10日遅れのバレンタイン


1. 愛を告げよう

クラヴィスから突然に愛を告白されてどさくさまぎれに恋人になってからだいぶ経った。その間に女王試験なんていうものが始まって、いま守護聖たちは飛空都市にいる。
ところでジュリアス、最初に言いそびれた言葉をいまだに言えずにいた。

私もそなたのことを愛している。

これだ。愛し合う恋人同士に不可欠の、愛のささやき。それがジュリアスにはどうしても言えない。
決して彼が愛に怠慢だったわけではない。まじめな彼のこと、とてもまじめに努力はしたのだ。愛している、その一言を何とかクラヴィスに伝えたいと常にチャンスをうかがってきたと言っても過言ではない。
だがしかし。彼はまじめな上に恋愛経験に乏しく、しかも自分の感情を素直に言葉にすることにかけては天才的に不器用で、さらに絶望的なまでにアルコールに強いときている。いっぱいひっかけて酒の勢いを借りて言っちゃう、なんていう裏技を使うことすら不可能だった。

だいたいがだな、これほどに気恥ずかしいことを平気な顔をして言えるわけがないではないか……。

と、ジュリアスならば当然そう考え、悩むところで、実際そのとおりに彼は悩んでいた。高みの見物をしている我々としては、「べつに『平気な顔』で言わなくてもいいんじゃない?」とか、「むしろ、真っ赤になってしどろもどろのほうが、クラヴィス様も嬉しさ倍率でドン!だってば」と励まして力づけて後押ししてさしあげたいところである。けれども誇り高いジュリアスは、狼狽する自分とか、しどろもどろな自分なんて、想像するだけで気分が悪い。
光の守護聖ともあろう者が。そんな。おろおろしてたり、どもったり、赤くなったり、挙動不審に陥るなんて。
絶対に絶対に絶対に許せるものではない。かっこよくビシッと決めたい。
それに、あの怠惰なクラヴィスですらごく平然とその言葉を口にして、ちゃっかり恋人におさまったではないか。
あれにできたことが私にできないなど、光の守護聖の誇りにかけて許すことができぬ!!

ちゃっかり。そう、ちゃっかりだ。ジュリアス様視点からすれば、まさにそんな印象だった。意味がわからないことを言われてジュリアスがうっかり呆然としている間に、何だか知らないけれどもそういうことになっていたのだ。
え?と思ったときにはすでにキスを交わしていて、しかも夢心地にまでなってしまったのだから、まじめなジュリアスが拒否などできようはずもない。
もちろん、クラヴィスのことが嫌いだったら断固拒否しただろうけど。拒否なんかできないくらいに好きだと否応なしに自覚させられてしまったので、こういう関係になったこと自体は、ジュリアスにしても特に不満はなかった。……というのはかなり控えめな言い方だろう。文字通り夢心地だった。だいぶ長いこと初恋に舞い上がっていて、地上に降りてくるまでにはかなりの時間がかかった。どきどきそわそわのしっ放しで、このままだと心臓がおかしくなってしまうかもしれぬと本気で心配になったほどだ。
こんなに好きなのに「愛している」と言えていないなんて。こういう関係になったからにはジュリアスとしても何とか自分の熱い思いを伝えたい。でもそれがなかなかできないという、はなはだ中途半端な状態にあったのである。

さてこのお二人、そうしたわけで恋人とは言ってもそうなる以前と大した違いはない。プライベートではほとんど絶交状態だったのがお互いの館を行き来するようにはなったという程度だ。
たとえばジュリアスがクラヴィスの館を訪れて何をするかと言えば、夕食を共にし、あとはクラヴィスの私室で少々酒を飲み、たまにチェスを楽しみ(これはジュリアスが持ち込んだものだ)、その日の予定が終われば「ではさようなら」と帰ってくるのである。
日の曜日を共に過ごそうと言っても、クラヴィスが行動を起こすのは早くて昼前になるから共に昼食をとり、テラスでお茶を飲みながらぽつりぽつりと話をし、お互いの共通点の少なさを見出すばかり。
それでも不思議と居心地が悪いということだけはなく、結局二人はそばにいながら別々のことをしていたりする。ひどいときなどは、ジュリアスは無言のうちに食事を早々に済ませると休日だというのに持ち帰った仕事を一心不乱に片付け、そばではクラヴィスが手持ち無沙汰そうにカードをもてあそび、その挙句に昼寝をし始めるという具合である。

何しろ宇宙の命運をかけた女王試験の最中だ。首座のジュリアスの忙しさたるや、半端ではなかった。クラヴィスもそれはわかっていて、ジュリアスが仕事をしているからといって怒ることもなく、もっと相手をしてくれと駄々をこねることもない。かといって手伝うでもなくただ悠然とそこにいる。
二人の関係は至って健全なもので、オスカーを館に招いて過ごすのとほとんど違いはないといって良い。いや、オスカーとの方が話も弾むしチェスに飽きれば共に馬を駆るという楽しみもあるし、むしろ炎の守護聖の方が気が合うと言えよう。
そりゃまあ、時には私室ではソファに並んで座って抱き寄せられてキスを迫られるくらいのことはあるけれど。これについてはジュリアス様的にはかなり困っていて、どうしても体を固くして逃げ腰になるので、少し寂しそうな顔はするもののクラヴィスも強要はしなかった。
恋人の瞳がかげるのを見ると、ジュリアスの胸も痛む。

くちづけが嫌だというわけではないのだ。というよりは、したい
フォントサイズ極小、消え入りそうな心の声。本当はジュリアスだってあのときのぞくぞくする快感が忘れられず、クラヴィスの唇に触れたいとずっと思っている。だが、今はまだ……。

唇をかんで下を向いてしまうジュリアスの肩を抱き、額に触れるだけのキスをするクラヴィスは本当に優しいと思う。そんな彼をずっと待たせていることを、すまないと思う。
しかし、まだできぬのだ。
なにしろ私は愛していると言えていないではないか!
愛の行為は、きちんと愛を告げあった後でなければならぬ!

ジュリアスがその金色の頭の中でそんなことを考えているなんて、クラヴィスはまったく知らない。なぜキスを許してくれないのかわからない。
告白した夜はきっちりしっかりたっぷりどっぷり何度もしたというのに!! なぜだ、ジュリアス……(しゅ〜〜〜〜ん)。
ベッドはおろか、キスすらもままならないなんて。とまあ、こちらもこちらでかなり悩みが深い。

さてジュリアスのほうに話を戻して、と。
クラヴィスは最初の告白以来、愛していると口に出すことはない。自分もその言葉を告げていない。
二人のやっていることはキスに関しての攻防を除けば仲の良い友人といったところで、これで本当に恋人なのだろうかと疑ってしまう。ひとつには自分がキスをさせないというのが現状につながっているとも言えるのだが、かといってその先に何があるというのだろうか。
ジュリアスにはいまひとつクラヴィスの真意がつかめないのだ。そうこうするうちに最初の晩にまず頭をよぎった考えが再度浮上してきて、やはりからかわれているのかとも思う。
それとも…これはやはり、私が何も言わないからいけないのだろうか?
きちんと言葉で物事を伝えるのは、愛していると告げることは大切なことだ。
クラヴィスは私からの告白を待っているのかもしれぬ。

まじめで律儀なジュリアスは、クラヴィスにだけ言わせておいて自分は何も言わないのは卑怯って言うかずるいって言うか、なんだか良くないっていう気がして落ち着かないらしい。
それに、その一言を言えないばかりにクラヴィスに悲しい顔をさせてしまうのが申し訳ない。

今は大切な女王試験の最中だ。このようなことに気を取られている場合ではない。
私事には早くけりをつけて、落ち着かねば!



2. 愛の小道具

今度こそ、しっかり愛の告白をするのだとたいそう気合が入っている光の守護聖様であったが、双方が想いを告白してさてその先どうなるか、というのは彼にはわかっていなかった。

男女のカップルだったら結婚して家庭を持つのだという見通しが立つが、自分とクラヴィスとは男同士だから、愛を告白しあったその先に何がくるのか全然わかんな〜いという状態なのである。彼の想像できるのはせいぜいキスどまりで、それならばすでに経験済みだ。
今まで恋人を持ったことはないし、恋愛小説を読む趣味もなかったし、クラヴィスが自分に何を求めているのかもよくわからないし、これが果たして本当に恋をしているのかどうかわからず、どうにも宙ぶらりんな状態が居心地が悪い。いや、クラヴィスと共にいるのは意外なことに居心地がよいのだが、さりとて二人で何をするでもないという状態は光の守護聖を困惑させた。
共にいるのならば共にいる意味があることをしたいのに、クラヴィスはそこにいるだけで満足している風だ。
何かが違う。
恋ってこんなものなの?
みたいな疑問がふつふつと湧いてくるのだが、言葉にするのは気恥ずかしくて結局は口に出せず、悶々とする日が続いていた。

男同士のカップルは何をすればよいのか? 趣味が同じであればその趣味を共に楽しめばよいが、クラヴィスと自分ではまったくと言っていいほど趣味に共通する点はないと絶望的な気分になった。そんなことならば、何も無理に恋人にならなくても友人で充分ではないか。
だが。と、ここでジュリアスは考える。自分はオスカーとくちづけをしたいだろうか?
思わず身震いが出た。

クラヴィス以外の男なんて、たとえ気が合うオスカーでもご免こうむりたい。
クラヴィスとならば、したい
ということは私はクラヴィスを恋人として認めているのだな。
…となれば、やはりきちんと告白はするべきであろう。それも早急に。

こういったことをあれこれと考えた結果、冒頭の如く気合を入れて愛の告白だと力んでいらっしゃるのである、光の守護聖様は。
そうと決心したからには私事は早く片付けようと思っていても、そこは恋愛経験皆無のジュリアスのことだ。なかなか思うようにはことは運ばない。さてどうしたものかと執務室でぼんやりと物思いにふけっていたところ、ルヴァがやってきた。
「おや〜? どうしたんですか、ジュリアス? 顔が赤いですねぇ。熱でもあるんでしょうかねー?」
頬が紅潮しているのを指摘されてますます赤くなりながら、平静を装いつつジュリアスは言った。
「いや、大事ない。…何用だ?」
「えーっとですね、大したことではないんです。……と言いましても女王候補に関わることですから、大したことではないと言ってしまっていいのかどうかは疑問かもしれませんけどねー」
相変わらずの迂遠な物言いに、少々いらだってジュリアスは先を促した。
「要点をはっきり言ってくれぬか?」
「あー、先日女王候補たちがチョコレートを配り歩いていたでしょう。あの件についてなんですが」
「バレンタインとか言っていたが、あれに何か問題でもあるのか?」
「いえ、そうではなくて、その…どう言ったらいいんでしょう。要するにですねー、お返しがいるんじゃないかと思うんですよ」
「ふむ、それもそうだ」
「バレンタインデーの習慣を知っていますか?」
「バレンタイン……確か聖人の名を冠した日であったな。その日にチョコレートを贈ることに何か意味があるというのか」
「自分の気持ちを想う相手に打ち明ける日なんです」
「自分の…気持ち?」
心のことですよ」
どっき〜〜〜〜〜〜ん。
ジュリアスは「恋」という言葉に反応してまたも顔を赤らめた。
「…で、ではルヴァ、女王候補たちは我々に……その…」
「あーそれは…妙な心配は必要ありません。あれは義理チョコといって、いわば挨拶のようなものですから。最近の流行らしいんです。いつからそんな習慣ができたのか、興味があるのであとでちょっと調べてみましょう。外界から来た彼女たちとじかに接することでいろいろと刺激を受けることができて、私は本当に嬉しく思っているんですよ」
ルヴァの話がどんどん本題からそれていくのを感じてジュリアスは軌道修正を図った。
「義理チョコとは何だ?」
「ああすみません、チョコレートの話をしていたんでした〜。本当に好きな人に渡すチョコレートは本命チョコで女王候補たちが私たちにくれたように、皆に平等に配るのは義理チョコなんですよ。義理チョコっていうのは日頃お世話になっている人への感謝の気持ちとでもいいますか、お中元とか、お歳暮とかと同じようなものです」
ジュリアスにはルヴァが引き合いに出したお中元とかお歳暮とかいう単語になじみはなかったが、言わんとするところはわかったのでなるほどとうなずいた。
「それでですね、守護聖全員が彼女たちからプレゼントされていますから、みんなでお返しをするべきなんじゃないかなって思いましてね。守護聖全員でお返しをするのなら、やはり首座のあなたに相談したほうがいいかもしれないと考えたんですよ。なんでもホワイトデーとかいう日がありましてね、その日にお返しをする習慣があるようなんです」
「ではルヴァ、女王候補たちの喜びそうな品をみつくろってはくれまいか。どうもその……私はそういう場合どのようなものを贈ったら喜ばれるのか見当がつかぬ」
ルヴァはにこにこと答えた。
「そうですねー、私もそういったことは疎いのですが、何とかやってみることにしましょう。守護聖全員からということにして、他の皆とも相談して贈るものを決めるのがよろしいかと思うんですけど、どうですかー?」
「そうだな……それが良かろう。義理チョコというものなのであれば、そういう形で返すのが筋かと思われる。ではルヴァ、手配を頼む」
「はいはい、それでは早速に〜」
会釈をして、ルヴァは出て行った。

ルヴァが去っていったあと、ジュリアスはまたもや赤い顔をしながら物思いにふけっていた。先ほどルヴァの言った言葉が頭の中にこびりついている。
想いを打ち明ける日。
なんと、そんな日があったのか。もう10日も過ぎてしまっている……。惜しいことをした。もっと以前に知っていれば勢いで愛していると言えたかもしれぬものを……。
いや待て、ここで諦めることはない。なぜ諦める必要がある? たとえ10日遅れであろうと、100日遅れであろうと、いつであろうと別にかまわないではないか。そうだ、今からでも! 思い立ったが吉日とも言う。
よし。今日はクラヴィスに愛していると告げるのだ。きちんと。はっきりと。愛している、と!

なんだかジュリアスは燃えてきたようだ。彼の眠れる情熱が目を覚ましつつあるのかもしれない。善は急げとばかりに、飛空都市内のケーキ屋に立ち寄ってチョコレートも買った。(実はどこでチョコレートが買えるか皆目わからず、「ケーキ屋でチョコレートが買える」という情報を入手するまでにジュリアスは多大な努力と時間を費やしたのだが、その詳細については省略)
自らチョコレートを買いにやってきた光の守護聖に売り子たちは騒然としたが、幸いバレンタインデーからは思いっきりはずれているので、買いやすかった。何しろジュリアス様はご存じないことだが、バレンタイン直前の人込みたるや、光の守護聖が怖気を奮って逃げ出してもおかしくないほどのものだったのである。後になってバレンタインデーの存在を知らされたことは、ジュリアスにとってはむしろ幸いだったかもしれない。
10日も遅れていれば、店の売り子だってまさか光の守護聖が愛の告白の勢いづけのために、バレンタイン用チョコレートを購入しに来たと勘繰ったりするはずもなかった。
ウィンドウを眺めていたジュリアスに、「このセットをひと箱頼む」と指差されて、売り子のほうは単に仕事の手順として「ご自宅用ですか?」と尋ねたが、ジュリアスは一瞬硬直した。一人でものを買いに出たりしたことがないので、そういう風に返されるとは思ってもみなかったのだ。たった今注文したのが愛の告白とセットでクラヴィスに贈るためのものだと思うと狼狽が先に立つ。
「いや……その……何だ、人に贈るものなのでラッピングを頼みたい」なんて答えることの気恥ずかしさたるや、光速で地面に穴を掘って深く深く潜りこみたいくらいの感じ。

それでも何とかその恥ずかしさに耐え抜いて、首尾よく大切な愛の小道具であるところのチョコレートをゲットしたジュリアスは、その足でクラヴィスの執務室を訪れて「今宵そなたの館に行ってもよいか?」と微かに頬を染めて尋ねた。週末でもないのに訪ねてもよいかと言ってくるなど初めてのことなので、クラヴィスは少し怪訝な顔をしたが、うなずいたのだった。ジュリアス様、心の中で拳を握り締めてガッツポーズ。

これで私の計画は完璧だ。待っていてくれ、クラヴィス。
今宵こそは愛の告白だ!




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