小説書きさんに100のお題
11. 答え (04/04/18)
聖地の夜は闇が濃い。そして昼であっても喧噪とはほど遠いこの地だが、日が落ちるといっそう静けさが顕著になる。闇と静寂、それはクラヴィスの好むものだ。
聖地に暮らす者たちが、それぞれの家や宿舎の居室へと戻り、夕食も済ませてくつろいでいる頃。クラヴィスはひとり歩いていた。普段なら足の向くままに夜の散策を楽しんでいるところだが、今夜は目的地が決まっている。二人して女王に呼び出されたあの日の言葉を真に受けたか、ジュリアスが「今宵は私の館へ来ないか? コーヒーを共にという話が出ていたであろう」と言ってきたのだ。
あの場でははずみで「楽しみにしている」と言ったものの、まさか本当に声をかけてくるとは。もともと、人目のある場所で仲の良いことがわかるようにふるまえばよいと提案しただけだ。それ以上を望んでも期待してもいなかった…。何となく、二人で話ができればよいと思ったのは事実だが、ジュリアスの生真面目さを軽く見ていた。実際に声をかけられてみて、まさかと思った私の方が、あれのことをわかっていなかったと言うべきか。
光の館へと向かいながら、私は迷っている。だから馬車は使わなかった。自分の心と向き合う時間がほしかった。そして今なお行くべきか行かざるべきか、心を決めかねている。回り道をしながら、月を眺め星に問い、答えが出ないままに歩き続けている。夕刻に宮殿で声をかけられたときにも曖昧に言葉を濁した。どっちなのだと詰め寄られて「少なくとも、食事の心配はいらぬ」と答えた。とっさには返事をしかねた。思えばあれとまともに話をしたことなどない。気詰まりな雰囲気になるのだけはごめん被りたい。今さら何を話すのか。昔話、か。
あのとき不意によみがえった記憶の数々は、優しかった。そういう話ならばジュリアスとも穏やかに交わせるのではないかと思った…。ここに至って逡巡するのは…私がそれを正しく伝える術を知らぬからだ。…あれとどう話したらよいのか、わからぬ。
思わず足を止め、もう一度問うように夜空を見上げる。月も星も答えなかったが、ふと「仲良くなれるまじないらしい」というジュリアスの言葉を思い出した。
…あれは夜明けのコーヒーが何を意味するか知らぬようだったな。話のついでに教えてやったらどういう顔をするだろうか。見物かもしれぬ。
知ったときのジュリアスの顔を想像してみて、行ってみるのもよいかという気になった。そうして光の館にたどり着いてみてから、ずいぶんと遅い時刻になっているのに気づく。今宵来ないかと言われたときに、はっきりと「行く」と返事をしたわけではない。行くかもしれぬ、そういう曖昧な答えしか返さなかった。ようやく来てはみたものの、時間も時間だし、来ないものだと判断してジュリアスは寝てしまったかもしれない。執事や他の者の手を煩わせるのもいやだった。館の正面に通じる広い路を歩きながら、また迷いが生じる。このまま戻るか。
踵を返しかけたとたん、木立の間から姿を現したのはジュリアスだった。
「待ちくたびれた…」
思いがけず館の主に出迎えられて、クラヴィスはぎょっとして相手を見る。本当に気づかなかった。いつもなら近くにいれば気づくのだが、よほど自分の想いに浸り込んでいたらしい。
「…お前か…驚かせてくれる。」
「そなたでも驚くことがあるのか。」
「人を何だと思っている。帰りたくなってきた。」
「せっかく来たのだ、そう言うな。」
ジュリアスは花のように笑った。男性の笑顔を形容するのにふさわしくはないかもしれない。しかしそれは、そうとしか言いようのない笑顔で、これほどきれいな男だったかと改めて思った。
お前は笑っている方がずっと良い。
「よく来てくれた。今宵は来ないつもりなのかとあきらめかけていたところだ。」
「で、光の守護聖殿御自ら出迎えに来てくださったというわけか。」
「…迷惑だったか?」
「そのようなことはない。歓迎されるのは嬉しいものだ…」
よかった、とジュリアスは小さく言った。
「それにしても今まで何をしていた。」
「仕事。」
とんでもない言い草に、思わずまた笑みがこぼれる。クラヴィスに答えをはぐらかされるのはしょっちゅうで、不愉快な思いをすることも多いが、今のジュリアスはそれが不快ではなかった。
「ではまず、その『仕事』の中身を聞かせてくれ。今宵は語り明かすのだろう? 時間はいくらでもある。」
「…本当に、夜明けまで話をする気か…」
「もちろんだ。そのつもりで来たのではないのか? だからここで立ち話を続けるのもどうかと思う。冷えてきたことでもあるし、館に入らぬか。」
「そうだな。」
二人は並んで館に向かって歩き始めた。
12. 音楽 (04/06/11)
ジュリアスが向かったのは館の正面ではなく、直接二階に上がれる外階段だった。芝生を踏んで、二人は歩く。
「執事や側仕えももう部屋に引き取らせたから、すまぬがこちらから入ってもらおう。」
正面から招じ入れないことに、ジュリアスは申し訳なさそうな顔をした。
「…遅くなったのは私の方なのだし…それに、そういうことにこだわらぬのは知っていよう。」
「ならばよいのだが。」
言いながら階段を上がり、館に入った。ジュリアスは扉の鍵をかけてから「こちらだ」とクラヴィスを伴って自室に向かう。
ジュリアスの館に最後に来たのはいつだったか。まだ子どもと言ってよい年頃であっただろう。はっきりとは思い出せなかったが、確かにこの部屋にも入ったという記憶があった。白と金を基調とした部屋は、ひとつの壁面いっぱいに作りつけの書棚、机。別の壁には暖炉、安楽椅子が二脚、少し離れて長椅子。チェス盤とそれをはさんで椅子が二脚。以前はなかったものが増えていたり調度が変わっている部分もあるが、全体の雰囲気は昔と変わらない。なつかしく見回していると、「食事は済ませたのか?」と問われた。
「ああ。心配はいらぬと言ったろう。」
部屋にはワゴンが運び込まれており、カナッペやナッツ類などの軽いつまみの類と、水や氷が用意されている。
「そなたが来なかったら一人で飲もうかと思っていた。」
「遅くなってすまなかった。」
珍しく素直に謝罪を口にする。
「好きなところに座ってくれ。」
二人は、どちらからともなくかちりと手にしたグラスを合わせてから飲み始めた。静かにグラスを傾けるうちに、どこかに残っていた緊張も解けていく。良い酒だ、とクラヴィスが言い、気に入って良かったとジュリアスが受ける。その後はまた静寂。言葉がなくても特に気詰まりでもなかったし、静けさがむしろ好ましい。そして、美酒と柔らかな椅子と。このままこうしているのも悪くないと思っていたところへ、ジュリアスの声が静かに響いた。
「話をするのではなかったのか?」
「何の話がしたい。」
「『仕事』」
くすっ、クラヴィスが笑う。
「もう勘弁してくれ。あれは冗談だ。」
「では聞きたい。なぜ、もう来ないのかと思うような時間になってから現れるのだ。」
「……どうしようかと迷っていた……」
「話をしようと言ったことを後悔してのことか。」
まっすぐに自分を見る視線から目をそらすとさらに「私とは気が合わぬからか」とたたみかけられて、思わずジュリアスの顔を見返した。真剣そのものの顔に、嘆息する。
「なぜそのように切り込んでくる。まるで真剣勝負だ。…私はお前とやり合うために来たのではない。」
ああそうだ、とジュリアスは思い出す。私の言葉はクラヴィスを頑なにさせるばかりだ。何かを言えば、クラヴィスは口をつぐんでしまう。いつもそうだった。だから私は自分の感情を載せた言葉をクラヴィスに対して発しなくなったのだった。他の相手であればもう少し抑えた言い方もできるものを、なぜかクラヴィス相手だとこうなる。わかっていたはずなのに、私はまたやってしまったのか。
「すまぬ。私は…できれば今度こそ…そなたに謝りたかった。」
「……謝る、とは?」
「そなたとの仲がうまく行かなかったのは、出会い方が良くなかったからだ。聖地に来たばかりのそなたのことを怒鳴りつけた私が悪かった。遅すぎるかもしれぬが、謝りたい。本当にすまなかった。」
「お前が思うようなことは何もない。」
「……え?」
「そのような昔のことを気に病んでいたのか。それはお前の誤解だ。私は何とも思っていない。」
「だがあの後も、いくら声をかけてもうち解けようとはしなかったではないか。」
「さすがに…あの当座は、な。お前の言葉がこたえなかったと言えば嘘になろう。しかし後になってからいろいろと事情を知って、お前の気持ちもわかる気がした。」
ジュリアスは困惑した顔になった。
「つまりは私がひとり勝手にそなたに嫌われていると思っていた、ということか。」
「私の態度がお前に誤解をさせていたのだとしたら、謝る。私の方こそ悪かった。だが私はこういう男だ。お前に対して含むところがあるわけではなくとも、つい皮肉のひとつも言いたくなるようなひねくれた男だ。そう承知しておいてもらえばよい。」
「ずいぶんと勝手な言い分だな。」
ようやくジュリアスの顔にも笑いが浮かんだ。やはりジュリアスは笑顔の方が良いと思いながら、クラヴィスは気楽な調子で言った。
「では誤解の解けたところで飲み直すとするか。」
「話をするというのはどうなったのだ? 昔の話でも、と誘ったのはそなたの方だ。」
「…そうだったか?」
言ったきり、クラヴィスは黙って飲み続ける。ジュリアスもそれ以上は強いて言わず、こちらも黙ってグラスを手に取った。
ジュリアスとの間が気まずくなるのをあれほどに懸念して、引き返そうかとさえ思ったのは何であったのか。気がつけば自室にいるようにくつろいでいる自分がいる。傍らにジュリアスがいることまでもが心地よい。とりあえず、言葉は必要なかった。少なくとも今宵は。
語り明かすはずの夜は、酒を飲みながら静かに更けていき、東の空が白み始めた頃になって眠気が襲ってきた。ふっと意識が飛んで眠りの淵に沈みそうになる度に酒を注ぎ、グラスを口元まで運ぶ。良い酒は水のようにするりと喉を通り、そしてまた眠気が兆してくる。
「…そろそろ夜明けだぞ…」
耳にやわらかく響く声を楽の音のように聞きながら、クラヴィスは眠りに落ちた。
14. 白紙 (04/04/03)
「クラヴィス様からお手紙が届いております」と事務官がトレイに載せてきた封筒を手に取ったときには、何か不測の事態でも起こったかと緊張した。冷静に考えれば、手紙などよりももっと素早い通信手段があるのだから緊急であればそちらを使うだろうと思い直す。しかし出先からわざわざジュリアスに宛てて私信を寄越すなどこれまでにないことだったので、正直戸惑いを隠せない。
闇の守護聖は外界に出ている。視察先の時間にしておおよそ2週間、これまで定時連絡は滞りなく行われていた。取り立てて変わったことは起こっていなかったはずだ。事務官を下がらせて一人になったところで、気持ちを落ち着けてから封を開く。折りたたまれた手紙を開くと、それは白紙だった。一枚、二枚と次々にめくってみたが、どれも白紙。そして数枚の紙を重ねた最後の一枚にだけ、クラヴィス、と署名がある。クラヴィスの手跡に間違いなかった。見慣れた署名の文字を指でなぞり、眉を寄せる。意味が分からない。手元には他に処理するべき書類の山があるため、その手紙は引き出しに収めてその後は仕事に没頭した。その日ジュリアスは手紙を見直す時間の余裕がなかったために、館に持ち帰ってどこかに何かが書かれていないものかもう一度調べ直してみることにした。そして判明したのは、白紙は白紙でしかなかったということ。
何のために白紙の束をわざわざ聖地まで届けて寄越した?
何かのメッセージか。いや、紙には署名だけだ。何も読み取りようがない。まさかとは思ったが、あぶり出しも試してみた。ばかばかしいことをしたものだ。
ろうそくの炎にあぶられて一部が変色した紙を見ると、我ながら子どもっぽいことをしたと苦笑がこみ上げる。
からかい? 白紙を送っておいて、どうからかうというのだ。女の名をかたって愛の告白の手紙でも送りつけたというのならばともかく。
単なる暇つぶし。だが白紙を封筒に入れて封をし私に送ることが暇つぶしになるか。なるまい。だがクラヴィスならばあるいは…。視察先で暇つぶしが必要なほどに暇を持て余しているのか?
いくら考えてみてもクラヴィスの真意はわからないままに、白紙の意味を考えながら彼が戻ってくるまでの時間を過ごすことになった。
手紙が届いた次の日の午後遅くにクラヴィスは聖地に戻り、首座の執務室に帰還の報告にやって来た。
「いま戻った。」
「ご苦労だった。かの地で何かあったか。」
「…別に。」
暗に手紙のことを尋ねたつもりだったが、そっけない一言が返ったのみ。
「ならばなぜ、わざわざ白紙の手紙など送りつけた。」
ジュリアスの表情が険しくなったのを見て、クラヴィスの口元に笑いらしきものが浮かんだ。
「……気になるか。」
「当たり前だ。どういう意味かとさんざん考えさせられたぞ。」
「フッ…では狙い通りの効果は得られたわけだ。」
「からかうつもりで手紙を寄越したのか。」
「いや。」
「では何だというのだ!」
「忘れられないように。」
ますます意味がわからないという顔をするジュリアスに、クラヴィスはまっすぐに視線を当てた。
「何しろ陛下から仲良くするようにとの命令を受けている。不在をいいことにお前が私を忘れては困るからな。手紙を見て思い出してはくれたのだろう?」
「…ああ。昨夜からそなたのことばかり考えていた。」
陛下のご命令とあの白紙とどう関係があるのかと心の中でなじりながら、難しい顔でジュリアスは認めた。面白そうに自分を見るクラヴィスにむかっ腹が立つ。
一体なにごとかと心配したというのに。視察に出た守護聖のことを私が忘れるわけがないではないか。結局のところ単にからかわれていただけなのだ、いつもの如く。この男は視察先で、私があれこれと頭を悩ませる様をさぞや心楽しく想像したのであろうなと思うと、態度もよそよそしくなった。
「わかった、もうよい。視察の報告書は明日中に出してくれ。」
言いながら手元の書類に目を戻す。しかしクラヴィスが立ち去る気配はない。苛立ったジュリアスの口から怒気を含んだ声が飛んだ。
「もうよいと言っているだろう!」
「…怒るな。私も…あの手紙を出してから…お前のことを考えていた。聖地にいたお前よりもずっと長い時間を。それに免じて、許せ。」
毒気を抜かれて見つめ返すジュリアスに静かな笑みを見せると、ふわりと衣を翻してクラヴィスは執務室から出ていった。
どう返したらよいものかわからず、無言のままクラヴィスの後ろ姿を見送った首座は書類を机に置いた。引き出しを開くと、一番上にクラヴィスからの手紙。折り畳まれた紙を封筒から取り出して広げてみる。にらみつけるようにその紙を凝視した後、彼の口からこぼれたのは細いため息。
……やはり、あれの考えることは私には理解できぬ。
白紙の手紙を元の場所に戻し、昨夜来心を占めていたクラヴィスのことを振り払うように一度首を振って、ジュリアスは決裁途中だった書類を手に取った。
15. 雑踏 (05/09/10)
視察のスケジュールは細かく決まっていて、息を抜く暇もなかった。現地の時間で3週間に及ぶ視察のために途中で休日は設定されているが、それとてクラヴィスが自由気ままにふるまうことはできない。迎賓館の中の宿泊施設内にいる限りは比較的自由に動けたが、一歩外へ出ようとすると大変な騒ぎだ。闇の守護聖への礼を尽くし、安全を期すために、どこへ行くにも送り迎えの車があり警備がつく。あまり外界へ出ない彼はそういったこと全てをわずらわしいと思いつつ、それも仕方のないことと好きにさせていた。が。
行き先、見るべきもの、食事の時間まで分刻みのスケジュールが立てられていて、せめて迎賓館の中の庭園を歩いてみたいと思っても一人でふらっと出ることもできない日が続くと、さすがに参ってくる。たまに外界に出たのだから少しは自由に動きたい。だというのに、しばらく迎賓館の外へ出かけたいというだけの希望もなかなか叶えられないのだ。目的は何か、どこへ行きたいのか、根掘り葉掘り詮索されるのはわずらわしい。特に目的もなくただぶらぶらと歩き回りたいだけなのにあれこれと尋ねられるのに辟易して、「もうよい…」ため息と共に告げた。
数日後の休日、ついに我慢の限界に達したクラヴィスは、なるべく目立たないようにいつも着用しているような長衣ではなくスーツをきちんと着込み、迎賓館を抜け出すことに成功して街中の散策に出かけたのだった。
迎賓館を出てしばらく歩道を行くと、タクシー乗り場がある。そこでタクシーに乗り込むと、どこか面白い場所はないかと運転手に尋ねた。
「お客さん、外国の人?」
「ああ、そうだ…。」
「どういう場所がお好みですか。」
「そうだな…多くの店があって、人の集まる場所に行ってみたい。」
聖地にはないものが見てみたかったので、そう答えた。
「お買い物ですか。」
特に何かを買うことは考えていなかったが、女王も補佐官もまだまだ少女と呼べる年齢なのだ。何か土産を買って帰るのもよいかもしれぬと思って、「まあそうだ」と答えたところ「それではグランディーユ通りに」と運転手が名を挙げた通りに行ってみることにした。
名の通ったブランド品の店が数多く立ち並ぶ通りでタクシーを降りて、人波にまぎれて歩く。いつも歩いているのは、森の湖へと続く道であったり、林の木々の間であったりと、人に会うことは少ない場所ばかりだ。雑踏を歩くというのは何やら気疲れするものだと思いながら、ショーウィンドウを眺めながら歩いた。宝飾品、バッグ、靴、最新のモードの数々にはさほど興味も持てなかったが、それは大した問題ではない。どこを歩くかはこの際どうでもよかった。一人きりで好きに歩き回ることは心を解放してくれる。多くの人々が行き交う雑踏の中で一人きりであるということに、孤独よりも自由を感じる。
ふと、聖地では皆いつも通りの生活をしているのであろうな、と思って無性におかしくなった。私は、私が誰であるか知らない人々の間を縫って歩いている。
しばらく歩いて、カフェから歩道に張り出したシェードの下のテーブルについてひと休みしながら、そうだった、少女たちに土産を買うのであったと思ったが、今まで通り過ぎてきた店はどれも高級ブランド店ばかり。ロザリアはともかく、アンジェリークは違ったものを喜ぶであろうなと思うと、どの店に入るべきか迷ってしまう。
ゆっくりとアイスティーを飲みながら、道行く人々の流れを追っていて、ふと若者たちがたくさん出入りしている店が目に留まった。
何の店であるかよくわからぬが、若い者が多いのだからアンジェリークの気に入るようなものもあるだろうか…。
若者たちに混じって、長身の、三つ揃いのスーツの男がすたすたと店へと入っていく。入り口付近は出てくる者と入ろうとする者とで特にごった返していたが、クラヴィスの周囲にはなぜか空間ができていた。背の高い彼を見上げては、こいつ何者?という顔で何となく皆が少し離れていくのだった。そこは子ども向けの玩具から、やや年齢層の高い者向けのキャラクターグッズなどを取り扱う店だった。
若者でごった返す店で買い物を済ませて、もうしばらく通りを歩いてみて人ごみに疲れを感じた頃、折りよくタクシー乗り場で客待ちのタクシーに行き合わせて、乗り込んだのだった。歩いた距離は、星見のときなどに比べれば格段に少ない。だがいつもとは違う疲れを感じていた。
帰りは地下鉄を使ってみようかと思っていたが…思いのほか、雑踏というのは疲れるものなのだな…。
タクシーのシートに身を預けて息を吐き出し、唐突に思った。
ジュリアスに、手紙を書こう…。