パラレル聖地 -愛玩-



11. お食事の後はもちろんこれ

もそもそもそもそと散々に時間をかけて鞍美須がクラブハウスサンドイッチを半分ほど平らげた頃、珠里亜須は待ちくたびれていた。
「鞍美須、まだ終わらないのか?」
「むぐむぐむぐ」
「何を言っているのかわからぬ。口の中のものを飲み下してから話せ。」
「ごく。…う……げほごほごほっ!!」
いきなり飲み込もうとしてむせている鞍美須。ずいぶんとあわてんぼさんである。
「あわてるでない」とため息とともに背中をさすってやりながら、珠里亜須はあきれかえっていた。
今日まで気づかなかったとは私もうかつだが…もしかしたら…鞍美須は相当に何というかその、頭が良くないのではなかろうか…。私も含めて皆この外見にだまされていたが、実はなーーんも考えずにただ生きている、とか…?

ぴんぽーん。大正解。
ここの鞍美須さまは書き手の陰謀により、「阿呆」な設定と成り下がっております。申し訳ありませんけど、珠里亜須さまにはご苦労をおかけすることになると思います。ごめんなさい。と、謝罪を済ませたところで。カメラさん、お二人を映してくださいねー。

せき込みがおさまった鞍美須は、涙目になってしまった目を珠里亜須に向けてまた首座殿をあわてさせた。
この潤んだ瞳はむせたせいだ。
鞍美須は泣いているわけではないのだから、うろたえることなどないのだ。
落ち着け自分、と冷静を装いながら見返すと、鞍美須は先ほど言いたかったことをようやくはっきりと口にした。
「量が多すぎるのでもう食べられぬ。お前ももっと食べてくれ。」うるうるっ。←もちろん、むせたための涙目
「だから先ほどからポテトを食べているではないか。第一私はすでに昼は済ませているのを知っているだろう。」
「ふむ。確かにそれはそうだ。だが私ももう入らぬ。」
「それでは仕方がない。残りは持ち帰って若い者たちにでも分けてはどうだ? いい加減に執務室へ戻らねば。」
がびーーーーん。食事の後はお前の膝枕で昼寝だってばーーーーーーっ!!
と思った途端にまた鞍美須の瞳がうるうるうるっ。もちろん今回は悲しくなったための涙目である。
「何だ。どうしたというのだ。なぜそのような目で私を見るっ!?」
ここまで夢が実現したからには何が何でも膝枕だ、という決意を胸に、鞍美須は食事を楽しんでいたのだ。このチャンスを逃したら、公園でピクニック&膝枕でお昼寝は絶対に絶対に実現不可能と思われたからだ。しかし珠里亜須にはなぜ急に鞍美須が涙ぐんだのか、わからない。午後いっぱいのんびりするのもいいか、などと一度は思っては見たものの、やはりほったらかしの執務が気になる仕事人間なのである。
「あと一つだけ、この場でどうしてもやりたいことが残っている。」うるうるうるっ。
あと一つだけ、か。ならばつき合ってやっても問題はなかろう。
「何がしたい?」
好感触に鞍美須は勇気百倍、うるうる目をしばたたかせながら思い切って口にしてみた。
「膝枕で昼寝。」
………………………理解不能。
「今、何と?」
「膝枕で昼寝。」
「膝枕…昼寝…誰が誰の膝枕で昼寝をするのだ…?」
どちらが膝枕をするのか。どっちがどっちでも誇り高い首座様にとって恐ろしい事態であることには変わりないが、とりあえず確かめなくては! と、おそるおそる尋ねる珠里亜須に、鞍美須がにいいいいいっと笑って答えた。
「決まっている。お前の膝枕で私が昼寝をするのだ。」
「……そなたが……私の膝に頭を載せてここで昼寝をする……そういうことか?」
「その通り。」
「ばか者っ!! 何を考えているのだ!! 人目のある場所でできることではないだろうが!!」
言われて鞍美須は辺りを見回した。近くには人はいない。遠くの方で芝生に座ったり散歩をしていたりする小さな人影がちらほら見えるだけだ。
「お前の思うほど人は見ておらぬ。だからかまわないではないか…。それにばかと言わなくとも…」
どうせ私はばかだ、ばかなのだ、お前に比べれば大ばか者だ、呟きながら、うるうるうるうる、うるるるるる〜〜〜〜〜。ダムが決壊したかの如く涙があふれ出た。目の幅の涙が頬を伝って流れ落ちていく。
「あああああっもうっ!! 泣くでない、そなたの頭が悪いという意味ではないのだ」とハンカチを鞍美須の顔に押しつけながら、思わず珠里亜須も周囲を確かめた。
鞍美須は正しかった。二人に注目している者は一人もいない。それでも珠里亜須はまだ踏ん切りがつかないままだった。もうすでに執務をサボって鞍美須と二人こんな場所で油を売っているのだから、この際膝を貸してやったからといって今さら何だというのだ、という半ばやけくそな気持ちが兆しかけている反面、いやそれはやはり許容できぬ、という確固たる信念もあり。どうしようどうしようと考え込んでいると、膝に重みを感じた。目を落とすと鞍美須の顔があった。飼い主が考え込んだ隙をついて、ペットは勝手に膝枕をしてしまったのである。
「うわあああああっっっ!!」
「…そのように驚かずともよいではないか。」にまぁっ。
「そ…そ…そなた……」
さきほどの涙は何だったのだ!!
「フッ…お前の膝は気持ちがよいな。心地よく昼寝ができそうだ…」
「おい鞍美須!」
遅かった。闇の守護聖は目を閉じるなり眠りに落ちていた。念願の「膝枕で昼寝」を実現し、実に満足そうな顔で寝ている。まさか振り落とすわけにも行かず、すうすうと気持ちよさそうに寝息を立てる鞍美須の顔を茫然と見下ろすしかない珠里亜須だった。


12. 聖地に乱れ飛ぶ噂

どうしたらよいのだっ!!←ジュリアス様、パニクってます
こここここここここここのような場所で寝るな!←パニクるあまり、心の声までどもっちゃったり
鞍美須はいったん寝入ってしまうとなかなか起きない。いくら今現在誰も見ていないからといって、長時間この状態でいるとなると誰の目に触れるかわかったものではない。それは首座としてはやはり避けたい事態なのだった。執務をサボってピクニック、そのあげく昼寝をする鞍美須に膝枕をしてやっているなんて。ここは何とか鞍美須を起こして、なるべく早く執務室に戻りたい。そのためにはまず鞍美須を起こす必要があった。しかし大声で怒鳴りつけたりしたら人目を引くかもしれないから、そっと肩をゆすって、小声で起こそうと試みる。
「起きぬか、鞍美須…」
甘い低音で耳元をくすぐられて、鞍美須は失神しそうになった。
え? 失神って?
そう、実は鞍美須はまだ眠ってはいなかった。狸寝入りをしていたのだ。そして、珠里亜須の声にぞくぞくしながらさらに狸寝入り続行。もうちょっとお素敵ヴォイスを聞かせてほしいものだと全身を耳にしていた。だって、そんな風に息がかかるほどの距離から珠里亜須に甘く囁かれる(←多分に鞍美須の主観によるものと思われる)のって初めての経験だったから。いつも珠里亜須に厳しく叱責され、あるいは糾弾され、またあるいは罵倒されている鞍美須は天にも昇る心地だ。こんなこと二度としてもらえないかもしれない、少しでも長くこの状況を維持し、堪能したいと考えたところで不思議はない。その鞍美須の切実なる気持ちが通じたものか、じっと息をひそめて待っていたらまたもや珠里亜須の美声。
「このようなところで寝られては困る!」
ああうっとり……。
先ほどよりはやや大きめの声で、しっかり吐息が耳や首筋に感じられて、鞍美須のぞくぞくは最高潮に達してそのまま瞑想に突入しかけた。ちなみに珠里亜須視点からは、瞑想に入りかけてる鞍美須も狸寝入りしているときと変化なし。つまるところ声をかけてもまったく変化なしなので、今度は珠里亜須は思い切って、ゆっさゆっさゆっさ。さっきより大胆に揺すったところ、瞑想に入りかけていた鞍美須は現実世界に戻ってきた。そして性懲りもなく狸寝入り続行。要は、何をしてみても鞍美須は珠里亜須の膝にしがみついたままなのだった。
ため息とともに辺りを見回してみる。人影はまばらだ。いつもいちゃついているカップルとか、ぼうっと突っ立っているおじさんとか、ヤギとかは影も形もない。芝生でくつろいでいる筆頭守護聖に注意を払っている者はいないようなので、とりあえず肩の力を抜いてもう一度膝の上に視線を移す。
艶やかな髪の流れが美しい。思わずなでてみたところ、さらさらと気持ちが良いものだからしばらくそうやってなでていた。やはりペットには美しい毛並みというものは必須だ。柔らかな手触りに、厳格な飼い主もつい和んでしまっている。そして鞍美須はと言えば、「うわー! うわー! うわー! 珠里亜須が私の髪をなでているーーーっっ!!」と大興奮。しかしながら狸寝入り中のことなので、表情は変えず静かに大興奮しているうちに、あまりの幸福感にうっとりし過ぎて、本当に眠ってしまった。
で、珠里亜須のほうだが、日差しはぽかぽかと暖かく、膝枕をしてやりながら眠くなり、まことに珠里亜須らしからぬことに「人もあまりおらぬことだし、少し横になるくらいはかまわぬか」なんて考えて鞍美須の頭を載せたまま横になった。(注:先ほどから「膝枕」と表現しているが、珠里亜須さまには正座はできない。よって、足を伸ばして座っていて、大腿部に鞍美須さまが頭を載せている状態を膝枕と称していることをご承知おき願いたい。だから上体を倒せばラクに横になれちゃうわけです。)
見上げた空がまぶしくて目を閉じる。目を閉じてもまだまぶしくて、光を避けるために手で目のあたりをおおって、あろうことかつい自分もうとうとしてしまった。公園の芝生で折り重なって眠る筆頭守護聖たち。いくら人の少ない公園だとは言えまったくの無人ということはないのだから、それが噂にならぬはずもなく。
だってこの二人、ものすごく目立つ。一人ずつだって人目を引くのに、「犬猿の仲」と思われてる二人が一緒にいるとなれば、いやでも注目を浴びていたのである。人が少ないように見えた公園だが、どこからともなく二人は見られていた。木の影やベンチの向こう側から人々は筆頭守護聖たちの動向をひそかにうかがっていたのだった。

その日、宮殿では筆頭守護聖に関する噂が乱れ飛んだ。どこまで本当でどこからが嘘なのか判別のつけがたい、と言うよりは、すべてが嘘、口から出まかせ、まさにデマであるとしか思えないような噂ばかりだ。少なくとも、その現場を目にした者でなければ到底信じることのできないような噂の数々である。

その日の衝撃のニュース第二弾:闇の守護聖が光の守護聖を押し倒していた!
そして衝撃のニュース第三弾:しかもその後二人で執務室にこもって鍵をかけて密談をしていた!
さらに衝撃のニュース第四弾:光の守護聖と闇の守護聖は公園でデートしていた!
さらに衝撃のニュース第五弾:公園デートのとき、珠里亜須さまは鞍美須さまに迫っていた!
さらに衝撃のニュース第六弾:筆頭守護聖たちは人目もはばからず公園の芝生で折り重なって眠っていた!
本日の衝撃のニュース総括:光の守護聖と闇の守護聖は急に禁断の愛に目覚めた!!

さて、どのニュースが誤報でしょうか。
とにかく。こうした噂がこの日宮殿中と言わず、聖地中をかけめぐったのであった(ちなみに、第一弾は「クッションを抱えた闇の守護聖が光の守護聖に手を引かれて歩いていた」ってゆーやつね)。


13. 炎と水、筆頭の行方を追う

筆頭守護聖たちが仲良く公園でお弁当を食べ終えて、お昼寝タイムに入った頃。
雄火亜はちょっとしたトラブルが起こっている惑星の件で珠里亜須の指示を仰ごうと光の執務室へと赴き、首座の不在を知った。執務時間内であるにもかかわらず珠里亜須が執務室におらず、行き先に関する伝言すら残していないというのは、ほとんど不測の事態と言って良かった。

珠里亜須さま、あなたはいったいどこへ行ってしまわれたのですか!

きちんと整頓されたままの執務机は、昼食を食べに出る前に見た状態と同じだ。つまりはランチから戻ってから、珠里亜須はそこで仕事をしていないということだ。執務時間内で首座が行きそうな場所と言えば、王立研究院か王立図書館くらいしか思い浮かばない。だが研究院と図書館とを珠里亜須を探して歩き回るのは、あまりにも広すぎて大変そうだ。闇雲に走り回るよりまずは情報収集だな、と幾人かの女官に尋ねてみたところ、衝撃的なことを聞かされたのであった。
「闇の守護聖が光の守護聖を押し倒していた」
とか、
「珠里亜須さまは鞍美須さまに手を引かれて、宮殿から外へお出かけになった」
とか、
「いや、手を引かれていたのは鞍美須さまのほうだ」
とか。
噂ですけどね、と女官たちは判で押したように付け加えるし、何種類かの噂が錯綜しているようなので、雄火亜は珠里亜須の行方についての確かな情報源を求めてさらに何人かに声をかけてみた。そしてようやく確かな証人を見つけた。
「ええ雄火亜さま! 私、この目で見ましたの。お二人おそろいで宮殿の外へと向かわれました。」
ぬわぁんだとおおおおおおおおおおぅ!?
火を吹く勢いで雄火亜の心の中にこだました声はレディを悩殺する笑みで押し殺し、今得た情報を再確認する。
「それは間違いのないことなんだな?」
「あのお二方がって私も自分の目を疑いました。けれども守護聖様のお姿を見間違えることなんて考えられませんでしょう? お二人がご一緒だったのは確かです。」
女官は赤くなって雄火亜に見とれながらも断言したのだった。

珠里亜須が誰にも行き先を告げることなく執務を放り出してどこかへ行ったなんて、これが単独行動だったら信じられない事態だ。けれども鞍美須がセットでついているとなると話は変わってくる。
そう言えば鞍美須さま、朝から珠里亜須さまに張り付きっぱなしだったな。なんでも珠里亜須さまのペットになったとかおっしゃって…。
どうせまたあの方流の珠里亜須さまへの嫌がらせなんだろうが、はた迷惑な話だぜまったく。
とにかくお二人を探しに行かなくては!
珠里亜須さまは鞍美須さまに連れまわされて困りきっていらっしゃるだろうから、ここで騎兵隊よろしく俺が救い出しに行けば、珠里亜須さまの俺への覚えさらにめでたく、珠里亜須さまとの親密度もアップだぜ。(にやり)

姫を救い出しに行く騎士の気分で宮殿の外に出ようと歩き始めた雄火亜だったが、途中で青い顔をした流美映留と出会った。
「雄火亜ではありませんか。…あなたが鞍美須さまの居所をご存知とも思えませんが…もしかしてどこかでお姿を見かけませんでしたか? 鞍美須さまがどこにもいらっしゃらないのです…」
「どうやら宮殿の外にお出になったようだぜ。珠里亜須さまとご一緒だと聞いた。」
くらっ、流美映留はめまいを感じて倒れそうになった。ふらついたところを雄火亜の手に支えられ、「大丈夫か?」と声をかけられて我に返った。
「…ああ、すみません。ところで…あの噂はやはり本当なのでしょうか。」
鞍美須の行方を尋ねまわるうちに、流美映留もあれこれの噂を耳にしたようだ。
「お二人がご一緒に、って話か?」
「ええ…」
「信じがたい話だが、そうなったことについて俺に心当たりがないわけでもない。とにかく確かめに行こうと思っている。」
「私も…私もご一緒させていただけませんか!?」
「それは俺はかまわんが…」
「では、参りましょう!」
流美映留は、怠惰ぼんやり遅刻魔何考えてるかわからなく手のかかる闇の守護聖がとても好きだった。流美映留が彼の持つ無尽蔵ともいえる優しさをとことん垂れ流し、浴びせるように注いでも柳に風と受け流してくれて、自分というものを見失わない鞍美須(←要は、いつもぼんやり)は、彼が献身的に尽くしても誰にも害を及ぼすことのない理想的な相手だった。鞍美須以外の相手にこんなに尽くしたら、その相手はきっと尽くされすぎてだめになってしまうに違いない。けれども鞍美須はこれ以上だめになりようがなくて、どんなに尽くしても安心という点でまさに理想的だったのだ。
その鞍美須が。
流美映留の溺愛する、大切な鞍美須が。
流美映留の知らないところで流美映留以外の誰かと何かをしているなんて。
ああショック。
鞍美須の日常を常に観察している流美映留は、どうやら鞍美須は珠里亜須がお気に入りであるらしいことには気づいていた。けれども「あの怠惰な鞍美須さまが自ら何らかの行動を起こすことなんてあり得ませんから、鞍美須さまと私の仲は安泰ですね。いつまでもいつまでも、この聖地にいる限り私は心おきなくあなたの面倒を見てさしあげることができるのですね。ああ私、幸せです…」と高をくくっていたら、今回のこの事態である。

ああ鞍美須さま……あなたは私の手を離れて自立の道を歩み始めたのですか……。できる限りあなたをお守りしようと心を砕いてきた私の手を振り切って……。
いえ、私はこの目で真相を確かめるまでは、噂など信じませんとも!

はやる気持ちが流美映留をして雄火亜の手をつかませた。しっかりと手をつかんだまま先にたってぐいぐいと雄火亜を引っ張るようにして進む水の守護聖の姿には、どこか鬼気迫るものがあった。
そして宮殿には、水の守護聖が炎の守護聖と手をつないで歩いていたという、新たな噂が流れたのだった。


14. 炎と水、奔走する

二人は手に手を取って仲良く筆頭守護聖たちの行方を追っていた。本人たちの主観はともかく、客観的にはそう見えていた。
つまり。
炎の守護聖は流美映留に手を取られたまま宮殿の外へと引っ張り出され、そのままの状態で歩き続けていたのである。だいぶ歩かされてから、先導する流美映留に付き従って歩いているということにようやくにして気づく。

流美映留に引きずられているなんて。そんなのは俺じゃない!

それもこれも、意外な迫力と怪力にあっけに取られていたせいだった。たおやかな、虫も殺さぬ風情の水の守護聖ときたら、雄火亜もたじたじの勢いで突き進み、しかもものすごい怪力の持ち主だったのだ。

この俺がこんな、男にすら見えんような優男に遅れを取るだと?

がしっと握られた手を思わず振りほどいたところ流美映留が振り向き、小首をかしげて「どうなさいました?」と訊いてくる。その声は優しく、大柄な炎の守護聖を引きずるようにして歩いてきたにしては息ひとつ乱していない。顔を見てもやっぱり優しげな、美女然とした流美映留なのがなんともアンバランスというか、怖いというか。
「どうもこうもない。俺は子どもじゃないんだぜ。お前に手を引かれておとなしくついて行けるか。」
「ああこれは、失礼しました。つい、心が急いたものですから。…ところで、私たち、どちらへ向かえばよいのでしょうね?」
えらく確信ありげにぐいぐいと雄火亜を引っ張っていた割には、目的地を知らないと言う流美映留。雄火亜は心ひそかにため息をついた。

前々から思っていたが、こいつは見かけによらず猪突猛進型だ。特に鞍美須さまのこととなると、周りが全然見えてないんじゃないか。

でもそんなことを言ったら流美映留を怒らせてますますややこしい事態になりかねない。何しろ流美映留の怒りはストレートではない、と雄火亜は認識している。拳と拳、あるいは剣と剣で決着できるタイプの怒りだったら雄火亜の得意とするところだ。しかしどうも流美映留の怒り方は勝手が違ってやりにくい。売られたけんかなら買うし負ける気もないが、あえて自分からけんかをふっかける気はなかった。そりゃ、少しちょっかいを出していらだたせる程度のことなら守護聖間の親睦を保つコミュニケーションの一環としてするが(やなコミュニケーションである)、なるべくなら本気で怒らせたくない、と言うよりもあまり深くは関わりたくない男なのだ。そこで、単に現状と対策だけを述べることにした。
「俺が宮殿のレディから聞いたのは、お二人で外へ向かわれたってことだけだ。行く先についてはまた他の人間に訊くしかないだろうな。」
「そうなのですか…」

ということで、、もとい。の二人はすれ違う人に筆頭守護聖を見かけなかったかと尋ね続けた。そしてほぼ全員から「お二人仲良く」「公園」、オプションとして「お弁当」「お昼寝」といった単語を聞かされた。水の守護聖の優しい美貌は憂わしげにくもり、炎の守護聖の精悍な顔は険しく引き締まり、二人はひたすらに公園を目指した。そしてついに発見したのである。さんさんと降り注ぐ陽光の下、芝生にレジャーマットを敷いて、二人仲良く横になっている筆頭守護聖たちを。
ああ…。
二人は同時に心の中で嘆息をもらした。

そのとき雄火亜の思ったこと。
珠里亜須さまが公園で昼寝……鞍美須さまに感化されてそんなことをなさって。後でひどく後悔なさるだろうに。ここで俺がお起こししてもいいものかどうか、難しいところだ。
下手な起こし方をしたら、とんでもないところを雄火亜に見られたという屈辱から、せっかくの信頼関係が崩れてしまうかもしれない。けれども起こさずに放っておいてより長い時間この二人の姿を人目にさらさせておくのもどうかと思うし。雄火亜の心は千々に乱れていた。

一方、流美映留は。
やはり一連の噂は本当だったのですね…鞍美須さま…(唇かみしめ)。
しかしここはあなたのためにお祝いを申し上げることにしましょう。私は決して嫉妬深い男というわけではないのですから。あなたの幸せだけが私の望みです(にっこり)。
珠里亜須さまと仲良くなられて、本当にようございました。おめでとうございます鞍美須さま。あなたの念願はついに果たされたのですね…。少し寂しい気もいたしますが…でも私、鞍美須さまの幸せを願って長年お世話をさせていただいた甲斐があったというものです。いえ、この先もずっとずっとお世話はさせていただきますとも! 珠里亜須さまと仲良くなられようがなんだろうが、あなたと私の関係はまったく別の話です。私たちの絆は固いのですから!(握りこぶしっ)
案外立ち直りの早い流美映留さまなのであった。

で。それぞれの思いに浸っていた二人は、目を見合わせた。このお二人をどうしようか、と。
「とにかくお起こししなければどうしようもありませんね。」
決然と、流美映留は言った。二人を起こすことに及び腰なのは上記の様子からも明らかなように雄火亜のほうで、「お起こしするのはいいが、その後どうするんだ。俺は珠里亜須さまに嫌われたくないんでな」なんて、弱気なことを言う。流美映留は哀れみのまなざしで雄火亜を見た。
「お起こししただけで嫌われるのですか。珠里亜須さまはそんな心配をしなくてはならないほどに狭量な方なのですね。それはお気の毒なことです。その点、私の鞍美須さまは寛大でいらっしゃるから。」にっこり。
あまりな言われように雄火亜は反論しようとしたが、そんな暇を与えるような流美映留ではない。いつの間にやら鞍美須の傍らにひざをついて、肩に手をかけ軽くゆすりながら呼びかけていた。
「鞍美須さま…お起きください…」
優しい声に鞍美須は身じろぎして、ゆっくりと目を開いた。目の前に流美映留の顔。目を開いた鞍美須ににっこりと笑いかける。
「このような場所でお昼寝をなさると、日に焼けてしまいますよ。そろそろ執務室に戻りましょう。」
あなたの美しい白い肌が荒れてしまうなんて、言語道断です。あとで織美絵にエステを頼んでおかなくてはなりませんね。なんてことまでついでに考えている流美映留。
鞍美須は「ん」とか「ああ」とか、返事ともつかぬ返事をしているが、流美映留は一向に気にした様子もなく、鞍美須の手を取って引き起こした。
そして。
ひざの上の鞍美須が身じろぎ、次いで引き起こされたために、なんだかすうっと寒くなって目を開いた珠里亜須、はっと目覚めて起き上がった。


15. 噂、拡大

正面に人の足が見える。こんな角度で見たことはあまりなかったが、どうもこの装具や、青いマントは雄火亜のもののようだと思いながら、視線を上にずらしていくと、そこにいたのはやはり雄火亜。見上げた視線と見下ろす視線が交差し、雄火亜は珠里亜須の横に膝をついた。珠里亜須を見下ろして偉そうにつっ立ってるなんて、不遜極まりないではないか。
「珠里亜須さま、宮殿に戻りましょう。」
どう見てもピクニックなこの様子や、昼寝をしていたことについては一切言及しない。下手なことを言ったら地雷を踏むかもしれないからだ。誇り高い首座の神経を逆なでするようなことだけは避けたい。
「…あ、ああ…そうだな。執務に戻らねば。」
雄火亜の配慮に甘えて、珠里亜須も鞍美須との散歩&ピクニック&昼寝については口にしない。その隣では流美映留が鞍美須に、戻るよう再度うながしている。
「鞍美須さまも…こんなに日の当たる場所でお昼寝をなさって、のどが渇いたのではありませんか。私がハーブティーを淹れてさしあげますから執務室にお帰りを。」
それを横目で見つつ、鞍美須はいつものように流美映留に任せておけばよいのだ、と珠里亜須は立ち上がりかけた。ところがなぜか立ち上がることに失敗して、誇り高い首座様はしりもちをついてしまった。例によって鞍美須が正装をしっかりとつかんでいたのである。鞍美須のせいでしりもちをつくという醜態をさらした珠里亜須、またそなたかと鞍美須をにらむと。
「珠里亜須…」うるっ。
うわあああああああっ大変だ大変だ鞍美須が泣いてしまうっ! 雄火亜や流美映留がいて、もしかしたら一般人も見ているかもしれないこのような場所で大泣きされたら。
闇の守護聖が公園のど真ん中で幼児のように泣きわめく様を想像して、珠里亜須の顔から血の気が引いた。いくら鞍美須でもそこまでの暴挙には出ないだろうに、珠里亜須さまはやっぱり心配性に違いない。取り越し苦労の多い人生、気の毒なことである。
あせりまくった珠里亜須さま、ハンカチを鞍美須に渡しながら、さっさと立って歩き出そうとしていた雄火亜をあわてて止めた。
「しばし待て、鞍美須が。」
「鞍美須さまがどうなさったというのです。流美映留もいることですし、彼に任されては?」
「そうは思ったのだが…」
困惑する珠里亜須。涙をぬぐうふりをしながら内心では舌を出している鞍美須、相変わらず珠里亜須の執務服をしっかと握って離そうとしない。
「鞍美須さま、珠里亜須さまもお困りですから、その手をお放しになってくださいね。」
流美映留の説得もむなしく、鞍美須の指はますますしっかりと珠里亜須の服を握り締めた。
「とにかく、我々だけ先に行くわけにはいかぬ。鞍美須もともに連れて戻らねば。」
珠里亜須さま、この粗大ゴミのようなくてでかいでくの坊に何か弱みでも握られてるんですか。なぜあなたがそこまで言いなりになるんですっ!
「あなたがご心配になることではありません。大丈夫、流美映留が連れて戻ってくれますよ。いつもそうじゃありませんか!」
雄火亜はマジギレ寸前である。
「…元はと言えば我々が鞍美須を置いて食事に出たのがいけなかったのだ。昼を食べておらぬと言うから食べさせていて遅くなった。」
それは過保護ってものです! たとえデクノボーだろうが役立たずだろうが、鞍美須さまは立派な…かどうかはよく知りませんが、とにかく十分に大人なんだから、自分のことは自分でさせなさい、珠里亜須さま!
雄火亜、思わず心の中で珠里亜須に命令しちゃったり。よほど腹に据えかねているらしい。
だがそれに対して首座が何かを言い出す前に、流美映留が先に声をあげた。
「なんということでしょう。この私がついていながら鞍美須さまを空腹にさせてしまうなんて…」
実のところ、今日は流美映留は鞍美須に「ついて」いることはできなかった。流美映留は午前中から何度も闇の守護聖を探し回っていたのだった。まさか珠里亜須の執務室にずっとこもりっきりだなんて思いもせず、普段ならいる可能性が高いけど本日に限ってはまったく見当はずれの場所ばかりを探し歩いたので見つけることができなかったのだ。だから鞍美須のお昼ごはん抜きも空腹も、流美映留の責任ではない。でも鞍美須の保護者を自任している流美映留、自分が探し当てることができなかったばかりに鞍美須がつらい目にあったのだと自らを責めまくり、真っ青になって涙を流さんばかり。
「申し訳ございません、鞍美須さま。」
「別に…大事ない。それに珠里亜須がこれを用意してくれたので、もう十分だ。食べきれずにまだ残っているのだが…お前、食べぬか?」
と手つかずのまま半分残っているサンドイッチやらポテトやらを指し示された。
「私は今は空腹ではありませんから。雄火亜、あなたはいかがです? 体を動かすのがお得意のあなたならば、胃袋に余裕があるのではありませんか?」
「俺だってもう昼は済ませている。その上執務時間にそんな間食なんかしていられるものか。」
「…ということですし、鞍美須さま。これは持ち帰ることにしましょう。帰ったらハーブティーを淹れますから、子どもたちにもお茶をふるまうことにして、そのお茶請けにしましょう。」
我ながら良い考えですね、と流美映留にっこり(つい今しがた真っ青だったくせに)。鞍美須うなずいて立ち上がる。ただし珠里亜須の服は握ったままだったので、珠里亜須も引っ張られて立ち上がる。筆頭たちが立ち上がったところで、副官たちは撤収準備にかかった。流美映留、残った食べ物をかいがいしくまとめて紙袋に詰めなおし、雄火亜は手際よくレジャーマットをたたみ、では戻りましょうと珠里亜須をうながした。
「返せ。それは私のものだ。」
雄火亜にひそかにでくの坊と罵倒された闇の守護聖、これでなかなか経済観念が発達しているらしい。聖地ハンズあたりで300ハート(註:ハートは通貨、1ハート=約1円)足らずで買えるレジャーマットの所有権をしっかりと主張し、雄火亜の手から取り戻すと、正装のどこかにある秘密の収納場所にしまった。
くそ、むかつくー。たたんでさしあげても感謝の一言もないばかりか、泥棒扱いだからな。別に俺はそんなもんがほしかったわけじゃないぞ。
やっぱり俺はこの方とは相性が悪いと再認識する雄火亜である。

かくして4人そろって宮殿に戻ることになったのだが、並んで歩く雄火亜と珠里亜須、珠里亜須の服をしっかりつかんで斜め後方をついて歩く鞍美須、そのさらに後ろに静かに従う流美映留、いくら守護聖の常駐する聖地といえども、この4人がこんなふうにぞろぞろと並んで歩く姿はめったに見られるものではない。
夕刻、ついには聖地新聞の号外が出た。公園から宮殿に戻る途中の4人を写した写真がでかでかと載せられている。記事の内容はもちろん、その日聖地を震撼させた、珠里亜須と鞍美須、雄火亜と流美映留に関する噂の詳細であった。




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