小説書きさんに100のお題
24.何もしない時間 (06/05/24)
宇宙の危機にあってさえ、この世の楽園であるかのような平和なたたずまいを見せていた聖地。宇宙が安定した今、9人の守護聖はそれぞれのやり方で執務にいそしみ、以前にも増して聖地の日常はゆったりと流れていた。いつも忙しいジュリアスにして、たまにはぽっかりと空いた時間ができることもある。大きな問題が少ない今は定例会議も紛糾することなく予定時間内に終わり、少々物足りなさを覚えるほどだ。
平和であることが物足りないなどと、罰当たりな。
他の守護聖たちが会議室を出ていく様子をどこか茫洋とした風情で眺めていたジュリアスは、手元の資料をトンとそろえると立ち上がった。側に控えていたオスカーと共に扉へと向かう。
陛下の御力が満ちて、新宇宙はすっかり安定した。現守護聖のうちのどのサクリアも衰える気配はない。いましばらくはこのままの安定した状態が続くだろう、その見通しはジュリアスにとってもちろん喜ばしいことでありそして……慣れないものでもあった。ジュリアスが守護聖となって聖地に上がった頃には、旧宇宙はすでに衰退の兆しを見せ始めており、状況は常に悪くなる一方だった。それが当たり前だったのだ。
ジュリアスにしては珍しいことに、まだどこかぼんやりとした気配を漂わせたまま会議室を出ようとしたとき、「…おい、ジュリアス」と低く声をかけられた。はっとして声のした方を見れば、壁にもたれかかってクラヴィスが待っていた。
「何だ?」
「どうしたというのだ、ぼうっとして。お前がそのような顔をしていてはこちらも気勢があがらぬ。」
気勢だと? そのような元気がそなたのどこにある。そう思うと急におかしくなって笑みがこぼれたのを、とがめるような目で見られた。
「人が心配しているものを。」
「そなたが『気勢をあげた』ことなどあったかと思ってな。」
言ううちにますますおかしくなって、小さくではあったが声をあげて笑い始めたジュリアスを不可解な顔で眺めたクラヴィスは、「珍しいものを見た」とつぶやいた。まだ近くにいた守護聖の幾人かが二人の方を見て、クラヴィス以上に怪訝な顔をしている。ジュリアスはちらりとそちらに目をやると、クラヴィスの目を見た。
「……すまなかったな。平和だと思うと気が抜けたようだ。」
「だから…」
何かを口にしかけたクラヴィスは口ごもって、「何でもない。よいのだ、何事もなければ」と言い置いて歩み去ろうとした。その腕をとっさにつかんで引き止める。
「待て。言いかけてから黙られると気になる。はっきり言え。」
「怒らぬか?」
「そなたの返答次第だ。」
クラヴィスはため息をついた。
「では私は分が悪い。声などかけねばよかった。」
「ということは、私にとって愉快な話ではないということだな。」
「かもしれぬ。…お前は…考えることがないとそうして時間を持て余すだろう? だからときどきは私が相手をしてやって考える種でも提供してやろうと思ってな。これでも…首座殿のことを考えているのだ、私は。」
その言葉に、ふと思い当たって尋ねてみた。
「そなたが視察先からよこしたあの白紙の手紙も……要はそういうことか?」
肯定とも否定とも取れる曖昧な笑みがクラヴィスの返答だった。彼は「さて、な」と明確にすることを避けて背を向けるとジュリアスから離れた。リュミエールがその斜め後ろに従って、歩きながら二人は何か話し始めたようだった。眉根を寄せたジュリアスがそれを見送る。
首座の笑い声に驚いて立ち止まり、筆頭守護聖たちの様子が気になって立ち去るに立ち去れずにいた他の数人は、結局いつもどおりであることを確認すると、みな一様にほうっと肩の力を抜いてそれぞれの執務室へと戻っていったのだった。