パラレル聖地 -愛玩-



16. 女王陛下、走る

若草色のワンピース姿の若い娘が聖地の公園をほてほてと散歩していた。ふわふわした金髪を揺らして、楽しげにあたりを見回しながら歩いていく。
これこそが新宇宙の女王、安慈恵理育陛下に他ならない。

新女王は平気で宮殿を抜け出しては散歩をしてみたり、カフェテラスでプリンアラモードを食べたり、雑貨店に寄ってかわいい小物に歓声をあげてみたりと女王らしくないことばかりをする型破りな女王陛下だ。というより、まったく女子高生気分から脱していないのである。その気分のままに身軽な服装に着替えては聖地を闊歩する陛下に、補佐官の露沙里亜も首座である珠里亜須も困っていたが、女王本人はちっとも困っていない。いくらいさめたって聞くような耳なんか持ち合わせておらず、「奥宮に閉じこめられるくらいだったら、女王やめます」などと言い出しかねない。慣れるまでは仕方あるまい、と珠里亜須はため息をつき、露沙里亜もそれに同意し、女王の自由行動は黙認されている状態にあった。
親しみやすい、庶民的な女王陛下は、公園を散歩しながら小さな子どもたちの相手をしたり、飼い犬を連れている人に気軽に声をかけては話し込んだりする。そんな彼女は、一向に女王らしくなっていただけないのは困ったことだという珠里亜須の心痛をよそに、聖地の人々からは敬愛を受けていたりするのだ。そういったわけで、さすがの珠里亜須も観念して、今上陛下はそういう方なのであると認めるべきときなのではないかと思い始めていた。

それはともかく。
好奇心旺盛な安慈恵理育は「号外! 号外!」と新聞を配っている男を見つけると、さっそく近寄って号外を一部手にした。そしてまず大写しになった守護聖4人の姿に驚き、記事を読んでさらに驚き、次いで喜び、瞳がきらきらと輝き始めた。

珠里亜須と鞍美須が仲直りしたなんて。雄火亜と流美映留が仲良く手をつないでたなんて。
これは本当に号外の価値ありだわ!
こんな面白いこと、早く露沙里亜にも教えてあげなくっちゃ!

その新聞を握り締めると、安慈恵理育は宮殿に向かって走り始めた。
ワンピース姿で、号外を握り締めてだだっと宮殿にかけこむ女の子の姿に、一瞬衛兵たちは身構えたが、女王陛下であると認識すると苦笑いで顔を見合わせた。出て行くときにはどこかの抜け道を使ってこっそり出たのを忘れて、表からかけこんでくるのはよくあることで、衛兵たちも慣れたものなのである。

「露沙里亜〜〜〜!」
大きな声で叫びながら、補佐官の部屋に飛び込んだ安慈恵理育、息を弾ませて額にちょっと汗。
「まあ陛下。」
露沙里亜は安慈恵理育の額の汗をぬぐってやりながら、「どうなさいましたの?」と尋ねた。
「もう、陛下なんて呼ばないでよ。他の人がいないときは安慈恵理育でいいって言ってるのに。」
「まだ執務時間内ですわよ。けじめはつけませんと。陛下におかれては、また抜け出して遊びに行っていらしたのでしょう。」
ぎろりと見られて、安慈恵理育は首をすくめた。
「ごめーん。ナイショで遊びに行っちゃったことは謝るって。でもねでもね、出かけた甲斐はあったのよ!」
と、手にした号外を差し出した。
「何ですの?」
「まあ見てったら!!」
手渡された号外に目を落とした露沙里亜、でかでかと載っている驚天動地な写真に、思わずそれを取り落とした。
「こっこれは一体!?」
「何だかね、聖地中でものすごい噂になってるみたいなのよ〜♪」
安慈恵理育の言葉を聞き流しながら、露沙里亜は拾い上げた号外の見出しにざっと目を通した。
「…このせいで、何だか今日は宮殿の中がざわついていたということですわね。」
「だって無理もないじゃなーい。珠里亜須と鞍美須って言えば、ええと……何て言うんだっけ、そうそう。『犬猿の仲』の代表格だし。雄火亜と流美映留だってそうでしょ。そんな彼らが仲直りしたなんて、聖地がひっくり返ったっておかしくないもの!」
聖地にひっくり返られては困ります、と露沙里亜は思ったものの、犬猿の仲で有名な守護聖たちがむつまじく連れ立って歩いている光景というのは、数々の噂についての真偽はともかくとして、号外の価値があると認めざるを得なかった。
「でね、これから珠里亜須のところに行って、お話ししてこようと思うの。」
「…陛下、どういうお話をなさいますの?」
「いいからいいから。私にちゃーんと考えがあるのよ!」
陛下の考え…いったいどのような突拍子もないことを思いついたのか、と露沙里亜は微かに頭痛を感じて、こめかみを抑えた。
「わかりました。わたくしもご一緒させていただきますわ。」
「えー? 露沙里亜も来るのー?」
いささか不満そうな安慈恵理育だったが、露沙里亜も一歩も引かない構えであるのを見て、「わかったわ、一緒に行きましょ♪」と同行を許したのだった。。


17. 女王陛下のご訪問

そろそろ執務時間も終わりに近い頃、安慈恵理育は露沙里亜を従えて光の執務室を訪れた。鞍美須が光の執務室にいるのを発見して、にっこり笑顔がますますにこやか〜♪になってしまう女王陛下。珠里亜須はあわてて立ち上がって出迎える。
「これは陛下、わざわざお運びいただくとはどのようなご用向きでしょうか。」
執務机の横でだらだらしている鞍美須に、小声で「陛下の御前だ、そのようなだらしのない格好でいてはならぬ」と叱責したが、黒い塊はその場にへばりついたままである。態度のでかいペットに珠里亜須、ため息。若草色のワンピース姿の女王を見てさらにため息がもれたものの、また外にお出かけになったのだな、と心のうちでつぶやくにとどめた。
「聞いたわよ珠里亜須〜。やっぱり鞍美須ここにいるのね。」にまーっ。
「は?」
「あ、ごめん。聞いたんじゃなくて読んだのよ〜。その後で女官たちにもいろいろ聞いたけどっ!」にこにこにこーっ。
「ですから、何を。」
「これよぉ。」
女王の差し出すものを手に取り、目にして、ぴきーん。珠里亜須は固まった。女王が来たって自分の居心地のいい場所を動こうとしなかった鞍美須だが、大好きな飼い主の様子がおかしいのでちょっぴり気になってようやく少し動いた。
「…どうしたのだ…」
執務机の脇にクッションと共に陣取っていた鞍美須、のそりと立ち上がって珠里亜須が手にしたものを見る。守護聖4人が連れ立って歩くさまを隠し撮りした写真がでかでかと載っている件の号外である。
「……ふむ、なかなかよく撮れている。」
「そういう問題か!」
珠里亜須がぴしりと決めつけた。
「ではどのような問題だと言うのだ?」
はあああああ…。
ついに珠里亜須さま、女王陛下の御前であるにもかかわらず大きくため息をついた。とんでもない一日を過ごしてすっかり疲れきっていたところへ、新聞種にされるというとどめの一撃を受けて(しかもそれを知らせにきたのが女王陛下ときている)、情けないやら恥ずかしいやら情けないやら恥ずかしいやら情けないやら恥ずかしいやら(珠里亜須の気持ちを忠実に再現するといつまでもこの先に進めないので、三度の繰り返しにとどめておくことにする)。
「このような…見世物のようなことになって、そなたは何も感じないというのか。」
号外を握りつぶさんばかりにしながら、珠里亜須が言った。
「別に。守護聖など、もともと見世物のようなものではないか。」
「鞍美須!」
「あらあらあらあら、なかよし喧嘩? 新聞に二人が仲直りしたなんて書いてあるもんだから、照れちゃって〜」

なかよし。

それこそ、鞍美須がこのン十年求め続けてきた、珠里亜須とのあるべき関係であった。

ああ、感動だ……。女王に「なかよし」というお墨付きまでもらえたからには、珠里亜須だって私となかよしだと認めてくれるはずだ。何しろ珠里亜須は「女王命」の男だからな(ちょっぴり悔しいけど)。…とにかく、ペットになってよかった…。
じぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。

鞍美須、感動に浸りきって、とうとう瞑想状態になってしまった。ただ、傍目にはただ突っ立って何か考え込んでいる風にしか見えない。なので、そんなしあわせ絶頂な鞍美須さまのほうはとりあえずほっておいて。女王に言葉を返したのは珠里亜須。
「陛下! 恐れながら、仲直りとか、なかよしとか、一体どういうことなのですか。」
「だって聖地中の噂なのよ? 珠里亜須と鞍美須が長年の確執は水に流して、とうとう仲直りしたって。それともこの新聞に書いてあること、みんなうそだって言うの?」
宇宙一、信頼のおける聖地新聞の記事に間違いがあるとでもいうつもり?という目で見上げてくる女王陛下を見つめ返す珠里亜須。何だか自分の知らないうちに周囲は大騒ぎになっているらしいと今初めて知った彼は、血の気を失って、光の守護聖の純白の衣装よりもなお白い顔色になっている。珠里亜須さま的には見るのも恐ろしいその新聞だったが、何を言われているのか確かめねばなるまいと勇気を振りしぼって目を通してみた。そして珠里亜須さま的に残念極まりないことに、これはまったくの誤報であると新聞社に抗議できるようなエピソードはひとつもなかった。
がーーーーーっくり。

ここまで詳細に観察されていたと気づかなかったとは。守護聖の首座としてあるまじき行いをしてしまった。このようなこと、聖地開闢以来初の不祥事であろう。私は……このような事件を引き起こして、歴代の女王陛下に顔向けができぬ。どうか許したまえ、代々の女王陛下の御霊よ。かくなる上は死んでお詫びを…。

「珠里亜須〜♪ 何かむつかしーこと考えてない?」
うつむいて、死んでお詫びをなんて考えてたら、安慈恵理育に顔をのぞきこまれて、にっこりされた。
「陛下…」
「私ね、あなたたちが仲直りしてくれて、とっても喜んでるの。それでね、考えたんだけど。」
安慈恵理育の言葉に、「いよいよ陛下の『考え』なるものが披露されるときがやってきたようですわね」と息を呑む露沙里亜。
「こんなすばらしいこと、噂だけなんてもったいないじゃない。それに噂のままにしといたら、どんどんエスカレートして妙な尾ひれがついたりするし。だからね、正式に発表しちゃったほうがいいと思うの。今夜は記者会見よ! セッティングは私がするから、遠慮せずに二人で会見に臨んでね。なんだったら雄火亜と流美映留の仲直りも一緒に発表しちゃったってかまわないわ!!」

かくして、記者会見の主役であるところの光の守護聖と闇の守護聖は、それぞれえらく意気消沈中だったり瞑想中だったりして口出しができない心理状態なのをいいことに、女王陛下は記者会見のセッティングに取りかかった。


18. 記者会見を待ちながら

突然の嵐のような女王陛下の来訪を受けた後、筆頭守護聖二人はしばらくその場にたたずんでいた。一人は呆然と、もう一人は陶然と。さしあたって次に何をすべきか、思いつかなかったからだ。

仲直りを正式に発表、って。そりゃー二人は筆頭守護聖で、彼らの長年にわたる不仲は聖地では有名だったけど、だからってわざわざ記者会見までして「仲直りしました、これからも二人を見守ってください」みたいに言うほどのことだろうか。それより何より、そもそも本人たちには「我々は仲が悪い」という認識はなかった。
鞍美須は珠里亜須のことが好きで「もっと仲良く」なりたかっただけで、それまでの状態を「仲が悪い」とは思っていなかった。
珠里亜須はいつも鞍美須を叱っていたがそれは仲が悪いから叱ったのではなく、態度が良くないとか、書類の提出が遅いとか、そういう個々の事情に対応して叱っていたまでで、それをしでかす本人と仲が悪いとはこちらも思っていなかった。

鞍美須は仲直りが必要なほどにこれまで仲が悪かったのか?

珠里亜須は女王の勢いに押されて記者会見なるものを行うことに同意する形になってしまったものの、どうしてもそんな疑問が湧いてきてしまう。そんな自分にひきかえ、瞑想から現実世界に戻ってきつつある鞍美須は能天気に喜んでいるふうだった。明らかに浮かれている様が見て取れる。
「鞍美須…ひとつ訊きたいのだが、よいか?」
「何だ?」にっ。
「私たちは……陛下にあのように言われたり、新聞に書き立てられたりするほどに仲が悪かったのか?」
「そのような覚えはない。」にまっ。
「私もなのだ。なぜ陛下はあれほどまでにお喜びなのであろうか。」
「さて、な。我らには計り知れぬ何らかの理由があるのではないか。何しろ女王陛下のお考えなのだからな。」にへら〜っ。
深遠な考えなどあるはずがない、あの女王はお祭り騒ぎが好きなだけだ、と心の中では思っていたが、それを珠里亜須に言えば事態は悪化するに違いないのでそうは言わなかった。よけいなことを言って珠里亜須の神経を逆なでして、せっかくの女王のお膳立てをぶち壊しにする気はない。

鞍美須自身はお祭り騒ぎが好きなわけではないが、珠里亜須となかよしだと大々的に発表できるとなれば話は別だ。大いに歓迎するべき女王陛下の提案に、自然と心が浮き立ってしまう。鞍美須は、そう言って差し支えなければ、不気味なほどにうきうきしていた。何か言うたびに顔が自然とにやけてしまうあたりからも容易に察せられることだが、珠里亜須と二人だけの今はそのうきうきを目いっぱい表現してはばかるところがない。無論、他の人間の前ではいつもどおりのポーカーフェイスで通すつもりではあったが。
「とにかく女王陛下の仰せなのだ、記者会見とやらに赴こうではないか。」にっこり♪
ものすごく鞍美須に似合わない感じがする、女王陛下顔負けの満面の笑顔に、珠里亜須は目を見張った。
何がそれほどにうれしいのだ。これほど単純に喜ぶことのできる人間だったとは知らなかった。
私は今までこの男の何を見ていたのであろうか…。
今日一日で、今まで全然知らなかった鞍美須を堪能したはずだというのに、この期に及んでまだ鞍美須の性格をうんぬんしている珠里亜須さまなのであった。

さて。そうこうするうちに時は流れて、「珠里亜須さま、鞍美須さま、記者会見の用意が整いましたのでこちらへ」と人が呼びにきた。いよいよ女王陛下の音頭取りでセッティングされた「祝! 光の守護聖と闇の守護聖仲直り記念記者会見」会場へと赴く二人。珠里亜須はフクザツな気持ちをいつもどおりの首座顔の下に隠し、鞍美須は浮かれ気分をいつもどおりの厭世観満ちあふれ顔の下に隠して、会場への長い回廊を言葉もなく進む。反響する靴音だけがBGM、あとはひたすらな沈黙。
呼びに来た職員は二人を先導しながら、確かお二人は仲直りなさったということでその発表のはずだったが、背後から漂う冷気というか妖気というか、一種異様な雰囲気はとても仲直りなさったとは思えないとおびえつつ彼にとっては永遠とも思えるほどの長い時間を歩き続けた。何せ宇宙全体を統べる女王陛下の宮殿であるからして、たいそうな威容を誇っているのだ。ようやく記者会見場までの長い道のりを踏破して、あちらのお席へどうぞと二人を送り届けたところで、先導していた職員はみごと大役を果たした安堵で涙ぐんでいる。気の毒に、彼はいつ背後のお二人がけんかを始めるかと気が気ではなかったのだ。仲直り記者会見に赴く途中で筆頭守護聖たちがけんかを始めたとあっては、女王陛下のセッティングした会見は台無し、二人のけんかを止めることができなかった自分は何らかの責任を問われるかもしれない。王宮職員としてのキャリアに傷がつくのを免れた安堵から涙ぐむのも無理からぬことであった。


19. 筆頭、記者会見に臨む

パシャパシャパシャパシャッ!!
筆頭守護聖二人が会場に入ってくると同時にフラッシュの嵐。
「皆さーん、仲直り会見始めまーす。まずは二人にどうしてこういうことになったんだか聞かせてもらおうと思うんだけど。」
若草色のワンピースの少女がマイクを握っている。それは安慈恵理育であった。
なんと女王自ら会見を仕切っている。おいあれ、陛下じゃないのかとかいう声がざわざわと記者たちの間に広がった。筆頭守護聖だけではなく女王陛下まで臨席とは、これはすごい記者会見だと色めき立つ。「ねえみんな、始めてもいい?」と記者団に問う女王。ざわついていた部屋も、女王陛下の再度の発言に静まりつつあった。安慈恵理育は珠里亜須と鞍美須に顔を向けた。
「どっちから話すの?」
女王の質問に筆頭守護聖ふたり、無言。なんだか気まずい風がひゅるるるる〜と吹いたような気がしたのは、記者の面々。だけど女王は動じた様子もなく、
「そうね、やっぱり最初は首座よね。じゃあ珠里亜須、どうぞ。」
とにっこり笑顔と共に言った。指名を受けた珠里亜須、会場を埋め尽くした記者を眺め回して低い声でひとこと「これは何の茶番だ」。

しーーーーーーーーーん。

さっき吹いた気まずい風は序章に過ぎなかった。ただでさえ静かな室内が、珠里亜須の発言に絶対零度まで冷え込んで凍りついた。
厳格であると言われている首座である。その彼がにこりともせずに上記の発言だ。この世のものとも思えない美形だが、それだけに迫力満点、はっきり言って怖い。となりに座っている闇の守護聖もこれまた美形だが、こっちは妖しいムードを漂わせて何やら恐ろしげな呪文でも唱え始めるんじゃないかっていう風貌で、首座とはまた別の意味で怖い。記者たちは震え上がった。仲直り会見だっていうから来たのに、なんだかめーっちゃ機嫌悪そうだったり怖かったりする主役たちに真っ青である。
しかし陛下は違った。だてに女王はやっていない。その程度でめげるような安慈恵理育ではなかった。
「あらー? 二人はなかよしさんになったんじゃなかった? 私、この目でちゃんと見たし。」
自信たっぷりに断言する女王に質問が飛んだ。首座様は怖すぎて気軽に質問したりできない雰囲気だけど、新女王陛下が気さくな方だというのは有名な話だ。
「会見をすることをお決めになったのは陛下だということですが、それは筆頭守護聖のお二人からの要請があってのことでしょうか?」
「ううん」と女王は首を振った。
「そうじゃなくって、私が気を利かせてあげたの。この二人ってば恥ずかしがり屋さんだからそんなこと言うはずないでしょ。でもせっかくの仲直りなんだもん、みんなでお祝いしてあげなきゃって思ったのよ。」
恥ずかしがり屋さん。何だか目の前の二人とはちぐはぐな印象を与える言葉ではあったが、陛下のお言葉なのだからそうなのだろうと記者たちはメモを取るのに忙しい。そして、二人の仲直り発表会見はいつの間にやら女王陛下インタビューに変わってしまった。
「陛下、『この目で見た』とおっしゃるのは、具体的には何をご覧になったのでしょうか。」
「珠里亜須の執務室で二人仲良く仕事してたわよ。」にっこり。
「それはいつのことですか?」
「そうねー、ついさっき行ったときは二人いっしょにいたわね。」
「そのときのご様子は?」
「そりゃーもう、なごやかっていうか、仲むつまじいっていうか、長年連れ添ったご夫婦のように自然な感じで…」
ふーふ!? 冗談ではない!!
それまで黙って聞いていた珠里亜須は、とうとう堪忍袋の緒を切らして声を上げた。
「陛下、少しお黙りください。」
彼の忠誠の対象である女王陛下に人前でこんなこと言うなんて、かなーり、切れちゃってる模様。
「あ、私しゃべりすぎた?」
えへ、と舌を出して、「ごめんなさーい、二人の会見なのに、私がでしゃばっちゃいけなかったわね」と謝る。珠里亜須は、そういうことではないのだが、と頭を抱えたい気分になった。

鞍美須と公園で昼寝までしてしまったのは確かに私の落ち度だ。しかしそれでどうして仲直りだなんだと騒ぎ立てられ、記者会見などというものに引っ張り出されるのだ…。

これまで守護聖はもちろんのこと、女王がこの会見のような形で人前に姿を現すことはなかったし、彼らの間で交わされる言葉が世間に漏れるということもなかったので、記者団は一言一句も聞きもらすまいと真剣だ。会場はまた静まり返っている。守護聖が女王を叱りつける様を目の当たりにして、しかも女王陛下が屈託なく「ごめーん」なんて言っているのまで見て、コレハオイシイと思わなかった記者は皆無だろう。
さてその注目の的の珠里亜須、記者たちを見渡すと、静かに言った。
「皆に言いたいことがある。私と鞍美須は仲直りとやらをしたわけではない。」
大勢の、えーっ!?というため息とも悲鳴ともつかない声が会場に響き渡った。
「誤解しないでもらいたいのだが、私と鞍美須が今まで仲が悪かったという事実はない。仲が悪いわけではないから、仲直りの必要もないと言っているのだ。」
ええええええーっ!?とかひゃーっ!とかいう声が会場に飛び交った。
「じゃあこれまでの反目は何だったんですか!?」
「…だから…反目などしておらぬ、と。珠里亜須の言ったことが聞こえなかったのか。」
それまでひたすら沈黙を守っていた闇の守護聖の発言に、女王も記者たちも目をぱちくり。
「ということは鞍美須さま、お二人はもともとなかよしでいらっしゃるのだと解釈してよろしいのでしょうか。」

もともとなかよし。

なんとも甘い恍惚を誘うその響きに闇の守護聖、フッと笑って夢心地、そのまま瞑想へと突入。
「そういうことだ。よって、別段祝ってもらう必要もない。」
鞍美須の意識がどっかへ行っちゃったことを感じ取った珠里亜須が適当に言葉を継いで、「鞍美須、行くぞ」とうながした。闇の守護聖の大ボケぶりを記者団の前でさらすわけにはいかぬとあせっていた彼は、そのときの自分の言葉が「もともとなかよし」を100パーセント肯定しているってことまで気が回らないままに半分夢心地の鞍美須をせきたてて、二人そろって会場を後にしたのだった。その様子がまた二人の「なかよし」を裏書しているように皆の目に映り、女王も記者たちもあたたかく二人を見守っていた。

二人が立ち去った後の会場は明らかにリラックスした空気に変わった。何せ史上最強の策理亜を持つと言われている筆頭守護聖だし、それを抜きにしても迫力満点の大男二人組だ。機嫌を損ねたらどんなことになるやらと恐ろしかったのである。こわーい二人が出て行って、後に残ったのはにっこり笑顔の女王陛下と、そのそばに影のように控える補佐官。露沙里亜は、「影のように」というにはあまりにも華やかな美貌で存在感ありすぎなのだが、それは話の本筋とは関係ないのでおいといて。
「もう、珠里亜須も鞍美須もまだあんまりお話ししてないのに、気が早いんだから。せっかく来てもらったのにごめんなさい、みんな。あんなに急いで帰らなくたっていいと思わない? …ま、いっか。仲直り会見じゃなくて、なかよし宣言になっちゃったけど、問題ないわよね?」にこっ。
天下無敵の女王陛下の笑顔に、記者たちも思わず顔がほころんでしまった。宇宙を守ってくれる女王や守護聖の関係がうまく行っているというのは、良いニュースである。さらに、一般の新聞社にはふだん撮影を許されることのない守護聖の写真を撮ることができて、肉声を聞くこともできて、ニュースバリューも十分である。誰からともなく拍手が起こり、女王陛下万歳!という声も上がって、記者会見は大いに盛り上がってお開きとなった。

ところでそのとき雄火亜と流美映留は。
会見のために設けられた席の金屏風の後ろで立ち尽くし、雄火亜は「あのお二人がもともとなかよしだってー!? 何かの間違いだああああああっ」と心の中で絶叫し、流美映留は「ああ鞍美須さま、なんとすばらしいことでしょう。私、感動しています。あなたはこれで全宇宙に珠里亜須さまとなかよしだと宣言なさったのですね」と瞳をうるませていた。
この二人、筆頭守護聖と共にぜひ仲直り会見をしろと迫られてそれはごめんだと逃げ回ったあげくに、仲良くそこに隠れていたのである。こっちの二人ももしかして、実はなかよし?


20. そして聖地は今日も平和

珠里亜須さま的には死んで詫びたいとまで思った散々な、鞍美須さま的にはもうこれで死んでも悔いはないほど素晴らしい、なが〜い一日も終わりに近づく頃、二人は光の館にいた。

珠里亜須は、記者会見の席から鞍美須を連れて出ると、普段ならば執務を続けている時間帯であるにもかかわらず自邸に帰ることにしたのだった。会見後に宮殿にいても好奇の視線にさらされるだけに違いない。そんな場所にとどまっても疲労を倍加させるだけだ。何しろ鞍美須のせいで朝の執務に入る前からすでに疲れていた首座様である。「今宵はもう帰って休息を取るとしよう」と思ったところで不思議はなかった。そうしたら、この騒動のすべての元凶である鞍美須が当然のような顔をしてついてきて、一緒に馬車に乗りこんで光の館までやってきて、「デザートはライチを頼む」なんて勝手にオーダーまでして、光の館のシェフが心をこめて作った筆頭守護聖様仲直り記念特別メニューを珠里亜須と共にゆっくりじっくりしっかりたっぷりと賞味して、今は二人で食後の紅茶を飲んでいるという次第。

館で働く人々の中には夕方に出た件の号外を入手した者あり、宮殿で記者会見が行われたという情報を伝える者ありで、筆頭守護聖たちの仲直りは館内部でもすでに周知徹底していた。珠里亜須が鞍美須を連れて戻ったのを見て、館の者たちはやはり噂や新聞報道は真実であったのだと目配せを交わし、主たちの身の回りの世話を焼くという名目で入れ替わり立ち代わり二人のなかよしぶりを見物に来ていた。見られている側の二人は、私邸の中ということもあり、周囲の様子を特に気に留めることはなかった。
今日の珠里亜須には、プライベートスペースに戻ってきた後まであれこれと気を配るだけの余力はない。
鞍美須にははなからあれこれ気を使うつもりはない。
というわけで二人は声を落とすでもなく、紅茶を飲みながら言葉を交わしている。
「ところでそなた…」
「ん?」
「いつまで居すわる気だ。」
いつまでって、それはアナタ、ペットが飼い主の元にいるのは当たり前のことで。
「いては悪いか。」うるっ。
うわわわわ、瞳をうるませるのはやめいっ!!
「悪いとは言っておらぬ! ただ、いつまでいるのかと尋ねただけではないか。そのような情けない顔をするものではない。」
お前のものだからずっとお前のそばにいる。」
まさかとは思っていたが、やはりそうきたか(がっくり)。
と珠里亜須は首うなだれ、たまたま給仕で近くにいた光の館の者は「私はお前のもの」という台詞に、思わず手にしたティーポットを取り落としそうになり、ドアの向こうや窓の外では鈴なりになった野次馬が「おおお〜っ」とひそやかにどよめきを上げていた。
鞍美須は単に「自分は珠里亜須のペットである」という意味で言っただけなのだが(それも問題発言かもしれないけど)、妙な誤解を招きそうな表現の仕方ではある。ま、守護聖の館の者は口が固いから、私邸内で交わされる主たちの言葉が外部に漏れる心配はないのが珠里亜須さまには唯一の救いかもしれない。
「…珠里亜須…私はここにいてはだめか?」うるうるうるっ。
「毒食らわば皿までと言うからな…。好きにするがよい。」
相変わらず鞍美須の涙に弱い珠里亜須、いてもいいという許しは出したものの、疲れて思考力がほぼゼロになっていたためうっかり余計なことまで言ってしまった。
「……私はなのか……」
うるうる涙目で悲しそうに見られて、ああああああっと心の中で珠里亜須絶叫、ほとんどムンクの『叫び』になっている。
「そういう意味ではない! 不適切な表現については謝罪する。だからその涙目はやめてくれ。心臓に悪い。」
「では、私がここにいることは迷惑ではないのだな?」
「もちろんだ!」
と力強くうなずく。
「また共に散歩に行ってくれるか?」
「そなたが望むなら」という言葉に、にっと笑った鞍美須だが、「ただし昼寝はなしだ」と釘を刺されて眉が少しくもった。
「昼寝なしは残念だが、仕方がない。…そうそう、ついでだから言っておくがフリスビーは私のほうから願い下げだ。」
「ふりすびぃ? それは何だ?」
「嵐泥がときどき犬を遊ばせているであろう。プラスチック製の平たい円形の遊具だ。」
「私がそのようなものを投げてそなたを遊ばせるとでも思ったか。」
「いや、もしかしてそういうこともあるかと思ってな。」
「…まさか。」
「それは重畳。」
今度こそ心からうれしそうに鞍美須は笑った。不覚にも、その笑顔をかわいい♪と思ってしまった珠里亜須。最初は不気味と感じた笑顔だが、単に鞍美須の笑顔というものに慣れていなかったせいであろうか、なんて思ってみたりもする。何にせよ仏頂面を見せられ続けるよりはなんぼかマシだと前向きに考えることにしたのだった。

そんなこんなで、光の館に住み着く気満々の鞍美須のために客間が用意された。付属のシャワーブースでさっぱりと汗を流した鞍美須は、そなたはそこで寝るがよいと言われた部屋を見回す。品の良い調度品少々に、ベッドがひとつ。着替え、アメニティーグッズの数々、暇つぶし用の軽い読み物、ミネラルウォーターにアルコール各種につまみの類など、必要なものはすべてそろってはいる。だが。
知らないお家で一人で寝るなんて、そんなの寂しい…。
鞍美須は、きれいに整えられたベッドの上掛けを引きはがして枕を二個引っ張り出すと、それを抱えて珠里亜須の部屋へと向かった。珠里亜須もちょうど入浴を済ませたところで、まだ濡れたままの髪をタオルでぬぐっていた。
「このような時間に、何用だ。」
鞍美須が持参した枕を見て珠里亜須さま、悪い予感がした。その予感は外れていないという確信もあった。だが万が一ということも考えて、一応尋ねてみたのである。できればこの予感が外れてほしいと思いながら。しかしその願いはむなしかった。
「一緒によう。」にかっ。
る。」
即座に拒絶。いくら物事に前向きな珠里亜須だって、それはちょっと、と思ったのだ。
「冷たいのだな。お前はペットがかわいくはないのか。」
枕を抱きしめた鞍美須の目がうるうるうる〜。しかし、ここでこのうるうる目に負けてはならじと珠里亜須は必死の抵抗を試みた。
「かわいいかどうかはともかく、共に寝るのは遠慮する。」
「だが猫は飼い主の胸や腹の上に乗って寝ていたりするものらしいぞ。」
そなた、自分の図体を考えてみたことはないのか。
頭が痛くなる思いだったが、夜遅くに言い合いになって就寝時刻が夜中を過ぎたりするのはごめん被りたかった。何しろ今日は朝から疲れているのだ。少しでも早く休息を取りたい。
私が何を言おうと、どうせ鞍美須は自分のやりたいことを押し通すに違いないと冷静かつ的確な判断を下すと、珠里亜須は譲歩できるラインについて考慮した。
「……仕方がない、同じ寝台で寝ることは許す。」
鞍美須の顔がぱあ〜っと明るくなった。
「ただし!」
「?」(首かしげ)
未だうるんだ瞳のまま枕を抱えて首をかしげている鞍美須は、珠里亜須の目にはそれなりにかわいく映った。思わずほだされそうになる程度には。しかし自らの安眠を確保し、明日のエネルギーをチャージするためにも、この一点だけは譲れない。
「絶対に私の上で寝るな。もしも少しでも怪しい素振りを見せたら寝台からたたき落とし、部屋から蹴り出す、それでもよければ、だ。」
こくこくこくっ。
真剣な面持ちで鞍美須はうなずくと、「では私はもう寝る」とにぃっと飼い主に向かって愛想笑いをして、ほっぺにおやすみのちゅーをして、珠里亜須のベッドに持参した枕を置き、ごそごそともぐり込んだ。二個目の枕は抱え込んで具合よく丸まって、あっというまにすうすうと寝息を立てて眠ってしまったのだった。
鞍美須の寝つきの良いのは知っていたが…ここまでとは思わなかった。
寝顔をまじまじとながめてみる。案外かわいらしいなんて思うのは、相手の術中にはまっている証拠。珠里亜須の認識は「鞍美須=どうしようもないぐうたら男」から「鞍美須=どうしようもないけどかわいい奴」という具合に、この一日で劇的な変化を遂げていた。


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二人のなかよしは女王陛下公認で、陛下の肝いりで全宇宙に対して大々的に発表までしてしまったので、珠里亜須は鞍美須がくっついて回ってもあれこれ言わなくなった。何を言ってもエネルギーの無駄だと達観したというのが主な理由ではあったが、これ幸いと鞍美須は珠里亜須と共に出仕し珠里亜須の執務室に日がな一日居すわり珠里亜須と共に光の館に戻り珠里亜須と共に眠る、もちろん食事もすべて一緒に、という究極の同居生活を続けた。
ずっとそばにいれば、珠里亜須もときどきはかまってくれる。こうして夢に描いたとおりの素晴らしいペットライフを満喫した鞍美須は、一週間後に唐突に自分の館に戻っていった。「世話になった」という言葉を残して。

珠里亜須がようやくペットのいる生活にも慣れて、これも悪いものではないと思い始めた矢先のことだった。
急に鞍美須の姿が視界から消えてやれやれとほっとした反面、どことなく寂しく感じる自分が確かにいる。
にいぃぃぃぃっと笑った顔も慣れればかわいかった。意外に涙もろいのに最初はあわてたが、あれもかわいげがあってよかった。さらさらした髪はいつまでもなでていたい感触だったし、抱きつかれたときの温もりが心地よかった。抱き返して背中をさすってやるとすりすりと体を押しつけてくるのが愛おしく、食事のときにちょっとしたいたずら心で「おあずけ」をすれば忠実に待っているのもなんだかいじらしかった。もっとずっと気まぐれな猫科的な行動を取るのかと思えば、犬のように親愛の情を表すペットであったな、と自分になついていた鞍美須を思い出し、少ししんみりした。

何をばかな。ようやくこれで元の生活に戻れるというのに。

これまで感じたことのなかった孤独というものを、押しかけペットが珠里亜須に教えた。いつでもそこにいて呼べばすぐに寄ってくる。呼ばなくても抱きつきにくる。勝手におはようのちゅーやおやすみのちゅーや気が向いたときのちゅーをする。と言ってももちろん、頬限定ではあったが。生き物(ってもちろん鞍美須さまのこと)の温もりをこれほど常に身近に感じるのはかつてなかったことだった。昼も夜も共に過ごすうちに相当に情が移っていたことを自覚し、珠里亜須の口元が苦笑に歪んだ。

部屋の窓は鍵をかけずにおく。そなた専用の枕も、ずっと私の寝室に置いておくから。
鞍美須、寂しくなったらいつでも戻ってこい。……いや、寂しく思っているのは……私のほうか……。

珠里亜須がどこまでも真面目に感傷にひたっていたその頃、鞍美須は久方ぶりに自邸でくつろいでいた。

聖地の生活も工夫次第でなかなか楽しいものだ…。
一週間あれとべったりだったからな。ここでわざと少し離れてみれば、珠里亜須にもペットの重要性がしかと飲み込めることであろう。ペットにあまり思い入れのない飼い主には少々しつけが必要だ…フッ…しつけられるばかりではつまらぬ。
それに…あまりしつこくまとわりついて、邪魔者扱いされた挙句にあれの側から捨てられるようなことになったら…死にたくなりそうだからな…。

闇の守護聖、たいそう楽しくうれしい暇つぶしの方法を見つけてご機嫌だった。にやりと不敵に笑うと、ワイングラス片手にさらに飼い主を籠絡する計画にうつつを抜かし始め、そしてお約束の瞑想をしてしまうのだった。



終わったあ!






【memo】最後の「終わったあ!」、発音は『○斗の拳』ケンシ○ウ風に「ぅあたあああああっ!」のイメージで。