sweet days


11. いつでもどこでも
L u n a r E c l i p s e の月様のラフ画を拝見しての妄想
妄想炸裂メールをお送りしたら、モノクロで仕上げてくださいました。月さん、多謝




土の曜日の昼近く、王立研究院から戻ってきたジュリアスは寝室に入ってみてため息をついた。黒髪の男は案の定まだ寝ている。それにしても、一体なぜここに替えの執務服があるのだといぶかりながら、ジュリアスは寝室のカーテンを開いた。真昼の光が室内を満たす。
なぜだか光の守護聖の正装を抱きしめたまま眠っていたクラヴィスが、身じろいだ。
「いつまで寝ているつもりだ!」
「う……ん」
寝返りを打って目を開いたクラヴィスは、自分の顔をのぞきこむようにして見ているジュリアスと目が合うと、世にも嬉しそうな顔になった。
「ジュリアス!!」
抱きしめていた白い服を放り出すと、
べたべたべたべた。
という擬音がふさわしい仕草で、今度はジュリアスに盛大に抱きつく。
「なっ……」
何をすると言いかけた唇をふさがれ、そのままベッドに引きずり込まれて、ジュリアスは目を白黒させた。
「もう昼だぞ! 何を考えている」
「ジュリアス…」
唇へのキスからけしからぬ行為に発展するかと思ったが、どうやらそうではないらしい。ひしっとしがみついて、胸元に頬をすりすりしているだけだ。その動作には妙な下心は感じられず、ただただ小動物がじゃれているかのような無邪気さがあるばかりだった。
「私の執務服を下に敷くな! 隣室のクローゼットにかけてあったはずのものが、なぜ寝台にあるのだ! しわになるではないか」
ぺたぺたぺったんとジュリアスにひっついていたクラヴィスが、上目遣いで探るようにジュリアスを見た。
「お前がいなかったから」
ジュリアスは聞き返した。
「私がいなかったから、どうだというのだ? いつものことであろう。土の曜日の朝は、そなたはなかなか起きぬゆえ私はいつも通り研究院に行っていたのだが」
「行っては嫌だ」
ひしっとしがみつくクラヴィスの様子に首をかしげた。記憶喪失になってからというものこの恋人が子どもっぽいのはいつものことだけれど、ここまで盛大に甘えるのは珍しい。黒髪の頭を撫でてやりながら、ジュリアスは言った。
「どうしたというのだ、まるで子どもではないか」
しがみついたまま、何やらぼそぼそと言い続けるクラヴィスの声に耳を傾けると。
要は、

目が覚めたらジュリアスがいなかった、一緒の寝台にいたはずなのにいなかった、隣の部屋にもいなかった。でもクローゼットにジュリアスの匂いのする服があったから、それを持ってきて一緒に寝ていた。ジュリアス、どこ行ってたの?

ということらしかったが。
いったいどうしてしまったのだ、クラヴィスは? 寝ぼけてでもいるのか?
「とにかく起きよ。食事にしよう」

着替えをすませてダイニングへ向かったはいいが、あれこれに気を取られてなかなか行き着かない。通い慣れた光の館のはずであるのに、廊下の壁の絵画や、飾ってある花や彫刻や、いろいろなものに興味を示しては足が止まる。
「先程から、いったい何をしているのだ!」
いい加減いらいらしてきて少々きつ目に声をかけると、クラヴィスは叱られた子犬のような目でジュリアスを見て「そんなに怒らなくても…」と言った。あと一押しで涙さえこぼれそうになっている目つきに、ジュリアスはますます首をかしげながら、少し声を和らげた。
「今日に限ってなぜそのように足を止める?」
「きれいだから」
にぱ〜っと嬉しそうな笑顔になって、花瓶を見る。
「いい匂いもする」
「そうか。わかったから、とにかく食事に行こう」
これはあれこれ突っ込んで聞くよりもとにかく目的地へ連れて行くのが先決だと思ったジュリアスは、無意識の動作で恋人の手を取って歩き出したのだった。手を握ってもらったクラヴィスは、それ以後は寄り道することなく嬉しげにジュリアスについて行った。

クラヴィスは健啖家というわけではない。朝昼兼用の食事であるのに若い男性としてはやや少なめの量を食べ終えると、今度は公園に散歩に行きたいと言い出した。もちろん二人で。
これまでは人目をはばかって、昼日中の公園を二人揃って散歩などは控えるようにしてきた。それなのになぜそんなことを言い出すのかとジュリアスが聞くと、「カフェテラスに行きたいのだ」とさらなる野望を述べ立てた。
「我々がこういう仲であることはなるべく人に知られぬように、と言っているだろう? そなたもそれはわかってくれているのではなかったか」
クラヴィスはそう言われて、うつむいた。
「言いたいことがあるなら言ってくれ」
ぼそぼそぼそぼそ。
「はっきりと!」
それでもなおブツブツと何か言い続けるクラヴィスにため息をついて、何を言っているのか耳を澄ましてみた。

私はいつだってお前と一緒にいたいし、いつだって抱きしめたりキスしたりしたいのに、お前はならぬという。だからこれまでずっとずっと我慢してきたのだ。一緒に歩くくらいのことはかまわないではないか。ペアルックで歩こうと言っているのではない、単に散歩に行くだけだ。たまの休みの日には大好きなお前と二人で出かけたりもしたいのに、お前はそれもならぬといつも言う。でも今日はもう我慢ができないから一緒にカフェテラスへ行こう。カフェテラスのケーキセットはおいしいのだとマルセルが言っていたから、どうしてもお前と一緒に食べたい。

というようなことを言い続けるクラヴィスに、ついに根負けしたジュリアスは言った。
「わかった、そなたの言う通りにしよう。カフェテラスへ行って、ケーキセットなるものを食べようではないか」
クラヴィスは顔を上げた。
「本当に?」
「うむ」
喜びに輝く笑顔でジュリアスにぺたぺたぺったりと抱きついて、クラヴィスは「大好きだ、ジュリアス! 早く行こう」と悩殺ヴォイスで囁いたのだった。


12. いつでもどこでも 2

こうして筆頭守護聖二人は、土の曜日の午後、真っ昼間の公園へと繰り出した。
二人並んで歩く姿は、最近は宮殿でこそよくある光景となっていたが、執務の場以外で仲睦まじく歩くなんてことは前代未聞だった。しかも、今日のクラヴィスはひと味も二味も違う。館を一歩出ると同時にまたあれこれに興味を示して、しゃがみ込んでみたり木を見上げてみたり、そわそわきょろきょろ、大変に落ち着きがない。そう言えば子どもの頃のクラヴィスもこんな風だったとジュリアスは微笑ましく思い出すと同時に、今の彼の年齢及び外見を考えてため息をついた。この調子では日が暮れてしまうし、この落ち着きのなさは守護聖としての威厳に関わると懸念した彼は、クラヴィスと手をつないで歩いていた。寄り添うようにしてローブの陰で握っていれば、さほど目立たないはずだと自らを励まして。館のダイニングルームに連れて行くまでのクラヴィスの様子を思い起こして、寄り道を防いでなるべく早く目的地まで連れていこうと考えたのだ。

守護聖を見かければ、皆が会釈をする。そのみんながみんな、目を大きく見張って、ピッタリと寄り添って歩く二人を見ていた。
ジュリアスは鷹揚に会釈を返しながらその実「ああやはり来るのではなかった、これでは晒し者ではないか」的に激しく後悔していた。けれども彼の可愛い恋人はそんなことには頓着なく、会釈をされればどこかの国の象徴様のようににこやかに、握られていない方の手を振った。「どちらへいらっしゃるんですか?」という声には「ジュリアスと一緒にカフェテラスへ行くのだ」と嬉しそうに答えて、ジュリアスに頭を抱えさせていた。

公園を歩いていると、ベンチに腰かけて談笑しているリュミエールとルヴァに遭遇して、ここでもひとしきり会話が交わされた。
「おや〜? ジュリアスにクラヴィス、お二人揃ってどちらへ?」
散歩だと言おうとしたジュリアスよりも早く、クラヴィスが、
「カフェテラスに行ってケーキセットを食べるのだ」
と訊かれてもいないことまで答えてしまった。
「ジュリアス様は甘いものはあまりお好きではないかと思っておりましたが……」
リュミエールが遠慮がちに言いかけると、
「大丈夫だ、ジュリアスが食べぬのなら、私がもらうから」
とここでもクラヴィスが口を出す。
「そなたは小食な質ではないか。無理をするな」
「好きなものは別腹だ」
ニコニコして言うクラヴィスの笑顔の眩しさ。ルヴァも、リュミエールも、激しく後悔中のジュリアスさえもがそのぴかぴか笑顔に微笑を誘われていた。
「そうなんですかー。最近お二人は仲がいいなーと思って見ていましたが、休日にこうして出かけたりするほどに仲がいいとは知りませんでした〜」
「ケーキセットは本当に美味しゅうございますから、ごゆっくり賞味なさってきてくださいね」
クラヴィスが記憶喪失になった当日の首座と水の守護聖の争いを生々しく思い出していたルヴァは、この言葉にひそかに安堵の吐息を洩らした。何よりもクラヴィス大事のリュミエールは、クラヴィス自身がジュリアスを受け入れているならば自分が口出しすることではないと心を決めたようである。

あまり長居をするとまたクラヴィスが何を言い出すか知れたものではないと、いささか焦り気味にジュリアスから、
「クラヴィス、行くぞ」
と促されて、クラヴィスは「では、また」と手を振ってその場を後にした。
残された二人の守護聖は顔を見合わせている。
「驚きましたねー。記憶喪失のクラヴィスがあんなにジュリアスになついていたとは」
「ルヴァ様、なつくなどと。クラヴィス様は犬猫の仔ではないのですから」
「あーそれもそうですねー。クラヴィスがあまりにもかわいいものですから、つい。それにしてもリュミエール、あなたの態度は大人でしたね〜。これもクラヴィスのことを思うがゆえなんでしょうねー、うんうん。聖地の人間関係が良好だってのは、ほんとにいいことですねー」


カフェテラスにやってきた二人は、テーブルについてケーキセットを注文した。ウェイトレスが十数種類の見本のケーキを運んできて、「どれになさいますか?」と尋ねた。クラヴィスはおいしそうなケーキの群れに目をキラキラさせて見入っている。どれもおいしそうで選べないと言い出すのではないかとジュリアスがやきもきしていたところ、意外なことにすぐに一つを指さして言った。
「これがフルーツタルトか?」
「さようでございます」
「では…私はこれを」
すんなりと事は進みそうだとほっとしたジュリアスは、
「甘みの少ないものはないか」
と尋ねた。
「こちらのカフェノワールなどはいかがでしょう? ほろ苦くて、大人向けの味です」
「それにしてみよう」
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「紅茶がよい。そなたは?」
「私も紅茶で」
と注文を終えて、良い天気だななどと話している二人に、声をかけてきた者があった。

「よー、二人してこんなトコで何してんだよ」
それはゼフェルの声で、見れば年少組3人が興味深そうにこちらを見ている。
「そなたたちもいたのか」
「おめーらが入ってくるトコから見てたぜ」
「そうであったか」
「他人のことにムカンシンすぎねー?」
「悪かったな。カフェテラスに来るのは初めてのことで緊張していた」
と言ったクラヴィスに、ランディが驚いたように目を見開いた。
「へー、クラヴィス様も緊張なさるんですか!」
「それは…人であれば当たり前のことではないのか」
「あんまりそういうイメージなかったんでちょっと驚きました」
「なんでそんなキンチョーするよーなトコに来よーとかって思ったんだよ?」
「マルセルからここのケーキセットがおいしいと聞いたのでな」
以前の彼とはまったく人が変わったようなクラヴィスに年少組もすっかり慣れて、気安い態度で接するようになっていた。
「わー、そうだったんですか、クラヴィス様。なんかぼく、うれしいです!」
「フルーツタルトを頼んでみた」
「それ、ぼくのおすすめです。覚えててくださったんですか!?」
「ああ」
「けどよー、おめーはともかく、なんでジュリアスが一緒にいるんだよ」
「ゼフェル、そんな言い方は失礼じゃないか」
「まあ良い。休日なのだ、あまり固いことは言いたくない」
「めっずらしー! ジュリアスのセリフとも思えねーぜ!」
「だから! ゼフェル、失礼過ぎるぞ!」
「そうだよ!」
「あ、わりー。べつにおめーが一緒にいるのがわりーってイミじゃねーんだ。おめー、あめーのあんま好きじゃねーんだろ? なのにクラヴィスにつきあってケーキ?」
「私が誘ったのだ」
なっジュリアス、とばかりにジュリアスの顔を見るクラヴィスは、幸せそのものの顔をしている。
「へー、そうなんですか。お二人は仲がいいんですね!」
ランディに大きな声で言われて、ジュリアスはどう答えたらいいかわからない顔をした。対してクラヴィスはますます嬉しそうな顔になった。
「おめーら、ガチで仲いーんだな……」
「ちっとも知りませんでした! わざわざ闇の館からお誘いに行かれたんですか?」
「いや。昨夜からジュリアスの館に泊まっていたのでな」
「ええええええーーーーー!?」
お泊り会するほど二人の仲がいいなんて思っていなかった年少組、3人揃って思わず大きな声を上げていた。
「クラヴィスの記憶が戻らぬので、週末には昔のことなど話して聞かせている。昔話に執務の時間を割くわけにもいくまい」
と、ジュリアスがあわてて言い繕った。「ああ、そうなんですか」ととりあえず納得してくれた様子に、ジュリアスは密かに胸をなでおろしていた。
クラヴィスとの仲がばれるにしても、年若い彼らに見破られるというのは何としても避けたい。
というのがジュリアスの気持ちである。いったんバレてしまえばどこからであろうが同じことなのだが、ジュリアスとしてはそれだけは避けたい事態だったのである。

「じゃ、また昔話の続きでもすんのか? あんまりジャマしちゃわりーから、オレら帰るわ。みんなもー食べ終わったしな」
「どうぞ、ごゆっくり。クラヴィス様、あとでフルーツタルトの感想聞かせてくださいね!」
「失礼します!」
最後にランディが折り目正しく挨拶をして、年少組は去っていった。


13. いつでもどこでも 3

念願のジュリアスとの公園お散歩デート、カフェテラスでのケーキセット付きを堪能中のクラヴィスは、非常にゴキゲンだった。彼にしてはいつになく饒舌なのも、どうやらはしゃいでいるらしいとようやくにしてジュリアスは気がついた。そんな恋人の様子を見ていると、渋々言うことを聞いてやったはずのジュリアスも何やらほのぼのとあたたかい気持ちになる。幸せそうな恋人というものは見ているだけで自分も幸せにしてくれるものなのだと新たな発見をした気分だ。しかもケーキセットは本当においしかった。
「ふむ、これはなかなか美味だ。そなたのフルーツタルトはどうだ?」
「おいしい」
とびっきりの笑顔。
「私のものも味見してみるか?」
「…よいのか?」
「ああ、半分そなたにやろう」
「ではお前にもこちらを半分…」
とフルーツタルトを差し出そうとするのを止めた。
「食べたかったものだろう? 私は単に付き合いだからな。そなたが食べるのを見ている方がよい」
幸せそうにケーキを食べている恋人を見ていると、何とも言えず満たされた気持ちになれる。自然と優しい微笑みが浮かび、それを見たクラヴィスもまた笑みを返し、カフェテラスで人目もはばからず筆頭守護聖たちは超絶仲良しムードを醸し出していたりして。これが漫画なら二人の周囲にハート模様がいくつも飛んでいるにちがいない。というくらいに激甘。クラヴィスはともかく、ジュリアス、周囲の目を気にしている割には脇が甘い。
こうして二人はケーキを食べ、紅茶を飲み、あたりの風景を眺めながら聖地の午後をたっぷりと楽しんで、カフェテラスを後にした。

来た方とは別の道を通って公園をぐるりと一周して帰るコースをたどっていると、クラヴィスが「そこのベンチで少し休もう」と言い出した。
「カフェテラスでゆっくりとすわっていて、ようやく歩き出したばかりではないか。別に休む必要もなかろう?」
「必要がなくとも、せっかく来たのだから違う角度から風景を眺めてみるのもよいのではないか」
「……それもそうだな」
木陰のベンチに腰を下ろすと、さわやかなそよ風が心地良い。ただ二人並んですわっているだけだが、それが何とも良い心持ちにさせてくれる。こんなふうに、館を出て恋人と共有する時間というのもなかなかいいものだとジュリアスは思い始めていた。
と、いやに甘えた声音で囁くように呼ばれた。
「ジュリアス…」
「何だ?」
「眠い」
クラヴィスはベンチでころりと横になると、いきなりジュリアスの膝を枕にして目を閉じた。
「おい、クラヴィス! 起きぬか!」
なーんて言ってみても、すうすうと心地良さそうな寝息が聞こえるばかり。
何という早業だ! 昼まで寝ていたくせに、なぜまたここで寝込むのだ。どれだけ寝れば気が済むのか、この男は!
こういう休日の過ごし方はなかなか良いものだと思いかけたが、これはない!

困ったのは首座様。何せ体格はほぼ自分と同じ程度の闇の守護聖である。これを背負って帰るなんて到底無理。そんなことをしたら悪目立ちするに決まっているし、かといって気持ちよさそうに寝ているのに起こすのも何だかかわいそうだ。それに起こそうと騒ぎ立てるとかえって人目を引いて、なるべくなら秘密にしておきたいことまで漏れる可能性がある。幸いベンチは木陰で比較的目立たない場所なこともあり、しばらく目覚めを待ってみることにした。こんな姿をこれ以上誰かに見られるようなことにならなければよいがと祈りながら。
しかし首座には悪いが、そういう時に限って知った顔がそこを通りかかるものなのである。
「ジュリアス様、どうなさいました!?」
驚いた風に近づいてきたのは、腹心の男。
「どーしたのさ、お二人さん。クラヴィス、具合でも悪いの?」
極楽鳥のような派手な装いの男も一緒だ。
飲み友達であり遊び友達であるこの二人は、金の曜日の夜から何をして過ごしていたものか、土の曜日の午後になって軽食でも摂ろうかとカフェテラスへ行く途中だった。筆頭守護聖たちを見かけて近寄ってきたのである。
「クラヴィス様はどうなさったのですか?」
「……寝ている」
「寝てる……って、なんでさ!?」
オリヴィエの声はオスカーの心の声でもあった。さらにもう一押し、「なんで膝枕!?」と尋ねたいオスカーである。
「カフェテラスでケーキセットが食べたいというのに付き合ったのだが、いきなり眠いと言い出して……これだ」
ジュリアスは平和に寝こけている男に目をやって、微笑んだ。

誰に見られようが、たとえ咎められようが後ろ指をさされようが、私のクラヴィスに対する気持ちは揺るがない!

何かもう首座様、開き直りの境地に達した模様。二人でいるところを守護聖全員に見られて、挙句に膝枕で昼寝しているところまで見つかって、ある意味キレちゃったのかもしれない。
「あっそ。クラヴィスって案外甘いの好きなんだね。あんたがそれにつきあってやるってのはちょっと意外だったけど。最近仲イイもんね、あんたたち」
「それにしてもジュリアス様のお膝を借りるとは、クラヴィス様ならではのことですね」
オスカーの声にはちょっぴり羨ましそうな響きが混じっている。
「別に膝を貸せと頼まれたわけでもないのだがな。気がついたら勝手に寝ていた」
ジュリアスは膝の上にある顔を眺めながら苦笑した。
頭上の会話に目覚めを誘われたか、そのときクラヴィスがぱちりと目を開いた。まずジュリアスの顔が目に入った彼はとろけるような笑みを浮かべた。そして一言。
「おはよう」
その上キスをねだるように腕を伸ばされて、オスカーやオリヴィエの手前もありジュリアスは思わず顔色を変えそうになった。真面目人間ジュリアス、開き直ったはずだが開き直りきれていなかった。こんな朝の挨拶を交わす仲だなんて、知られるわけには行かない。って言うか、知られたらやっぱりハズカシー! 内心とても焦っていたが、いつもの冷静沈着の仮面に助けられて何とか平静を装った声でジュリアスは言った。
「おはよう、ではないぞ。もうとうに昼を回っている」
え? といった様子で起き上がったクラヴィスは、あたりを見回して首をかしげた。
「なぜ公園にいるのだ…?」
「何言ってんの。あんたがカフェテラス行きたいって言ったんじゃないの?」
オリヴィエに言われて、またも首をかしげた。
「確かに…カフェテラスには行ったが…ずっと…夢を見ていると思っていた…」
「夢だと? 起きてからの今までのことは実はすべて寝ぼけていたと、そういうことなのか?」
ジュリアスは呆れ顔である。
「どうやら…そうらしい」
クラヴィス、照れ笑い。
「なーに、それ? でも何だかあんたらしいよ☆」
とオリヴィエには高らかに笑われ、オスカーも苦笑していた。
「お前に迷惑をかけていなければよいのだが」
と心配そうにクラヴィスに言われたジュリアスは、
「別に、さほどのことはなかった」
と答えていた。本音を言えばかなりの迷惑を被ったというか、今日のクラヴィスにはずいぶんと困らされたと思う。今しがたの「おはよう」発言なんか、その最たるものだ。だがそうした全てをさして迷惑と思っていないらしい自分が不思議だというか、呆れたというか。
私はよほどこの男のことが可愛いらしい……。

今度こそしっかり目が覚めたクラヴィスは、もうきょろきょろしたり人前で過剰に甘えたりはしない。そうなってみると、今度は少し寂しかったりもするジュリアスである。
そしてひとつ、わかったことがある。

彼の恋人は甘ったれである上に、いろいろなものに興味がありすぎて実は落ち着きがない。
出くわす物事にいちいち興味を示すのは、記憶喪失のせいで物珍しいだけなのか元からなのか、そこは判然としないが。
それにしても本人も言っていたが、人前では落ち着いて見える日頃の態度は、相当に我慢してのものに違いない。

そんなことを思いながら、ジュリアスはふと言ってみた。
「手をつないで帰るか?」
日頃の状態に戻ったからといってクラヴィスがそんなすばらしい申し出を遠慮するなどということはさらさらなかった。何しろ寝ぼけついでとは言え、いつでもどこでも恋人にひっついていたいと言い放った御仁である。臆することなく「お前さえ良ければ」と満面の笑みを浮かべた。筆頭守護聖たちは炎と夢の守護聖に「ではな」と声をかけると、二人がぽかんとして見送る中、仲良く手をつないで立ち去っていった。
「ねーアレって、どーゆーこと?」
「俺に聞くなよ……」
ごくわかりやすい人であると思っていた光の守護聖の思わぬ一面を垣間見て、オスカーは戸惑いを隠せない。
俺が知っているジュリアス様は……あんな方じゃなかったはず。じゃあ俺は今まで何を見てたんだ?
「ったくもー、素直なのがカワイイっちゃカワイイけど、もーちょい人目気にしたほうがいいんじゃないかな、アレは」
オリヴィエがつぶやいて、オスカーを見た。
「さ、カフェテラス行こ!」
「あ、ああ……そうだな」
こうして二人は当初の目的地へと足を向けた。今見たものについて、それぞれの思いを抱きながら。


14. 願い -2011七夕記念-

7月6日、午前中の早い時間に、守護聖の執務室に回覧板が回された。
「今日のお昼休みは、守護聖のみんなは集いの間に集合お願いしま〜す♪ カンタンなものだけど食事も用意してあるから、よろしくね!」
ピンクの蛍光ペンで書かれた手書きのお知らせの末尾には、女王陛下のサイン。

陛下は今度は何を思いつかれたのか。
本当に大事なことなら、さすがにあの女王陛下でもピンクの蛍光ペンはお使いになるまい。

ジュリアスは眉間にしわを寄せながら目がチカチカする回覧にざっと目を通し、見たというチェックを自分の名のところに入れて闇の執務室に回すようにと事務官に渡した。
何か嫌なことが起こりそうな予感がすると思いながら、それでも敬愛する女王のお言葉に逆らおうという気はなく、ジュリアスは昼の休憩に入ると同時に指定された広間へと向かった。

すぐに広間には守護聖全員と女王、補佐官が顔をそろえた。
「集まってくれてありがとう。お昼だから食べながら聞いてね」
との陛下のお言葉に、さっそくゼフェルがピザに手を伸ばした。それにつられたようにマルセルやランディも皿にサンドイッチ等を取り始めた。
それより年長の者たちは、とりあえずは陛下のお言葉を聞こうかという姿勢でいる。
「明日は七夕なの。だからみんな、好きな色の短冊を選んで、願いごとを書いてね。七夕飾り作りたいから!」
広間には料理の並べられたテーブルの他に、会議用の細長いテーブルに色とりどりの細長い紙やペンが用意されていた。そう言えば確か去年もそんなことを言われて、願いごとを書かされたような。
でも真剣に考えて書いた願いが実現するかといえば、たとえ守護聖が聖地で書いたものであろうとそんなことはなく、単にそういう行事なのだと理解したのだったということをジュリアスは思い出した。
「陛下、確か昨年も同じ行事があったと記憶しておりますが、一度きりのことだったため詳細を忘れている者も多いかとおもいます。特にクラヴィスは記憶喪失のままですし、まずは簡単にご説明いただけませんか」
「あ、それはですね〜」
と、ルヴァが七夕に関する薀蓄をこれでもかと述べ始めた。こうして女王以下守護聖一同が軽食をつまみながら七夕に関する無駄に膨大な知識を聞き流していたところで、金の髪の女王陛下はそろそろ満腹になったのか、にっこり笑って仰せになった。
「そのくらいでいいわよルヴァ、あなたもお食べなさいよ。しゃべってばっかりでちっとも食べてないでしょ。それで、見て見て〜。私のお願いはもう書いてあるの。ほらね!」
彼女がぴらり〜んと見せたのは赤い短冊で、「ケーキが上手に焼けるようになりますように! アンジェリーク(^O^)」と書かれていた。
この宇宙を統べる女王陛下の願いがそれか、とジュリアスはやや落胆した面持ちで短冊を眺め、
「願いごとというのは、こうした個人的な、ささいなことでよろしいのでしょうか」
と確認した。
「何だっていいのよね、ルヴァ?」
「えーと、好きなことを書いてかまわないと思いますよ〜。では皆さん、それぞれの願いを書いてくださいね〜。この笹につけますから」
それまで床に転がっていた大きな笹を、ルヴァがよっこらしょと広間の壁に立てかけた。
「さっきロザリアと私で、色紙使って飾りもいろいろ作ったの。その笹にかけてもいい?」
「もちろんですとも〜」

守護聖たちは軽食を食べたり、会議用の机で短冊に向かったりしている。
クラヴィスも真剣な表情で短冊と向き合っていた。だがペンを持った右手は一向に動き出す気配はなく、ただじっとにらむように薄墨色の紙片を見ているだけ。
「どうした、クラヴィス? あまり真剣に考えこまずともよいのだぞ。思いつかぬというのなら何か少し食べてから、改めて考えてみてはどうだ」
横に立ったジュリアスを見上げて、クラヴィスは真剣な表情から一転、ほっとしたような笑みを浮かべた。
「考えすぎて頭が痛くなってきた…」
ジュリアスは小さく笑った。
「頭が痛むほどに真剣に考えていたのか? お遊びなのだ、もう少し気楽にしたほうが良い」
記憶喪失のクラヴィスは何にでも真剣すぎるほど真剣に取り組みがちなので、ジュリアスがときどき「もっと気楽に」と声をかけていた。クラヴィスにもっといい加減にしていいのだと言って聞かせるときが来るなんて、何だか妙なことになったものだとジュリアスは思うが、今のクラヴィスには必要なことなのである。
「まだ何も食べておらぬだろう? サンドイッチなどどうだ?」
と誘うとクラヴィスは頷いてペンを置き、二人はそろって料理のテーブルへと移動していった。

「陛下〜、お願いはひとつだけですか? ぼく、いろいろあるんですけどー!」
笹の飾り付けをしているアンジェリークに向かってマルセルが大きな声で尋ねた。
「さあ……? ルヴァ、どうなの?」
「そうですねー、絶対に一人ひとつだけじゃなきゃいけないってことはないんじゃないですかねー」
「ですってよ、マルセル。それなら私ももっといろいろ書いちゃおうかな」
「陛下! 笹の飾り付けを先にしてしまいましょう!」
ふらふらと机の方へ向かおうとしたアンジェリークは、ロザリアに言われて「わかったわよ」と飾り付けに戻ってきた。

「願いだぁ? ンなこと知るかよ!」
ぶつぶつ言いながら、ゼフェルもペンを走らせている。教室を巡回する先生よろしく、皆が書く様子を歩き回りながら見ていたルヴァが、ゼフェルに目を留めた。
「あなたは何をお願いしたんですかー?」
「見るな! そーゆーおめーは何書いたんだ?」
なぜか必死の面持ちで隠すゼフェルを、ルヴァはほんわかした笑みを向けた。
「私の願いはですねー、いろいろとありすぎまして。ひとつにはなかなか絞れないものですね〜」
「あら簡単よ、ルヴァ」
飾り付けを終えて、もっと願いごと書いちゃおっと!と机の方にやってきたアンジェリークだった。
「と言いますと〜?」
「そんなにいっぱいあるなら『私の願いが全て叶いますように』ってお願いすればいいじゃない」
「あ、そうか。その手があったんだ。陛下、頭いい!」
横から口をはさむマルセルである。
「あ〜でも、それでしたら、私の願いだけっていうのはちょっともったいない気がしますねー。この際ですから『すべての人の願いが叶いますように』っていうのはどうですかー?」
「ルヴァのほうが一枚上手ね。さすが地の守護聖様」
と、アンジェリークは手を叩いた。

書き終えた者たちは、次々に笹に短冊をつけ始めていた。
「この宇宙の平和と繁栄を祈る ジュリアス」
「オスカー様から1本! ランディ」
「クラヴィス様がお幸せでありますように リュミエール」
「カッコよく生きたいぜ オスカー」
「チュピとお話ししてみたいな マルセル」
「ウサギさんとお話ししてみたいな マルセル」
「リスさんとお話ししてみたいな マルセル」
「ひまわりが大きく育ちますように マルセル」
「朝顔がきれいに咲きますように マルセル」
「カフェテラスのケーキの種類が増えますように マルセル」
その他にもマルセルの短冊はいっぱい。
「ヒラメキをくれ。斬新なメカ作りてー ゼフェル」
「みんながステキな夢を見られたらイイね☆ オリヴィエ」
「陛下がもう少し落ち着いた女性に成長なさいますように ロザリア」
ちなみにゼフェルの書いたものはもう一枚ある。ルヴァに見せることを拒んだ短冊には、やっと読めるか読めないかというケシ粒のような小さな文字で、
「ルヴァのおっさんにカノジョできますよーに ゼフェル」とある。
そして最後に、謎の一枚。
誰がつけたのだかわからない、「ジュリアス」とだけ書かれた短冊が、ひっそりと他の飾りの陰に吊るされていた。
ふんふん、みんなこんなお願いしてるんだー、と興味で目をキラキラさせながら短冊をガン見していたオリヴィエが、
「何これー!?」
と素っ頓狂な声を上げ、皆の注目がそのジュリアス短冊に集まった。
「ジュリアス、って。これ書いたの、あんたなの、ジュリアス?」
「いや、私ではない。思わぬことでだいぶ時間を取った。執務があるので、私はそろそろ失礼する」
まだ休憩時間中であるにもかかわらずそそくさと、逃げるように広間を立ち去ろうとするジュリアスに、皆が怪訝な顔をしていた。

かなり崩した字だったが、ジュリアスが一目でクラヴィスの筆跡と気づいたのは愛ゆえか。
恋人大好きなクラヴィスが、ジュリアスがほしい、永遠に独り占めしたいという心からの願いをこめて書いたその一枚。

願いごと、という言葉でクラヴィスが思ったのは、これか。
もしかしたら、願いをそのまま書いては私が困るだろうと葛藤のあまり頭痛を起こしていたのだろうか。
誰が書いたものかわかりにくいよう、わざわざ筆跡を変えてまで書くとは――。

背後ではその謎の短冊について、皆があれやこれやと推理を述べ立てているのが聞こえる。自分の名にこめられた一途な想いを読み取ったジュリアスは、クラヴィスがいじらしいやら嬉しいやら困るやらで、少し頬を紅潮させて、足早に執務室へと戻っていったのだった。




■BLUE ROSE■