『Z会会報』(1973)  

 

 

  

今一番したいことは

 

 

 「今一番したいことは?」と聞かれたら、「哲子を抱きたい」と答えるだろう。僕は女をモノにすることしか考えないような平凡な男ではないつもりだ。哲子(僕が一方的に愛している理想的なオンナ)を抱きたいというのは、哲子という知性とウィットとやさしさと誠実さと美しくて長い髪を兼ね備えている存在を、この腕の中で実感したいということにほかならないのだ。抱いた時に伝わってくるやさしい体温のぬくもりや長い髪の甘い香り、言葉を介さずに伝わる心と心……そうした純粋で淡いロマンを求めているのだ。そもそも男が女のどこに惹かれるかといえば、その肉感やポーズではなく、その内面の発露である美しさと知性とやさしさなのだ。そんなことに気付かぬ若い娘たちが多い現在、哲子は僕にとってかけがえのない人だ。

 社会学の講義で男は男を人間として評価するが、男は女を人間としてという以前に女として評価する意識があると聞いたことがある。僕も確かにそういう傾向があったが、僕が哲子に惹かれるのは、女としての心の美しさ、素直さであり、人間としての心のやさしさと、その勇気である。まさしく、理想通りなのだ。

 哲子は今、東京にいる。早稲田に入ったと風の噂に聞いた。僕は今、京都。京大理学部に入りながら、自己欺瞞に気付き、京大医学部を再受験しようという男だが、孤独な男の寂しさを慰められるのは、やさしい女のあたたかい体温のぬくもりだけなのだ。哲子と離れ離れになって、初めて知った恋心。何度めの初恋か忘れたが、男の恋は命賭け!来年、京大医学部に入れたら、東京に行ってきっと哲子をこの胸に……と、ひとり力んでいる孤独な男の怨み節であった。

(比叡おろし)

 

 

 

 

TOP PAGE