-ジュリアス様ご生誕記念-
なんたる幸運かクラヴィスとジュリアスのサクリアが消失したのはほぼ同時だった。けれどもジュリアスのほうがやや遅かったためクラヴィスは一足先に聖地を出たのである。
全ての引き継ぎを終えたジュリアスをクラヴィスが出迎える形で二人の新生活はスタートした。二人はおおむね仲良くやっていたが、小さな諍いはある。その一つに年齢を巡る争いがあった。ジュリアスが後まで聖地に残ったため、クラヴィスのほうがほんの少しばかり年が上ということになってしまったのだ。
退任した元守護聖は、仮の経歴を与えられて一般人として生活するのが通例となっている。そのためには日常生活に支障を来さない程度に書類上の調整をしておかなければならない。たとえば、見た目が青年なのに生まれたのがおっそろしく昔なんていうのはやっぱり不都合だろうということで、出生の年は推定年齢に見合ったものに書き替えられる。普通に生きていくためには生年書き替えは必須事項なのである。
ジュリアス、クラヴィスともに退任時の推定年齢、28歳。ところがクラヴィスは外界でジュリアスを待っている間に誕生日を迎えて29歳になっていた。少し遅れて退任したジュリアス、28歳のままである。
「納得がいかぬ」
迎えに来たクラヴィスにそのことを聞かされ、「お前のほうが若造だ」と言われたジュリアスは釈然としない顔になった。
「真の生まれ年から言えば私が年上だ。書類上そなたの年が上になったからと言って、若造呼ばわりされたくはない」
だいいち自分を「若造」と呼んでいる当人だってほんの1歳違い、30歳にもなっていないではないか。クラヴィスのほうが還暦過ぎの貫禄あるじいさまになっていたとしたら若造と呼ばれたって仕方がないかもしれないが、ついこの前までとまったく変わらない姿でそんなこと言われたって。ジュリアスにしてみれば聖地時間にして二週間ほど会わなかっただけなのだ。なのに若造呼ばわりされるなんて心外極まりない。
そもそも、聖地ではずっと同年として育ってきたのだ。今さらその認識を改めよと言われてもにわかには対応できない。それに、同年とは言っても生まれ月からすればジュリアスの方が少し兄貴分であり、さらにジュリアスも言うとおりもともとの生年は早くに聖地入りしたジュリアスの方がずっと前だ。そういう認識に立って生きてきたのに、今日からはクラヴィスの方が年が上だと言われてもどうしても違和感がある。
「フッ…若造はいやか。…では私よりも何年も年上のじじいと呼ばれたいのか?」
むろんじじい呼ばわりされてうれしいはずもなく。
むっとした様子でジュリアスは、いったんはクラヴィスの手に預けていた身の回り品を入れた鞄を取り返すと、早足で歩き始めた。その後ろ姿がいやに冷たく見えて、「おい待て」あわててクラヴィスが追いかける。ちらり、振り返るジュリアス。再会に浮かれたあまりにちょっと言い過ぎたか、捨てられはしないか、もしかしてこのまま置いて行かれるのではないかとの不安もあらわに追ってくるクラヴィスが愛しく、珍しくかわいげがあるではないかと思えた。
クラヴィスと共にいられるなら、年齢などどうでもよいことだな。
いつか聖地を去るときがくる。それは、守護聖である以上は誰の身にも等しく訪れる定めである。
どれほど心許した友であってもどれほど愛しあっていても必ず来る別れの時。愛すれば愛するほど、愛し合いながらの別離が恐ろしく、かといってひとたび取った手の温もりを自ら放すこともできず。迷いながら二人の時を重ね合わせてきた。だがもうその日が来ることを恐れることはない。聖地でクラヴィスと過ごしながら常に胸の裡でくすぶり続けた不安の種はもうないのだ。半ば諦めつつ、それでも閨で口にせずにはいられなかった睦言が、いつまでも共にと誓い合った言葉が現実になろうとしている。
これからも二人で生きていくことができる、そんな奇跡のような幸せに自然と微笑がこぼれた。
「どう呼ぼうとかまわぬ。私はそなたと共にいられればそれでよい」
じ〜〜〜〜〜〜〜〜ん。
ジュリアスの晴れやかな笑顔と優しい言葉にクラヴィス大感動。
慣れない外界で一人で生活設営をするのは大変だったが、その甲斐はあったというものだ。
ひしっとジュリアスを抱きしめて、「私もだ。お前さえいてくれればあとは何もいらぬ」と囁いた。
でも大感動したからって、それまでの生き方を改めるようなクラヴィスではない。
その後も気分の赴くままに「若造」とか「おじん」とか「じじい」とか好き勝手に呼んで、ジュリアスに苦い顔をさせるのだった。ジュリアスをからかうことが生き甲斐なのは聖地を出ても変わらないらしい。クラヴィスはやはりクラヴィスのままだった。
そして、ジュリアスもやはりジュリアス。
「どう呼ぼうとかまわぬ」と言質を与えてしまった生真面目なジュリアスは、自分の言葉に縛られて言い返すこともできない。彼がいったん口にしたことを翻すはずもなく、クラヴィスから何と呼ばれようとも苦笑しながら「まったく、仕方のない……」と呟いて許すのであった。