚しちゃったんだろ」

「なんだって、こんなところへ召喚されたんだろ」

 ルイズとシモンががっくりと肩を落とす。

「ブヒ」

「月がどうかしたのか?」

 シモンがブータに呼ばれて窓際に寄る。

「なによ。そいつの言葉がわかるわけ?」

「ずっと一緒にいるからな」

「使い魔のくせに使い魔がいるなんて、生意気よ」

「使い魔なんかじゃない。ブータは仲間なんだ」

 夜空を見上げたシモンがつぶやいていた。

「あれ? ここは月が二つ見えるのか」

「……当たり前じゃないの」

「俺の住んでいたところだと、一つしか見えないんだ。月って本当は二つあったのかぁ」

 感心したようにつぶやいた。

 シモンは星について詳しく知らないため、自分のいた土地では一つが隠れていたのだと勘違いしていた。

「そうなの? 一つしか見えないなんて、どこまで田舎なのよ」

 ルイズのほうでも、シモンの言葉を真に受けて、離れた土地では違って見えると解釈した。

 二人とも、天体の運行という知識もなければ、異世界という概念すら知らない。これでは真相に辿り着く事など不可能だろう。

 シモンの認識は、“ずっと歩き続ければ、テッペリンまで辿り着く”という程度なのだ。

 二人はぼけっと双月を見上げていた。

 

 

 

 一夜明けると、ルイズはシモンを食堂まで伴った。

 ルイズは上下関係を叩き込むべく、シモンの食事は自分用とは異なる粗末で貧しいものを準備させた。

 椅子すら与えられなかったシモンは直接床に腰を下ろすと、文句も言わずに硬いパンと薄いスープを平らげる。

「うん。うまい」

「お、美味しいの、それ?」

 ルイズの認識で言えばとてもとても料理とは言えない代物である。

 しかし、シモンの舌は非常に粗雑で、どんな料理でも美味しくいただける。ある意味では非常に恵まれた人間だった。

「なあ、これだけなのか? 全然足りない」

「あんた、そんなのが食べたいの?」

 質に不平を言わずに、おかわりを要求されるとは思ってもみなかった。

 試しに追加を準備したところ、シモンは嬉しそうに完食する。雑につくるように命じられていた料理人達も、その事実に驚かされた。

 

 

 

 教室に入れるサイズの使い魔は、生徒に従って教室まで同行することになっている。そのため、シモンもルイズと共に教室に顔を出していた。

 そこで、シモンは初めて魔法を目の当たりにした。魔法の講釈を行っていた教師が、教卓の上で石を光らせて真鍮へと変えたのだ。

「ふーん。あれが魔法かぁ」

 もの珍しそうにシモンが感嘆を漏らす。彼が見た事もない不思議な手品なのだ。興味を引かれるのも当然だろう。

「なんだ、あいつ『練金』ぐらいで」

「だってほら、ルイズの使い魔だから、見た事がないのさ」

 生徒達の嘲りの声が、ルイズの耳にまで届く。

「ちょっと、シモン。黙ってなさいよ」

 きっかけとなったシモンをたしなめる。

「なあ、ルイズはどんな魔法が使えるんだ?」

「私は黙れって言ったのよ。これは命令だからね」

 ギロリ、と睨まれる。

「わかった」

 しかし、その応対はすでに遅かったようだ。

 使い魔との無駄話を見とがめた教師のシュヴルーズが、ルイズに魔法の実演を命じたのだ。

 それを止めようとする同級生の声が、逆にルイズをたきつけてしまう。ルイズは根拠のない自信を抱いて教室の前まで進み出た。

 その後の展開を予測できなかったのはわずか三名。ルイズとシモンとシュヴルーズのみ。

 他の同級生達は事前に机の下に隠れていた。

 大方の予想通り、ルイズが呪文を唱えると盛大な爆発が起こった。

 

 

 

 ルイズは失敗の罰として、めちゃくちゃになった教室の掃除を命じられていた。命じられていないシモンもそれを手伝わされている。

「ルイズは凄いんだな。あの先生よりも凄い魔法が使えるんだから」

「私のことを馬鹿にしているの!? 聞いてたでしょ! 魔法の成功率ゼロ! 私は『ゼロ』のルイズなのよ!」

 この世界では、どれだけ多くの系統魔法を同時に使えるかで、魔法使いとしてのレベルが決まる。順番に『ドット』『ライン』『トライアングル』と強力になっていくのだ。『ゼロ』とは、魔法を使えない彼女だけに与えられた、屈辱的な二つ名なのだ。

 いつものように魔法を失敗した彼女は、同級生達からさんざん馬鹿にされてしまった。

「だけど、先生は光らせるだけだったけど、ルイズはあんな爆発を起こせたじゃないか。あれが魔法なんだろ?」

「違うわよ! あれは魔法を失敗しただけなの! 私はあの石を真鍮に変えようとしたんだから!」

 不機嫌そうに応じる。

「俺は爆発させる方がいいな。凄く強そうだ。俺にもあの魔法を教えてよ」

 シモンが勢い込んでルイズに尋ねる。

 シモンの目には、なんの嘲りもない。ただ、羨望だけがあった。

「だ、だから、昨日も言ったじゃない。魔法を使えるのは貴族だけなの。どんなに頑張ってもあんたには無理よ」

「ええっ、そうなのか? いいなあ、ルイズ」

 心底羨ましそうな言葉を受けたのは、生まれて始めてかもしれない。ルイズは気づかなかったが、彼女の口元には笑みが浮かんでいた。

「プラクテ・ビギ・ナル〜、ボカーン!」

 シモンがデタラメな呪文と杖を振るような仕草で、魔法を使う真似をする。それは子供が魔法ごっこをしているようなもので、何のあてこすりもない。

 ただ、楽しそうに繰り返していた。

 それを見て、ルイズは不思議に思った。他の魔法を使えないというのは確かに情けない。しかし、平民であれば爆発すら起こせないのだ。

“爆発を起こせる”というのも、与えられた力であることは確かだった。

 ルイズは一つだけシモンに注意を与えることにした。

「他の人がいるところで、それはやらないようにしてよね。恥ずかしいから」

 

 

 

 なんの取り柄もない使い魔との、なにも起こらない平和な日々。

 しかし、ルイズやシモンが望まずとも、騒動は向こうから近づいてくることになる。

 事が起こったのはヴェストリ広場だった。

 

 

  つづく

 

 

 
あとがき:自分が「グレンラガン」のSSを書くのを想像したところ、なぜか舞台設定は「ゼロ魔」となりました。我ながら不思議です。第一部終了時のシモンを召喚した方が、ルイズと親しくなりそうなんですが、これは断念。第一部終了時でシモンまで失うと、大グレン団は螺旋王に勝ち目がなさそうなので。
追記:ガンダールヴのルーンについて漏れていたため、追記しました。(2008/03/27)