庶民な暮らし


クラヴィス様とジュリアス様、幸運にもほぼ同時にサクリアを失って次代への引継を終え、晴れて自由の身となった(『君といつまでも』参照)。そんな二人のうれし恥ずかし新婚生活のひとコマ、本日のテーマは「ゴミ」でございます。

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キッチンでクラヴィスがごそごそと作業をしている。どうやらいちごを洗っている模様。もと筆頭守護聖の二人は、酔狂なことに現在は使用人なしの二人暮らし、掃除洗濯買い物炊事等の家事全般をいちおう自分たちでやっているという驚愕のこの事実。今日はクラヴィスが炊事当番なのか、単に自分がいちごを食べたかっただけなのか。とにかく彼はキッチンに立っているのだった。デザート皿ふたつに洗い終えたいちごを盛り分けると、いちごが入っていたパックをくず入れに放り込んだ。とたんにジュリアスの叱責が飛んだ。
「クラヴィス! いつも言っているであろう、それは不燃ゴミだ!」
空きビンでも空き缶でも紙くずでもプラスチックでも発泡スチロールでも何でもかんでもくず入れに放り込む、しかも何度注意されてもそれを改めようとしない、といういいかげんな姿勢は、ジュリアスを激怒させるに足るものだった。けれども叱られ慣れている、と言うか、もしかしたらそれを楽しんでいるかもしれないクラヴィスがそんな叱責に恐れ入るはずもなかった。
「…いちいちうるさいな…。やせばえるのだから、不燃ではない…」
「屁理屈を言うな! 燃えるか燃えないかが問題なのではない。要はどういうルールであるかだ」
「そのルールが間違っているときは、従う必要はないではないか」
クラヴィス、筋の通ったことを言っているようだが、ジュリアスの指摘通りそれは屁理屈にすぎない。それにクラヴィスの本音は「分別が面倒」ただそれだけ。そんなことは百も承知のジュリアスは、これまでにも幾度となく言ってきた同じ台詞をしつこく繰り返す。
「環境汚染に配慮するという、それなりの理由があってのことだ。守るべきであろう」
それに対する反論はなかった。これ以上言い争うのも面倒になったと見える。無論、ゴミを分別しようなんていう殊勝な心がけからではない。反論はやめたものの、プラスチックのパックを不燃物用のごみペールに入れ直す気配は微塵もない。ジュリアスの怒りなどどこ吹く風といちごを一個つまみ上げ、口に運んだ。
「そなたはっっ!!!! 何度言えば分別の仕方を覚えるのだ!?」
言いながらフォークを渡すジュリアス。手づかみで食べる(しかも立ち食い)なんていうことを目の前でされるのは我慢ならないらしく、怒りながらも世話を焼いてしまうところがご愛敬。
「フッ…」<はなっから覚える気なし
クラヴィスはいちごの器をひとつ、「お前の分だ」とジュリアスに手渡す。二人はテーブルにつくといちごをつつきながら攻防を続けた。
「我々の生きる環境を大切にしようとは思わないのか?」もぐもぐ。
「私にとって大切なのは…お前だけだ。お前さえいてくれればあとはどうでもよい」もぐもぐ。
それがクラヴィスの本音と言えばそうかもしれないが、叱られながら言うことかそれが。とか思っちゃったりするのは作者だけではあるまい。話をすり替えようとしているのは明らかだ。できればラブラブ状態に突入してゴミのことなんか忘れさせたい、そんな下心が見え隠れしている。が、ジュリアスだってそんな彼と伊達に長いつきあいはしていない。おもむろにいちごを食べ終えると、「なかなか美味であった」と極上の笑顔で感想を述べつつクラヴィスを見た。
「で、話は戻るが、大切な私が頼んでいるのだ。分別に協力してくれるな?」
こちらもさりげなくすごいことを言ってるような気がするが、それはともかく。懐柔作戦は失敗に終わったようだ。クラヴィス苦笑。
「……わかった、努力する」

以来クラヴィスは何かものを捨てるときには必ずジュリアスにお伺いを立てるようになった。
ワインの空きビンを指し示し「これはどうしたらよいのだ?」
いらなくなったメモをひらひらさせて「これはどこに捨てるのだ?」
穴の開いた靴下は? アイスクリームの容器は? 野菜くずは? 雑誌は? 枯れた観葉植物は? 古い革製品は? 壊れた鍋は? 蛍光灯は?
捨てるものは数限りなくあり、その数だけジュリアスに尋ねる。あまりにも頻繁に尋ねられて、とうとうジュリアスのほうが音を上げた。
「…クラヴィス、もうよい…分別は私がする」
心中ひそかに「私の勝ちだな…」とクラヴィスが勝利宣言をしたのは言うまでもない。

それからというもの、朝な夕なにくず入れの中身をせっせと分別するジュリアスの姿が見られたとか。





■BLUE ROSE■