『吉田文学』(1974)

 

 

  

天 空

 

 

 幼い頃、私はよく天球の夢をみた。無限の銀白色に輝く星たちと、その星たちを複雑に結び交差する銀線群。私は私の星を見付け、私の星の背後に尾を引くように延びている銀色のその航跡を追った。そして私の生の航跡に触れることなく掠めゆく無数の銀線群のはるか遠方に、私の航跡と確かに交わっている二本の航跡の輝きを見い出しては安堵するのだった。心優しい人だったという父、強く生きた母・・・・・・私は父母の名を呼び、これからの私の未来を思った。そしてこれら無数の星たちの乱舞の彼方に、密やかに光り輝いている黄金色の月を見出しては、独り問いかけるのだった。・・・・・・ああ、私の未来に果たして愛はあるかと。その虚ろな問いに答えることなく、月はその輝きを亢め、ただ、生きよ、生きよ、と黄金の光を散らすばかりだった。

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 透明な輝きを発して生成する新星たちと、次第にその光を弱めやがて消え去ってゆく星たち、そして様々な星たちの盛んに交差する広大な空間に私は時空の深淵を垣間見、限リある生の行程を思った。父を知らず、母を喪し、さらに今また愛するものをも失って、孤独の中で幾夜も眠れぬ夜を明かしたあの頃、私はその深淵を埋める優しく豊かな月の光りに母の暖かな胸の中の安らぎを懐った。

 しかし、銀色の星たちと黄金の光を放つ月の世界は、虚弱な私の心を鍛えるように、その沈黙の重みを増し、その下に広がる私の内なる地平を淡々と照らしていたのだ。やがて私は茫漠としたその大地を彷徨し、それが[知]によって十分に耕されたかを調べ、私の大地にとって果たしてあの愛が潤いであったのか、大地を涸らす夏の燃焼であったのかを思ったのだった。

 寂しい試練と新たな試行の中で、私は人間として不可避な孤独の絶対性を知り、私の生にとって愛とは何であり、優しさとは何であるのかを考えていったのだった。

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 透明なまでに輝く星たちの天穹から、慈愛に満ちた月の光を浴びて、私はやがて私の大地が潤いと生の恵みとを取り戻して来ているのを知った。涸渇していた川はその流れを高めて天の銀光を反射し、その岸辺に沿って可憐な鈴蘭が花をつけ、やがて荒野一面に黄金の穂の豊饒な揺動が見られた。私は河辺に佇み、壮大な天界と無限の地平の中心にただ独りあって、不思議と寂寥を感じなかった。私は微風に揺らぐ鈴蘭の音色に自己への愛を確かめ、滔々たる川の流れの果てに私の生の未来を信じた。そして、黄金の穂の無限の広がりこそが私の精神の地平であり、私が真に守り育むべきものが、この私の内なる大地であることを知ったのだった。それが私にとっての一個の人間としての揺るぎない自立であり、真の自由を求めての新たな旅立ちの時であった。

 

 

 

 

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