アロン



1. クラヴィスに何が起こったのか

クラヴィス様が最近お変わりになった。
マルセル様に毎日のように執務室に花を届けてもらって、いつも美しい花が飾られているという話だ。
暗くてじめーっとしたムードに、さすがにうんざりなさったのだろうか。
あの真っ暗だった執務室のカーテンが開かれて、光の執務室と見まごうばかりの明るさだとか。
……ってゆーかあの部屋って窓があったんだ。へー知らなかった。
なぜだか闇の執務室ではペン先やインクや紙や鉛筆の消費量も増えているらしい。
と、言うことは?
部屋を明るくなさっただけではなく、どうやら真面目に仕事をなさるようになったらしいぞ。

そんな噂が宮殿中を席巻している。



* * * * *



ジュリアスは明るくなった闇の執務室を訪れた。クラヴィスの署名が必要な急ぎの書類があったのだ。扉を開いて執務室に入ると、めまいを感じる。この部屋がこうなってからすでに1週間ほどになる。光の執務室のような光の洪水。それはジュリアスにとって別段不快になったり害になったりすることではない……のだが、クラヴィスの執務室であることを思うとこれは異常事態であると心が警鐘を鳴らすらしい。で、クラちゃんのお部屋で「くらっ」と。きちゃったりするのだった。
それでも気を取り直してしゃんと背筋を伸ばして明るい部屋の様子をうかがえば、なぜか丸めたメモ用紙のような紙くずが床の上に大量に散乱している。
「クラヴィス、一体どうしたことだ、この散らかりようは。」
思えばクラヴィスの執務室は以前は暗いながらも整然としていた。それだけが取り柄だったとも言える。それが、どうしてしまったと言うのだ!
整然と、というのは言葉の選び方を間違っているかもしれない。以前は単に書類が少なくて、散らかりようもなかったと言うだけの話ではないのだろうか。ならば書類が増えたのかと言えば、それはない。断じてない。巷で言われている「クラヴィス様が真面目に仕事をなさるようになった」という噂には一片の真実も含まれていないことをジュリアスは知っている。クラヴィス経由の書類はこれまでと変わらない量であるにもかかわらず相変わらず滞りがちだし、会議には遅れてくるし、来てもろくな意見も言わないし、居眠りしてるし、真面目になったなんて全然言えないのだ。それはともかく、彼らの会話に戻るとしよう。
「…散らかっていることに何か問題でも?」
「見苦しい。」
恐ろしく冷たい声音で決めつけられ、ちょっぴりクラヴィスは悲しくなった。が、そんな心の内を明かすような彼ではない。ふふんと鼻で笑うと小ばかにしたような流し目でジュリアスを見て、平然と続けたのだった。
「そのように決めつけずともよいではないか。私はこれで居心地が良いのだ。」
「これのどこが!?」
ぴきぴきぴきぴきぴっぴきぴーーー。
途端にジュリアスの額に青筋軍団出現。クラヴィスの返答自体も気に入らなかったが、態度の悪さがますますジュリアスの怒りの炎に油を注いだ。
このようにゴミの散乱した部屋のどこをさして「居心地が良い」などと言えるのだ! おまけに何だ、あの目つきは! また私のことを融通の利かぬ堅物とばかにしているに違いない!!

鋭い視線で室内をサーチすれば、闇の執務室にくず入れがないわけではないことはすぐに見て取れる。ただ、それは執務机から少し離れた場所に置かれている。ジュリアスの見るところ、怠惰なクラヴィスが椅子に腰掛けたままで不要なメモなどをくず入れめがけて放り投げては失敗し、それを放置しているために散らかっているらしい。
「何のためのくず入れだ! ゴミを入れるためであろう!? 執務机の近くに置けばよいではないか。」
それに、何とコントロールが悪いのだ! そのくらいの距離ならば一発で入れるべきところ、なぜあのように的をはずすことができるのだ! そなたには運動神経はないのか!!
さすがにそこまで口に出しはしなかったが、やたらめったらむかっ腹を立てているジュリアスである。
「以前は足元に置いていたのだが…事情があってそこに移した。」
「事情だと。どのような事情か、言ってみるがいい。」
「私の執務室だ、くず入れをどこに置こうと私の勝手ではないか。」
ぐ、と詰まるジュリアスだったが、ここで引いては男がすたる。
「くず入れを置く場所はそなたの自由にしてかまわぬ。ただし、きちんとゴミを中に捨てている限り、だ。」
この状況を見るがよい、くず入れがくず入れの役目を果たしていないではないかとジュリアスに言われて、クラヴィスはやれやれとため息をついた。
「それはお前の考え方であろう? 私には私の考え方と行動基準がある。」
「くず入れひとつのことでご大層なご意見ではないか。」
「私が問題にしているのはくず入れの置き場所ではない。」
くず入れの話をしているとばかり思っていたジュリアス、思わず問い返す。
「では何だ?」
「実はな…友人ができた。」


2. 異変の源

ゆうじん。
……「ゆうじん」とは友人のことだな。「ともだち100人できるかな♪」の友達と同じ意味の。クラヴィスに……友人。

光の守護聖、あっけに取られて立ち尽くしている。だって友人ですよ。闇の守護聖に、友人。くず入れの話をしていたはずが何だか全然違う方向に逸れていくクラヴィスの話の飛躍ぶりもどこへやら、ジュリアスの頭の中は「友人」という言葉で占められた。

今までクラヴィスが公然と「友人」と呼んだ人間がいただろうか。恐らくいないはずだ。早い話がこの自分だって友人だと認めてもらった覚えはない。20年来の知り合いではあるが、「友」であったような覚えはない。友と言うよりは何かこう……もっと別のもの。だから友人ではなくても仕方がないと言うか、友人でなくて当たり前、と言えなくもないのだが。

などといろいろ理屈をこねてみるものの気持ちはすっきりしない。どうやらジュリアスは自分以外の者をクラヴィスが「友人」と呼んだことが気に入らないようだが、クラヴィスとは「この自分をさしおいて」と言えるほどの仲でもないことはたった今確認済みだ。それでもなぜだかわけもなくガックリ気落ちして、ジュリアスは尋ねた。
「いったいどこで知りあったのだ、その『友人』とやらと……」
声に張りがない。
「森を歩いていてな…出会ったのだ。」
こちらの声にも張りがない。ただしこれはいつものことなので、別に問題なし。
「森に人が?」
聖地の森の中に原住民でもいたのかとジュリアスは考え込む。
「木から落ちてきたのを拾った。」
「拾った、だと? もののように言うものではない。友人と言うからには人であろうが。」
「人…確かに人の形はしているし知性もあるのだが…こびとなのだ。」
はぁ?
光の守護聖、茫然自失。だって「こびと」ですよ。言うに事欠いて「こびと」。もともと偏屈で変人でつかみ所のない人間だったが、ついにクラヴィスは本格的に頭がおかしくなったのかと猛烈に心配になったのである。
「そのように心配そうな顔をせずとも私は大丈夫だ。」
フッ、いつも通りの笑いを見せるクラヴィスだが、先程の発言が発言だけに安心はできない。
「しかしこびと…とは…」
「彼自身は妖精の一族なのだと言っている。聖地の森に古くから住んでいるらしい。…アロン。」
何かがひゅんと弾丸のようにくず入れのあたりから飛び出して、ぴょんぴょんと跳ねて、クラヴィスがさしのべた掌におさまった。
「挨拶してやるがよい、これは光の守護聖だ。」
ジュリアスはそこに茫然とした目を向けた。確かに。「こびと」としか表現しようのない生き物がいた。身長5センチほどのヒトがクラヴィスの掌に載っていた。小さいながら丈の短い上着のようなものとハーフパンツ、ご丁寧に靴も装備。さらには、こびとさんにこれは欠かせないお約束の三角の帽子までかぶっている。その小さな人は小鳥のさえずりのような声で何やら言い、右腕を胸に当てて丁寧にお辞儀をした。からくり人形のようなその動きに魅せられたようにジュリアスはじっと見入る。
「ジュリアス、アロンが挨拶したのだ、お前も何か言葉を返さねば礼儀に反するぞ。」
「…あ、ああ…。私はジュリアスだ。アロンとやら、以後見知りおくように。」
なんだか、むーーーーーっっっっちゃ偉そう。でも小さい人の方は気にしていないようだった。またピイピイと小鳥のさえずりのような声を出してクラヴィスを見上げた。
「お前が美しいので気に入ったそうだ。」
「それはどうも。」
ちょっと照れているらしいジュリアス。
「だがそなた、よくその者の言葉がわかるな。私には聞き取れないのだが。」
「ああ、慣れれば大丈夫だ。特に変わった言語を使っているわけではない。少々早口なのと、声が高いのとで聴き取りにくいだけだ。」
「そうであったか。ではアロン、もう少しゆっくりしゃべってみてはくれぬか? 私もそなたと話がしたい。」
アロンはジュリアスの顔を見て、小首を傾げて口を開いた。
「じゅりアすは、くらヴぃすのこと、好き?」
今度は聞き取れる。いきなりの質問に少々面食らったが、ジュリアスは真面目に答えた。
「特に嫌ってはおらぬ。」
小さいので表情がわかりにくいが、それでもアロンが悲しそうに眉を寄せるのはわかって、何かまずいことを言ったのかとジュリアスはアロンを見つめた。小さなアロンは真剣な眼差しでジュリアスに言った。
「アロンはくらヴぃすにとモだちを作ってあげなきゃいけナいんだ。くらヴぃすのことが大好きなとモだち。」
言葉は分かるが話が見えない。どうもこの相手は理路整然としゃべってはくれないらしい。仕方がないのでクラヴィスに尋ねてみる。もっとも、こちらも話に飛躍があるのはすでに述べたとおりではあるのだが。
「どういうことなのか、そなたにはわかるか?」
「説明するには少し時間を取るかもしれぬが、よいのか」と言われてジュリアスは「そなたがこの書類に目を通して署名をすれば、そのくらいの時間はある」と答えたのだった。


3. 追放者

「アロンは何か一族の禁忌に触れる行いをしでかして、その償いを終えるまでは一族の元に戻れぬらしい。」
「そウ」と、クラヴィスの手の上でアロンがうなずく。
「最初に出会った人間を幸せにすること、それが償いとなるそうだ。」
「つまり、そなたを幸せにしなくてはアロンは帰ることを許されぬ、そういうことなのだな?」
「その通り。」
「人を幸せにするとはなかなかに難しそうな条件だが…それがどう『友達』と関係があるのだ?」
「数日前からアロンは私の許にいるのだが、日頃の生活ぶりを観察していた結果、私に友と呼べる者がいないのは非常な不幸だとなぜかこの者は思い込んだのだな…」
フッ、ため息をついて、クラヴィスは続けた。
「私は特に自分が不幸だと思っておらぬし、どうでも友人が必要だというのならばアロンという新しい友人もできたことだし、今のままで充分だと言ったのだが、アロンには理解できぬようだ。」
ジュリアスは、クラヴィスの言葉に心中ひそかに驚いていた。世界中の不幸を一人で背負い込んだような様子で暗〜〜〜〜く沈み込んでいるこの男が、実は不幸だなんて思っていないというのは寝耳に水だったからだ。そんなジュリアスの驚きになど気づかぬ風にクラヴィスはさらに話を続けた。
アロンの同族は仲間意識が強く、皆とても仲がよい。よって禁忌を犯した者が一族から追放されるのは、何より恐ろしいことなのだそうだ。自分の落ち度とは言え仲間の集落を追われた状態にある今、アロンはとても悲しがっている。だから出会った自分を幸せにしようと必死で、そばを離れずに私の様子を見守って友人となれそうな人物との仲を取り持とうとしていたのだ、というのがクラヴィスの説明だった。
「だが、アロンは友達探しよりも遊ぶ方に夢中になってしまってな。妖精族の特質であろうか、物事を深刻に受け止められぬのか、あるいは長く考え続けるのが苦手なのかもしれぬ。一族の元へ帰ることよりも今は私と遊ぶことのほうが気に入っているようなのだ…」
クラヴィス、苦笑い。
「遊ぶ?」
「そら、そのあたりに散らかっている紙くずは、私がくず入れに向かって投げたものだ。アロンはそれをはじき返してくず入れの中に入れさせない、そういうルールで遊んでいる…」
「そなたが……その遊びをしてやっているのか?」
「他にも三角取りなど紙と鉛筆でできる遊びもしている。」
ジュリアスは思わずまじまじと闇の守護聖を見た。紙にてんてんをいっぱい書いて、アロンとじゃんけんをして、点と点をつなぐ線を引いて、たくさん三角形を作ったほうが勝ちなんていう遊びをこの男が???
「…おい、そのように胡乱なものを見るような目で見るな。仕方がないではないか。アロンにはいま友がいないのだからな。私が相手をしてやるほかあるまい。」
「そなたの執務室での事務用品の消費量が増えたというのはそういう理由からか。」
けっこう細かいことにこだわるジュリアス様、クラヴィスが備品を私用に使っているのかとむっとしているらしい。
「そう怒るな。もちろん私の本来の仕事にも使っている。アロンの話に戻るが、彼らの一族は遊ぶことが仕事のようなものらしい。遊ぶために生きる、もしくは生きている間中遊び続ける。彼らにとっての友達とは遊び仲間と言い換えても良いのかもしれぬ。そういう意味での『友』は、確かに私にはいないから、アロンは私を哀れんだのだ。」
「それで、友達を見つけてやるということになったのだな。」
「そういうことらしい。」
「それならば、私よりはリュミエールのほうがよほどそなたと親しいではないか。なぜリュミエールではいけないのだ」
「りゅミえーるはくらヴぃすのこと大好きだけど、だめ。だってくらヴぃすのことくらヴぃすサマって呼ぶから。そんなノってとモだちじゃない。」
「…だそうだ。」
アロンの事情はわかったが、他にクラヴィスと親しくしている者といってもとっさには思いつかない。かといって、自分がクラヴィスの仲のいい友達とやらにならなければいけないというのは納得がいかないジュリアスである。っていうか、アロンが今しているような遊びをする友達なんてクラヴィスには必要ないというのが首座の見解である。そして目下の問題である友達云々のせいでうやむやになりかかっていたが、光の守護聖様をイラつかせる状況が目の前にある。それについて何も言わず看過できるほどジュリアスは寛容ではなかった。
「アロンのことはわかった。しかし許せぬのは……この散らかりようだッ!!」
ジュリアスの声にアロンはびくりとして跳び上がり、クラヴィスの胸元に潜り込む。クラヴィスはそっと撫でてやりながら言った。
「あまり小さき者を驚かせるな。おびえて震えている。」
「……ああ、これは悪かった。アロン、驚かせてすまぬ。そなたのことを叱ったわけではないのだ。もう大きな声は出さぬから隠れずともよい。」
「…ほんトに?」
言いながらアロンがごそごそと這い出して、机の上に飛び降りた。
「ただし、その散らかった紙くずはきちんとくず入れに捨てるように。よいな、クラヴィス。」
「私は入れるよう努力はしているのだ…。アロンに言え。」
「では遊びが終わった後は片付けるのだ、アロン。」
「ウん、わかった。」
とまあ、こんな具合にジュリアスとアロンの最初の対面は終わった。


4. アロン暗躍

ジュリアスにアロンを引き合わせた日の晩、クラヴィスは自室で小さなスーパーボールを放り投げてはアロンに追いかけさせて、遊ばせていた。よく跳ねるスーパーボールを追いかけるのは喜ぶのだが、小さなアロンにはそれをクラヴィスのところまで持ってくるのはけっこうな重労働らしく、何回か繰り返すと疲れてしまったらしい。
「もうおしマいにするよ。」
と、ボールをクラヴィスに手渡して、クラヴィスがカードを並べている卓の上に大の字になって寝転がってしまった。
「疲れたのか?」
「ウん。面白いけど、もうおしマい。……ねえくらヴぃす、じゅりアすはくらヴぃすのとモだちにはなってくれないのかなあ。」
「お前が思うような意味での友達は、無理だな。」
「そウなの? なんで?」
「それはな…人間はお前たちとは生き方が違うからであろうな。歌ったり踊ったり鬼ごっこをしたりするのが仕事のお前たちとは、在り様が違う。」
「ふぅーん…」
何度も繰り返した問答だったが、やはりアロンは釈然としない顔のままだった。


翌日、ジュリアスの執務室にアロンがやってきた。思わぬところから「ねぇじゅりアす」と声をかけられて驚いて振り返ったところ、窓枠にアロンがちょこんと乗っていた。
「どうしたのだ? クラヴィスのところにいなくてもよいのか。」
「うん、ちょっとね、ないショで来たの。」
執務机に向かってぴょこぴょこと飛び、書類の上に陣取って、アロンはジュリアスを見上げた。
「くらヴぃすにね、とモだちいないのってきいたら、とモだちなんかイないって言ってたけど、ほンとはじゅりアすのこととモだちって思ってるよ。」
光の守護聖の目が疑わしげに細められた。
「だからじゅりアすのほうでもくらヴぃすのとモだちになってくれたら、くらヴぃすはキっと幸せになれる。だってくらヴぃす、じゅりアすのこと好きだよ。」
どうもアロンは真剣にそう思っているようだ。
「なぜクラヴィスが私を……好きだと?」
「だってくらヴぃす、他の人にはアロンのこと言わナいじゃない。じゅりアすにだけ言ったんだよ。じゅりアすなら、はナしても大丈夫って思ったから。」
確かに、クラヴィスのところにこびとがいるなんていう噂は一向に聞かない。
「そうなのか?」
「うん、ぜっタい。だからじゅりアす、くらヴぃすのとモだちになってあげてよ。」
私とクラヴィスが友達。それは何か違うような。クラヴィスがアロンのことを話した者が友にならなければならぬということもなかろうに。私が特にあれを嫌ってはおらぬというのは本音だ。だが好きだろうか。「友達」になれるほどに?
アロンの言う友達とは遊び仲間のことだとクラヴィスから聞いていたので、それは少しばかり無理があるとジュリアスは考えた。
「無理だ、アロン。」
「くらヴぃすも同じコと言った。なンで?」
クラヴィスに言っても埒が明かないから、今度はジュリアスのほうに頼んでみようと思ってアロンはやってきたものらしかった。ジュリアスにも無理だと言われて、不思議そうな顔をする。
「そなたたちの仲間と我々とでは生き方が違う。だからそなたの思うような間柄でないからと言って友人ではないとも限らぬぞ。」
アロンは首を傾げた。ジュリアスは微笑して話を続ける。
「私はクラヴィスが嫌いではない。クラヴィスも私が嫌いではない。そなたの観察によればむしろ好きであるらしい、そうだな?」
こくんとアロンはうなずいた。
「私たちは子どもだった頃から互いを知っている。共に遊び回ったりはしなかったし、今もそういうことはない。が、誰よりもよく知った間柄だ。私はあれを気の置けない相手であると思っているし、何かことが起これば頼りになる男だと知っている。そういう在り方も友であると理解してもらうことはできないだろうか。」
「クラヴィスはアロンといっぱい遊んでくれるよ。ジュリアスとはそういうとモだちにはならないの?」
あれが私とくず入れ攻防戦をやったところで、大して幸せになれるとも思えぬがな。
「私とあれとの在り様はそなたや仲間たちとは違っている。それで不幸せということはない。」
「くらヴぃすもそう言ってタ。」
「そなたが来てくれたおかげで、私はこれまで知らなかったクラヴィスのことを知った。そしてもうずっと昔から、あれとは友だったのだとわかった。だからアロン、そなたは充分に役割を果たしてくれた。償いは済んだのだ。」
「じゃ、くらヴぃすは幸せ? じゅりアすも幸せ?」
「その通りだ。確かに私たちは、そなたたちの基準に照らしてみれば友人とは言い難い関係かもしれぬ。だが互いにかけがえのない存在であると思っているし、頼みにもしている。そういうことでそなたの納得が行くか、私にはわからぬが。」
「わかっタような、わかンないような…。ちょっト考えてみる。」
言うや、アロンの姿はかき消えた。クラヴィスのところへ帰ったのだろうとジュリアスは思った。アロンの動きはすばやい。小さい上にこれほどにすばやく動くことができるから、クラヴィスのそばにずっといても誰にも存在を気づかれなかったのだなと得心した。


5. 招待状

クラヴィスは寝室に籐かごを置き、小さなクッションを敷いて、それをアロンの寝床にしてやっていた。サイズの違いすぎるアロンを自分と同じベッドに寝かせるのは、どう考えても危険すぎるからだ。動きの素早いアロンは滅多なことではクラヴィスの下敷きになったりはしないだろうが、万が一ということがある。ぷち、なんてつぶしてしまっては目も当てられない。
その晩のアロンは籐かごの中にちょこんと座り込んで、何か考えごとをしている様子だった。大体がアロンはいつも動き回っていて、話をしているとき、遊びの相手をしてやっているときくらいしかはっきりとその姿を見ることがない。じっとしているのは苦手らしく、静かにひとところにいるのは、あとは眠るときくらいのものだ。それが今は眠っているわけでもなく、ただ座りこんでいるので少し心配になった。
「どうしたのだ。そのようにおとなしくしているなど、珍しいではないか。」
「じゅりアすが言ったこと考えてたンだ。」
「ほう?」
アロンはその日ジュリアスと話したことをクラヴィスに告げた。
「ほんトに、くらヴぃすは幸せ?」
「ああ。」
ただ、とクラヴィスは続けた。
「お前が償いを終えて仲間たちのところへ戻ってしまったら少し寂しくなるかもしれぬな…」
「じゅりアすと仲がいいってもっとわかりやすかったら、アロンも安心できルんだけど。」
「フッ…わかりやすく、か。お前も無理を言う。」
「ナんで無理なのさ?」
「20年もの間、このようにして過ごしてきたものをそう急に変えるわけにはいかぬものだ。」
「そんなの変ダよ。二人は仲が悪くないって口では言って、そのくせイつもけんかしてるなんて、変ダよ!」
「だがアロン…お前と私がくず入れでゲームをして勝った負けたと言っているからといって、仲が悪いということはなかろう? それと同じだ。ジュリアスと私は道具を使わぬゲームをしているようなものだ」
「……けんかじゃ……ナいの?」
クラヴィスは笑った。
「確かに、私たちの会話の仕方ははた目には争っているように見えるかもしれぬが…。けんかをしているわけではない。」
「ほんト? でもね、アロンがちゃんとクラヴィスを幸せにシてあげられたかどうか、仲間が確かめにくるんだ。それなのにジュリアスとあんなフうに言い合いしてたら、みんなは二人がけんかシてるって思っちゃうよ。けんかばっかりしテて不幸せだと思われて、それじゃあアロンは帰れない。」
「…そうか。それは困ったな。」
「ウん。」
しょんぼりと、うなだれてしまった小さな人の頭を指先でちょいちょいと撫でると、クラヴィスは言った。
「まあそう気を落とすな。何とか手段を考えよう。」


11月に入ってほどなく、守護聖たちのところに白い封筒が届いた。開けてみれば中身はしめやかな薄墨色のカードだった。
「来る11月11日土の曜日午後一時より、闇の館にてささやかな宴を催すのでご来館願いたい」とある。そしてクラヴィスという署名。なんと、闇の守護聖本人からの招待状である。

受け取った守護聖たちは誰からともなく守護聖共用の休憩室に集まっていた。
「宴って…まさか納涼大会とか…? ぼく、何だかこわい…」(びくびく)
「ンなはずねーだろ。11月だぜ。」(げんなり)
「でもクラヴィス様の館でパーティなんて、初めてだよな! 何だかワクワクするよ」(満面の笑み)
「ぼうやたちのところにも届いたのか、クラヴィス様の招待状…。俺はどうしたらいいんだ…」(悩み)
「もちろんあなたもお伺いするのですよ、オスカー。せっかくのクラヴィス様からのご招待です、ゆめゆめ欠席などなさいませんよう。」(うきうき)
「にしてもクラヴィスってば、何考えてんだろーね。今までこんなことしたことなかったのにさ。」(わくわく)
「まあ、行ってみればわかることですからー。ああそれから、皆さんお気づきとは思いますけど、11月11日はクラヴィスの誕生日ですからねー。ちゃんとバースデープレゼントを用意していくのがいいと思いますよ〜。」(ほや〜ん)
「…簡単にプレゼントと言うが…皆、あれの好むものの心当たりはあるか?」(眉間に縦じわ)
クラヴィスびいきのリュミエールにも、クラヴィスのほしいものなど思い当たらなかった。ので、全員が首を横に振った。
「誕生日の宴の招待状に、わざわざこのようなカードを選ぶような男だからな。何が気に入るのか、私には見当もつかぬ。ところで皆のところに来たものも同じカードか。」
ため息をつきながら、ジュリアスは薄墨色の招待状をつまみあげて見せた。
ええそうです、と全員が口々に答える。
「そうか。嫌がらせで、私にだけまるで葬儀への招待ででもあるかのようなカードを送りつけたのかというのは、さすがに勘ぐりすぎであったか。」
ジュリアス、もう一つため息。
「どちらにしても、あれの考えることは私にはさっぱりわからぬ。」
いくらクラヴィスびいきのリュミエールも、クラヴィスの考えが見えないという点は同意だった。ので、全員が無言でうなずくのだった。



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