少年とロボットの友情物語(3)
夏休みも間近な7月。太陽は照りつけセミは鳴き、温度計は人の体温あたりを指し、加えてこの国特有の湿気の多さ。と来れば不快指数120パーセントはあろうかというものだ。そんな猛暑の中を、このあたりではその名を知らぬ者とてない怠惰の権化、野良くら太がのらくらと帰ってきた。
「…暑い…」
帰ってくるなり寝転がる。くら太の部屋にはエアコンなんかない。前にママに「私の部屋にもエアコンを…」と言ってみたが、「うちにはそんなお金はないんだよ! 私の化粧品でしょ、衣装代でしょ、美容院の費用でしょ、エステでしょ、ほかにいっぱいお金のいるところがあるんだからね。あんたの部屋にエアコンなんて、10年早いよ」とかる〜くいなされてしまったのだった。そんなわけで2階のくら太の部屋にはエアコンがなく、そして当然とても暑い。ひょっとしたら昼間は40度くらいにはなってるかもしれない。って気がするほどだ。
「こう暑くては我慢できぬ。」ぐうぐうぐう。
相変わらずすばらしい早業だ。暑かろうが寒かろうが彼の睡眠能力にはなんら影響はないらしい。
「くら太っ!! 少しはしゃっきりせぬか!そなたの怠惰な様子を見ているだけで暑さも倍に感じられるというもの。せめてもう少し子どもらしくメリハリのきいた動作で動くとか、さわやかさを演出する努力をしてみたらどうなのだ!!」
ぐうぐうぐう。
相変わらず爆睡。
「くら太っっっっ!!!」
ジュリえもんの怒鳴り声が音量10割増しで炸裂した。さすがのくら太ももそもそと動き出した…かと思ったら、寝返りを打っただけだ。
「くーらー太ーーーーーー!!!!!」
ジュリえもんの額には数え切れないほどの青筋である。このままくら太が眠り続けると、ジュリえもんが怒りのあまり動作不良を起こすんじゃないかと作者がやや心配になったところ、タイミング良くくら太は目を開いた。
「ふぁぁぁぁぁ…(あくび)。……どうしたのだジュリえもん? 顔が恐いぞ。青筋だらけで額がでこぼこではないか。」
ぴきぴきぴききっ。青筋はさらに増えた。
「誰のせいだと思っている!!」
「お前が怒りっぽいせいだな。」
「くくくくくくくくくくくくくくくくくく」
「…何を笑っている。」
「笑ってなどおらぬわ!」
「では何だ?」
「そなたの名を呼ぼうとしていただけだ!!」
ジュリえもんは一息入れると、さらにくら太を叱った。
「いくら暑いからといってそのようにだらけた生活をしていてはならぬ。やるべきことをすませてからならば、そなたが昼寝をしようがあくびをしようがマンガを読もうが私に否やはない。とにかく! まずは宿題だ。」
「だがな…こう暑くては算数のドリルや漢字の書き取りなどする気にはなれぬ。お前の道具で涼しくしてくれぬか?」
「あいにくだがエアコンの代わりになるようなものはない。…いや待て。あれを…」
言いながらごそごそと懐を探る。なにしろ大仰な古代ローマ貴族ふうの衣装がジュリえもんのユニフォームなのだ。某先生描くところの猫型ロボットのように、わかりやすい場所にポケットがあるわけではない。
「…ああやっと見つかった、これだ。」
「?」
ジュリえもんは衣装のひだの間に隠し持っている異次元ポケットから扉を一枚取りだした。
「どこどもドア〜〜〜〜」<あの猫型ロボットふうに
「フッ…その台詞回し、お前には似合わぬ。」
「わかっている(赤面)。だがこれもお約束なのだそうだ。」
「で? その『どこどもドア』をどのように使うのだ?」
ジュリえもんはどこどもドアを開いた。すると涼風が吹き込んでくる。ドアのあちら側に見えるのはどうやら林のようだ。
「どうだ、高原のさわやかな風を浴びながら宿題をするというのは?」
「ふむ、なかなか気持ちが良いな…どうせならあちら側へ行きたいものだが。」
「よかろう、宿題を済ませたらあちらへ遊びに行こうではないか。」
「本当だな?」
「私は嘘はつかぬ。」
「では仕方がない、宿題でもしてやるとするか。」
くら太は起きあがるとため息をつき、ランドセルを開いてドリルやらノートやらを取り出し始めた。
誰のための宿題だと思っているのだ!
くら太の恩着せがましい言いようや態度にまたも腹が立ったが、とにかく宿題を始める気持ちになったらしいのでぐっとこらえる。ここでへたなことを言ってくら太の気が変わっては元も子もない。ジュリえもんでいることはなかなかに忍耐を要することなのである。
ぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴき。<青筋
どうやら我慢した怒りは青筋に変換されたらしい。ロボットのくせになんでいちいち青筋立てるの? とお思いのアナタ、ジュリえもんはどっかで怒りのエネルギーを放出しないと動作不良を起こすかもしれないので、これは必要な機能だということで、ひとつヨロシク。(それより、余分な感情を持たせなければいいのかもね)
高原の風が効いたか、くら太はわずか20分足らずで宿題を仕上げた。
「そなた、やればできるのではないか。」
「私を見くびるな。」
見くびられても仕方がないような生き方をしているくせに、と思ったものの、宿題を済ませたくら太にジュリえもんはねぎらいの言葉をかけることにした。
「何はともあれ、よくやった。これで高原の涼しい空気を満喫できるな。」
「もっとほめぬか。」
「ほめろ、と言うか? だが宿題をするのは当たり前のことだ。当たり前のことをやって、それでほめてもらおうなど……。」
ぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴきぴき。ぷちっ。
「そこに直れっっっ!! その根性、叩き直してくれるわ!!!!」
我慢に我慢を重ねていたジュリえもん、今回は青筋だけではエネルギーの放出が追いつかなかったようだ。とうとうぶち切れてしまったのだった。それを後目に、くら太はどこどもドアに飛び込んだ。「暑いところにいるからそのように怒りたくもなるのだ。お前も頭を冷やせ」とあざ笑いながら。
「待てくら太っ! 逃げるとは卑怯な!!」
どこどもドアを通って追いかけようとしたジュリえもんだったが。
ドゴン!!
大音響とともにひっくり返った。見えない壁に阻まれてドアを通り抜けることができない。丸い体が勢い余ってころころと転がり、部屋の外まで転がり出てあやうく階段を転げ落ちそうになった。すんでの所で体勢を立て直し、ドアまで戻る。そっと手を出してみたが、やはり見えない壁に押し戻されてしまう。
「なぜ私は通れないのだ!?」
ジュリえもんは取扱説明書を取り出した。
「この道具はどこにでも行けるといううたい文句のヒット商品だというのに。
…む。『子どもしか使えません』?<「こども」なら「どこでも」行けるから「どこどもドア」
『大人の方がご使用になる場合は〈どこでもドア〉へのアップグレードが必要です』だとっ!? 私は子守ロボットなのだから子どもについて行けなくては困るではないか。当然使えるものと思ったのに。便利道具販売会社のあの男! 説明不足だ!」
値段に惹かれて割安などこどもドアを買ったことを後悔した。
ジュリえもんは精密なロボットだ。実は暑さに弱い。高原の清涼な空気を必要としているのは、もしかしたらくら太よりもジュリえもんのほうかもしれなかった。
何ごとにも慎重なはずのこの私が。何ということだ!
悔しさのあまり頭をかきむしりたかったが、それが不可能なことは皆様ご存じの通り。ジュリえもんだってそんなことはわかっていたが、何かをしないではいられなくて、やっぱり丸い手で頭をぐりぐりなで回してしまったのだった。
そしてくら太はと言えば。すぐにジュリえもんが追ってくると思っていたのが、どうしたわけかこちら側に来られないでいるのを見て取って、悠々と横になっていた。
ドアの向こう(と言ってもジュリえもんの目の前)で気持ちよさげに眠りこけているくら太にうらやましそうな視線を送るジュリえもん。気の毒に。
【おまけ:収録後のスタジオにて】
作「前回の続きの予定だったのに、全然別の話になっちゃった。それに新しいキャスティングも発表するつもりだったのに、他の人全然出てこないし(困)」
光「(作者に向かって)そなた私に恨みでもあるのか?」<超不機嫌、青筋バリバリ
作「いいえ〜とんでもございませんわっ! 愛してるだけ」
光「やめぬか! 気色の悪い…」
作「…う…うわ〜ん(嘘泣き)。ジュリアス様ってばあんまりです〜。いくらなんでも気色悪いなんて(ぐすぐす)」
光「あ…ああ…すまぬ、つい弾みで…」
作「うわあああああ〜〜〜〜ん!(また嘘泣き)」
闇「お前は…そんな女を泣かせて楽しいか?」
光「楽しいわけがあるか! どちらかと言えば泣きたいのは私の方なのだぞ。そなたは涼しい高原で休み、私は40度の部屋に取り残され…このギャップは何なのだ、いったい!!」
闇「まあ、ドアを通して少しは涼しい風が入ってくるようだから、少々暑いのは我慢してやれ」
作「そうですそうです、いい男は苦悩するところがまたいいんですよ!」
光「『いい男』? 2頭身のロボットのどこが『いい男』だ!! そなたに好かれたおかげで私はとんでもない目にばかり遭う。迷惑な。だから私はいらぬと言ったのだ、そなたの愛など!!」
ジュリアス様、怒りに震えつつ退場。
クラヴィス様、フッと笑って後を追う。やっぱり二人はなかよし♪
作者、孤独にスタジオの後かたづけ。
作「あああ、私も相方ほしいなあ。クラヴィス様とジュリアス様がうらやまし〜」