モノ創りさんへ10個以上でお題
01. その姿は光
ぼくたちのところへ、「せいち」っていうところから男のひとたちがやってきた。ぼくをせいちにつれていくんだって言った。母さんはいっしょに行けないんだって言った。ぼくは行きたくなかったけど、「やみのしゅごせい」だからせいちにいなきゃいけないって言われた。なんどかそのひとたちがきて、母さんと話をして……そしてぼくは母さんと別れてせいちに行くことになった。
せいちはぼくたちが行ったことがあるどんな大きな町のこうえんよりもずっときれいだった。神殿よりももっと大きなたてものにつれていかれて、暗いへやにつれていかれて、そこで背のたかい男のひとに会った。ぼくをつれてきた男のひとは「こちらがあなたの前のやみのしゅごせいさまです」とおしえてくれた。やみのしゅごせいさまは頭をなでてくれて、ぼくになんか言ったんだけど、なんて言われたのかわからなかった。なんですかってきこうとしたのに、やみのしゅごせいさまはへやから出ていっちゃった。ぼくをつれてきた男のひとは「そこがあなたの机です。いすにすわってしばらくおまちください」って言って、やっぱり出ていっちゃったんだ。ぼくはひとりぼっちになった。どうしたらいいのかわからなくて、ずっと立っててつかれたから、いすにのぼってみた。おとなのひとのいすで、ぼくには大きすぎて、足が下につかなくて、ぶらぶらさせていた。
しばらくそこですわってたんだけど、だれも戻ってこなくてさびしくなってきた。ひとをさがしに行こうかなとおもってたら、とびらが開いたんだ。ぼくがいたへやは暗かったから、外の光がすごくまぶしかった。入ってきたのはぼくと同じくらいのこどもみたいで、金色のかみのけがきらきらしてて、とってもきれいだった。その子はぼくを見てなんか言ったけど、ぼくにはわからないことばだったから答えられなかった。もう一度、なんか言われたけどやっぱりわからなかった。その子はとってもおこったみたいに大きなこえで何かさけんで、はしって出て行っちゃったんだ。追いかけて、どうしたのってきいたって、きっとまたことばがわからないから、追いかけるのはやめにした。何であんなにおこってたんだろ?
でもね、あの子すごくきらきらしてて、きれいだったんだよ。おひさまの光みたいだったんだよ。男の子かな。女の子かな。あの子もせいちでくらしてるのかな。なかよくなれたらいいのに。
+ + +
新しい闇の守護聖クラヴィスは辺境育ちで、その土地の言葉しか知らなかった。だから闇の守護聖を迎えに辺境へと出向いた使者は、事前に土地の言葉を教えられていた。聖地に連れてこられた夜、クラヴィスは王立研究院で一晩を過ごし、女王宇宙の標準語の基礎を睡眠学習で学んで、ようやく聖地の他の者たちとの意思疎通が可能になったのである。そんなことはちっとも知らないジュリアス、闇の執務室でクラヴィス相手にひとり大騒ぎを演じた後、頭が冷えてから「新任の守護聖にひどいことを言ってしまった」と大いに悩むことになったのだった。
02. ため息の真意
ふう。
ため息が、ひとつ。
はぁ…。
また、ため息をついた。
光の守護聖ジュリアスは、クラヴィスの様子を観察していた。時は昼の休憩時間。ところは宮殿内の庭。植え込みの陰に隠れるようにして、足を投げ出してべたっとすわり込んだクラヴィスは、ため息ばかりついている。
ジュリアスもクラヴィスも同じ6歳。ジュリアスは同じ年頃の子どもに比べれば格段に学力は高く物事を知っていて、判断力も確かではあった。それでも幼いには違いない。まだまだ学ばなければならないことがあったので、執務以外に勉学にもかなりの時間が割かれていた。一方、聖地に来たばかりのクラヴィスは就学前の普通の子どもで、現在学んでいるのは文字の読み書きと算術の基礎だ。ジュリアスとはレベルが違いすぎるために、二人は別々の部屋でそれぞれ学習を進めていた。
顔を合わせたときにジュリアスが何か話しかけても、クラヴィスは小さな声で自信なさげにぼそぼそとつぶやくばかりで、ほとんど会話というものが成り立たない。それはクラヴィスがまだこの地で使われている言語に慣れないせいもあったのだが、ジュリアスにはそんな事情はわからない。クラヴィスの態度に苛立ちを募らせてはかんしゃくを起こすもので、クラヴィスはますますジュリアスに対して口を開かなくなった。しまいには、ジュリアスの姿を見るときびすを返して逃げるようになってしまった。周囲の大人たちは、これはまずいと思ったか、学習時間は二人を一緒にしてみることにした。
午後は主に学習のための時間とされているのだが、それを前にため息ばかりついているクラヴィスを目にすると、ジュリアスは何だか胸の奥がきゅんきゅん鳴るような気がした。
私がいけないのだろうか。いつもクラヴィスのことを怒ってばかりいるから。
クラヴィスは、こんな私と共に学ぶのがいやでいやでたまらないのかもしれない。
どうしたのかと声をかけたい。が、きっとクラヴィスはあの大きな目を見開いて、おびえたようにジュリアスを見て、もごもごと言い訳めいた何かを言って、走り去ってしまうのだろう。その想像がジュリアスをためらわせた。
だがたった一人の同い年の仲間なのだ。仲良くなれるよう、努力せねば。
ジュリアスはそう決心して植え込みに近づいて声をかけた。
「クラヴィス」
びくん、飛び上がりかけたクラヴィスは、恐る恐るといった様子でジュリアスのほうに顔を向けた。精一杯優しく「どうしたのだ?」とたずねたジュリアスに、クラヴィスはぶんぶんと首を横に振った。紫の瞳がうるんできたように見える。
「クラヴィス…」
たまらなくなって手を伸ばしたら、クラヴィスはいきなり立ち上がった。首を振りながら後ずさりをして、少し離れたところでくるりと背を向けると、走り去ってしまった。ジュリアスはその背中を寂しく見送る。
やはり、私が最初にひどいことを言ってしまったからいけないのだろう。少しずつでも仲良くなれればよいのに。
ジュリアスからだいぶ離れてからクラヴィスは立ち止まり、またため息をついた。
お昼ごはん、食べすぎちゃった。おいしかったからついデザートのおかわりまでしちゃって。おなかが苦しいよお。
そのせいで何かがのどの奥からこみ上げてくる感じはするし、苦しくてため息が出る。でもそんなになるほど意地汚く食べたなんてあのジュリアスに言えなくて、逃げるしかなかったのだった。
せっかくジュリアスが話しかけてくれたのに。ほんとはもう少しいっしょにいて、話したかったな…。
03. 触りたいけど、今は
きらきらきら。光ってる。
すごくきれい。
あのかみの毛にさわってみたいけど……きっとまた、おこられる……。
ジュリアスのようなみごとな金髪を見たのは初めてだった。クラヴィスの母も、仲間たちも、みな黒髪だった。多くの町を旅したが、クラヴィスの同国人は瞳も髪も黒か、黒に近い濃い茶色で、他の色はほとんど見かけない。クラヴィスの瞳は一見したところ黒く見えるのであまり目立ちはしなかったのだが、実は深い紫色だと知られると珍しがられたものだった。聖地に来て初めて多様な色の髪や瞳の人々を見て驚いた。とりわけ印象的だったのはジュリアスの金色の髪だ。そして瞳の色だ。きらきら光るおひさまと、青い青い空の色。
さわりたい。
風にゆれるきんいろのかみの毛、とってもきれい。
いつかなかよくなれたら。
ぜったいに、さわらせてもらうんだ。
+ + +
さらさらさら。
黒い髪があれほどきれいなものだとは知らなかった。
だが触らせてくれと頼んでも、また怖がって逃げてしまうだろうか。
そう思うと悲しくなった。
クラヴィスのような、まっすぐなつやつやの黒髪を間近に見たのは初めてだった。この世界には多種多様な人種がいて、目の色、髪の色、肌の色が多様性に富んでいることは知っている。聖地にはいろいろな星から優れた人材が集められており、ある意味では人種の見本市のような状況で、いながらにして多様性の一端を見ることができる。そうした中にいたジュリアスは、肌や髪の色の違いに偏見を持ったり、この色がきれいだとかあの色は好きじゃないとか、特に何かを感じたりしたことはなかった。それぞれの違いをあるがままに認識していただけだった。クラヴィスに会うまでは。
いつか、仲良くなれたら。
そのときにはきっと言おう。
そなたの髪に触らせてもらえないか。
+ + +
「さわらせて」と言える日が早く来るといい。
04. ちょっとそこまで
クラヴィスが回廊をちょこちょこ走っていくのを見かけた。
まったく困ったものだ。あれには威厳というものがない。
たとえ幼いと見られる年齢であっても、守護聖が「ちょこちょこ」と走ってどうする!
それに、もうすぐ休憩の時間も終わるというのに。いったいこれからどこへ行こうというのだ。
行き先を確かめておこうと声をかけた。
「どこへ行く?」
「ちょっとそこまで」
「『そこ』とはどこなのだ?」
クラヴィスは足を止めることなく、私の二度目の質問など聞こえなかったかのようにそのまま走り去った。一瞬、追いかけようかどうしようかと迷ったのだが、ここで私までが走って追いかけたら、子どもが走り回って遊んでいるかのようできまりが悪い、そう考えて走って後を追うのはやめた。だが「そこ」がどこなのかを突き止めるのを諦めたわけではない。とにかく歩いてでも後を追うことにしようと決めたときには、すでにクラヴィスは回廊を曲がって姿が見えなくなっていた。
どちらへ行ったものやら。何気なしに目を閉じて、クラヴィスの行方を探ろうとしてみた。そして気づいた。
私は闇のサクリアを感じることができる。
クラヴィスが走っていった後には闇のサクリアの気配が水脈のように残されており、それを感じ取れることをこのときはっきりと自覚したのだった。
これを追えばよい。
ジュリアスはときどき立ち止まって闇のサクリアを探りながら回廊を進んでいった。途中で、今日の学習予定である宇宙生成学の教師とすれ違って、「ジュリアス様、どちらへ?」と尋ねられた。普段ならば丁寧に受け答えするジュリアスだが、そのときはクラヴィスを追うことに集中していたので上の空で答えながら行き過ぎた。
「ちょっとそこまで。」
教師は珍しいジュリアスの態度に少しいぶかしく思ったものの、まだ昼の休憩時間で学習が始まるまで間があるので、ジュリアス様でもたまにはこういうこともあるのだろうとそのままにしておいた。
クラヴィスがしばらく前から移動をやめてひとところにいる、そう確信して闇の気配を追い続けたジュリアスが行き着いたのは、日当たりのよい宮殿の庭の、植え込みの陰。最初にそこでクラヴィスを見かけたのは、学習は同じ部屋でするようにと年長の守護聖たちに決められた、あの日の昼だった。あのときは足を投げ出してすわりこんでため息をついていたクラヴィスだったが、今日は芝生の上にコロンと横になっていた。倒れているのかと思ってびっくりして駆け寄ったら、「うぅ〜ん」と声を立ててもぞもぞと体を動かした。そしてすうすうと気持ちよさそうな寝息。
寝ているのか…?
クラヴィスの横にしゃがみこんでじっと顔を見る。いつもは白いクラヴィスのほっぺたがばら色に上気していて、かわいい、と思った。ぷっくりした頬を指でつついてみて、自分がそんなことをしたことに驚いて手をひっこめた。もう少しだけながめていよう、そう思ってジュリアスも隣に横になってみた。
学習のための部屋は執務室とは別の場所だ。幼い筆頭守護聖たちの学習進度には差があるので、同じ部屋にいながらそれぞれ別の教師から教わっている。ところが、この日ふたりは一向に姿を見せず、教師たちはしばらく手持ち無沙汰そうに待っていたが、結局探しに出かけることにした。
少しの後、教師二人は日当たりのいい宮殿の植え込みの陰で並んで眠る二人を見つけた。
「これはこれは…」
二人は顔を見合わせて微笑を交わした。年齢に不相応なまでの落ち着きを見せるジュリアスだが、やはりその体は子どものものなのだ、と。朝から晩まで仕事をして、学習をして、疲れていないはずがない。
「今日は臨時休講ですな。」
「そうせざるを得ないでしょうね。」
「確かに『ちょっとそこまで』のお出かけでしたね、ジュリアス様」
言いながら、教師はジュリアスを抱き上げる。もう一人の教師もクラヴィスを抱き上げながらたずねた。
「何のことです?」
宇宙生成学の教師は回廊でのいきさつを話した。二人は子どもたちをそっと抱き上げて、仮眠を取れる部屋へと運んでベッドに寝かせた。
ジュリアスが目を覚まして、同じ毛布にくるまって隣で眠っているクラヴィスを見出して、何が起こったのかときょとんとするのはそれから約1時間後のこと。
05. 片方しかない靴下
ジュリアスとぼくは、地のしゅごせいさまから、サクリアについておしえてもらった。
「ジュリアスにはわかっていることばかりかもしれないんだけどね」って笑って、「でもこれはとても大切なことだし、クラヴィスと二人でもう一度聞いてほしいから」っておっしゃって、話をしてくださった。
光とやみは「つい」の力なんだって。星にいのちのたねをまいたら、光とやみの……なんだっけ? ええっと、「しゅくふく」がいるんだ。それがないと、いのちのたねはたねのままでしかない。女王へいかからさずかるたねなのに、ぼくたちの力をあげないと、ちゃんとした、形のあるいきものは生まれないってきいて、ちょっとびっくりした。なんか、すごいね。サクリアって。
いのちが生まれるにはジュリアスの力とぼくの力と、二つがかならずひつようっていうのは、くつしたみたいだよねって言ったら、地のしゅごせいさまはちょっと笑ったんだ。ぼく、何かおかしなこと言った?
ふたつないと役に立たないものって思ったら、くつしたかなって思ったんだけどな…。このまえ、くつしたの片っぽなくしちゃって、いっしょうけんめい探したんだけどみつからなくて、やかたの人にごめんなさいって言ったら、「よろしいのですよ。でもこれ一つではもうはけませんね」って言われたよ。それと同じじゃないのかな? サクリアとくつしたはちがうではないかって言ってジュリアスはへんな顔してたから、やっぱりおかしなことだったみたい。地のしゅごせいさまは「じぶんで考えて、りかいしようとするのはいいことだね」って言ってくださったんだけど。
だけど、ジュリアスはへんな顔したけど、いのちが生まれるためには二つそろわなきゃ役に立たないんだったら、やっぱりくつしたといっしょだと思う。くつでも、てぶくろでもいいかもしれない。とにかく、二ついっしょってことがだいじなんだ。ぼくの力は、ひとりのときは片っぽだけになったくつしたみたいに役にたたない。
ぼくたちのもっている力みたいに、ぼくたちが二人いっしょってことがだいじだってジュリアスも思ってくれたらいいな。
そう思ってそっとジュリアスを見たら、ジュリアスもぼくを見ていた。目が合って、にこってしてくれた。何だかちょっとうれしかった。