Pure -ピュア-



その1

日の曜日の午後である。闇の守護聖は飛空都市の公園へ向かって歩いていた。うららかな日差しが心地よく、彼にしては珍しく、散歩でもしてみるか、という気持ちになったのである。
と、一陣の突風に乗ってひらひらり〜んと舞い落ちてきた白い布切れがあった。顔にぺた、と貼りついたそれをクラヴィスは手に取った。

いったい何なのだ? ハンカチか? …誰かが風で飛ばしでもしたのだろうか…。

手に取ったそれは、白地に「J」と金糸の縫い取りがある、丁寧な縫製の白い絹の(silk100%というタグがついているので、確かだ)………○リーフだった(男性の下着ね)。
誰の持ち物であるかは想像に難くない。白と金と「J」、それの指し示すところはただ一点、かの厳格な光の守護聖その人である。想像し難いのは「なぜそれがこんなところで風に舞っているか」である。

さて、昼間の公園に程近い場所でじっとたたずむ大きな黒い人影は非常に目立つ。昼日中に外を歩くことなどめったにない闇の守護聖がそんなところにいるのはただでさえ人目を引くというのに、じっと突っ立ったままというのはますます注目を集めてしまう。案の定、好奇心を抑えられなくなった人物がやってきた。
「こんにちは、クラヴィス様っ! はははっ、いいお天気ですね。…そんなところで立ち止まっちゃって、どうかなさったんですか?」
犬を連れたランディである。屈託のない彼は、相手が闇の守護聖でも元気なものだ。
「…ふむ。これが、な…。」
そう言ってクラヴィスがひらひらひらと振って見せたのは、件の○リーフであった。
「なーんだ、ブリーフじゃありませんか。それ、クラヴィス様のですか?」
まっすぐな気性だけあって、問いかけもストレートだ。やたらに声も大きかったりする。
「…私のものか、と? …フッ…これが私の持ち物に見えるか?」
「うーん、見えないですね。どっちかっていうと、ジュリアス様っぽいですね。」
「お前もそう思うか。…今風で飛んできたのだが…。どうしたらよかろう?」
筆頭守護聖に問いかけられれば普通は多少なりとも緊張するものだろうが、ランディは相変わらず元気に答えた。
「ははっ、そんなの簡単ですよ。ジュリアス様にお返しすればいいんです!」
「…そうか…そうだな。ではランディ、簡単だというお前がジュリアスに渡してやってくれ。では、な。」
うっすらと笑みを浮かべると、クラヴィスはランディの手に純白の○リーフを押しつけ、意外な速さでその場を立ち去った。まったく、正装ではなくても正装とたいして違いのない、ずるずる裾を引くような衣装でどうやってそんなにすばやく移動できるのかというスピードである。ひょんなことで手にしてしまった他人の○リーフと早々に縁を切りたかったものと推察される。「面倒なことに関わりたくはない…」とか思っていたに違いない。
純白の○リーフを手渡されたランディは呆然と立っていた。クラヴィス様が笑った…とあっけに取られてぼーっとしているうちに、その姿が見えなくなっていたのだ。○リーフをクラヴィスの手に戻そうとしても、相手がいなくてはどうしようもない。

そりゃ、簡単だって言ったけど、それはクラヴィス様がお渡しになる場合のことで…俺は…あのジュリアス様に「はいこれ、ジュリアス様のブリーフですよ」ってお渡しするのは…ちょっと嫌だな。

いつも能天気なだけかと思っていたが、多少はものも考えていたりするランディだった。それを手渡された際のジュリアスの額の青筋くらいは、いかな彼であっても想像できるらしい。

「よう、ランディ野郎、どーしたんだよ? ふけーきなツラしてるじゃねーか。」
「あ、ゼフェルか。これを押しつけられちゃって、ちょっと困ってたところなんだ。」
「何だぁ、それ、○リーフじゃねえか。そんなもん誰がどーしておめーに押しつけたってんだよ。」
ランディは手短に事情を話した。
「んーー、めんどくせーな。その辺にほっぽっといたらどーなんだ?」
「だけど、クラヴィス様から頼まれたわけだし、多分これジュリアス様のだし、ほっとくのは余計まずいって思わないか?」
「ぐだぐだとうるせーなっ! そんなに言うんだったら、さっさと渡しに行っちまえよ!」
「何だと!? そんな言い方しなくたっていいだろ!」
「うるせーからうるせーって言ってんだ。せっかくの日の曜日につまんねーことに首突っ込むんじゃなかったぜ!」
二人が往来で取っ組み合いを始めたところへ通りかかったのはマルセルだ。
「二人とも、やめてー! こんなところでけんかしてちゃ、みっともないよ。」
割って入ろうとしたマルセルを二人は怒鳴りつけた。
「マルセル、危ないから離れてろ!」「お子様は引っ込んでなっ!」
「仲間だと思ってたのに…。ぼくがじゃまなの?」
大きなスミレ色の瞳に涙が浮かんでいる。
毒気を抜かれたゼフェルは、ランディの服をつかんでいた手を放した。
「けっ、そんなだからお子様って言われんだよ!」
「…ごめんマルセル、つい怒鳴ったりして。ゼフェル、お前もマルセルに謝れ。」
「ぐだぐだうっせーなって言ってんだ。あーやめだやめだ、こんなこと。くだらねえ。
高慢ちきな光の守護聖サマのパンツ一枚のことで、なんでオレらがけんかしなきゃなんねーんだよ。…やめよーぜ。で、さっさとそれ渡しに行って、終わりにしちまおう。」
「ちょっと待った。今何と言った?」
あれこれ言い合う3人組に声をかけた者がいた。


その2

登場したのは、背景にバラをしょった伊達男、オスカーである。頭のてっぺんから足の先まで一分の隙もなくキメて、「水もしたたるいい男」の歩く見本のようだ。…彼の場合、その司る力からすると「炎のように熱く危険な男」とでも言ったほうがいいかも。お嬢ちゃん&レディたちがこのオスカーを見たら、ふらふらと引き寄せられ、気づいたときには愛欲の泥沼にはまり込んで身動きが取れないという状態になりかねない。
水であれ炎であれ形容はどうでもいいが、イイ男の歩く見本が言った。
「ジュリアス様についての聞き捨てならんコメントが聞こえたぜ。お前らのけんかは勝手だが、ジュリアス様のことを悪く言うとは許せんな。…おまけに『パンツ』とか言っていたようだが?」
アイスブルーの瞳が冷たく光る。
「な、なんだよー。突然現れやがって。…オレたちがけんかする理由なんか何もねーってのに、ただこのジュリアスのヤローのパンツが…」
とその白い布を打ち振るゼフェルであった。…言い直そう。「先ほどまでは白かった」布である。3人がもみ合ううちにそのジュリアスのものとおぼしき○リーフは地に落ち、踏まれ、もみくちゃにされて見る影もなくなっていたのだ。ジュリアスのものであるとゼフェルが主張する○リーフをオスカーは疑わしそうに見た。

何でこいつらがジュリアス様の下着を持ってるんだ? この俺だってそんなものを見せてもらったことはないってのに。

当たり前である。いくら信頼し合う仲だからって、そんなものを見せ合う仲だとするとちょっと怖いものがある。
「…だいたいがだな、その薄汚れた代物がジュリアス様のだって証拠があるのか?」
「ちっとばかし汚れちまったけどよー、最初はこれはぴかぴか光るくらいに真っ白だったんだ。
おまけに金糸で『J』のイニシャル入りだぜ。どっから見てもあのヤローのじゃねーか。」
「ちょっと見せてみろ。」
オスカーはその○リーフを手にとってじっくりと検分した。縫製のしっかりした極上品、(元は)純白のしなやかなシルク、金のイニシャル。確かにゼフェルの言う通り、どう見ても彼の敬愛する光の守護聖のものである。

う〜〜〜〜〜〜〜〜〜む。…これを…どうしたらいいんだ?

首座そっくりに眉間にしわを寄せて考え込むオスカーに、ゼフェルが、
「おいおっさん、あんたがそれ、ジュリアスのヤローに届けてくれよな。オレたちが行くより、あいつも受け取りやすいんじゃねーか? もともとオレたちだって、押しつけられたみてーなもんだしよ。あんたが来てくれて助かったぜ。じゃな。」
と言うなり、マルセルやランディやランディの犬を引き連れてその場から逃走した。

困ったのはジュリアス様の○リーフを引き当ててしまったオスカーだ。これから女王候補アンジェリークとの待ち合わせ場所に行く途中だったのに、そのようなものを手にしてデートに臨みたくはない。せっかくキメてきたのに、埃まみれの○リーフを持ったままデート…。それだけは願い下げだ。それがいくら心から敬愛する光の守護聖の持ち物であっても、だ。さらに眉間のしわを深く刻んで、オスカーは考え込んでいた。

まだ少し時間があるから、先にジュリアス様の館にお届けしようか…。
しかしこんなに汚れちまってるのに、そのまま持っていくのもな。洗濯してからお渡しするか。
お返しするのはまたの機会にして、今日のところはお嬢ちゃんとデートだ!
そのためにばっちりキメてきたんだからな。外出の本来の目的を見失っちゃいかん。
突発事故が起こったからって、初志貫徹できないようじゃ強い男とは言えないぜ。強さを司るこの俺がこんなことで負けてたまるか!!

ぐっとこぶしを握り締めるオスカーである。
○リーフの一枚や二枚、足りないからって着替えがなくて困るような光の守護聖でもあるまいと気を取り直した。
身だしなみには気を遣うあの方のことだ、どうせクローゼットにはわんさと着替えが詰まってるに違いないからな。
そう決めると、その○リーフの埃をできる限り払ってから丁寧にたたみ、スラックスのポケットに突っ込んだ。他に収納する場所がないので致し方ない。

というわけで、オスカーは首尾よく金の髪の女王候補とデートだ。談笑しながら公園を散歩していると、
「あ、イタっ!」
突然アンジェリークが目を押さえた。
「どうしたんだ、お嬢ちゃん?」
「…目に何か入っちゃったみたいです…。いたたた…。」
ぽろぽろと涙をこぼしている。
「これを。」
とオスカーはポケットから出した布をかっこよく差し出した。
「ありがとうございます…涙で流れちゃったみたい…もう大丈夫です。」
言いながらアンジェリークはオスカーが手渡した布で涙をふき取った。
「どうもすみませんでした」とオスカーに返そうとしたそれにふと目を落として、アンジェリークは怪訝な顔になった。
「……これ…なに?」
同じところへ視線をやったオスカーは真っ青だ。

うわああああああああっ!! 俺としたことが、ハンカチのつもりで…。

ぴらららら〜っとアンジェリークが広げたその布は言わずとしれたジュリアス様の○リーフである。
「きゃああああああああああっっっっっっっ!!」
女王候補は飛空都市中に響き渡る悲鳴を上げた。
「お…お嬢ちゃん…それは!」
「何でこんなものっ!」
「それは…ジュリアス様のブ
オスカーは全てを言い終えることができなかった。
ばっちーーーーーーーん!!
「オスカー様のばかっ!!!!」
思いきりの平手打ちをオスカーの頬に食らわせると、たぶん指が硬直して放すことができなかったのだろう、○リーフを握り締めたままアンジェリークは走り去った。説明したいことは山ほどあるのに、そのかけらも聞かずに走り去るアンジェリークの後姿を見送りながら、真っ赤な手形がついてじんじんする左の頬を押さえてオスカーは呆然としていた。伊達男も形無しだ。

お嬢ちゃん…頼むから、妙な誤解だけはしないでくれ…。
そう言えば○リーフ……お嬢ちゃんが持って行っちまったのか。お嬢ちゃんはあれをどうするだろう!?
…そして俺は…俺はどうしたらいいんだ…。

つい先ほどはあれほどその存在に困惑したジュリアスの○リーフだというのに、今度はそれを失ったことに衝撃を受けて頭をかきむしるオスカーであった。


その3

ぱたぱたぱたぱたっ。
女王候補寮に足音が高く響いた。ノックもそこそこにロザリアの部屋の扉が開かれ、少女が飛びこんできた。
「ロザリア、ロザリアぁ!!」
「ま、どうしたというの? 本当にあんたって騒々しいわね。」
「落ちついてる場合じゃないんだからっ!!」
「…いったい何があったの? 今日はオスカー様とデートだと言ってあんなに喜んでいたのじゃなくって? わたくしもこれから出かけるところなの。手短かにお願いしたいものだわ。」
アンジェリークの大きな瞳から涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「うっうっ…」
「アンジェリーク!」
ロザリアはあわてて少女を抱き寄せると、ふわふわした金髪の頭をなでた。
「…まさか、オスカー様が何かひどいことでも?」
こく、と頷くアンジェリーク。
「まあっ、オスカー様ったら、あんたみたいなまるっきりの子ども相手に何をなさったって言うのよ! 無理やりキスされたとか!?」
「…違うの…そんなんじゃなくて…」
「どんなひどいことをされたのか白状なさいっ! 場合によってはディア様にご相談に行かなくては!」
「あのねロザリア、オスカー様はお優しかったの…。ただ………」
言いよどむアンジェリークにロザリアは首をかしげた。ひどいことをされたというのと、お優しかったというのがどうにも結びつかない。
アンジェリークはぐすぐすと泣きながら「オスカー様ったら…ジュリアス様と………。」
お嬢ちゃんは、やはりあらぬ誤解をしているのだった。
「どういうことなのか、詳しく話してちょうだい。」
「それが…」
と言いかけて、アンジェリークは今もって○リーフをつかみ締めていることに気づいて再び悲鳴を上げた。
「きゃあああああっっっっっ!! いやあああああっ!!!!」
ロザリアは耳をふさぐ。
「ほんっとに、いい加減にしてくださらない? わたくしだって暇ではないのよ。ちゃんと説明していただかないと…。」
なおも小言を続けようとするロザリアの手に、アンジェリークはつかんでいた○リーフを押しつけた。ロザリアは持たされた布を見て、怪訝な顔をし、はっとした顔をし、真っ青になって一瞬硬直した。そして。
「きゃああああああああっっっっっっ!!!!!」
アンジェリーク以上の大声で悲鳴を上げる。
しばらく二人できゃあきゃあ言っていたのだが、驚いてやってきたばあやになだめられ、紅茶を淹れてもらって一服し、ようやく話ができるまでに落ち着いた。
アンジェリークは公園で、オスカーに手渡された○リーフで涙をぬぐう羽目になった顛末を、憶測も交えて(オスカーとジュリアスの乱れた関係とか)事細かに話した。ロザリアはあまりのことに口をさしはさむこともできず、青ざめて聞いていた。
「…で、オスカー様が私にこの○リーフを渡したってわけ。ジュリアス様の○リーフを! ハンカチ代わりにそんなものポケットに入れとくなんて…うっうっ…。よっぽどジュリアス様のことがお好きなんだわ!
(普通は、いくら恋に狂ってるからって、恋人の下着をポケットに入れて持ち歩いたりはしないぞ。)
ロザリアは貴族のお嬢様だから知らないかもしれないけど……男の人同士でそういう関係になることもあるんだって。私、学校の友達に同人誌とか見せてもらったことがあるの。だけどあれはお話の中のことだしって思ってたのに…。それなのに、守護聖様がそんなだったなんて!! あんなにすてきなオスカー様やジュリアス様が…。」
彼女の脳裏には、同人誌から仕入れたあれこれの画像やら文章やらが登場人物だけオスカーとジュリアスに差し換えられてまざまざと浮かんでいるに違いない。
アンジェリークよりもずっとオトナなロザリアは、同性愛というものが存在することくらいちゃんと知っている。ただ、『同人誌』というものが何なのかよくわからなかったが、アンジェリークの説明によるとどうやら男同士の恋愛模様をつづったお話が掲載されている本らしい。(<理解に偏りがあるんじゃないの?)
よよと泣き崩れるアンジェリークを見て、ロザリアの柳眉がきりきりとつりあがった。

わたくしの大事なアンジェリークに、こんな思いをさせるなんて。オスカー様もジュリアス様も許せないわ!!

その○リーフがジュリアスのものだということは、何しろジュリアスの恋人であるオスカー(とアンジェリークは誤解をし、ロザリアもそう信じ込んでいる)が明言したのだ。絶対にそうに違いないのだ。

全てを聞き終えた後、怒りに燃える頬をして聖殿へと急ぐロザリアの姿があった。その手には○リーフがしっかりと握り締められていた。
もとい。
ロザリアの手には、ジュリアス様の○リーフ在中かわいい紙袋があった。たとえそれがあの気高い光の守護聖のものらしいとは言え、高貴で潔癖な乙女はとても素手ではつかめなかったのである。
ジュリアス様……おいたわしい……。今のところ、この騒ぎを知らないのだけが救いか。しかし彼がこれを知ったときのことを思うと、寒気がしちゃったりするのは作者だけではあるまい。クラヴィス様さえ犠牲になってジュリアス様へ○リーフを渡す使者になっていてくれさえすれば、こんな事態にはならなかったものを、と悔やまれる。本当にクラヴィス様ってば、友達甲斐のないと言うかなんと言うか…。それとも「…友人? …フッ…あれとは…友人などではないな…。」と冷たいことをおっしゃるだろうか?


その4

いらだたしげなノックの音に、女王補佐官は答えて言った。
「お入りなさい。」
ドアを開き、優美に一礼して入ってきたのは女王候補ロザリアである。
「まあロザリア、今日は何のご用かしら? 日の曜日に私のところへいらっしゃったのは、何か気になることでも?」
「ディア様、これをご覧くださいませ。」
ロザリアは静かな声に怒りを秘めてジュリアス様の○リーフ在中かわいい紙袋を差し出した。
「…私に?」
「ええ…けれどもディア様への贈り物というわけでは…。とてもそのままで持ち歩けるようなものではございませんでしたので。」
ロザリアは頬を赤らめた。
ディアは不思議そうに袋の中をのぞき込む。丁寧にたたまれた白い布が入っているようだ。しかしその正体は不明。
「出してみてもよろしい?」
「かまいませんことよ。ただし、お驚きになりませんように。」
白い手が袋に差し入れられ、中身をつまみ出した。たたまれていたのが広がって(ちなみにそれをたたんで適当な紙袋に収納してくれたのは、ロザリアのばあやさんである)、ブツが何であるのかはっきりわかる状態になった。ロザリアはブツから目をそむける。
「…まぁ…これは…男性の下着ではありませんか。どこでこのようなものを? なぜ私のところへ持っていらしたのかしら?」
さすがに大人は落ち着いている。少女達のようにうろたえ騒ぐことなく、冷静なものだ。
「…それはジュリアス様の………なんです。」
ロザリアは声を低めて言った。今まで落ち着いていたディアだが、これにはさすがに目をまん丸にした。半開きになった口元に手を当てている。なぜ女王候補の手に首座の守護聖の○リーフがあるのか。誰だって疑問に思うだろう。
「アンジェリークがそれを持って寮に戻ってきたのですけど、これはわたくし達の手に余る問題だと思いましたので、こちらにご相談に伺うことにいたしました。」
「お話を聞かせてくださる? …そこにおかけなさいな。」
ロザリアは勧められた椅子にすわった。
守護聖ともあろう者達がそのような不道徳な真似をしていては宇宙の存続もおぼつかない、と少女は真剣だ。愛の形にはいろいろあるだろうけど、わたくしの大事な親友アンジェリークを傷つけるような真似だけは許せない、というのがロザリア自身も気づいていない本音ではあったのだが。
聖地の秩序、ひいては宇宙全体の秩序に関わる大問題である、とロザリアは弁舌さわやかに語った。どうしてそれが少女達の手元にやってくる羽目になったのか。そしてアンジェリークから聞いた、オスカーとジュリアスの乱れた関係についても詳細に。ディアの目は丸くなりっぱなしである。

私は彼らとはこの子達よりもずっと長い付き合いだというのに…ジュリアスやオスカーがそんなことになっていたなんてちっとも知らなかったわ。(<当たり前だ。事実無根だもん。)
いつから続いている関係かは知らないけど、よく今まで隠しおおせたものね、ごりっぱ。さすがに克己心の強いジュリアスと軍人のオスカーだけのことはあるわ。プライベートな恋愛感情を微塵も見せないのはさすがね。(<感心してる場合か?)

冷静なはずのディアまでが、ロザリアの勢いに巻き込まれてすっかり誤解仲間になっている。

それにしても…どうしましょう。陛下にはお教えしない方が良いように思うわ。ジュリアスの相手がクラヴィスじゃなかったからまだ良かったけれど。(<そういう問題じゃないと思う)
もしクラヴィスがこれに関係していたら、アンジェリークはどんなに悲しんだことか。自分がクラヴィスを振ったから彼が女に愛想を尽かして男に走ったんじゃないかしらって、きっと気にすることでしょう。(<いきなりそこまで飛躍しなくても)

はっきり言ってこの一件にはクラヴィスはとてもとても深く関係しているのだが、そんなことはロザリアもディアも全く知らない。ディアはロザリアの言うことを鵜呑みにして、あれこれと考えをめぐらせているが、その考えも混乱の中でつむぎ出されたものにふさわしく、この人何考えてるんだか、っていうようなろくでもないものばかりだ。この事態の解決に結びつきそうなことは何も思いつかないのだった。

二人が顔をつきあわせてジュリアス様の○リーフの処置を考えていたところ、またノックの音がした。
「どうぞ。」
入ってきたのはオリヴィエだった。
「ちょっといいかな、ディア。あ、ロザリアはやっぱりここだったんだね。約束の時間過ぎても来てくれないもんだからさ、寮までお姫様をお出迎えに行ったんだよ。そしたらアンジェリークがこっちだって教えてくれたんだ。」
言いながら二人がお茶を飲んでいたテーブルに近寄ってきた。
「なぁにこれ、○リーフじゃないの。無粋なもんテーブルに置いてお茶してるんだね。二人とも変わったシュミ☆」
ロザリアは真っ赤になった。
「あのオリヴィエ様、これには訳が…。」
「そんなことはいいんだよ、別に。それより私とのデートの約束はキャンセルなのかな? 私にとってはそっちの方が重大なんだけど。」
「申し訳ございません、お約束のこと。わたくしとしたことが、これに気を取られてうっかり時間を忘れておりましたわ。…どう致しましょう、ディア様?」
「私に任せてくださいな。何も心配しないで、オリヴィエと日の曜日を楽しんでいらっしゃい。考えがありますから。」
ディアのその「考え」たるや、

……だめね。私ひとりで思い悩んでも、良い考えは浮かばないようだから…そうそう、ルヴァにでも相談してみましょう。
やはり相談ごとはあの人に限るわ。

なのだ。さすがに本人も建設的な考えが出てこないということは自覚しているようだ。
で、さらに問題を大きくする所存らしい。何しろことは宇宙全体の秩序に関わる大問題だ。この際ジュリアス個人の名誉とか誇りとか体面とかには構っていられないと判断したディアはジュリアス様の○リーフを丁寧にたたみなおし、かわいい紙袋にしまった。
本筋とは関係ないが、ついでだからロザリアをエスコートして出かけようとしているオリヴィエの考えも覗き見してみよう。

ジュリアスってば、○リーフなんかはいてるんだ。(<金糸で「J」の縫い取りがあることを一瞬のうちに見て取った鋭いヒト)
なんとなく、あの正装の下ってすっぽんぽんだと思ってたんだけど、ちゃんと下着つけてたワケか。
でも○リーフとはね。あの正装とは全然似合わない感じ。
って言ったって、別に正装のとき裾まくって見せるわけじゃないから、あれと似合おうが似合うまいがどっちだってかまわないけどさ。
それにしても…あの超絶美形がふつーの丸首シャツとか、○リーフとか着てる姿想像したら…きゃははっ! 笑っちゃうよ。
ジュリアスほどの美形だったら、もっと似合う下着があると思うんだけどな。
今度私がとびっきりのやつをデザインしてあげちゃおかな。でもきっと青筋立てて怒るね、あの人。
『そなたがどのような衣服を身に着けようと、それをとやかく言う気は私にはない!
以前は少々口うるさく言ったかもしれぬが、それがそなたの個性なのだとあきらめることにしたのだ。だが…自分の趣味を私にまで押しつけるなっ!!
あーあ、ジュリアスの怒号が聞こえる気がするよ。やーめたっと。あの人がどんな下着を持ってたって、私には関係ないね。
…それにしてもディアは…あれをどうするつもりなんだろ?

だんだんと波紋は広がって、さらに波乱を呼ぶ気配濃厚だ。ジュリアス様の○リーフ、どうなっちゃうんでしょ?



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