少年とロボットの友情物語(5)



「早く起きぬかブヒ。いつまで寝ているつもりだブヒ。」

ブヒ…だと? ジュリえもんは今確かに「ブヒ」と言ったな。いったい何の冗談だ。

これまでジュリえもんが冗談など言ったためしはないし、ブヒなんて意味不明の語尾をくっつけるのに驚いて、寝坊のくら太もこの朝はのんびり寝ているどころではなかった。いつになく素早く起きあがったくら太に、こちらも驚くジュリえもん。
「おはようブヒ。いつもそのようにすぐに起きればよいものをブヒ」
「…ジュリえもん、お前おかしいぞ。自分で気がつかぬか?」
「何のことだブヒ」
「さっきからブヒブヒ言っている…」
「ばかげたことを言うなブタブヒヒ!」
「ほらまた。今のはブタブヒヒだったが」
「この私がそのようなわけの分からぬことを言うはずがないブヒ! それよりそなた、朝の挨拶がまだであろうブヒ。良い一日の始まりは良い挨拶からだブヒ」
ブヒブヒ言いながらも礼儀にはうるさいジュリえもんなのだった。本人はどうやら無自覚にブヒをつけているらしい。くら太がいかにそれを説明しても、一貫して否定し続けるジュリえもんだったが、朝食のために一階に下りてママに「おはようございますでブヒ」とやって大笑いされ、パパにも「何でブヒなんて言ってるんだジュリえもん。おかしいんじゃないか?」なんて言われたのでさすがにこれは妙だと思い始めた。
「私は自分がブヒなどと言っているという自覚がないのだブヒ。手を煩わせて申し訳ないが、私の発言を録音するなり何なりして聞かせてもらえないだろうかブヒ」
眉根を寄せ、ひたすらまじめに真剣にブヒ言葉でしゃべるジュリえもん。ママはこらえきれずにまた「ぷふふふふっ」と吹き出しながら答えた。
「おやすいご用だよジュリちゃん。ねえオスカー、ビデオカメラどこに置いてたっけ?」
「書斎の戸棚の中だ。俺はこれから出社しなけりゃならないんでな。くら太も学校だろう。お前が撮ってやれよ」
「私に任せといて。バッチリ撮ってあげちゃう☆」
パパは、じゃ行ってくるぜと出かけていった。くら太も「このままではまた遅刻だブヒ。早く行かぬかブヒ」とジュリえもんにせかされて家から押し出された。


* * * * *


二人が出かけた後ママにビデオを撮ってもらって、まじめな顔をした自分が「私はジュリえもんだブヒ。これはテストであるブヒ」なんて言うのを目の当たりにしたジュリえもん、落ち込みまくっていた。言っているときに自覚はなくても、録画されたものを見れば「ブヒ」発言もきちんと認識できたのだった。

なぜあのようなことを言ってしまうのだブヒ? この症状が治るまではもう口をききたくないでブヒ…。

思考にまでブヒの侵入を許し、しかも自分ではそれに気づくことができないジュリえもん。「だんまりのままでは礼を失するブヒ」と思ったジュリえもんは、当分は口をききたくないという意志をメモにしてママに渡し、悩み深いままに悄然と二階に上がってくら太の部屋の押し入れに潜り込んだ。
ママが手渡されたメモには「私はこの症状が治るまでは一切しゃべらぬブヒ」と書かれていて、ママのばか笑いを誘った。書き言葉にまで影響が出ているらしい。


* * * * *


その日の午後。くら太が帰ってきてもジュリえもんは押し入れにこもりっぱなしだった。ママにジュリえもんはどうしたのだと尋ねたら、笑いながら「私はこの症状が治るまでは一切しゃべらぬブヒ」メモを手渡された。
「これは……ジュリえもんが書いたのか?」
「そうなんだよ。……ああもう我慢できない! あーはっはっはっはっは」
「ママ、笑うのをやめてくれ、私にまでうつる…くくくくく…あはははははは」
ひとしきり二人で笑った後、ぽつりとくら太が言った。
「ジュリえもんはどこか具合が悪いのだろうか?」
「朝ごはんはきちんと食べたし、昼ごはんもあんたの部屋に持っていってやったらきれいに食べてたよ。動きがぎくしゃくするとかってこともないみたい。ただしゃべるときに『ブヒ』って言うだけ」
「だがジュリえもんがふざけているとは思えぬし、やはり何か回路に問題でも…。これは私たちの手に負えぬようだな」
「未来に送り返して直してもらったら?」
二人で散々笑ったはいいが、本当は心配しているのだ。
「ジュリえもんにどうしたらいいか訊いてくる」
「でもジュリちゃん、しゃべらないって言ってるけど」
「私に考えがある。ジュリえもんは二階にいるのだな」
自室に入ったくら太、押し入れの中のジュリえもんに向かって呼びかけた。
「ジュリえもん、出てこないか。いつまですねているのだ」

すねてなどおらぬブヒ。ただ言葉を発するのがいやなだけなのだブヒ。

心の中でもブヒ言葉で反論しながらジュリえもんは押し入れから出てきた。
「お前の妹を呼んで直す方法を尋ねてみるというのはどうだ?」
こくこくこく。頷くジュリえもん。どうあっても口は開きたくないようだ。


* * * * *


そうしてジュリえもんの妹がタイムマシンで駆けつけてきた。妹のロザミは上流夫人のお相手をする上品なコンパニオンロボットだ。でもやっぱり頭でっかち2頭身。
「くら太さん、お兄さまが大変なのですって?」
「よくきてくれたな。ジュリえもんが口をきかぬ」
「どうなさったのかしら? 音声回路に問題でも?」
「正確に言えば、声は出せるのだがジュリえもんがしゃべりたがらぬのだ。妙な語尾をつけてしまうのがきまり悪いらしい。どこが悪くてそのようなことになるのか私たちにはわからないのでな。お前ならば直せるのではないか?」
「少しお待ちになってね。(ロザミ、ジュリえもんの方を向いて)
お兄さま、しゃべってみてくださらない? どのような症状か把握してからでないと、わたくしにも手の打ちようがなくってよ」
唇を真一文字に引き結んでいやいやをするジュリえもんをロザミがなだめすかして、ようやくしゃべらせることに成功した。
「自分でそうしようなどと思っているわけでもないのに妙なことを口走ってしまうのだブヒ」(赤面)
「…まあ本当。妙な語尾がついてしまうようね。今年の夏はことのほか暑かったとおっしゃっていらしたでしょう。きっとそのせいでどこかが傷んでしまったのだわ。冷房もないところで暑い夏をお過ごしになったから…。おいたわしいお兄さま。本当は未来に戻って工場でオーバーホールをしていただくのが一番だと思うのだけど。でもお兄さまがいらっしゃらないとくら太さんがお困りになるでしょうし、手持ちの道具で直せるかどうか、とにかく試してみましょう」
ロザミは青いドレスのポケットから何やら取り出し始めた。いくつもの小さなジュリえもんがぞろぞろ出てくる。
「それは…ガシャポンか? ずいぶんたくさんあるのだな」
「これはおもちゃではなくてよ、くら太さん」
ロザミは小さなジュリえもんをひとつ手に取ると、それを高く差し上げた。
「ミニジュリ〜〜」

さすがに兄妹だ。ジュリえもんとそっくりではないか。ロザミも道具を見せるときにはこれを言わねば気が済まぬらしいな…。

ロザミちゃん、すました顔をしていてもやはりそこはロボット。体が勝手に動いてお約束の台詞を言ってしまうらしい。お約束を済ませると、ロザミはおもむろに整列しているミニジュリたちに向かって言った。
「いいことあなたたち。お兄さまは具合が悪くていらっしゃるの。中に入って傷んでいる場所を見つけて、直してきてくださらないこと?」
真剣な瞳のミニジュリたちは一糸乱れぬ動作で一斉に頷くと、「ジュリ。ジュリ。」とかけ声をかけながら次々にジュリえもんの中に入っていった。


* * * * *


ジュリえもんはミニジュリたちの活躍ですっかり直って普通にしゃべれるようになった。その晩の野良家はジュリえもんの全快祝賀会(と言っても普通の夕食だけど)。
「一時はどうなることかと思ったがどうやら全快したようだ。皆にも心配をかけたがもう大丈夫だ」
「直って良かったね、ジュリちゃん」
「だがあのままでも俺は楽しかったぜ」
「放っておいたらどんどん症状がひどくなって機能停止してしまうところだったのだそうだ」(憮然)
「お? そりゃ大変だ。楽しいなんて言ってちゃいかんな」
「やっぱりロザミちゃん呼んで正解だったんだね」
「…私の提案は役に立ったろう」
得意げにくら太が発言。くら太はいつもジュリえもんの世話になっているというのにほとんど礼など言ったことがない上、ちょっとした手柄をこれ見よがしに自慢している。が、ジュリえもんは恩知らずではない。
「その通りだくら太、そなたのおかげで助かった。感謝している」
「…フッ」(ますます得意げ)
「くら太はね、いつもジュリちゃんに迷惑かけてるんだから、それくらいのことで威張らない!」
ママの一喝が飛んだ。ジュリえもんは、言いたかったけど我慢して口にしなかったことを代弁してくれたママを感謝のまなざしで見た。ママ、ジュリえもんにウィンク。
「とにかく、くら太は早く夏休みの宿題の残りを仕上げること。いいね!」
ビシッとママに人差し指を突きつけられ、くら太の得意げな表情はかき消えたのだった。




【おまけ:収録後のスタジオにて】
(ロ=ロザリア 作=作者)

ロ「なぜわたくしが2頭身のロボットなの!」
作「ジュリアス様の妹なんだからやっぱり上品なロザリアがぴったし! って思ったんだけど、いけなかった?」
ロ「上品な、っていうのはまあ良いとしても、2頭身だったりロボットだったり。そのような役をさせられてこのわたくしが喜ぶとでもお思い?」
作「でもジュリアス様だってロボット役をやってくださっていますよ」
ロ「……仕方がないわね。余興ということで大目に見てあげてもよくってよ」
ロザリアはそれでもやっぱり気が収まらなかったらしく、「わたくしは失礼させていただくわ」とツンツンしながら帰ってしまった。
炎「ロザリアも気の毒に。しかしなあ…俺だっていい勝負だぜ。…パパ…か」どんより。
作「『オスカー様』と『パパ』のミスマッチがいいんですよっ!」
炎「そんなふうに断言されてもな(ため息)」
夢「私が奥さんじゃ気に入らないっての?」
炎「ああそうだ。俺はきれいなレディがいいんだ」
夢「私がきれいじゃないとでも?」(にらむ)
炎「(さらに深くため息)…お前はきれいだよ。だけどレディじゃないだろう?」
夢「これはただのお芝居なんだから細かいこと気にしないの。細かい男は嫌われるよ」
炎「………」むすっ。
作「お二人とも、無理なお願いを聞いてくださって感謝してます〜。観客の方も喜んでくださっているし…。守護聖様は世のため人のためになることをしてくださるんでしょう?」
光「………そなたたちはまだ良いではないか。私は毎回散々な目に遭うのだ(落ち込み)」
闇「くっくっくっくっくっくっくっくっ…。ブタブヒヒ…
光「うるさい。あれは台本どおりに言っただけだ!」
ジュリアス様、怒髪天で退場。クラヴィス様、笑いがおさまらないまま追いかける。
炎「あのお二人は毎回ああなのか?」
夢「そうだよ」
炎「なんだか意外な一面を見たって感じだな」
夢「でしょでしょ? ここに来るといろいろ面白いものが見られるから、あんたも楽しめばいいじゃないの」
炎「そうだな。割り切って楽しむとするか」
作「じゃ、またご出演願えるんですね。よかったぁ〜〜〜〜」



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