二十年目の春


1. 突撃

聖地に連れてこられたのが6歳の頃。ジュリアスと出会ってから、この春で二十年になる。

幼い頃からまばゆく賢く強く、ジュリアスは憧れであると同時に恐ろしい存在でもあった。過ぎるほどに完璧な光の守護聖。あまりにも自分とは違う圧倒的な存在感に、幼い私は身を縮めているしかなかった。
それでも……私はお前が好きだったのだぞ、ジュリアス。
初めて目にしたそのときから、ずっと。

二十年、その年数を思ってみて、不意にせつないような、おかしくて笑いたいような気分になった。
随分と物持ちが良い…。
いい加減に諦めればよいものを。いつまでも捨てることができずにいる。
これまでの人生のほとんどをあれに囚われて生きてきたというのか、私は。
我ながらあきれ果ててものも言えぬ。
いっそ打ち明けて手ひどい拒絶を受けてみるのも一興。
そうすればさすがに何の役にも立たぬ想いなど捨てる気になるかもしれぬしな。

こうしたわけで、かなり投げやりな気分でクラヴィスは光の館を訪れてみることにしたのだった。
それは土の曜日の昼下がり、宇宙が大変な状況にあった当時ならばいざ知らず、新女王陛下の御世となって平和な今は、勤勉な首座殿もさすがに自邸で寛いでいるはずの時間帯である。もしも先客がいたり、ジュリアスが不在であれば、それはまだ言うべき時が来ていないということだ。そう決めたクラヴィスは、事前に知らせることなく、光の館にやってきた。

光の館では、突然の珍客の訪れに上を下への大騒ぎとなった。
執事から来客の報告を受けたジュリアスも眉をひそめた。
「クラヴィスだと? 私に何の用があるというのか」
「それはわたくしどもにはわかりかねますが、ジュリアス様とお話をなさりたいのだとおっしゃって……」
言い終わる前に、その背後に黒い影。
「すまぬが勝手に通らせてもらった」
「な…何だというのだ、無作法な!」
思わず声を荒らげるジュリアスに、クラヴィスはつかつかと近づくと、腕を取って迫る。
「お前と二人きりで話がしたい」
まさか闇の守護聖様がジュリアス様に危害を加えるようなことはなさるまい。けれども光と闇の守護聖の不仲は聖地中に知れ渡っている。二人きりでここにお残しして何も起こらないだろうか……。
現に目の前でクラヴィスはジュリアスの腕を掴んでいる。その場にいた執事はどうしたものかと主と客の顔を交互に見ながら困惑顔。そんな彼に、クラヴィスからの最後通告があった。
「去れ。私はジュリアスに話があるのだ」
その迫力に思わずたじたじの執事だったが、主の言葉があるまではこの場を動けない。執事はジュリアスに仕えているのであって、クラヴィスの使用人ではないからだ。ジュリアスは、その場を動けずにいる執事に声をかけた。
「行ってよい。守護聖同士の話だ。私が呼ぶまで誰もこの部屋に入れるな。茶の用意もいらぬ。…これでよいか、クラヴィス?」
「ああ」
主の言葉を受けて、執事は部屋を出て静かに扉を閉めた。

まだクラヴィスの手に掴まれたままだった腕を振りほどきながら、ジュリアスは言った。
「…で? このような訪問の仕方をして、どういうつもりだ。宮殿でも、その気になればいくらも話す機会はあるだろうに」
「仕事の場では話せぬことだ。お前が聞く耳を持つとは思えぬからな」
ということは、私的な話だということか?
ジュリアスは首をかしげた。クラヴィスとの間に、このような強引な訪問をしてまで話さなければならないようなことがあっただろうか。くつろぎの時間に乱入されて、何だか腹も立ってきた。
何だというのだ、この男は。さっさと話など済ませて、読みかけていた本の続きを読もう。
「ではここでならば話せると、そう言うのだな。…話すがいい」
「実は…ずっと以前から言おうと思っていたことだが…お前が好きだ」
ほうほうそうか。そうであったのか。それはどうも。ありがたくて涙が出そうだ。そんなこととは露知らず、今までずいぶんな思いをさせられてきたものだが!!
今さらもうどうでもよい。ああこれでは、まるでそなたの台詞だな。「どうでもよい」などと。
……何やら切ない気分になってきた。私のことなど放っておいてくれ。……ああまたクラヴィスのようなことを。……はて。私はなぜこれほど浮き足立っているのだ? クラヴィスは何を言ったのだったか。確か……「お前が好き」(一瞬思考停止)……って!?
「何だと?」
「好きだ」
私の耳がおかしいのか?
「誰が」
「私が」
「誰を」
「お前を」
「……………………………………………………」
疑問の余地なく誰が誰を好きなのかを否応なしに理解させられたジュリアス、ひたすらに沈黙。理解はしたけれどもどう対処したらいいのかわからない。
クラヴィスは、怒声を浴びせられるものとばかり思っていて、その瞬間をいまや遅しと待ち構えている。いや決して、それを期待しているわけではない。二十年想い続けた相手に振られるのは辛いから、そんな目には遭いたくないが、どうせそうなるのならさっさと済ませてくれという心境だ。
気分はまな板の鯉、どうとでも好きにしやがれってなもんだ。と何故だかちょっぴり江戸っ子風に考えたりしながら、ジュリアスの言葉を待っていた。


2. お前と結婚する

クラヴィスが言うべきことを言い終わってじっと答えを待っているというのに、肝心のジュリアスが一向に口を開いてくれないので、じれったくなってきた。
「ジュリアス」
「……ああ」
答えはするものの、目がうつろ。こんなジュリアスは滅多に拝めるものではない。と言うよりは、つき合いの長いクラヴィスですら初めて見る表情だった。目の前に手をかざしてひらひらと振ってみる。ジュリアスははっとした顔になった。どうやら本当に意識がどこやらへ飛んでいたらしい。ようやく目の焦点が合ったジュリアスに尋ねてみた。
「お前、どこか具合でも悪いのか? もしそうであれば出直そうと思うのだが」
好きだと言ってしまったからにはさっさと引導を渡してもらいたいのが本音だが、悲しいかなクラヴィスは死ぬほどジュリアスに惚れている。彼が大切なあまりに、ただのお友達ではなくてモノにしたいという意味で好きだと気づいてからの十年以上、距離を置き自分の心を押し殺して耐え抜いてきたほどだ。その彼が本調子でないならば、これは時の選択を誤った己が悪い、出直そうと思い始めたところ、ジュリアスがようやく声を出した。
「待ってくれ」
はい、待ちますよ。返事を聞かせてくれるというのならば待ちますけど。(←クラヴィス心の声)
返事を聞きたいような聞きたくないような、どっちつかずの気持ちで帰りかけたところを引き止められて、内心で思わずすねちゃったりしている。が、むろんのこと表面的には変化なし。
「何だ」
「そなた、私のことが好きなのだと言ったな」
ええそうですけど。
悪うござんした。ずっと好きだったなんて男から言われて、さぞやご気分を害されたことでしょうね、清らかな光の守護聖様は。
ご立派なあなたからしてみれば、男に恋する男なんて変態でしょうとも。
そうですよどうせ私は変態ですよ。(←もうムチャクチャ。自分で何を考えているのかも定かではないかもしれないクラヴィス)
だから私のことなどさっさと振ってしまってくれ!!
…それにしても…自分で自分を変態呼ばわりするのは、せつないものがあるな…。
と、目を伏せて自分の世界に引きこもりかけたクラヴィスだったが、
「私もだ」
というジュリアスの声にはじかれたように顔を上げた。
「お前も……?」
ええっと〜? イミワカリマセン。
「お前も、どうだというのだ」
ジュリアスは顔を赤くした。
「そなたのことが好きだ」
それってそれってもしかしてひょっとしてあり得ないと思ってたけど私たちは両思いだったってことで男どころか女にも興味ないって顔してたジュリアスが実は私のことを好きだったってことでそれはつまり……私は恋の勝利者となったのか!?
なんかもう予想外の展開に、訳がわからなくなっている上にさらに輪をかけて訳がわからなくなってしまったクラヴィスだったが、最後の最後で理性を取り戻した。

つまりこれは愛し合っていると解釈して良いわけだ。

そうと決まれば善は急げ、とばかりにジュリアスの手を引いて部屋を出ようとした。
「なに……何なのだ、クラヴィスっ!?」
「お前と結婚する」
お互いに好きだって告白しあったのは確かだったが、だからっていきなりなぜ結婚。それも男同士で。
それより何より好きにもいろいろ種類があろうし、ジュリアスの言う好きがどういう好きなのか、そこを確かめてからでも遅くはないはずだ。
当然ながら、いきなり結婚なんて言われたジュリアスも承服しかねるものがあった。
「待て。私はまだ結婚なぞする気はない」
というか、ジュリアスが問題にしているのはそこではなかったが、クラヴィスはそんな戸惑いなど完璧に無視した。
「私はお前が好きだ。お前も私が好きだという。ならばもう結婚するしかないではないか」
「だから、何で話がそう飛躍するのだ」
「好きあっているとわかったからにはどうでも結婚する」
一切の説明なし。ジュリアスからの同意もなし。問答無用の勢いでクラヴィスは結婚するのだと主張する。
「私たちは二人とも男なのだぞ。それでどうして結婚ができるのだ」
クラヴィスも男、ジュリアスも男。結婚というのは男女でするものでは?というごく真っ当な疑問が先に立つ。ジュリアスが問題にしているのはここだった。それに対して返ったのはフッという余裕の笑みだった。
「知らないのか。主星では同性婚が認められている。主星に限ったことではないが。時代の趨勢というものだ。法的にも男女の夫婦と同じに扱われるのだぞ」
ジュリアス唖然。結婚なんて考えてみたこともなかったので、世間がそんなことになっているなんてことにはとんと疎かったのである。
「そなた、いやに詳しいのだな」
ええそりゃもう。
万に一つもあり得ぬことかもしれぬが、たとえジュリアスと両思いになれたとして、所詮は日陰の恋。ジュリアスはその点で拒否反応を起こすに違いないとか、あれこれと妄想たくましくしていたクラヴィスは、現在の婚姻制度についてもすでに調べていたのである。何しろ出会ってから二十年、できれば結婚したいくらいに好きだと自覚してからだって十数年、悩んだり調べたりする時間は腐るほどあった。そうして知ったこの事実。
同性同士の婚姻、可。
まあこれを知ったところで、役に立つことは生涯あるまいが……。と思っていた知識を、考え得る最良の形で生かすことができて天にも上る心地がする。クラヴィス自身は、どちらかと言えば世間のルールなどどうでもよいと思っているが、ジュリアスの反論を封じるのに法や規則は大変に有効であることを熟知している。これを使わない手はない。
「お前と私の結婚を阻むものは何もない」
「だが私たちは守護聖で……」
「守護聖は結婚してはならぬという規則もない」
「だが……」
それ以上の反論材料がなくなって、ジュリアスは口ごもった。
「お前も得心したようだし、これから陛下の御前に伺って許可をいただくとしよう」
と言われたジュリアス、それ以上何か言う暇もあらばこそ、手を掴まれ部屋から連れ出された。

主から何か声をかけられたらすぐにもかけつけようと思っていた執事以下光の館使用人一同、黒衣の大男に連れ去られようとする主の姿に驚きあわてふためいた。
だがいくら見かけが魔王っぽいとは言え、クラヴィスは不審者などではない。れっきとした筆頭守護聖で、その彼を止めることができるだけの権威がある者は、光の守護聖自身か、女王陛下か女王補佐官か、といった錚々たるメンバーのみ。使用人の分際ではあわてるだけが精一杯だった。
その彼らも、クラヴィスから「これからジュリアスと宮殿へ行くだけだ」といったことを言われて何となく納得させられてしまった。だって日頃不仲の闇の守護聖が急にやってきたのは、何か仕事上で緊急の用件があったからだと考えれば説明がつく。それに、意外にもクラヴィスはその気になればいくらでも説得力のある話し方ができるのである。

こうしてジュリアスはそのまま馬車に連れ込まれて一路宮殿へ。目的地に到着した二人は(っていうか、クラヴィスは)女王陛下への目通りを願い出た。


3. 急転

新宇宙の女王陛下は、明るくて元気でかわいくて、民への慈愛深くサクリアは強大で翳りなく、守護聖たちからの敬愛受けまくり、まったくもってすばらしい女王だと言えた。
彼女の役割は主に宇宙の平安と発展のために祈りをささげサクリアを行き渡らせることで、女王はこれは一向に苦にしていなかったが、実は彼女が目を通す必要がある書類というものもけっこうあるのだ。元気な女王陛下は、書類に目を通してサインしたりするのは苦手だった。だからそういう仕事がある日はあまり好きではない。かといって、聖地にそうそう刺激的なことがあるわけでもないので、のびのびできる休日である土の曜日、すっかり退屈していた。
そんなところへ筆頭守護聖二人が謁見を願い出たと聞いて「何か事件かしら(きゃぴりん♪)」とわくわくした様子を隠さず、謁見の間ではなく控えの間へと二人を招じ入れた。事件発生を期待して喜ぶ女王陛下、なんて。民には決して言えない。確かに、この日の出来事は事件と言っても差し支えのないものではあったけれど。

「おやすみの日だし、堅苦しいことなしにしましょ。何かあったの?」
期待に満ちた目で筆頭守護聖たちを見る女王陛下に、クラヴィスが答えた。
「私たちは結婚することで同意した。ついては陛下の許可がほしい」
相変わらず女王に対しても尊大な態度のままのクラヴィスだったが、今のジュリアスはそれをたしなめるどころではなかった。何しろあまりにも突然にことが起こり、事態がジュリアスを無視して進んでいってしまうからだ。

さて、寝耳に水の話を聞かされた女王陛下、ぽかんと口を開けた。たっぷり7秒は間を置いてから、女王は素っ頓狂な声を上げた。
「えーーーーっ!? 結婚? あなたたち二人が?」
聖地史上最低最悪に仲の悪い筆頭守護聖たちが、結婚!?
当事者の一方であるジュリアスですら驚いているくらいだ。そんなことを聞かされたら、そりゃ女王陛下でなくても驚くだろう。目の前で女王が「しんじらんなーい」とか「うっそー!」などと叫んでいる姿を見て、すっかり傍観者と化していたジュリアスの脳の一部が、ようやく少しまともに働き出した。
「お待ちください陛下、これはクラヴィスが勝手に」
と弁解をしかけたところ、皆まで聞かずに女王は「あそっか」と心得顔になった。まだ経過説明は何もしていないのに。女王のあまりの物分りのよさに、ジュリアス目をぱちくり。
「二人して私をかつぎにきたんでしょ! だまされないから。一瞬ほんとかと思ってびっくりしちゃったけどー」
きゃらきゃらと笑う女王に、ジュリアスのみならずクラヴィスもぽか〜ん。
一体何だというのだ、陛下のこの反応は?←筆頭守護聖ズ心の声
「だって今日って4月1日、エイプリルフールじゃない。二人とも人が悪いってゆーか、ジュリアスまで一枚かんでるなんて、もうっ!! まさかあなたたちがこんなイタズラ仕掛けてくるなんて思わなかったわ〜」
筆頭守護聖二人は煙にまかれたような顔になって、ひとりはしゃいでいる女王を眺めていた。やがて、ジュリアスがぼそぼそとクラヴィスに尋ねる。
「……陛下は何をおっしゃっているのだ、クラヴィス?」
クラヴィスは首を振った。
「私にも何が何やら…」
「やあねえ。まだしらばっくれる気なの? 嘘ついて私のことからかってびっくりさせようとしたんでしょ。さっきロザリアにもだまされたのよ。今度は早く気がついてよかったぁ〜」
嘘? それはつまり。
ここまできてようやく、このとんでもない事態の真相がわかった、とジュリアスの表情が険しくなった。いえあなたのその理解、実は誤解なんですけどジュリアス様。そんなことはジュリアスの知ったことではない。これまでの成り行きに合理的な説明が与えられたと解釈したジュリアスの怒りは、当然クラヴィスに向けられた。
「クラヴィス……私を謀ったのか」
それはもう、地獄の底から響いてくるような、陰々滅々とした声で言われて、クラヴィスは色をなくした。ぶんぶんと首を振って必死に否定する。

謀っただなんて、そんなことはない。断じてない。エイプリル何とやらなど私も知らぬ。陛下の誤解だ。私は二十年の積もる想いをお前に打ち明けたのだ。お前が好きだと答えてくれたからすぐに結婚しようと思ったのだ、本当にそれだけだ。私の真実の思いを疑うのか。

……と、言いたいことは多々あれど、そのどれもが言葉にならず口をぱくぱくさせてしまう。人間、余裕のあるときにはいくらでも頭も口も回るが、ものに動じないクラヴィスにしてこの状況はテンパりすぎていた。長年の片思いの相手に玉砕覚悟で特攻をかましたところが、実はジュリアスが自分を好きだったと知ってるんるんで結婚の許可をもらいに来たら、事態は急転してこの展開。
「陛下のお言葉によれば今日はエイプリルフールとかいう日で、つまりそなたは私に嘘をついてからかって楽しんだと、そういうことなのだな」
びしっと人差し指を突きつけられて、クラヴィスもう半泣き。これまでのジュリアスに対する態度が、そういう誤解を受けても仕方のないものであったということも思い起こされて、目の前が真っ暗になった。
「ジュリアス、信じてくれ。私はそんな日のことなどまったく知らなかった」
それだけを言うのが精一杯。
ジュリアス、めーーーーっちゃ怒ってる。というのがあまりにも明らかで、何と言い訳しても火に油を注ぐだけのように思えた。案の定。
「もうよい。そなたの勢いに引きずられてこのようなところまで恥をさらしにきた私が愚かだっただけのこと。もともと私は結婚などということはまったく考えていなかったのだ。茶番はもうたくさんだ。失礼する」
そう言い放つと、ジュリアスはきびすを返して女王の控えの間から出て行ってしまった。




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