二十年目の春


7. 女王命令

日の曜日の午前中、光の館に女王陛下の使者が親書を携えてやってきた。「今日の午後のお茶には必ず来てね! お話があるの♪(要約)」という内容だった。昨日の今日でアンジェリークと顔を合わせるのは気は進まない。できることなら丁重にお断りをしたいところだったが、正式の使者まで立てた女王からの招待を正当な理由なくしてジュリアスが断れるわけがない。

で、彼はその日の午後宮殿へと出かけたのだった。通された場所は昨日と同じ、女王の控えの間。昨日の苦い思いがよみがえる。けれどもそれは得意のポーカーフェイスで隠して、女王に促されて差し向かいですわった。
「ごめんねー呼びつけちゃって。気楽にしてて。お茶でも飲みながらちょっとお話ししようと思っただけだから」
気軽な様子で女王はティーポットを取り上げ、ジュリアスと自分のカップにお茶を注ぐ。
「あのね、昨日のことなんだけど」
ぴくり、ジュリアスの眉が動いた。こうまで単刀直入に昨日の失態(とジュリアスが思っている件)を持ち出されるとは。相手が女王でなければ即座に席を立ったかもしれない。
「私、勘違いしちゃってごめんなさい。あなたたち本気だったのね」
「いえ私は……」
「隠さなくてもいいのよ〜。私、クラヴィスからちゃーんと聞いたんだもん。クラヴィスはずっと昔からすっごくあなたのこと愛してて、どうしても結婚したいって。(←確かそこまであからさまには言っていなかったような気がするけど、このくらいは言わないと、という女王陛下のご判断であるらしい)
エイプリルフールのことは本当に知らなかったって言ってたわよ。ルヴァにも聞いてみたんだけど、聖地にはそんな習慣ないんですってね。だからあれはほんとに私の勘違い。早とちりだったの。
まじめに結婚したいって言ってる人たちにケンカさせちゃって、本当に悪かったわ。
お願いだから、機嫌直してクラヴィスと仲直りして。二人の結婚は認めるから。さっさと結婚式挙げて、盛大に披露宴だってしちゃったっていいし。守護聖の誰かが辛い思いしてるのって、いやなの。昨日のクラヴィス、倒れて寝込みそうな顔してたの。私のせいで」
怒涛の勢いでアンジェリークの口から説得の言葉が流れ出るのを、ジュリアスは半ば聞き流していた。意図的にそうしていたわけではなく、昨日から思いがけないことが起こりっぱなしで頭がついていかないのだ。
「で、私にどうせよと仰せなのでしょう」
話がわかったような、わからないようなあやふやな状態だったので、アンジェリークに先を促す。
「もううううッ! これだけお願いしてるのに、わかってくれてないの?」
ええまあ、その通りなのですが。なんてことは女王陛下に対して不敬であろうなと思うと言えない。
「あのねジュリアス、クラヴィスは全然悪くないの。私が勘違いしただけなの。だから仲直りして、結婚しなさい」
最後は命令だった。
「……結婚?」
「そ」
にーーーーーっこり、女王陛下は満面の笑みで答えた。
「考えてみれば、あなたたちって最高に見栄えのする組み合わせだし! あ、それが結婚を勧める理由じゃないけど。とにかくね、ずっと宇宙のためにがんばってきてくれて、いい加減自分の幸せ考えたっていいときだと思うし! クラヴィスと結婚したらもう寂しい思いなんかしなくて済むし、きっとステキなご夫婦になるわよ〜。男同士だからって愛し合っちゃいけないなんてことないし、ぜーんぜん大丈夫よ!」
「陛下、私は寂しくなどないのですが。なぜクラヴィスとの結婚をそのようにお勧めになるのです?」
ってゆーか、そもそも「愛し合って」いるのかすらわからない。
「何言ってんの。昨日あなたたちのほうから結婚したいって私に言いに来たんじゃない!」
それはそうだが、あれはクラヴィスの独断で、私は了承したわけではなかった。まともに求婚された覚えもない。それでも、昨日のあの騒ぎは単に私をからかうための茶番ではなかったというのか。

女王陛下がわざわざジュリアスを呼んでこうまで言うのだから、おそらくは女王の勘違いというのは事実なのだろう。けれども、どう考えてみても結婚なんていう言葉は現実味のかけらもない。

そもそも私は守護聖である間に結婚しようなど、ましてや同性との結婚など、思ってみたこともなかった……。

「ジュリアス、あなたクラヴィスのことが好きなんじゃないの?」
物思いに沈んでいたジュリアスは顔を上げた。目の前には真剣な顔をした女王。彼の敬愛する、この宇宙を統べる、至高の存在。
「それはそうですが。あれとは幼なじみでもあり、長らく守護聖として共にこの地で過ごしてきた仲間でもありますから」
「そういう意味じゃなくって。クラヴィスは結婚したいって言ったのよ? あなたは? どうなの? 結婚したい?」
首座は表情は変えなかったものの、年下の少女に問い詰められてかすかに赤くなった。
きゃ。こんなジュリアスって見たことない。かわいいじゃないの。
なんて、女王陛下が思ったことは、ジュリアス様にはナイショ。
「そのようなことは考えてもみなかったので……」
口ごもる。
「でも結婚自体はいやじゃないのね?」
いやかどうかと問われれば、いやだとは思わない。ジュリアスにしてみれば男同士で結婚するということ自体があまりにも現実離れした話で、実感を伴わないだけだった。
「特にいやだとは思っておりません」
得たり、と女王は晴れやかに笑った。
「じゃ決まりね。あなたはクラヴィスと結婚なさい」
「ですが」
「でもとか、しかしとか、そういうのナシね。今の時代バツイチになったからって大して困ることもないし、好きなんだったらとりあえず結婚しちゃったらいいのよ」
ずいぶんといい加減にけしかける女王だったが、いい加減な、と怒る以前に「バツイチとは何だろう」とジュリアスはぼんやりと考えていたりする。自分の結婚に関する話をしているのだという実感は薄い。
「うまくいかなかったら、そのときは離婚を考えたっていいわけだし。だから結婚しちゃいなさい!」
女王は三度「結婚しなさい」とご下命になった。

三回勧められれば受け入れるのは世の習い(え?)。
なんかもう、昨日からの騒ぎで精神的に疲れ果てていて、しかも神経が高ぶっていたためか睡眠も十分に取れなくて頭がぼんやりしきっていたジュリアスは、彼らしくもなく思った。

よくわからぬが、それほどに言われるのならば試してみても悪くはないのかもしれぬ。女王陛下のお勧めなのだ、流されても悪いほうに転ぶことはあるまい。

ある種バクチのような感覚で、ジュリアスは結果として女王命令となったクラヴィスとの結婚話を受けた。さしもの首座様も、あまりに平穏無事が続くものだからもしかしたら多少なりとも平和ボケしてしまったものか。それでなくとも薄ぼんやりした気候の聖地である。頭のほうも薄ぼんやりしてしまっても致し方あるまい。
とにかくこうした経緯で、ジュリアスとクラヴィスは結婚することになった。


8. 結婚式

さて、そこで結婚式である。人を招いて行うものと相場が決まっている披露宴とは違って、結婚式そのものはそうしようと思えば簡単に済ませることが可能だ。手続きも難しくはない。

女王陛下、退屈な日常に降って湧いた筆頭守護聖の結婚という椿事に、気分はすっかり ノリノリだった。それに、今日のところは説得に成功はしたものの、時間を置くとジュリアスがまたゴネ始めるのではないかという懸念もあり、「じゃ、話は決まったからクラヴィス呼んでお式挙げちゃいましょう!」という運びとなった。
ジュリアスの目の前で女王陛下からクラヴィスへの書簡がしたためられ、それを携えた使者が闇の館に送られ、さらに二人の結婚の立会人として女王補佐官ロザリアと守護聖代表としてルヴァが呼ばれた。ジュリアスは、クラヴィスといいアンジェリークといい、なぜこれほどまで性急にことを進めようとするのかと、ぼやけた頭で他人事のようにこの一部始終を眺めていた。

そしてクラヴィスのほうはと言えば。昨日からどうなることかとやきもきしながら待ち続けた彼は、「うまくいったから早く来てね♪ ジュリアスと一緒に待ってるわ(要約)」という女王からの親書に飛び上がって喜びたいところだったが、使者の手前それもならず「ご苦労」と重々しくねぎらって帰し、自分も速攻で正装に着替えて宮殿へと向かった。到着したらいきなり「じゃあ結婚式するから」と女王に言われて面食らったものの、異存はないどころか願ったり叶ったり。
ルヴァとロザリアが見守る中、クラヴィスとジュリアスは女王陛下の御前で誓いの言葉を述べ、女王からじきじきに祝福を受けた。普通は神官が執り行う結婚式であるが、アンジェリークが神官の代わりを務めた。というよりか、この宇宙では結婚式と言えば神官が女王の代理人として愛し合う二人を結び合わせるのだから、女王陛下にそれをしてもらえる二人はむしろありえないくらいラッキーなのだ。この宇宙至高の存在から直接祝福を受ける結婚なんて一般人には望むべくもない。
婚姻届には式を執り行った女王自身と、立会人二人、夫婦となった二人のサインがなされて、式は無事に終わった。女王陛下は満面の笑みを浮かべた。
「二人とも、おめでとう。これであなたたちは正式に夫婦よ。あとはこの婚姻届を聖地統括部の、えーっと、生活課だったっけ? たぶんそうだと思うんだけど。そこに提出すればすべての手続きは完了です。今すぐ二人で提出しに行くこと。日の曜日でも婚姻届は受け付けてくれるの」にーっこり。
「陛下、統括部に書類を出すということは、この婚姻届が職員の目に触れ処理をされるということに他なりません」
「ええそうね、ジュリアス。それに何か問題でもあるの?」
ジュリアスはいやな汗が背中を伝い落ちるのを感じた。今滞りなく式も終わったばかりで、確かに自分はクラヴィスを生涯の伴侶とする誓いを立てたのだ。

これまで誰にも言わなかったけれどもずっと昔から、いつからと問われてもいつからだったかわからないほどに昔からクラヴィスのことが好きだった。ジュリアスの思っていた「親しくなりたい」は元来こういう形ではなかったはずだったが、というよりは結婚なんかはなっから考慮の外だったが、クラヴィスから望まれ女王陛下の勧めもあって結婚を決めた。あまりに急に決まった話ではあったが、誓いを立てたのは誰に強制されたからでもなく一応自分も納得の上でのことだ。この結婚は誰に恥じるところもない。
……けど、ハズカシイ。
なぜだかよくわからないけど、ただもう闇雲に恥ずかしい。
誰からも見られないところでひっそり隠遁生活を送りたいくらいに恥ずかしい。

唇を真一文字に引き結んで黙り込むジュリアスに救いの手が差し伸べられた。
「これは、王宮の職員らに知られることがきまり悪いのであろう。この場で、我らの手で手続きを終えることはできぬか? もう少しジュリアスが今の状態に慣れるまで、我らの関係を隠しておくことができれば、そうしたい」
あまりにも的確に心中を読み取って代弁してくれたクラヴィスに、ジュリアスは驚きの目を向けた。確かにクラヴィスは昔から妙にカンがよくて、日頃怠慢なわりにはここぞというときには必ずそばにいて、力になってくれたのだったと思い出す。
「それはまあ……立会人もいることだし、個人記録の書き換え処理だけなら控えの間にある端末からだってできるんだけど」
女王陛下は気が進まない様子を見せた。せっかくの筆頭守護聖の結婚という華々しいできごとなんだから、世界中に周知徹底してみんなでぱーっと派手にお祝いする気満々なのである。
「最初にはっきり夫婦になりましたって大々的に宣言しちゃったほうが、いいんじゃないの?」
ジュリアスは青ざめた。それを横から眺めていたクラヴィスは嘆息した。
お前と結婚したのはこんな顔が見たいためではないからな。
「ジュリアスの気持ちも汲んでやってもらいたい。この結婚が正式なものであるとの保証さえあれば、私としては公表するかどうかなどはどちらでもよい」
ジュリアスが日頃苦々しく思っていたクラヴィスの女王陛下への傲岸不遜な態度だったが、今回に限っては、自分に代わって女王に堂々と反論してくれるクラヴィスに感謝した。ついでに自分の伴侶の選択は間違っていなかったのだとジュリアス様、ちょっぴり自画自賛。実際はクラヴィスに押し切られ、女王陛下に説得されての結婚だったけれども。
「じゃあ陛下〜、端末をお貸しいただけますか? 守護聖同士の結婚っていうのは今までに例がないと思いますし、これが一般に知れ渡ると騒ぎになる可能性は高いですからねー。騒がれてジュリアスが倒れちゃったりしてもいけませんしね」
ルヴァからの助け舟を得て「そうですわ陛下、ジュリアスは守護聖の要、そのようなことになったら困ります」とロザリアからの口添えもあり、「…仕方ないわね」とアンジェリークも諦めてぞろぞろと5人で女王の控えの間に行き、そこにあるコンピューター端末からルヴァが処理を済ませた。
「さて、これでお二人の結婚はコンピューターの記録上も正式なものとなりました。あとは婚姻届の用紙ですが、これはこれから私が統括部に行ってしかるべきファイルに綴じておきますから、安心してくださいねー。あ、つきましてはロザリア。あなたも最後までお付き合いいただけますか? お二人の人生がかかっている大切なことですし、それを正規の職員の手を通さずにしちゃおうっていうんですから、補佐官様についていていただいたほうが仕事がやりやすいと思いますしねー」
「では、我々はもうこれで自由の身か?」
「ええクラヴィス、あとは私たちに任せてください。新婚さんは新婚さんらしく、仲良く休日をお過ごしくださいね〜」
クラヴィスはフッと笑って「ではそうさせてもらう」と言うなり、新婚さんなんて言われてどういう顔をしていいかわからないといった風情のジュリアスの手を掴むと、扉へと向かった。途中で我に返ったジュリアスに手を振り払われて、「そのように邪険にせずとも…」とクラヴィスが抗議し、それに対してなにやらぶつぶつとジュリアスが言い返し、めげずにクラヴィスがジュリアスの手を握ろうとしてパシリとはたかれ。そして部屋の外に出てしまったのでその後の展開は部屋の中の3人にはわからずじまいだった。
ただ、筆頭守護聖たちの後姿を眺めながら心の中に思い浮かべていた言葉は、3人が3人とも同じ四字熟語、「夫婦漫才」。
これであった。


9. どっちがどっち

二人がその場を立ち去った後。
「あの、陛下」
ロザリアが声をかけた。
「まさかこれは、昨日のわたくしの嘘への仕返し、というようなことは……? クラヴィスやジュリアスやルヴァに頼んで、わたくしをおからかいになっているのではないでしょうね」
まだ半信半疑の様子。
一日前のエイプリルフールの日に、ロザリアはちょっとしたいたずらを仕掛けて女王をハメた。しかもアンジェリークのいたずらには引っかからず、「このわたくしをだまそうだなんて、100年は早すぎるのではございませんこと? ほーっほっほっほ!」と高らかに宣言して女王を悔しがらせた。自分だけが見事にだまされたアンジェリークが一日かけてこんなとんでもないイタズラを仕掛けてロザリアへのリベンジを計り、後になって「まっさかぁ! ジュリアスとクラヴィスが結婚!? そんなことあるわけないじゃん。ロザリアったら信じたの? ほんとに信じたの? きゃーおっかしい〜〜〜」なんて笑い者にされるのではないか、と疑っているのだ。
「いくら何でもここまでのことが冗談ではできないってば、ロザリア」
「ええそうですとも。あなたをだますためにしていることじゃありません。急なお召しに私もとっても驚きましたけど、二人の結婚はどうやら本当のようですよー。それにしても……はあああああ……こんなことって……あるんですねぇ」
ルヴァも立会いをして、目の前で二人の誓いの言葉を聞いて、書類にサインしてコンピューター上の処理をして、さらに婚姻届をファイルしてくると請け合ったというのに、未だに狐につままれたような面持ちだ。
急に女王からの呼び出しがあって宮殿に駆けつけてみれば、ジュリアスとクラヴィスの結婚式の立会人になってくれと言われるなんて。
「……とにかく最後の仕上げに、この婚姻届をファイルしてしまいましょう。お二人の人生に関わる大切な書類ですしね。いくら女王陛下公認のカップルでも、書類関係はきっちりと処理しておかないと、先々問題が起こらないとも限りませんから。ロザリア、参りましょうか」
「あ〜あ、私も行きたいなあ」
と口をはさんだのはアンジェリーク。
「陛下はご遠慮くださいませ。陛下までが書類の保管庫にまで立ち入るようなことは、いくら何でもお慎みください」
「つまんないの〜」
「これが済んだらわたくし戻って参りますから。おとなしくお待ちになっていてくださいね」
「ロザリア〜、行きますよー」
地の守護聖に呼ばれて、ロザリアも行ってしまった。

ぽつねんと、控えの間に一人残されたアンジェリークはため息をついた。
「せっかく楽しいことになると思ったのに。ジュリアスとクラヴィスは新婚さんになっちゃうし、ロザリアってルヴァといい感じなのよねー。結局私だけが独り者ってこと? つまんないつまんない……」
あとお楽しみと言えば、ジュリアスとクラヴィスの結婚披露宴くらいかな。今日の様子からすると大々的にっていうのはジュリアスが絶対にいやがるだろうなあ。でも、せめて私とロザリアと守護聖だけで内輪の夕食会でもいいから、やりたいなぁ。
……そう言えばあの二人、夫婦にしたのは私だけど、どっちがダンナさんでどっちがオクサンなんだろ?
二人とも守護聖で、共働きってことになるわけだけど、守護聖の館には使用人がいるから、どっちかがご飯作ったりお掃除したりしなきゃならないってこともないし……。どっちも男だからダンナさんも奥さんもないのかなあ。
にわかに湧き起こった疑問に頭を悩ませ、悩みついでに館中ハタキをかけて回るジュリアスとか、ジュリアスに言われていやそうな顔をしながら雑巾がけするクラヴィスとか、洗濯したシーツを折りたたんでぱんぱんと叩いてしわを伸ばしてから干すジュリアスとか、厨房でキャベツを千切りにするクラヴィスとか、生活感あふれる二人を想像してみたりする女王陛下なのであった。

そうこうしているうちに、ロザリアが戻ってきた。
「陛下、お待たせしました。……どうなさいましたの?」
眉間にしわを寄せて考え事をしているアンジェリークを見い出して、ロザリア仰天。そんなに難しい顔をして考え込んでいるアンジェリークなんか、あんまり見たことがない。
「どっちがどっちなのかなーって思って」
言いながら、まだ眉間のしわは寄りっぱなし。
どっちがどっち……ですって? この子ったら何考えてるのかしら。それって……何だかあまり深くは考えないほうがいいことのような気が……。
そう思ったロザリア、とぼけることにした。
「はい?」
「ジュリアスとクラヴィスよ。夫婦になったのは確かなんだけど、どっちがダンナさんになるのかなって思ったらわからなくなっちゃってー」
ここでようやく、アンジェリークはほにゃっと笑った。
「別にどっちがどっちだっていいけどねー。二人が仲良くしてくれるんだったら」
「いやーまったく、同感ですー」
少し遅れて入ってきていたルヴァが賛同した。
「あ、ルヴァも一緒に戻ってきてたの?」
「ええ、お邪魔でなければもう少し気持ちが落ち着くまでご一緒させていただきたいなーなんて思いまして。何しろとんでもない秘密を分かち合ってしまいましたからね、私たち。もう少し、気持ちの整理をつけてから館に帰ろうと思うんですが、よろしいでしょうかー?」
退屈していた女王陛下に否やはない。3人は披露宴をどうするかといったことを主役不在のままあれこれと話し合い、アンジェリークに請われて夕食までを共にしてから、それぞれが館へ、宮殿内の私室へと引き取った。

とりあえず、今のところ好奇心は抑えられたようだとロザリアはひそかに胸をなでおろしていた。「どっちがどっち」、それを追求し始めると笑えない事態になると内心青ざめていたのだ。
便宜上「夫婦」という呼称を使っているけれど、実際のところ二人の間には夫も妻もない。同性婚用婚姻届の書式自体がそういうものなのである。結婚する二人は互いの配偶者ではあるが夫、妻といった区別はなく、署名する欄がそれぞれあったので、二人はそこにサインをした。それをあの場にいた全員が見ている。

アンジェリークのことだから、無邪気にどっちだろうと思っただけなのだろうけれど。うっかり目を離しているすきにそんなことをあの二人に尋ねられたりしたら。クラヴィスはともかく、ジュリアスがどんな顔をすることか。
ふるふるとロザリアは身震いした。
ロザリアにだって好奇心はあったが、どちらかと言えばこれは知るのは怖いような類のことだ。
今まで以上に厳しくアンジェリークを見張っておく必要がありそうね。それとも……結婚生活の真実をわたくしが教えて、事前に危険の芽は摘んでおくべきなのかしら……? それもかえって逆効果かもしれないし。それこそ、今よりもっと真剣に「どっちがどっちなの?」って知りたがるのではないかしら。

補佐官は表情を曇らせて深いため息をついた。ロザリアの悩みが尽きることはない。無邪気で天然で破天荒な女王陛下の補佐官業は、楽しいことも多い半面骨の折れる仕事でもあるのだった。




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■BLUE ROSE■