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はじめに

私たちモータースポーツバリアフリーレーシングチーム(以後MSB)は「健常者も障がい者も分け隔てなく皆がモータースポーツを楽しむことができる」ような環境を目指して2005年に結成されました。

当時のモータースポーツ界は障がい者に対する認識は薄く、JAF公認レースの参加はおろかAライセンスも満足には取得できない状態が過去何十年も続いているような状況でした。

一方、障がい者もはじめから無理だと思い込んでいる場合も多く、モータースポーツが大好きであっても見るだけで参加できないもどかしさや、実は大好きであっても自分が障がいを持つ精神的な引けめと、実際参加できる環境ではないがゆえに参加したいことを口に出す勇気を持てない人がたくさんいます。
「モータースポーツが好きだ」「サーキットで走ってみたい」という気持ちを押し殺している方がとても多いのです。

実はモータースポーツは数少ない本当の意味のバリアフリースポーツになる可能性があるスポーツです。

パラリンピック等で行われているスキー、水泳、バスケットボール、陸上競技など障がい者スポーツは数多くありますが、その多くは競技ルールや絶対的なタイムハンディのため、やむなく健常者の行う競技とは別カテゴリーとして扱われています(あえて健常者と障がい者と呼びます)。ですが、モータースポーツは「自動車」に乗り、操ることで成り立つスポーツで「健常者も障がい者もエンジン付の車椅子に乗っている」という考え方が出来ます。自動車さえ乗ることができれば健常者とか障がい者とかいう分け隔てがまったくない純粋なバリアフリースポーツとなる可能性が非常に高いのです。

私たちMSBは結成の際、モータースポーツ好きのそれぞれの「希望」と、障がいに伴うそれぞれの「できる範囲」をふまえて、それぞれが楽しめるステージを用意することにしました。

@モータースポーツを見たい。レースに関わるだけで楽しい
A愛車を改造して、自分の車でサーキットを走りたい
B本格的なレースじゃなくても良いのでちょっとレースっぽいことをしたい
CJAFライセンスを取得したい
DJAF公認レースをガッツリやりたい,速くなりたい,勝ちたい。
EGTやSFなど国内最高峰のレースの公認審判員(オフィシャル)をやりたい
F海外のサーキットを走ってみたい。レースにも出てみたい

しかし、実際に活動をしてみると簡単な話ではありませんでした。当時は障がい者のライセンスは競争のないBライセンスしか許可されておらず、Aライセンス発行はNGとされ、レース主催者にお話を伺っても良いお答えはいただけませんでした。
過去何十年に渡り多くの障がい者が同じようなお願いをしているようで、すべてお断りしているとのことでした。

ですが、多くのお話を聞くうちに
一つの共通点があることに気づきました。過去の障がい者からのお願いの仕方がいつも「一方的な押し付け」であり、障がい者である自分が「どこまでできるか(動けるか)」を口で語るのみで、実際に見せてはいなかったのです。

これは例えば、会社についこの前まで学生だった新入社員が入社してきて「私は仕事ができる」と言われても、会社としては実際に仕事を見てみないと信用なんかできません、というのと同じに見えます。

つまり、ここ数十年間モータースポーツのバリアフリー化が進まなかった原因は健常者側にとっては障がい者がどこまでできるかわからないので協力しようにも出来なかった。一方、障がい者側は「自分の出来る範囲を」を相手が理解できるようにちゃんと伝えなかったことが原因と思われます。

そこで私たちMSBの方針は「障がい者の出来る範囲を伝えよう」になりました。そしてこれにはいくつかのルールを設けました。

1.MSBが参加する競技は原則的に普通の健常者の競技に混ざって参加する形で参加すること。(障がい者だけの競技カテゴリーを設けても健常者が部外者となり「障がい者の出来る範囲」を伝えることにならないため)

2.自分たちでできることは、甘えることの無いギリギリまで努力して自分でやる。

3.ライセンス取得や競技参加へ切り開く道のりは、特別な方法や無理な方法を取らずに、必ず後進が続くことができるような方法で道を作ること。


こうして「障がい者の出来る範囲」を伝えるためにいろいろな活動を進めました。

障がい者でも普通にサーキットを走ることができることを知ってもらう

私たちにとっての最大の幸運は「K4GPに参加させてもらえた」ことでした。当時唯一私たちの話を理解してくれたのはマッド杉山さんと岩川さんでした。おかげで障がい者でも真夏の10時間耐久も完走でき、マレーシアで24時間耐久も完走できることを伝えることが出来ました。

障がい者と言えど、万が一の火災が起こっても車両から脱出することができることを伝える。

私たちは車両ドアからの脱出を30秒以内と決めて練習しています(JAFでの基準は1分以内)自分の命が助かるためには転がってでも脱出します。速い者はハーネスを締めた状態から4秒で車両窓から脱出できるようになりました。

JAFライセンスを取得する

通常と違い、当時障がい者がJAFライセンスを取得するには4ヶ月に一度行われる審査で2回の承認を受けなければなりませんでした(現在は少し緩和されています)。ナンバー付限定Aライセンスを取得する場合はドアと窓からの脱出テストを行います。さらに限定解除の場合はNゼロレースを5回出場し、主催者の推薦状を添えて審査を受けてやっとカテゴリー限定のAライセンスが発行される、という時間のかかる道のりです。現在はBライ、限定Aライ、限定解除Aライの所持者も増えて、国際Cを目指しています。

●モータースポーツバリアフリーレーシングチームをJAF加盟クラブにする

障がい者主力のレーシングチームをJAF公認クラブとして正式認可してもらえることが重要でした。

FSWでの公認レースのオフィシャルに参加する

富士チャンピオンレース、GT、スーパーフォーミュラ、WECのオフィシャルを長く続けることにより取り組み姿勢を認めてもらう。また、旅館などの宿泊、飲食、風呂などを共にすることにより「障がい者の出来る範囲」を理解してもらうことが出来ました。

オフィシャル参加から6年が立ちますが、FSWの方々、オフィシャルの方々、とても良い方ばかりで皆さん応援していただけています。

JAF公認レースに参戦する

Nゼロナンバー付レース、N1レースなどに参加し続けることが重要で、公認レースに参加できるスキルを持っていることを理解してもらい、「普通に」レースができることを定着させる。また安全面などに関してのさまざまな先入観を払しょくしてもらう。

海外レースの道を作りたい。

私たちの夢であるニュルブルクリンクでの練習走行開始とレース活動の道のりを作るべく、計画が現在進行中です。


近年、富士スピードウェイをはじめ各サーキットで車いすの方をを見かけることに違和感がなくなってきたとの声をいただきます。

モータースポーツ界で何十年なしえなかったことが、ここ数年でかなりの変化を見せており、私たちMSBの考え方は間違っていなかったと感じています。

私たちはこの活動を通じて「正しいと思う一本筋の通ったことをブレずにやり続ける」ことが、結局一番の早道であったことを学びました。

是非、私たちの活動を見て何かを感じ取っていただけたらありがたいです。

良く考えてみると「障がい者の出来る範囲を伝えよう」というのは障がい者に限らず、誰でも出来ることと出来ないことがあり、どこの世界でも同じ事が言えるようなことでした。

もし私たちの考え方や活動がご自身のヒントになる場合があったとしたら、私たちにとってはとても幸せなことです。

モータースポーツバリアフリーレーシングチーム
バリアフリー隊隊長 佐藤和洋