少年とロボットの友情物語(最終話)



運動会の花形競技と言えばやはりリレー。これは誰もが文句なしに熱くなって応援してしまう競技だ。ここで注目を浴びるのは当然足の速い生徒である。アンカーを務めることになるのは中でも一、二を争う足の速い子と相場が決まっている。ところがくら太のクラスの担任であるルヴァ先生は何を思ったか、くら太をリレーのアンカーに抜擢したのである。
このとき以前に体育の授業でくら太が素晴らしい運動能力を発揮したという実績は、ない。運動会の練習どころか、普段の体育の授業だって身を入れてやったためしがなく、ちゃんとやりなさいと言われても「疲れたのだ」とか「体調がすぐれぬ」とか言ってはさっさと保健室に逃げ込むくら太をリレーの選手になんて間違ってる! と誰もが思った。当然、「えー!?」と他の生徒たちからはブーイングの大合唱を受けた。「俺、納得できないです!」と猛然と抗議する級友Aや「くら太がアンカーなんて、ムリってわかりきってるじゃねーか。なぁに寝言言ってんだよー、センセーよー」と文句を言う級友Bに対しても、ルヴァ先生はにこにこと笑うばかりだった。
「大丈夫ですよ、皆さん。きっとくら太はやってくれますから〜」
何を根拠に大丈夫と断言するのか。ルヴァ先生ではないその他大勢にはまったく理解できないことだ。おまけに当のくら太ときたら、「私には関係のないことだ…」なんてそっぽ向いてたりするし。話題の中心なのだから、関係大ありである。常識的に考えれば、そんなくら太をアンカーにするなんてとんでもないという他の生徒たちのブーイングは正しい反応と言えるだろう。

しかし。ルヴァ先生は温厚そうな見かけにもかかわらず、というか、確かに温厚でよくできた人物ではあるのだが少し変わった人なのだった。見るからに熱血教師というタイプではないが、静かに熱血。わかりやすい熱血教師とは一味違う。教育へのたぎるパッションをのほほんとした外見に秘めて、日々生徒たちのために心を砕いていた。くら太をアンカーに、というのもルヴァ先生の配慮というか、超然とした少年を何とかクラスにとけ込ませたいという担任教師としての願いから出たものだった。………たぶん。


運動会の日は快晴だった。
「みなさんの日頃の行いがいいからですね〜。今日ははりきって行きましょう。」
そんな先生の声もどこ吹く風、入場行進も応援合戦も何もかもめんどくさそうにこなすくら太。保護者席からパパもママもジュリえもんも見守っているが、くら太はさも嫌そうにちんたらとやっていた。「私はこのようなことはしたくないのだ…」と全身で訴えている。そんなくら太の様子に、
「くら太ーーーーーー!! しっかりせぬか!!」
ジュリえもんの大音声が運動場に響く。くら太の耳に届いていないはずがないが、例によって例の如く「私には関わりのないことだな…」ってな感じ。くら太のだらだらした態度に改善は見られない。ジュリえもんの額には数十個の青筋がぴきぴき浮き上がったり引っ込んだりしているが、くら太は見てもいないのでそれを気にするはずもなく。
「もういーよ、ジュリちゃん。落ち着きなってば。くら太がああなのはそれこそ生まれたときからなんだから、そうそう変わりゃしないって」
くら太の態度に慣れっこのママは落ち着いたものだ。むしろパパのほうが熱い。ジュリえもんと一緒になって文句たらたらだ。
「まったく、あいつは何でああなんだ! 俺の息子とは思えないぜ。せっかくの運動会で、お嬢ちゃんたちにいいところを見せようって気はないのか。そんなのは男として間違ってるぜ!」
あんたのその考え方にも問題あるんじゃない?
それにさ、似てないってあんたは言うけど、我が道を行くところは二人ともそっくりだと思うけどね☆
とママ・オリヴィエは思ったが、くら太もオスカーも人の言うことを聞く耳なんか持っちゃいないので黙っている。

ジュリえもんとパパ・オスカーの眉をひそめさせ、ママ・オリヴィエに人間観察の機会を提供しながら、それでも何とか午前中の競技は全て終了し、お弁当タイムとなった。青空の下、ママ特製のおいしいお弁当を食べてちょっと機嫌が良くなったくら太、「疲れた」とレジャーマットの上にごろりと横になり、昼寝を始めた。さすがにこれはママも落ち着いて見てはいられない。
「ちょっとくら太、あんた何やってんの! すぐに午後の競技が始まるんだよ!」
しかしママがいくら言ったところでいったん熟睡モードに入ったくら太を起こせるものではなかった。睡眠力の高さは折り紙つきである。ただし! ママには未来から来たロボット、ジュリえもんという心強い味方がついている。ジュリえもんは「大丈夫だママ、良いものを持っている」とママを制してポケットから何かを取り出し、高く掲げた。
「ヤルキデ〜〜〜ル!」
とお約束の台詞を言うや、噴霧器に入った透明な液体を、眠っているくら太にしゅしゅっと吹きかけた。とたんにくら太はぱっちりと目を覚まし、
「私は何をしていたのだ? 午後の競技が始まってしまうではないか」
脱ぎ散らかしてあった靴をくら太らしからぬてきぱきした動作ではくと、
「では行ってくる」
と生徒席へと戻っていった。パパは目をぱちくり。
「あんなくら太を見たのは初めてだぜ。それはやる気の出る薬か」
「その通り。くら太はやる気にさえなればできるはずだからな」
「なあジュリえもん、それってドーピング検査とかにひっかからないか?」
「小学校の運動会でそのようなものはない、気にするな」
「それもそうだな」
「それにあれは本人のやる気を引き出すだけで、特別な力をつける薬ではないし…不正には当たらぬと思う」


そして。
遅刻・居眠り常習犯にしてテスト0点連続取得記録保持者である有名なダメ小学生だった野良くら太は、運動会後の日々、一躍人気者となっていた。もちろんそれは運動会が原因だった。なんと、リレーで最下位を独走していたくら太のクラスは、アンカーであるくら太の5人ごぼう抜きという快挙でみごと優勝したのである。
はすに構えた態度ときれいな顔で一部の女子の間では前からカルト的人気があったくら太だが、リレーの功労者は男子にも一目置かれるようになった。
面と向かって「俺、びっくりしたよ! お前ってやればできるんだな」「おめー、マジすげー」などと声をかける級友Aや級友Bあり、ひそかに「くら太ってほんとはすごい奴なんだ」と尊敬のまなざしを向ける者あり。そして、それまでは居眠りばかりしてるダメ男子と見下していた女の子たちまでがにわかに注目し、よく見れば人形のように整った顔立ちだということで、女子の間でもくら太の人気はうなぎのぼり。よそのクラスからものぞきに来る女子の集団がいる始末だ。

ルヴァ先生はそんなクラスの雰囲気を見るにつけ、心ひそかに自らの采配のすばらしさに酔っていた。仲の良い保健室のリュ美先生にも、控えめながら誇らしげに語ってしまったほどだ。
「野良君をアンカーに選んだのは大正解でしたねー。50メートル走の記録を見て、あの子が本気を出しさえすれば誰にも負けないって思ってたんですが、みごとにやってくれました。これで実力を発揮して何かを成し遂げたときの快感を野良君がわかってくれるといいんですけど。幸い野良君ががんばってくれたおかげでリレーは優勝、みんなも野良君のことをほんとはできる子だって認めてくれていますから、この調子でクラスになじんでいってくれると本当にうれしいんですけどねー。」
「そうですね、ルヴァ先生。あなたの教育への熱意や生徒を見る目線の温かさに、私いつも感動しているのですよ。」
保健室の美人女医にほめられて、
「いやあー、それほどでもありませんけどね。」
なんて、ルヴァ先生ちょっと照れちゃったりなんかして。
先生は先生なりに勝算があってくら太をアンカーにしたらしいことはその発言からわかったが、なんとも勝ち目の薄い大博打に出たものである。ジュリえもんの出したヤルキデールがなければこの賭けは大失敗に終わった可能性が高い。だがそんなことはちっともご存じないルヴァ先生、リュ美先生の言葉にたいそう気を良くしていらっしゃるのだった。

ま、とにかくこんなふうに周囲の風向きが変わってきたことを、くら太の身近にいるジュリえもんも肌で感じていた。
相変わらず遊びの誘いに来るアンジェやマル夫も、以前とは誘い方が違う。何と言うか、一目置いている雰囲気が伝わってくるのである。あからさまにくら太をバカにしていたマル夫が、年上のかっこいいお兄さんを見る目でくら太を見ていたりする。そうした変化をくら太のために喜ばしく思っていたジュリえもんだが、同時に以前と変わらない様子のくら太にますます苛立ちを募らせ、ぴきぴきぴきぴきぴっぴきぴーと額の青筋立ちまくり状態になってもいた。
「せっかく運動会でがんばって、皆から認められるようになったのだ。ここでもうひとふんばりせずにどうする! そなたは類稀な能力を持っているのだ。それを使わずにだらだらと過ごしてはならぬ! 小学生のうちから人生を投げたような生き方をしていてはろくな大人になれぬぞ!!

聞いているのか、
くら太ーッ!!

相変わらず説教に明け暮れる日々なのだった。そんなジュリえもんの真摯な声を聞き流しながら、くら太のほうも相変わらず。学校から帰るなりランドセルを放り出して、畳にごろりと横になる毎日だ。ジュリえもんの小言をBGM代わりに聞きながら、そんなくら太の思っていることは――。

だがなジュリえもん。私の根性が叩き直されて非の打ち所のない人間に生まれ変わったら…お前の役目は終わるのだろう? そうしたら未来に帰ってしまうのだろう? …お前のいない生活など…とても耐えられぬ。だから私はこのままでよいのだ。
口うるさくてうっとうしい奴と思うこともあるが…それでも大好きだ、ジュリえもん…。

くら太はだんだんと高くなるジュリえもんの声を聞きながら微笑み、いつものように寝入るのだった。


おしまい







【おまけ:収録後のスタジオにて】
(ア=アンジェリーク ロ=ロザリア 作=作者)

作「はーいみなさーん、OKでーす! 長いことお疲れ様でしたー」
風鋼「俺/オレらの出演って今回限り?」←チョイ役の級友AとB
緑「しかも名無しのごんべなんだよね、二人とも」
鋼「自分は前から出てるからって、いばってんじゃねーよ」
風「つっかかるなよ、ゼフェル。収録楽しかったんだしさ」
水「あなた方の役は悪くはないと思いますよ。私など女医にされてしまいましたから…」(ややしょんぼり)
ロ「わたくし、2頭身ロボット」(落ち込み)
ア「私なんかガキ大将…」(落ち込み)
鋼「あーん? 何落ち込んでんだ? おめーには似合ってんじゃねーの?」
ア「マルセル様にも前に言われたけど、ゼフェル様までひどーい」
夢「まあまあ、ケンカしないの。私だってママだよ☆ こーゆーのはね、非日常を楽しまなきゃ。いやそれにしてもホント、長かったよねー。ってか、休んでる時間のほうが長かったってゆーか」
作「それは言わないでください〜」
光「まあ良いではないか、これで終わりだということだからな。無事に終われたことを皆で喜ぼうではないか」
炎「ジュリアス様もこうおっしゃっていることだ。お前ら、自分の役が気に入らなかったとかでケンカするなよ(俺もパパ役、我慢してこなしたんだからな。オリヴィエが俺の妻でクラヴィス様が息子だなんて…とんでもない配役だぜ)」
地「そうですよー、終わり良ければすべて良し」
闇「しかしジュリアス、これでお前の2頭身姿も見納めかと思うと…少々さびしくはあるな…フッ…」
光「(小声で)うるさい」





ってことで、これでようやく本当におしまい。

何年がかりだったか、考えるのもおそろしい。
くら太の最後の台詞だけはこのシリーズを書き始めてすぐくらいに決まってたんです。だから何とかここまで持ってきたくて、ずっと「連載中」という表示を外せずにおりました。
最終話、駆け足でしたがこれまで出演のなかった方たちにもちらりと出ていただきましたし(級友A、級友Bだったりする守護聖様、ごめんなさい!)、書きたかった台詞も書けたし、今はぱーっと打ち上げでもやりたい気分です。(09/1/19)