小説書きさんに100のお題



16. 池に映った (05/09/12)
ルヴァの館の一画にはジャパニーズスタイルとかいう様式の庭園がある。ゼフェルは庭園の池のそばに腰を下ろしてぼうっと水を眺めているのが好きだった。厨房でもらってきたパンくずを放り込んでやると、鯉が寄ってくる。ときおりカエルを見かけたりもする。あのカエル捕まえてオリヴィエんとこに投げ込んでやったら、アイツひめー上げるかな、なんてことを考えたりしながら風に吹かれているのは、悪くない。
その日もそんな調子でとりとめもなくあれこれを考えながら池を眺めていた。と、黒い影が差した。水面に映じた姿は、クラヴィスのものだった。
「…なんだよー。」
少年は不機嫌そうな声を出したが、実のところ特に不機嫌というわけではない。クラヴィスの館の庭は居心地がいいから好きだし、特にうるさく意見したりしないクラヴィスのことも実はわりと気に入っている。
でかすぎんのが気にくわねーけどよ、クラヴィスのせいってわけじゃーねーし。
もーちっとしゃべってくれれば、とっつきやすいんだけどな。
「なんか用なんじゃねーのか?」
「土産だ。」
「ぅえあっ!?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
コイツ、みやげって言ったか? そういやどっかに視察に行ってたんだっけ。
「好きなものを選べ。」
座っている脇に大きな袋が置かれた。
「なんだ、これ。」
「中を見て、好きなものを取れと言っているのだ。一応、人数分以上は買ってきた…」
袋の中をのぞき込んだゼフェルの目がまん丸に開かれた。
「おめー……こんなモンどこで買ってきたんだよ…」
「気に入らぬか?」
「そーゆーわけじゃねーけどよ、みょーなんばっかだな。」
「店の者が『幅広い層に人気の商品だ』と言ったのだが…。ルヴァは楽しそうに選んでいたぞ。」
ゼフェルが袋の中からつかみ出したのは、いわゆる食玩だ。小箱が袋の中いっぱいに詰まっている。食べ物、家電、昆虫、恐竜、何かのキャラクターのフィギュア。およそ脈絡なく、手当たり次第に放り込んだという印象だ。その中から一つを取り上げる。
「…わーったよ。んじゃオレ、これもらうわ。」
ゼフェルが手にしたのは『神秘の宇宙シリーズ』と書かれた小箱だった。宇宙船や宇宙飛行士の絵がついたパッケージを眺めている少年に、クラヴィスは尋ねた。
「それ一つでよいのか?」
「ああ。」
そうか、と小さく答えて、袋をぶら下げて立ち去ろうとしたクラヴィスの背をゼフェルの声が追いかけた。
「おい…」
振り返ったクラヴィスに、ゼフェルはぽつりと「ありがとな」と礼を言った。クラヴィスの頬をかすめた微笑らしきものを見て、ゼフェルも笑った。
芝生を踏んで去っていくクラヴィスを見送りながら、ゼフェルは思った。
案外いいヤツなんだよな、あいつって。でもやっぱ、なに考えてんのかわかんねー。他のヤツらにもくばり歩くつもりか?
ルヴァのおっさんなんかは案外よろこんだのかもしんねーけどよ。
ランディやマルセルはまだいいとして、たとえばジュリアスとか…オスカーとか…どんな顔すんのか、見ものかもしんねー。
……ま、オレが心配してやるこっちゃねーやな。


17. もういない? (05/09/14)
本日の光の執務室には、およそこの部屋に似つかわしくないものが存在している。問題の代物は、執務机に置かれた小箱。それには『海の生き物』とあり、魚や貝の絵がプリントされていた。ごちゃごちゃとにぎやかなパッケージはジュリアスの好みそうなものではない。それはクラヴィスが持ってきたものだった。土産だと差し出されて、いらぬとも言えなかった。
「他がよければ、どれでも好きなものを取れ」との言葉に、つい好奇心で大きな袋の中身を眺めてみて、ため息が出た。よくもまあこれだけ雑多なものを買い集めてきたものだ、と思わず口にしたら、「皆の好みもわからぬし、好きなものを選んでもらったほうがよかろうと思ってな」などと言う。
そういう問題ではないぞ。どうしてこんな玩具のようなものを買うのだ、そなたは。いや「玩具のようなもの」ではない。玩具そのものだ。妙なものを買いに行ったりして恥ずかしくはないのか。仮にもそなたは守護聖なのだから、あまりみっともないことをするものではない。
今にも口をついて出そうになった小言の奔流だったが、かろうじて口の中におさめたまま堪えた。
「ところで、まさか陛下にもこれを差し上げた、などということは…」
「視察から帰ってすぐに渡しに行った。お喜びだったぞ。」
ジュリアスは頭を抱えた。
「そなたにはもう少し分別があるかと思っていた。」
「これとは別に、ロザリアのものと色違いでピアスも買った。ロザリアはそちらのほうが気に入ったようであったが。」
陛下と補佐官には装身具、まあそれならば…。
ほーっ、ジュリアスは息を吐き出す。そしてクラヴィスから渡された小箱を改めて見てみた。どう見ても子どものおもちゃにしか見えない。
…ものはともかくとして、ここは我々にも土産を買ってこようという殊勝な心がけを汲んでおくべきところか。
はたしてどういう状況下でそれを買ってきたものであるかジュリアスが知ったら、それこそ怒涛の小言責めにあったことだろうが、クラヴィスはうまくその話題を避けていた。これからまた配り歩くつもりらしいクラヴィスを見送って、ジュリアスはまた小さくため息をついた。

思えば幼い頃のクラヴィスも妙なものを集めていた。セミや蛇のぬけがらだとか、カタツムリの殻だとか、ドングリだとか。あるいは何の変哲もない小石であるとか。カマキリの卵を執務室に持ち込んでいたこともあった。何日か経つと中から小さなカマキリがたくさん出てきて女官が悲鳴をあげていた…。
すっかり成長して、あのようなクラヴィスはもういないのだと思っていたが、これだけ大きくなってもまだ妙なものを面白がる心は失っていないものなのか。私ならばこうしたものを購おうなどと思いもしないであろうな。

机の端に置いていた、手のひらに納まる小さな箱を取り上げて開けてみると、中からは透き通ったクラゲのフィギュアが出てきた。意外に精巧な作りだ。
ほう、たかが玩具とばかにしたものでもないな。
せっかくの土産だ。しばらく飾っておくか。
机の上に置いて、眺めてみる。だらりとしたクラゲの姿はどこかクラヴィスに似ていると思って、くすくすと笑った。

その後しばらくの間光の守護聖の執務机に鎮座していたクラゲについて、王宮に勤める者たちの間でひそかにいろいろと取り沙汰されていたことを、ジュリアスは知らない。


18. 冴えたやり方 (05/12/03)
「手紙?」
回廊でジュリアスに呼び止められて、視察先から送った手紙のことについて尋ねられた。
「何だ、まだ気にしていたのか。」
案外と執念深い質なのだなと笑われて、ジュリアスは渋面になった。
「あのようなことをされて、気にならぬほうがどうかしている。」
「種明かしはしないほうが効果的なのだが…」
返答を渋るクラヴィスに、ジュリアスは苛立ちを募らせた。
「いい加減にせよ。」
「そのように怒るようでは仕方がない。」
諦めたようにふっとため息を洩らし、そのくせそれきり口を開かない。いい加減焦れて、ジュリアスは重ねて回答を迫った。
「だから、何だと言うのだ。」
クラヴィスの瞳には面白がっているようないろが見える。
いつまでもささいなことにこだわっていると思われるのは癪だし腹も立つが、もう一押しで答えが聞けるのならば聞いておいて損はない。種明かしなどという言い方をするからには、あの白紙の手紙には何か意味があったに違いない。
目をそらすことなく見つめられて、面白がっていたアメジストの瞳はどこか困ったようないろに変わった。もう一度これ見よがしにため息をつくと、視線をさまよわせて斜め上を見やり、ぼそぼそと話し始める。
「ペンを執ったときにはきちんと書くつもりだったのだ…」
「それがなぜ白紙に化けた。」
「それがな……書こうと思ったことが言葉にならなかった。仕方がないので、思ったことの分量に見合うだけの便箋を送ることにした。内容が書けずとも署名くらいはできる。だからそれだけを書いた。」
「そのようなことに何の意味がある。」
「特にないと言えような。ただ…昔読んだ本の中に『賢い人間ほど白紙にあれこれ意味を読み取るものだ』とあったのを思い出したので、そうしてみた。なかなか冴えたやり方だとは思わぬか? お前ならばさぞいろいろなことを読み取ってくれるかと思ったのだが…」
お前は大して賢くないのだなと暗に言われているような、何やらばかにされているような気さえしてきたジュリアスである。
確かにさまざまな可能性について考えてはみたが、クラヴィスが何を思ってそんなことをしたのかは結局わからずじまいだったのだ。今聞いた話からも、クラヴィスが視察先で何を感じ、何を伝えてこようとしたのかはやはりわからない。
…だが…それもよいか。あの紙束は、この寡黙な男がめずらしくも私に何かを伝えたいと思ってくれた証なのだと思えば。
「よくわかった。手間を取らせたな。」
行き先はどこであるのか、ジュリアスの言葉に目許だけ笑って見せると、くるりと背を向けてクラヴィスは歩き出した。




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