sweet days
6. クリスマスはひっそりと -2009クリスマス企画前座-
新女王が即位してから、聖地ではさまざまな行事が増えた。アンジェリークがやりたいと言った七夕だの秋の大運動会だのハロウィーンだの正月の爆竹だの鬼は外福は内だのバレンタインだのホワイトデーだのひな祭りだの、とにかくイベント目白押しである。そして彼女がやりたがった行事の中には当然ながらクリスマスも含まれていた。
しかーし。こればかりは思い通りにはならなかったのである。
「何でなのー? 冬はクリスマスがなくっちゃつまんないじゃない」
と、女王陛下はたいそうむくれた。けれども、他の行事に関しては寛容だった聖地の重鎮であるオジサンたちは、クリスマスに関しては断固反対した。というよりも、「クリスマスですと? お諦めください。それは聖地ではできません」と取りつく島もなかった。
アンジェリーク自身は子どもの頃から親しんできた行事なのに何がいけないの?という不満でいっぱいだが、オジサン側にも言い分はある。他の行事はともかくクリスマスを聖地の公式行事とはできない理由があるのだ。
古代宗教の神降誕を祝う行事が起源であるクリスマスは、女王陛下を至上とする聖地では祝えない。外界で、元の宗教的意義はすっかり忘れ去られて、単に民の楽しみとしてのお祭り的位置づけで祝われるクリスマスは、別段問題ないのだ。特に禁止の対象にもならない。だからアンジェリークもクリスマスを祝う文化の中で育った。けれども聖地というこの宇宙の要の場所では、それは許されないことなのである。
そうした経緯について説明を受けたアンジェリークは、クリスマスだけは無理なんだ、検討する余地もないらしいと諦めた。でも非公式に楽しむ程度のことは許容範囲であると言われて私室をクリスマス風に飾りつけ、ロザリアとケーキを食べたり、二人きりでプレゼント交換をしたりして、しばし外界での暮らしを懐かしんだ。
「まあどうせ恋人とデートとかできるわけじゃないんだから、ロザリアとケーキ食べるんでもかまわないんだけど〜」
「わたくしたち二人でこうしていても、いつものお茶の時間とあまり変わりませんわね」
「それにやっぱりもったいないよね。聖地中クリスマスの飾りつけしたら、きっととってもきれいなのになあ。夜のイルミネーションとか憧れちゃう」
「それは想像の中だけにしておきましょう。メリークリスマス、アンジェリーク」
「メリークリスマス!」
二人はノンアルコールのスパークリングワインで乾杯して、微笑みあった。
7. プレゼント -2009クリスマス企画-
しばらく前にオリヴィエが両腕にいっぱいの雑誌を抱えて、クラヴィスのところへやってきた。
「ほーら、差し入れだよ〜ん!」
なんて言いながらどさりとその雑誌の山を執務机の上に置くのを、クラヴィスは興味深そうに眺めた。一番上のものを手に取りながら、尋ねる。
「何なのだ?」
「若い男性向けの雑誌☆ あんた、いろーんなこと忘れちゃってるから、こーゆーのに目を通すのもイイかもって思ってね。案外面白い情報源だから。低俗ってバカにしたもんでもないんだよねコレが」
「そうなのか。いろいろと気にかけてくれて嬉しい。ありがとう、オリヴィエ」
クラヴィスの微笑を見て、満更でもない表情でオリヴィエは答えた。
「あんたの役に立てれば私もうれしーよ。ヒマなときにでもちょっと眺めてみるとイイんじゃないかな。んじゃね〜」
執務中に読むべきものではないようなので、雑誌は館に持ち帰った。恋人に愛を注ぐのと執務との合間、空き時間ができた時に適当に手に取っては眺めていたのだが。
たまたま目に留まったのは、「イマドキ彼女とペアルックって、ダサい?」というような記事だった。結論を言えば「いかにもなペアルックはダサいけど、さりげなく小物なんかをおそろいにする、みたいなのは二人の愛を深めるよ!」といった他愛のない内容である。
恋人とのペア。おそろい。
なんだかそれがすごーく素敵なことに思えて、クラヴィスは夢見る瞳になった。ジュリアスは「カノジョ」じゃないけど、恋人だ。唯一無二の運命の相手だ。何もかもを忘れ去っても、ジュリアスへの愛だけは蘇った。とにかく好きで好きでたまらない。そんな相手とおそろいの何かを持ち身につける、それはすばらしく魅力的な考えだとクラヴィスは思ったのである。
12月25日金の曜日の早朝、ジュリアスはクラヴィスの寝室で目覚めた。ウィークデーはたとえ晩餐を共にしても必ずそれぞれの館へ帰るということを約束させたはずだったが、昨夜は恋人に「どうしても共に過ごしたい」とねだられて、仕方なく。「だってイヴなのに…」とすねられると、ジュリアスもあまり無下にはできなかった。
聖地で公式な行事としてクリスマスが祝われることはないが、主星系では盛大に祝うのが通例となっている。ジュリアスも知識としてそれは知っていた。そしてこのところ強引で甘ったれな恋人に流されっぱなしだという明白な事実は棚に上げて、年に一度の聖夜イヴくらい恋人のわがままを聞いても罰は当たるまいと、ついまた流されてしまったのである。記憶喪失になったクラヴィスと成り行きで寝てしまった最初の晩以降は、ウィークデーの夜に同衾することだけは避けてきたのに。とうとうその最後の砦も破られた。一夜明けた今、自分の昨夜の行動をいささか後悔している。今日も一日フルに働かなくてはならないのに、体が重い。
熱いシャワーでも浴びたら少しはシャッキリするだろうかとベッドから出ようとしたら、クラヴィスに腕をつかまれて引き止められた。どうも見たところまだ半分眠っているようなのに本当に目ざといと言うか、恋人が自分から離れて行こうとする気配には敏感だ。ジュリアスは「湯を使うだけだ、すぐに戻る」と声をかけて手を放させて、軽く流して戻ってきたところ、クラヴィスはまた寝息を立てている。さっき起きたのではなかったのかと諦めとも呆れともつかない気持ちで寝顔を眺め、そろそろ起きて出仕の仕度をせねば遅れると「クラヴィス、起きぬか」と声をかけた。目を開いたクラヴィスはジュリアスを見てふわりと笑って、
「メリークリスマス」
と言った。
「めりーくりすます?」
聖地ではこの祝いの言葉も大っぴらには交わされないので、聞き慣れないし言い慣れない。ジュリアスはおうむ返しに問いかける口調になった。
「オリヴィエがくれた外界の雑誌にクリスマスの特集記事があった。女王陛下のおわす聖地では祝わぬものらしいがな…。閨での囁きくらいは陛下にお許し願おう」
女王陛下ご自身はクリスマスを楽しむ気満々であることをクラヴィスは知らないので、そんなことを言いながらどこからか取り出してきた細長い包みをジュリアスに手渡した。
「これは……?」
「クリスマスプレゼント」
ジュリアスが戸惑いながらリボンを解き包み紙を開き、中から出てきた箱を開けると、プラチナのブレスレットが入っていた。それを一目見て思わず絶句。
箱からそうっとつまみ上げたブレスレットを改めてしげしげと眺めてみた。細工のしっかりした良い品物であるのはわかる。だが決定的にまずいことがあった。しゃらしゃらと音を立てるチャームはどう見ても「CLAVIS」と読める。
「これは……そなたの名だな……」
「ああ」にこにこ。
「……私にこれを身につけろ……と言うのか」
恐る恐る尋ねてみた。
「ああ、そうしてくれるととても嬉しい」にこにこにこにこ。
クラヴィスには悪いが、そんなものを着けられるはずがない。あからさまに恋人の名前入りのブレスレットなんて、いくら何でも無理。しかも。
「ハートがついているようだが……?」
「思いついてから今日までにあまり時間がなかったのだが、便利な店があるものだ。宝飾店のセミオーダーで作ってもらった。ハートは迷ったのだが、やはり入れてもらうことにした。お前に贈るものに込めた愛を形にしたいと思って」
はにかんだように微笑むクラヴィスに、ジュリアスは全面降伏。
何と可愛いのだ。こんな顔をされては断れぬ。
身につけるかどうかはともかく、もらえないなどと言ったらクラヴィスはどれほど嘆き悲しむことか。
「ありがとうクラヴィス。ただ、このようなことをしてもらえると思っていなかったので、私からは何も用意していないのが申し訳ない」
「かまわぬ。私の分も一緒に作った。おそろいだ」にこにこ。
これだ、と見せられたのはもちろんのこと、「JULIOUS♥」というブレスレットだった。結局のところクリスマスプレゼントにかこつけた、クラヴィス憧れの「恋人とのおそろいアクセ」なのである。二人の仲は秘密だと言い聞かせたはずなのに。何故こんなものを、と頭が痛い。
その時ジュリアスに名案がひらめいた。
「クラヴィス、提案がある。そなたのものと、私のものとを交換してはどうだろうか」
自分の名前がついている装身具ならば。つけているのを万が一誰かに見られても、まあどうにか切り抜けられそうな気がする――。
「なぜだ? 迷子札でもあるまいし、自分の名の入った装身具など何になるというのだ。私はお前の名が入っているものを身につけて、常にお前を身近に感じていたい…。お前はそういうことが嫌なのか…?」しょんぼり。
悲しそうなクラヴィスを見て、ジュリアスはたちまち後悔した。思わぬものを贈られて焦ったせいとは言え、あまりにも恋人の心をないがしろにした発言だったと申し訳なさでいっぱい。
「そんなつもりではなかった。先程の言葉は取り消す。せっかくの贈り物を交換してくれなどと言った私のほうが悪かった。どうか機嫌を直してほしい。ただな、クラヴィス。そなたの気持ちは本当に嬉しいのだが……これが人に見つかると厄介なことになるかもしれぬから、見られぬよう気をつけてもらいたい」
「無論だ」
クラヴィス、ジュリアスの言葉に無邪気ににこにこ。
この笑顔には勝てぬ。
ジュリアスはほろ苦い笑みを浮かべてクラヴィスの頬にキスをした。「ここにも」と唇を指さされて、「まったくそなたは」と子どもっぽいくせに要求だけは大人並みの恋人にため息をつきながら言われた場所にも軽く触れた。
たったそれだけ? と不満そうなクラヴィスに、「これ以上続けると遅れる」とベッドから出ることを促した。
8. 尽くす質 -2010バレンタイン記念-
バレンタイン・デー。
その単語を彼が知ったのは年中組経由だった。リュミエールやオリヴィエが話しているところに居合わせたクラヴィスは、興味深く話を聞いていた。
「今年はどのくらいチョコもらえるかな。けっこー楽しみー☆」
「あなたはたくさんの女性からプレゼントされていましたからね」
リュミエールが言うのに対して、
「そーゆーあんただってスミに置けないじゃん。去年は持ち切れないほどもらったの、知ってるよーん」
「ふふ、目ざといですね、オリヴィエ」
そこを通りかかったオスカーが首を突っ込んできた。
「バレンタインのチョコレートの数自慢か? 俺と張り合う気か」
笑いながら言うオスカーに、オリヴィエは人差し指を立てて振りながら「チッチッチッ」。
「何だよその態度」
「私は人と張り合おーなんて思っちゃいないよ。リュミエールもね。そんなことに血道上げてるの、あんただけ」
「言ってくれるじゃないか。俺はすべてのレディの騎士でありたいんだ」
「ま、好きに言ってたら。とにかく私はバレンタインデーにもらえる高級チョコが楽しみなんだよね。刺激物だから食べ過ぎは良くないけど、女の子たちが気合入れて選んでくれたチョコレートはどれもおいしくってさー。今年はどんなのがもらえるかと思うとワクワクしちゃう」
それまで黙って耳を傾けていたクラヴィスだが、一向に話が見えてこないので、ついに口をはさんだ。
「…チョコレートがどうしたと言うのだ…?」
「あー、あんたバレンタイン知らない? 忘れちゃった?」
「知らぬ」
とクラヴィスは首を振った。
そんなわけで年中組から口々に説明を受けたのである。新女王陛下の即位後初のバレンタイン・デーを迎えた去年は、女王陛下の肝入りで聖地にこの習慣が周知徹底されてけっこうな騒動だったのだという。クラヴィスは、「そういうことであったのか」と頷いた。
+ + +
執務を終えて館に戻ったクラヴィスは、今日得たばかりの新情報について考えていた。
愛の告白とともにチョコレートを贈る――。
なんという心温まる、うるわしい習慣であろうか…。
クラヴィス、またもや夢見る瞳になっている。言うまでもないことだが、クラヴィスがチョコレートをもらいたい相手はひとりだけだ。オスカーたちはたくさんもらうことを期待しているようだったが、クラヴィス的にはそんなことはどうでもいい。どれほど多くの女性からどれほどの数のチョコレートをもらおうとも、ジュリアスからもらう1個にまさるものはない。だがあのジュリアスがそういう行事に積極的に参加するとはとても思えず、がっくりと首をうなだれた。
情熱的に頼めば、ジュリアスは恋人のお願いを聞いてはくれるかもしれない。でも自分からねだってプレゼントしてもらうのは何か違う気がする。あくまで、自然な愛情の発露としてのチョコレートがほしいのである。恋人の真心の証がほしいのである。
ジュリアスはとても自分のことを愛してくれているとは思うが、仕事一筋、真面目一方の彼がそんなイベントに興味を示して、自発的に恋人にチョコレートを贈ってくれるなんて望み薄だ。しかも「女性から男性へ贈るもの」と決まっているらしいとなれば、端から考慮の外であるに違いない。状況は絶望的と言っていい。
とはいえ何の努力もしないで諦めるのは惜しすぎる。そんな素晴らしい日であるならば、何とかバレンタイン・デーをロマンチックに過ごしたいものだ…。
そこでいろいろと調べてみることにした。見かけはクラシックだが、ハイテクの粋を集めた時代の最先端を行く設備ばっちり完備の聖地である。守護聖の館にだってコンピューターくらいある。ネットは便利だ。クラヴィスはあっという間に目指す情報にたどり着いた。すなわち。
「男性も女性も、花やケーキ、カードなど様々な贈り物を、恋人や親しい人に贈ることがある日である。」
女性がチョコレートを贈るという習慣は一部のものであり、特に決まった形はないらしいのである。たまたまアンジェリークとロザリアが聖地に持ち込んだものはそういうことになっているが、男だって、大切な人に愛情を込めた贈り物をしたければしたってかまわないのだ。少々やり方が違ってたって、愛を確かめ合うのに不都合なんかない。
なーんだ。悩むことないじゃん♪
喜色満面、クラヴィスの心は早くもバレンタインデーへと飛んでいる。今年は週末にあたるバレンタインデーは、特におねだりをしなくてもジュリアスと共に過ごすことは確定している。よって、あとはひたすら準備を進めておいて、13日の土の曜日には恋人を闇の館に招いた。そうしていつもの週末と同じく二人で熱い夜を過ごした翌日は14日、バレンタインデー当日だ。(ちなみに、金の曜日の晩は自分が光の館に泊めてもらっていつも通りに愛を確かめ合い、土の曜日になってから場所を闇の館に移しただけであるのは言うまでもない。)
待望のバレンタインデーの朝。やや遅めの朝食を済ませたあと、クラヴィスは「少し待っていてくれ」とジュリアスに言っておいて席を外した。休日はいつにも増して恋人にべったりひっついていたいクラヴィスがそんな行動に出るなんてとても珍しいことなので、一体なんだろうと不思議に思いながらジュリアスがコーヒーを飲んでいると。
しばらくして、トレイを持ったクラヴィスが戻ってきた。
「何だ? そなたが給仕の真似などせずともよいではないか」
「これは特別だ」
にっこり笑ってクラヴィスはトレイで運んできた皿をテーブルに移す。皿の上にはチョコレート。
「私は甘いものはあまり……」
「まあそう言うな。特別だと言ったろう? 生チョコレートだ。甘さは控えめにしてある」
してある、とは? まるでクラヴィスが作ったかのような言いようだな。
と思いながら、ジュリアスは一つを口に入れてみた。ココアパウダーの苦味と、チョコレート自体の甘みが良いバランスで口の中で溶けた。おいしい。
「気に入った。コーヒーにも合うな。特別と言っていたが、どう特別なのだ?」
「バレンタインのチョコレートだ。私が作った」
「……バレンタイン? 女王陛下のおっしゃっていたあれのことか」
そう言えば金の曜日にはなぜかやたらとチョコレートの贈り物が届いたのだった、と思い出す。今年はバレンタインデーが日の曜日に当たるため、事前に女官たちが首座に敬意を表して贈ってくれたものだ。なぜ今日に限って次々と差し入れが届くのかと思いはしたものの特に気にも留めていなかったが、あれはバレンタインのためであったのかとようやく気がついた首座様、相当にニブい。そして、ここで初めて頭の中の奥深くにしまい込まれていた知識を引っ張り出す。女王陛下の言によれば、バレンタインとは女性が男性に対してチョコレートを贈る行事。そういう認識しか持っていなかったジュリアスは、首をかしげた。
「だがあの行事は女性が男性にチョコレートを贈るというものではなかったのか」
「大切に思う相手に心を込めた贈り物をする日、ということらしいぞ。特にチョコレートでなくてはならぬ理由も、女が男に贈るという決まりもない。だが陛下のご意志を尊重してチョコレートにしてみた」
「そう言えば『作った』と言っていたが……そなたが……本当に作ったのか?」
ジュリアスは半信半疑の面持ちで尋ねた。
「手の込んだものは無理だが、これならば何とかなると思ってな。材料となるチョコレートは買ったものだが、館の厨房で刻んで溶かして生クリームと混ぜて…私が作った。嘘ではない」にっこり。
言われて、皿の上のチョコレートを眺める。角切りにされているそれは、ややいびつと言うか、大きさに多少のばらつきがあるようだ。素人の作ったものだと言われてよく見れば、確かにそうなのかもしれないと思わされるものだった。もうひとつ、口に入れてみる。柔らかいチョコレートはほろりと口の中で溶けて、甘い余韻を残した。
「良いできだ。とてもおいしい」
クラヴィスが作ったと知らずに食べてもおいしかったが、恋人の気持ちがとても嬉しくてよけいにおいしいような気がする。
怠惰で通っていたクラヴィスから、まさか手作りのチョコレートを贈られるとは。
「ありがとうクラヴィス。本当に嬉しい。そして、すまぬ。私はこういう行事にあまり興味もなかったし、女性から男性へ贈るものだとばかり思っていたので、そなたに何も用意していない」
「気にするな。私がしたくてしたことだ。お前が喜んでくれたことが嬉しい。お前の喜びは私の喜びだ」
満面の笑みで言う恋人の顔を見ながら、記憶喪失になる以前は思ってもみなかったことだが、どうもクラヴィスは愛する相手に尽くしたがる質であるらしい、とジュリアスは今更のように悟った。ひねくれた性格の奥底にこんなにも純粋な気持ちを隠していたのかと、新たな発見に心和ませていると。
クラヴィスはジュリアスを抱きしめて、
ちゅっ。
とキスをして。ぺろりとなめて、
「…苦くて、甘い」
と言った。
「ココアパウダーか?」
ジュリアスはあわててナプキンで口をぬぐおうとしたが、クラヴィスに止められた。
「そのようなものは必要ない。私が…」
朝っぱらから熱烈なキスタイムに突入。クラヴィス、このまま力いっぱい目いっぱい、とことん恋人に尽くす気でいる。この後はチョコレートもとろけるような熱い時間が待っているに違いない。
9. 憧れのアレ
記憶が戻らないままのクラヴィスは意欲に満ちあふれた青年へと変貌を遂げた。何しろ目にするもの耳にするもの全てが目新しい。興味をそそるものが無限にある。日々新しいこととの出会いで、仕事はやりがいがあり、恋人とはアツアツの仲で、公私共に充実しまくっている。こうしてクラヴィスはかつてないほどに執務に励み、失った知識を補おうと空き時間には書籍や新聞雑誌等から情報を得ることにも余念がない。一日が24時間じゃ足りない、その倍くらいはほしい(そして増えた時間は大好きなジュリアスとずーーーっとずっといちゃいちゃしていたい!)と思うくらいに忙しい。
そして本日新たな情報を目にしたクラヴィスは、うらやましさのあまり気が遠くなりそうになった。その元凶はとある新聞記事のファッションコーナー。いくら時間があっても足りない彼が、そんなところまで目を通しているとは驚きだというのはさておき。
「ペアルック なかよしアピール」
問題の記事によれば、何やら巷では仲の良い女の子同士がペアルックを着るのが流行っているらしい。以前に読んだ別の特集記事では、「ダサい」とされていたペアルックだったが、最近は少し流れが変わったのか。愛する恋人とおそろいの何かが持ちたくて、セミオーダーで双方の名入りブレスレットまで購入してしまったくらいのクラヴィスだ。この新たな情報は当然ながら彼の興味を引きつけたのである。二人がまったく同じ服を着ている真の意味でのペアルック、コンセプトを揃えた雰囲気ペアルック、色違いペアルックと、ペアルックの写真百花繚乱、ペアルック見本とも言うべき仲良し女子たちが何組も写っているのを、クラヴィスは食い入るように見つめた。
なんとうらやましい…。
まぶたに残る残像を味わうかのごとくクラヴィスは目を閉じて、ほぅっと息を吐き出した。新聞記事の写真は街頭で撮られたものなので街の様子も写っていた。自分がジュリアスとおそろいの服を着て、そういう街を歩く様を想像してみた。
うっとり。
ジュリアスと自分の仲の良さを万人に知らしめることができるペアルック、これほど素晴らしいことがあろうか。おそろいのブレスレットを袖の中に隠し持っているだけでも何だかうれしいのに、一目で仲の良さがわかる服装だなんて! その記事の女の子たちは、インタビューに答えて「幼い頃からの友人でずっと仲良し。おそろいの服を着て仲良しをアピールしたい」なんて、クラヴィスの心の琴線に触れまくりなことを発言していたりする。
自分とジュリアスだって6歳の頃からの仲良しなのだ!(←記憶が戻ったわけではないので、聞いた話によれば)
ならば私達にもおそろいの服を着て仲良しアピールする権利くらいあるはずだ!(←権利や義務の問題ではない)
しかしこのステキ極まりない計画を聖地で実行に移せば、怪訝な顔で見られるに違いないであろうことはクラヴィスにも想像できた。それをジュリアスが非常に嫌がるであろうことも。
だが。
休日の息抜きに外界でちょっと楽しむくらいなら。
お固いジュリアスだって、もしかしたら許してくれるかもしれない。
試しもしないで諦めるなんてもったいない。まずは話をしてみることだ!
この思いつきにクラヴィスはわくわくした。何だかもうすっかりペアルックで遊びにいくこと確定、みたいな気分である。そしてさっそくその晩、食事の時に切り出した。
「お前、ペアルックというものに興味はないか」
「は? ……ぺあ……るっく?」
「まあこれを見てくれ」
と、情報元である新聞記事の切り抜きを手渡した。ジュリアスはざっと目を通すと、
「仲の良い女性がするもののようだな」
と興味なさ気に言った。
「最初の部分をよく読め」
言われてジュリアス、音読してみる。
「『恋人や夫婦が同じ色やデザインの服を着る「ペアルック」』」
「それだ!」
「どれだ?」
「だからお前が今読んだところ!」
今現在、何が話題となっているかに思いを馳せたジュリアスは、はたと膝を打った。
「うむ、ペアルックについての説明であったな」
「お前と私は夫婦ではないが恋人だろう? ぜひそれをやってみたい」
大昔の少女漫画のヒロインも真っ青な純粋無垢なキラキラな瞳でクラヴィスに言われて、ジュリアスはうっと詰まり、手にした記事を再度眺めてみた。
小花模様のプリントの服やら、マリンルックやら、タンクトップとショートパンツとやらいうものやら、およそ自分が着用したことのないような衣服をまとった少女たちがにっこりと写真の中から微笑みかけている。個人的な好みを言えば露出度高すぎのものが多いという気はするが、それは別として、女の子たちが可愛らしくて目を引くのは確かだった。
「若い女性ならば可愛いと思わぬでもない。たとえば陛下と補佐官とがそろってこういう装いをしていたとして、それは似合うであろうと思う。だが……そなたと私がこういった真似をしてもな……」
苦り切った顔である。
記憶喪失を起こして以来、クラヴィスには振り回されっぱなしだ。いやそれ以前も振り回されていたと言えなくもないのだがな、と心の中でジュリアスはひとりごちた。
かわいい性格になってしまったクラヴィスは、希望を容れてやらないと子どもっぽくスネる。わかりやすく落ち込む。大概の場合、恋人の希望は他愛もないことだ。かわいい恋人が落ち込む様を見るのがいやさに言うことを聞いてしまうことの多いジュリアスだったが、今回のこれはどう対処したものかと頭を抱えた。他愛ないと言えばこれもそうなのだが、とてもじゃないが希望通りに振舞う気にはなれない。
どうも諸手を上げて賛成してくれそうにないジュリアスの表情をうかがい見て、えっへん、という擬音が聞こえそうなほどに得意げな様子でクラヴィスが言った。
「私とて何も考えずにこの話を持ち出したのではないぞ」
「と言うと?」
「二人で小花プリントの服を着ようとか、そういう話ではない。大切なのは『ペア』だ」
ジュリアス、ため息。
「そのくらいはわかっている……」
「それに何も聖地でやりたいと言っているわけではない」
当たり前だ、それが威張りながら言うことかとジュリアスは思ったが、わざわざ口に出すのもばかばかしかったので先を促した。
「それで?」
「休日に外界に出て、ペアルックでこういう街を歩くのだ。そして買い物をしたり、喫茶店に入ったり、きっと楽しいに違いない」
と、クラヴィスは嬉しそうに記事の写真を指差す。そこは主星の中でも若者に人気の街であるらしい。そんなところに自分たちがペアルックなるものを着て出かけていって、練り歩く?
絶対に、絶対に、絶対にっ!! 不可ッ!!
いくら可愛い恋人の願いでも、こればかりは聞けぬ!!
ジュリアスの表情が険しさを増したのを見て、クラヴィスは小首をかしげた。自分のこの素晴らしい提案は、恋人のお気に召さなかったのであろうか。その彼の懸念を裏づける発言が、恋人の口からなされた。
「そなたも良い年の大人なのだから、いい加減そういう俗っぽいことに興味を持つのはやめてはどうかと思うのだが」
いいトシ。
俗っぽい。
がああああああああああん!!!
「…そんな…私はただ…大好きなお前と揃いの服を着て歩いたら楽しかろうと…」
クラヴィスはうつむいてしまった。
「そなたこそ記事をよく読め。『気恥ずかしいと敬遠されがち』とあるだろう。普通の大人はそういうことはあまりしないのではないか。若い女性のペアルックならば微笑ましく思われることだろうが、そなたと私がそんなことをしたら、奇異な目で見られるに違いない」
「仲良しをアピールしてはいけないのか…?」
「それをする必要性がどこにある」
ジュリアスの正論はクラヴィスを一刀両断にした。
「必要性は…ないな」
必要性など、どこにもない。そのくらいクラヴィスにだってわかる。なぜそれがしたいのかと言えば、ただ「見てー! ボクとジュリアスは仲良しなんだ。ジュリアスってとってもきれいでしょ!」と、自慢の恋人を子どもっぽく見せびらかしたいだけ。
「私はそなたのことが好きだ。そなたも私が好きだろう? それは当人同士が知っていればよいではないか」
それはそうなんだけど。
……しょぼーん。
「とにかく、ペアルックとかいうものを着て外を歩くなどということはできぬ」
がっかり、を絵に描いたような顔をして、クラヴィスは恋人を見た。ジュリアスはクラヴィスの頬に軽くキスをして、「そんな顔をしてくれるな。胸が痛む」と囁く。
「それならペアルックくらいしてくれても」
未練がましく言うのを「言ったろう、それだけはできぬ」と速攻で却下し、「明日も執務がある。今宵はもう帰れ」と帰宅を促したのだった。
さてそんなことがあった週、クラヴィスはやや落ち込みつつも無難に執務をこなして終わり、金の曜日の夜となった。光の館を訪れたクラヴィスは、「明日は休日なのだから、外界へ出かけてみないか」と、なおもペアルックを諦めていない様子を見せて、ジュリアスを苦笑させた。
「揃いの服を着て外へ行くのは御免こうむる」
「つれない男だ…」
などと言いつつ二人でジュリアスの私室へ向かい、部屋に入って「そら、着替えだ」と渡された衣服はこれまで光の館では見たことのない代物だった。
「これは?」
光沢のあるシルクサテン、色はブルーグレー、きれいに畳まれていたそれを広げると、それはシャツとパンツの上下揃い、要はパジャマであった。
「私のものと揃いだ」
とジュリアスが自分の分として見せたのは、同じデザインで色はシルバー。
「そなたがあまりに『ペア』にこだわっていたのでな。寝室で使うものならば揃いでもかまわぬかと思って用意させた」
なんと、憧れの色違いペアルックではないか!
これをジュリアスが用意してくれたとは!!
「ジュリアス…!」
クラヴィスはジュリアスを抱きしめた。
「やはりお前は最高の恋人だ。大好きだ!」
ジュリアスに何度もキスをしながらあの記事に輝かしい笑顔で写っていた少女たちのことを思い出して、優越感に浸った。
ああ確かにお前達は仲良しではあるのだろう。
だが、私とジュリアスのように寝室でペアルックはするまい!
彼女たちは単に友人なのだから、おそらくその推測は正しい。そんなことで優越感に浸るのは何か間違っていやしませんか、と指摘してさしあげたくなる。だが本人がご機嫌なのだから、寝た子は起こさないに限るというものだ。守護聖様のご機嫌が麗しければ、この世の平和も保たれるに違いない。
そしてこの二人の夜に夜着はさして必要ではないという事実も、この際考えないに限る。
※参考記事:読売新聞9/1ファッションニュース「仲良し女子 ペアルック」
10. ファンシ〜*:.。.゚・:,。.。.:゚゚ ☆。* -2010クリスマス企画-
クラヴィスが記憶喪失になる前は、ジュリアスはかなりな頻度で闇の執務室を訪れていた。闇の執務室に滞留している書類の提出を促しに行くのだ。首座の彼がそんなことしていられるほど暇だったのか? なんて思ってはいけない。新宇宙に移動してあれこれが落ち着いた最近でこそ多少の余裕ができたが、以前のジュリアスは殺人的に忙しかった。それでも生真面目な彼は、怠惰な闇の守護聖を何とか働かせるのも自分の職務の一部であると考えていたのである。
ところがありがたいことに今ではクラヴィスは非常に仕事熱心で、割り当てられた仕事は完璧にこなしている。期限に遅れたりすることもない。その上(と言っても職務とは何の関係もないことながら)皆様御存知の通りジュリアス中毒で、しばらく顔を見ないでいると禁断症状が出るために日に何度も光の執務室へと駆け込む。よって、ジュリアス自ら闇の執務室へ赴く必要などかけらもなくなった。となれば、ジュリアスは以前と比べて楽になったのかと言えば、そうでもない。甘えたがりで手のかかる恋人の相手をしてやるのに時間を取られて、せっかくできた余裕がまたもなくなっている今日この頃だ。クラヴィスがいない間にせっせと執務に取り組んで少しでも進めておかなくてはあれこれが滞ってしまいそうな懸念を感じて、首座は以前にも増して仕事に身を入れるようになった。
冬のある日のこと、最近としては珍しく首座のほうが闇の執務室へと足を運んだ。クラヴィスのように、恋人の顔が見たくなったから、なんていうカワイイ理由ではない。当然仕事がらみだ。
だがクラヴィスはそうは取らなかった。ジュリアスの訪れに、顔を輝かせた。暗い執務室の中で、一瞬そこだけ明るくなったかのような、ぴかぴかの笑顔だ。
「何と、お前の方から来てくれるとは!」
以前の記憶がないクラヴィスにとっては、闇の執務室にジュリアスが訪れるというのはめったにない大事件だ。ご主人様を出迎えるペットよろしくたたたたたたっと駆け寄って、いきなりの抱擁。まるで大型犬に飛びつかれたかのようによろけるジュリアスである。
「こら、少し落ち着かぬか。私は仕事で来たのだからな」
盛大すぎる愛情表現に再々見舞われる日々が続いているのでさすがに慣れたもので、ジュリアスは背中を軽く叩いてやりながら耳元に囁く。
「…会いに来てくれたのではないのか…」
がっかりした表情になって、しぶしぶといった様子でクラヴィスは離れた。
「少々込み入った話なので、直接にそなたと話したほうが良かろうと思ってな」
資料の束を執務机に置き、何やら小難しい話を始めようとしたジュリアスだったが、眼前に広がる珍妙な光景に、思わず目をこすりそうになった。
しばらくぶりに見た闇の執務室は、すっかり様変わりしているではないか。以前は水晶球しか置かれていなくてすっきりしていた執務机の上に、いろいろな文房具類がところ狭しと並んでいる。文具が机上にある事自体はさして不思議ではないが、花模様やレースやリボンがあふれかえっているのはこれ如何に。様々な色彩の、かわいらしいプリント模様が施されたペン、ピンクのハートや黄色い星型のメモクリップ、愛らしくデフォルメされた動物のプリントされたメモパッド、レースとリボンで飾られたティッシュボックス等々、きれいなものやかわいいものが、闇の守護聖の執務机にごちゃまんと並べ立てられているとなれば話は別だ。
さらに闇に慣れてきた目でよく見れば、すっきり広々としていたはずの室内も何だかごちゃついた印象だ。異変の源を探ってよーーーーーーく目を凝らしてみると、書棚にはドールハウスがあったり、ミニチュアの飾りが並んでいたり、クロスステッチで花などを刺繍した大量の額が壁面を占拠していたり、ここはどこかと目を疑うような様相を呈している。室内の暗さは相変わらずなので、明るいところから入ってきたばかりの時には気づかなかったが、目が慣れてあたりの様子がわかってくると、クラヴィスの正気を疑いたくなるほどの異変が生じていた。
「クラヴィス……執務室のこの有り様は何なのだ、一体?」
尋ねるジュリアスに、部屋の主は満面の笑みを浮かべて答えた。
「かわいいであろう?」
確信犯か!
「お前も欲しいのか? たくさんあるから好きなものがあれば進呈する。選んでくれ」
「そうではなくて!」
きょとんとしてジュリアスを見返す闇の守護聖。
重厚で抑えた照明の(=暗い)執務室にあまりにも似合わないグッズの数々にめまいを覚えながら、ジュリアスはつぶやいた。
「そなた、このような品々が好きであったのか」
にこにこしながらクラヴィスは言った。
「何分にも記憶がないことゆえ、以前から好きであったかどうかは自分でもわからぬが…最近、通販に凝っていてな」
「つうはん?」
「通信販売というものを知っているか」
「ああ、通信販売か。利用したことはないが知っている。……通信販売でこれら全てを買ったのか?」
「まあ…そういうことだ」
「なぜ一度にこれほど大量に買う?」
クラヴィスの考えなしにちょっと呆れて、首座、いささかお怒りモード。
「…一度にたくさん買ったわけではない」
心外だとばかりにクラヴィスは口をとがらせた。
「だが急にこれほどものが増えるとは……一度に買ったのでなければ、どういうことなのだ?」
「それがな…。実は…少々困っていることがある…」
先程の嬉しそうな笑みはどこへやら、今度は確かに困った顔をしているクラヴィスを見ると少しかわいそうになって、ジュリアスは表情を和らげた。何しろ恋人は記憶喪失なのだ。そのせいで、何か彼が想定しなかった事態に見舞われているのかもしれない。
「何に困っているのか、話してはくれないか」
「その、私が利用している通販なのだが」
「うむ」
「これがなかなか面白いシステムで、ひと月に一度の割合で、注文したものがシリーズで次々に届くのだ。ミニチュアを作るキットのシリーズだの、文具のシリーズだのいろいろあって、このシリーズの商品がほしいと注文を出す。実際にどの商品になるかは届いてからのお楽しみということになっていてな…。楽しそうなので試しに封筒と便箋のセットや、カラーインクのペンを頼んでみたのだ」
と、カタログを手渡した。ジュリアスはそのずっしりと重いカタログをぺらぺらとめくりながら「それで?」と尋ねる。
「商品が届いたときのあのワクワクした気分をお前がわかってくれたらよいのだが…。なんというか、自分で注文したものではあるのだが、どういうデザインのものが入っているかはわからない、それがプレゼントをもらうようで…たいそう嬉しい気持ちになる」
「で?」
「すっかりはまって、他の気に入った商品を追加でいくつか注文した」
「だがこのように大量に買い込まずとも」
「誤算があったのだ。月に一度と思っていたのだが、外界の時間に合わせて送られてくるので、聖地の時間では月に一度どころではなく次々と届く」
クラヴィスはため息をついた。
「手作りキットも自分で作ってみたかったのだが、送られてくるペースが速すぎてとても間に合わぬ。館の者に作ってもらったのがそれだ」
と、ドールハウスやら刺繍やらを指した。
このファンシーグッズの山は、何年分かが短期間に集中した結果なのだなとジュリアスは理解した。
「マルセルなどはけっこう喜んであれこれ選んで持って行ってくれるのだが、届くペースのほうが早くてな…こういうことになっている。だからお前もほしい物があれば、もらっていってくれないか。一人では使い切れぬ」
懇願のまなざし。
「このような状態でありながら、まだその通販を続けているのか」
こっくり、クラヴィスはうなずいた。
「これだけ買ったのだ、いい加減満足したのではないか。とりあえず、注文を停止すればよい」
とたんにクラヴィスの顔にぱあああっと光が差した。
「そうか! そうだな! しばらく買うのをやめればよいのだな! もっと早くそれに気がついておれば」
あわてたあまり、手作りキットは人に頼んで作ってもらってしまったが、ドールハウスのキットが揃ったあたりで止めておけば暇を見繕ってじっくり自分で組み立てることができたかもしれぬ、とクラヴィスは残念そうだ。
「……そなたは本当に、それが作りたかったのだな」
思わずよしよしと頭を撫でてやる首座であった。
「とにかく、これだけいろいろあるからお前にも何かもらってもらいたい。女官たちにもかなり進呈したのだが、やはり愛するお前にもらってもらうのが一番うれしい気がする」
と、言われましても。
乙女チックなファンシーグッズを、首座が欲しがるはずもなく。さりとて、何かもらってやらねば、またクラヴィスが落ち込むかもしれぬと思うと無下に断ることもできない。
何かもらってもかまわないようなものはないかと見回してみて、脇机の上に並んでいる写真立てを見つけた。
白い陶製の写真立てで、かわいい小花模様があしらわれている。中には、子どもの頃の二人の写真が収まっていた。
すました顔で写っている写真が多い。ジュリアスの館のアルバムにある物と同じで、それはどれも見覚えがある。しかし覚えのない写真もあった。嬉しそうな笑顔で自分に抱きついているクラヴィス、迷惑そうな顔を作りながらその実照れている自分。
遠い記憶を探って、当時の補佐官が撮ってくれた写真だとジュリアスはその時のことを思い出した。自分も同じ写真をもらったはずだが、「きちんとした」写真ばかりを選んでアルバムに収めるようにしていたので、そういうスナップはアルバムには入っていないのかもしれない。
「これはまた……懐かしいものを」
と思わず手に取る。
「お前のことをもっと思い出したくて、館でアルバムを見ていてな…。長い時間を過ごす執務室にも飾っておきたいと思って持ってきた。それが気に入ったのならば…もらってくれるか?」
「そうだな……いや、私の館にも同じ写真があったはずだ。これはそなたが持っておればよい」
「そうか…」
クラヴィスがちょっとがっかりした顔になって、その会話はそこで終わった。なにしろ首座は仕事で来ているのだ。以前と違って職務に熱心なクラヴィスは、「とにかくその仕事の話を聞こうか」と首座を促した。
数日後、光の執務室に闇の守護聖から贈り物が届けられた。小ぶりのみかん箱程度の箱を開くと、中から二人の姿が収まった写真の額がいくつも出てきた。もちろんどれも、小花模様のかわいい写真立てだ。
「メリークリスマス!
良い機会なので、私のものと同じ写真を贈る
ぜひ執務室に飾ってもらいたい
愛を込めて
クラヴィス」
としたためられた、これまた可愛らしい花柄のカードつきで。ジュリアスが選んでくれないなら、自分からクリスマスプレゼントにしちゃうからいいもん、という作戦に出たらしい。
おそろいの写真立てにおそろいの写真を入れてそれぞれ執務室に飾るというクラヴィスのステキなアイディアに、ジュリアスは頭痛がし始めた。
執務室に? 家族写真のように、クラヴィスと写っている写真を飾る……?
けれどもこれを断ったらクラヴィスがどれほどしょんぼりすることか。目立たないところに置いたのでは、それはそれで落ち込みの元となるに違いない。次に執務室を訪れておそろいの写真が並んでいるのを見たときのクラヴィスの喜びようを思い、ジュリアスは「仕方がない」とつぶやく。
乙女チックな写真立てを手に取ると、苦笑いながらどこか甘さの漂う笑みを浮かべて、執務室のどこに飾ろうかと考え始めたのだった。