All You Need Is Love

■注意事項■
女性化ネタ&光×闇(って言うかリバって言うか)。苦手な方、読みたくない方はお戻りください。



1. ある晴れた朝突然に

薄闇の中に香の匂い
とりとめもない夢、浅いまどろみ
不確かな目覚め
現実感のなさ


夢と現の狭間に漂うような浮遊感の中で薄く目を開く。自邸で迎える朝の目覚めはいつもこんな風だ。ここで起きあがってしまえば確かな現実へと立ち戻ることができる。けれどもしっかりと目を開いたところで退屈なことばかりが待ち受けているに過ぎない。眠っているのかいないのか判然としない意識は、ぼんやりと思う。

もう少しこのままでいたい…。

そんな気分も含めていつも通りの朝だ。この時刻に必ず目が覚めかけるものの、結局は二度寝をする習慣だった。ここで起きて支度をすれば出仕時刻には十分間に合うのだが、決してそれをしようとはしないのがクラヴィスのクラヴィスたるゆえんである。目を閉じてもう一度寝直すべく楽な態勢を探る、いつも通りに。が、そのとき寝返りを打ちながら、いつもとは違う感触があるのに気づいた。その違和感は胸のあたりから来ていた。まどろみへと滑り落ちかけていた目を無理やりに開いてゆっくりと視線をその場所へと向ける。いつになく丸みを帯びて盛り上がったその部分。
触れてみる。
むにゅ。

…むにゅ?

妙な感触に、首をかしげながらもう一度、今度は両手でさっきよりも大胆に触ってみた。
むにゅむにゅむにゅむにゅ。

胸をもみしだけるって、ちょっとこれ、あり得なくない? 何の冗談だこれはといぶかりながら、ベッドに起き直ってもう一度胸を見下ろしてみる。不自然に盛り上がっている前を少しはだけてのぞいてみて、瞠目した。闇の守護聖の胸はみごとに女性的なバストに変貌していた。真っ白でむっちりと盛り上がってて、なかなかの美乳であるように見える。こっち側からこんな角度で見下ろすのは初めての経験だが、どう見たって女の胸に間違いない。

上半身が…女。ということは。
突如として女らしい胸の持ち主となった当事者として気になるのは下半身はどうなったのかということで。ごそごそごそ。手を伸ばして下半身を探ってみる。
………………………やはり。
こちらも女性化していた。つまり、少なくとも外形的には完璧に女性になっているらしい。なぜこんなことになったのか。しばらく思案してみたが原因に心当たりはなく、まだ目が覚めきっていないせいか頭の働きも鈍くて、思案しているつもりでその実何も考えていない、いや考えられない状態である。もしかしたらこれは夢で実はまだ眠っているのかもしれない、もう一度寝直してから目覚めたら今度は元通りになっているかもしれぬとも思ったが、とりあえず起き出すことにした。いつもと違う自分でいるのは、ひょっとしたらちょっと楽しいかもしれないからだ。これが夢にせよ現実にせよ、面白そうである。
退屈しのぎにはよいかもしれぬな…。

男性であったのが急に女性になったのだから、本来ならばもっと驚くとか、悲鳴を上げるとか、うろたえるとか、さめざめと泣くとか、そう言った派手なリアクションがほしいところだ。しかし闇の守護聖は少々のことでは動じない性格の持ち主だった(一夜にして性転換するのは「少々のこと」とは言えないという普通人的感想はさておき)。彼(女?)の気分は、そう言ってよければ「うきうき」に近い。いつもと同じ無表情からはそのうきうきは伺い知れないが、クラヴィスはうきうきとベッドを降りた。歩き出そうとしたところで、夜着のすそを踏みつけてつんのめりかけ、せっかくのうきうき気分に水を差されて眉をひそめる。すそを引っ張り上げながら思った。
長すぎる…。
本当は夜着が長すぎるのではない。クラヴィスの背が縮んだせいだった。背が縮んだだけではなく、全体に華奢な作りになり、肩幅が狭く、腕も短くなっているので、袖も長すぎる。
自分の姿が客観的に見てどうなっているのか確かめたいが、あいにくこの部屋には全身が映る姿見などなかった。
仕方がないので側仕えを呼ぶことにした。

「お呼びでございますかクラヴィス様」
と、いつもの習慣でようやくのことで声を出したものの、主の前に出た側仕えは硬直していた。そこにいる人物はどう見てもクラヴィスそのものだが、見た感じ2割方縮んでいる。
「…私はどうなっている?」
声は低めだが、女性のそれだ。
「あの……失礼ながら、クラヴィス様……でいらっしゃいますよね? ……私の目がどうかしたのでしょうか。女性に見えます」
フッと笑う顔もやはりクラヴィスだった。ただし、いつものめんどくさそうな表情と違っていやに色っぽく見えて、側仕えは目を離せずにいる。
「何か着替えを。私が普段着ているものでよい。それからはさみを持て」

一礼して下がった側仕えは程なく衣類を抱えて戻ってきた。彼の差し出した服を手に取ると、クラヴィスはすそ部分を20センチほどはさみで切り落としてしまった。
「このくらいか…」
言いながら側仕えの目の前で夜着を脱ぎ始める。まっしろぷりんぷりんむちむちっと豊かな胸の上半分が露出しかけたあたりで、哀れな側仕えは金縛り状態からようやく抜け出した。このままこの場にとどまれば女主人の上半身ヌードを見ることになるのは確実だ。うまくすれば(?)フルヌードだって見られるかもしれない。まじめな側仕え氏には、それは想像するのも恐ろしい事態だったようで。
「クククククラヴィス様ッッッッ私はこれで失礼をばっ!」
日頃は物静かな彼があわてふためいて寝室を飛び出していく姿がこっけいで、クラヴィスは含み笑った。
「おかしな奴だ…いつも着替えを手伝ってくれているのに…」
私に一人で着替えよと言うのか、とか、ぶつぶつ言っていたが、自分の胸を見下ろしてみて、あの者の気持ちもわからぬでもないと納得して着替えにかかった。クラヴィスだってれっきとした男(今は女だけど)なんだし、いきなり目の前で女に裸になられるのは困るかもしれないということは理解できる。いい年した大人なんだから、着替えが一人でできないわけではないし。いくらふるいつきたくなるような美乳であっても、自分の体に欲情したって仕方がないので、手早く着替えに取り掛かることにした。

当然ながら女性用の下着はなかったが気にしなかった。彼の服は体のラインを強調するようなものではないから、別段不都合は感じない。普段通りの下着を身に着け、すそを切った服に袖を通した。もちろん袖口は2、3回折ってまくった。そうやって袖丈を短くしたところで肩は落ちているし、適当に切ったすその始末はしていないし、はっきり言って珍妙な様子ではあったが、やはりクラヴィスは気にしなかった。袖のあたりがもたつくのがうっとうしいのでここも切った方がよかったかと思ったが、着たままで切るのは難しい。いったん着た服をまた脱いで、袖を切って、もう一度着用に及ぶのは面倒だったので、結局袖は切られずに済んだ。

その朝の闇の館はいつになくざわついていた。
主が妙に早起きしてきたかと思えば、知らないうちに女性になっていたのだから周囲の驚き推して知るべし。最初にクラヴィスに呼び出された側仕え氏からこの変事について聞かされており、大興奮で噂話に花を咲かせてはいたものの、実際に目にすればやはり驚く。クラヴィス本人は悠然とテーブルについてふんぞり返っているが、驚かない本人の方がどうかしている。
いつもよりも早い起床に、あわてて食事が用意されて並べられて、その間もダイニングルームには用事を装っては館の者たちが出たり入ったり、こっそりと主を眺めていた。クラヴィスはそんな周囲のざわめきなど一向に気にならぬという顔で、いつも通りの様子で小鳥のえさほどの食事をとり、たいそう珍しいことに朝の出仕時刻に間に合う時間に馬車に乗り込むと宮殿へと向かったのだった。


2. 接近遭遇

宮殿に到着したクラヴィスは、機嫌良く執務室へ向かった。身に着けているのはすそを切って袖をまくり上げた私服だ。どうせ正装も身に合わなくなっているのだし、服はどうでもいいやと開き直った結果である。さらには正装を着用せずに出仕した場合のジュリアスの怒りようが見たかった、というのもかなり重要な理由だ。

うきうき♪とかいそいそ♪とかるんたった♪とか、音符つきで表現したいような気分で、本人の意識としては足取りも軽く歩いていくクラヴィスだったが、はた目には黒髪の美女がけだるげに歩いているようにしか見えない。衛兵は、守護聖の正装を着ておらず、いつもより背も低いその人物がクラヴィスだとは気づかなかったため、おそれ多くも闇の守護聖様の行く手をさえぎって誰何した。
「誰だ。この先は守護聖様方の執務室、用のない者がみだりに立ち入るでない」
クラヴィス、流し目で衛兵を見る。クラヴィスの機嫌が悪かったら、もしかしたら衛兵は即座に呪い殺されたかもしれない。が、幸いなことに皆様ご存じの通り、クラヴィスはとても機嫌が良かった。ちょっぴり笑いを含んだようなセクシーな声で答えが返ってくる。
「…私としては用はないが…私自身が守護聖なのでな、行かねば機嫌を損ねる者がいる…」
衛兵はまじまじと目の前の美女を見つめた。薄笑いを浮かべた彼女は、闇の守護聖のそっくりさんである。
「……クックックックックックックラヴィス……さまっ?」
「そうだ。…お前はハトか? …クックックックだけでは芸がない。クルックーとでも言わぬか。…フフッ」←自分のすばらしい冗談に笑っている
「あの……あの……若干、その、背が低くおなりになったように思いますが」
背の高さのことよりも問いただしたいのはいきなり性転換してしまったことのほうだが、言っちゃいけないような気がして困っている衛兵。
「だいぶ縮んだようだな」
他人事のようにクラヴィスが言った。せっかく披露したすばらしいジョークが受けなかったので、少しむっとしているかもしれない。衛兵くん、ピーンチ!
「クラヴィス様ならばお通りいただいてもかまわないのですが……あまりにも昨日とは……ご様子が違っておられますので……確認が……」
ますます困って滝のように冷や汗をたれ流す衛兵に、斜めになりかけたクラヴィスの機嫌はたちまち直った。
「では…帰れ、と?」
色っぽく微笑みかけ、
「は……い、いえ……」
と相手が口ごもる様を楽しげに見ている。

二度寝をあきらめた甲斐があったというものだ。面白い…。
早起きは三文の得とか言うが、本当だな。←普通の時間に起きただけだけど、クラヴィスにしたら早起き

出仕が早かろうが遅かろうが、性転換したクラヴィスが現れれば騒ぎになったはずなので早起きは全然関係ないのだが、本人が早起きの効用にご満悦なので誤解させておいた方が彼(女)のためにも幸せだろう。
クラヴィスが衛兵をからかって楽しんでいるところへやってきたのは光の守護聖。ほんの少しとは言えクラヴィスのほうが自分より早くから来ているなんて信じがたかったが、やけにい人影+のサクリアから明らかにクラヴィスだと確信して歩み寄ってきたジュリアスであった。が、近づくにつれ、自分が見ているのがクラヴィスであるという確信が持てなくなってきた。

背が低くなっているし……胸が……(ぽっ)。←クラヴィス様のバストを観察中
私としたことが、どこを見ているのだ!!

その人物から感じ取れるサクリアはクラヴィスの持つ闇のサクリアそのものだ。目さえ閉じれば、あれはクラヴィスだと断言できる。しかしひとたびその姿を見ると、その確信が揺らいでしまう。だってどう見たって女性ではないか。二人のところまで来た光の守護聖は、ためらいながら声をかけた。
「……クラヴィス、か?」
振り向いて自分を見上げた深い紫の瞳に、ジュリアスどっきり
「良いところへ。この者がな、通ってはならぬと言うのだ。だから館へ戻ろうかと思うのだが…かまわぬか?」
陶器のようになめらかな白い肌、艶やかな黒い髪、鮮やかな紅色の唇。印象的なその美貌から目を離すことができない。

クラヴィスがこれほど美しかったとは……。←茫然とクラヴィスに見とれている
……はっ。惚けている場合ではない!

「な、何を言う! 守護聖が執務室におらずにどうする! 私と共に来るのだ!」
ジュリアスはクラヴィスの手をつかむと、衛兵に「様子が違っていてもこれはクラヴィスに相違ないゆえ、連れて行く。通るぞ」と言い捨て、すたすたと奥へ進んだ。衛兵だってどう見たってクラヴィスである美女をどう扱ったらいいのか、ほとほと困っていたところだったので、首座の助け船はありがたく、深々と礼をして二人を見送ったのだった。

ずんずんずんずん、ずんずんずんずん。
ジュリアス、無言でクラヴィスを引きずるようにして進んでいく。背が低くなったクラヴィスは、歩幅も違うしついていくのが精一杯。それにジュリアスが正装を着ていないことに気づいてすらいない様子であるのに、ちょっとがっかりした。どんな風に怒ってくれるのかあれこれと想像して楽しみにしていたというのに、思ったような反応ではないのが不満だ。が、それよりも切実な問題は。
「ジュリアス、あまり強くつかむな。…痛い」
ジュリアスに、しーーーーーっかりと手を握りしめられて、痛いほどだったので抗議した。
「あ……ああ、それはすまぬ」
早足で歩いていたジュリアスは立ち止まる。きつく握りしめていたクラヴィスの手をあわてて放しかけて、改めて意識がそこへ向かった。もともときれいな手だったが、ぐっと華奢になって繊細で、薄い皮膚は静脈の青が透けて見えるほどに白くて、どきどきどきっ。

このようなちいさな手を力をこめて握りしめたら壊れてしまいそうだ。
クラヴィスの怠慢癖が出て館に帰られては困ると思ってつい力が入ってしまったが、悪いことをした……。

か弱い女性に無体を働いたような気がして罪悪感がこみ上げ、悪かったという思いと、それから愛しさとがわき上がる。この小さな手を大切に大切に自分の手の中で守っていたいような、そんな気持ちがちょっと新鮮。といってもここは宮殿の回廊だ。放したくはないがいつまでも握っているわけにもいかぬとようやく放して、うっすらと頬を上気させ軽く息を弾ませている美女をしげしげと見た。
「それにしても……どうしたのだ、その姿は」
「わからぬ」
あっさりと一言だけ返った、あまりにもクラヴィスらしいその応え。女性化した点を除けばクラヴィスはいつもと全然変わらないように思えた。
「そなた……原因不明で女性になって驚くとか、困るとかいうことはないのか?」
「特には。とりあえずのところ、着るもの以外はさして不自由もしておらぬし、な」
その返答にこめかみを押さえて目を閉じる。
「そういう問題ではなかろう!」
「ではどういう問題だ? …サクリアは失われておらぬようだし、記憶もしっかりしている。ということは、お前にとって大切な『守護聖』としての私には何も問題はない。ただ、女になっただけだ」
外科的手術をしたわけでも、ホルモン投与をしたわけでもないのに、男性が一夜にして自然に女性になる……それは一大事ではないのか?
「女になっただけ」という一言で簡単に受け入れられることなのか?
そんな事態になって、あんなこととか、こんなこととか、いろいろと困ることはないのかクラヴィス!? それに……。
「私にとって大切なのは守護聖としてのそなただけではない。他にも問題があろう」
声を潜めてジュリアスは言った。フッ、クラヴィスは笑った。
「と言うと?」
「このような場所で言わせる気か。誰が通るとも知れぬのに」
「女になった私は愛せぬと言うのか? 思ったより心の狭い男だな…」
「なっ…何を言うか。私はそなたがどうあろうと愛している!」
思わず口走ったジュリアス、まっか。それでも、もう愛せないのかなんていうとんでもない誤解だけは解いておかねばと言葉をつなぐ。
「この私がそのような移ろいやすい心の持ち主だと疑われるとは心外だ。ただその……体が変わって……勝手が違うのではないか、と思ったのだ……」
「男に戻らぬと決まったわけでもない。あまりうろたえるな」
「私は常に冷静だ! うろたえてなどおらぬ!」
「ならばよいが。…それから」
宝玉のような瞳がジュリアスを見上げたまま、しばしの沈黙。
相手が見つめる。
こちらも目が離せない。
ジュリアス様的には、その状態はとてもとてもとてもとても居心地が悪かった。クラヴィスの瞳は魔力を秘めているかのようにジュリアスを虜にしていた。 心臓が鼓動を早める。そんなに見つめられると場所柄もわきまえずとんでもないことをしでかしそうな気がして、背中を冷や汗が伝った。突然の嵐のように湧き起こった、抱きしめてキスしてついでに押し倒したい衝動。この私としたことが、といくら思ったって、生まれて初めてのその圧倒的な衝動に抗しきれるかどうか、自信が持てない。このままじゃマズイ。白皙の額にたらり、あぶら汗。沈黙に耐えきれず先に口を開いたのはジュリアスだった。
「……何だ? じらさずに早く言わぬか」
薮蛇だった。相手のフッと微笑んだ顔がいやに色っぽくて艶っぽくてあだっぽくて、ますますジュリアスの危険な衝動が高まったところへ、間一髪で(笑)クラヴィスが答えた。
「私もお前のことを愛している」
ずきん。

今さらながらのクラヴィスの愛の言葉。これまでに幾度となく聞かされた同じ台詞だったが、胸を射抜かれたような気がした。心臓をやられては動けない。危険な衝動も実行に移しようがない。おかげで宮殿でいきなり押し倒したりしてセクハラ首座とか陰口をたたかれないで済んだのは、ジュリアス様の名誉にとってはまことに幸いだったと言えよう。
ジュリアスが美女からの愛の告白に固まっていること数分、正気づいた時には当の美女は目の前から消えていた。




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■BLUE ROSE■