パラレル聖地 -愛玩-
番外1 愛玩本編3と4の間のひとこま。
木の曜日の午前中である。闇の守護聖・鞍美須は昨夜突然に珠里亜須のペットになるのだと思い立った。善は急げとばかりに朝一番に珠里亜須の執務室を訪れてその旨を申し出たのだが、照れ屋の珠里亜須はうれしいくせに素直にうれしいと言えないらしく(←鞍美須の思い込み)、「自分の執務室へ戻れ」と命令されてしぶしぶながら闇の執務室に戻っていた。
珠里亜須にかわいがられまくる素晴らしいペットライフを思い描いてとても張り切っていたのに、大好きな飼い主の最初の命令は端的に言えば「ここから出て行け」だった…。私はペットとして間違った行動をしたのだろうかとか考えていささか落ち込んで、何か気の紛れることでもないかと、普段は執務机の中に格納されているコンピューターを引っ張り出してきた。めったに使わないものではあるが、鞍美須も一通りの使い方は知っている。起動するとぼんやりとネットにつないで、「ペットの心得」みたいなサイトはないかと検索を始めた。ペット自身の手によるペットの立場や心得その他について主張するようなサイトなどあるはずもないが、そこは単なる気晴らし&暇つぶし、適当な読み物を探しているというのが実情であるに過ぎない。そうしてふらふらとネットの海をさまよううちにふと行き当たった記事は、鞍美須の背筋を寒くさせるに足るものであった。いわく、「真面目な人間は病気になりやすい」。
真面目と言えば珠里亜須、珠里亜須と言えば真面目、この両者は切っても切れない関係にある。「聖地に病はない…」とつぶやきながらも気になって、急いでその記事に目を通してみたところ、狭心症、高血圧、心筋梗塞、アレルギー、ぜんそく、十二指腸潰瘍になりやすい傾向があるらしい。確かにウィルスや細菌などの感染による病気はない聖地だが、ここに挙げられている病はそういう病気とはまた違うような気がする。特に高血圧とか心筋梗塞とか潰瘍とか……首座殿、確かにそういう病気で倒れそうな雰囲気満点、大事な珠里亜須の身に危険が!とばかりに内容を検討してみることにした。
その記事では、こうした病気にかかりやすい条件としてまず、
「1.競争心が極めて高い。」
というのが挙がっている。
ふむ、あれはなかなかに負けず嫌いであったな…。今の状況であれと競い合う存在などほとんど考えられぬが、生来の気性として負けず嫌いというのはあった。つまりは競争心が高い、と言えるわけだ(眉ひそめ)。
「2.仕事を遂行しようとする意志が強く、かつ持続的に持っている。 3.いつも期限付きの仕事をたくさんかかえている。」
これはまさにあれの現状そのものではないか(青ざめ)。
「4.他人から認められたいという気持ちが強い。」
他人から認められたがっているというのは少し違うかも知れぬな…(やや安堵)。
「5.仕事を早く片付けようとする習慣がついている。」
ああこれは…その日にやるべき仕事だけでなく、翌日以降に回してもかまわぬ仕事までしゃかりきになってやってしまうのは、あれの悪い癖だ…(再び青ざめ)。
「6.周囲に極度の気配りをしている。」
あのようにあれこれ気を回す者を他に知らぬ。
……ほとんどすべて当てはまっているではないか。ああああああっ珠里亜須! お前はもうだめだ。このままではきっと心筋梗塞を起こして死んでしまうに違いない(滂沱の涙)。…………いや、そのようなことにはさせぬ。お前を死なせてなるものか。そのためにこそ私というペットが必要なのだ。あれの心を癒すものとしての私の存在意義は大きいのだ!!
ぐいと涙をぬぐい、大好きな飼い主のためにもペットとしてがんばろうと決意を新たにする鞍美須。そのとき執務室にノックの音が響いた。
「私だ鞍美須、入ってもよいか?」
珠里亜須だっ! 珠里亜須だっ! 珠里亜須が来たっ!(狂喜乱舞)
珠里亜須が急な病で死んだりすることのないようその心を癒すべく、満面の笑みで迎えるペットの鞍美須なのであった。
番外2 -2006珠里亜須様 祝御生誕-
鞍美須の執務机には木製のカレンダーが置かれている。毎日数字を動かして日付を変えるタイプのものだ。その日も、朝一番に事務官が当日の日付に直していた。のんびりと出仕してきた鞍美須、惰性でそこに目をやって、はっとした。
「8/16(水)」
なんと、この数字の並びは……今日は珠里亜須の誕生日ではないか。
いつもぼんやりな闇の守護聖・鞍美須であったが、大好きな飼い主の誕生日はさすがに思い出した。ただし気がついたのが当日であったために、事前にプレゼントの用意なんて当然できていない。気がついてしまったからには何か誕生日にふさわしい贈り物をしたいものだと思ったが、ゆっくりと選ぶ時間はない。第一いま執務時間だし。しかも遅刻してきているし。この上「早退する」っていうのは、いくら何でもためらわれるところだ。
ああどうしようどうしよう私はどうしたらいいのだ。大切な珠里亜須の誕生日の祝いに渡すものが何もないとは……。
悩むうち、例によって鞍美須さま、瞑想に突入。そんなことでは一生プレゼントなんか渡せないって気がするんですけど。
瞑想に入って数十分後、流美映留が執務室を訪れた。ノックしようが声をかけようが、返事なし。そっと扉を開けて入ってみれば、目を閉じた闇の守護聖が微動だにせずすわっている。
「鞍美須さま、また瞑想なさって」
端正な顔をほうっと感嘆のため息で眺め、「私の鞍美須さまはいつもお美しいですね、まさに生ける芸術品です」と悦に入りつつ軽く肩をゆすってみる。鞍美須はゆっくりと目を開いた。
「流美映留か……」
「本日のお昼は珠里亜須さま生誕祝賀会がございますから、宮殿大食堂のVIPルームに集合ですよ」
がーーーーーーーーーん。
そう言えばそうだった。そんな連絡が来ていたような気がする。
「生誕祝賀会ということは…やはりその場で贈り物を渡したり、とか…?」
おそるおそる尋ねてみれば、
「はい、私もすでに用意いたしております」
という返事である。
やっぱり。
鞍美須はがっくりとうなだれた。みんなプレゼントを持参して集まるであろう祝賀会に、自分ひとり手ぶらでは行けない。
「私は欠席する」
「そんな。すでに出席とご返事なさっているではありませんか。なかよしの珠里亜須さまのお祝いの席にお出にならないなんて。それはいけません!」
鞍美須本人さえもが忘れていた出欠のことまで把握している流美映留、さすがである。こうでなくては鞍美須のお守り役は務まらない。
そうであった、私は女王陛下も公認の珠里亜須のなかよしさんなのだからな。生誕祝賀会を欠席するなど、もってのほかであるには違いない。だがその なかよしさん から贈り物がないとなると…これは問題だ…。
うーむ、唸ったきり固まってしまった鞍美須に、流美映留は笑いかけた。
「どうなさいました? もしかして、贈り物を持参するのをお忘れになった、とか?」
流美映留さま、ナーイス!! 鞍美須が誕生日のことも祝賀会のこともうっかりすっかりきっぱりはっきり忘れていたことを察して、プレゼントは用意したけれども持ってくるのを忘れたのですね、と助け舟を出してくれたのである。ぼんやりだが要領が良いというわけわからん性格の鞍美須さま、さっそくその助け舟に飛びついたのは言うまでもない。
「そうなのだ…。食事会には出て、贈り物は今日のうちに光の館に送るということでも構わないであろうか?」
「それでよろしいのではありませんか。出席しないことのほうがずっと問題だと思われますから」
そういった経緯で、女王主催の光の守護聖生誕祝賀会に無事出席を果たし、珠里亜須には「私からの贈り物は光の館に届けるよう手配している」と告げて、「そうか、楽しみにしている」と微笑みかけてもらって天にも上る気持ちになるという幸せな時間を過ごすことができた。
それは良かったのだが、実際のところプレゼントは何も用意していない。根本的な問題の解決にはなっていないのである。
さて、どうしたものか……。
考えながら定時より少し早めに執務を切り上げて闇の館へ戻る道すがら、すばらしい考えが浮かんだ。
その夜、光の館に大きな箱が届けられた。壊れ物だからということで四人がかりで慎重に珠里亜須の私室に運び込まれた大きな箱には、カードが添えられていた。
「大好きな珠里亜須へ
お前の生誕の記念に、心を癒す品を贈る
なかよしの鞍美須より」
心を癒す品だと? 壊れ物だということだったが、この大きな箱にいったい何が入っているのだ?
珠里亜須は箱にかけられたリボンを解き、包み紙を破った。上にふたがついた形の大箱である。上蓋を取り去ると、ぱたんと箱の前面が開いて、中から鞍美須が飛び出してきて珠里亜須に抱きついて、ほっぺたに盛大なキスをした。
「誕生日おめでとう、珠里亜須。今宵はペットの私がお前を存分に癒してやろう!」
久しぶりに、飼い主の家で甘えまくる気満々の鞍美須。顔中をべろべろなめ回さんばかりの勢いで珠里亜須にひっつきっぱなしである。一方、珠里亜須はびっくりして固まりっぱなし。
この贈り物で心が癒されるのは珠里亜須さまよりもむしろ鞍美須さまのほうなのでは、なんて思ったりするのは書き手の私だけだろうか。