sweet days


1. 大好きだから

記憶喪失のクラヴィス、他の何より先にジュリアスへの愛を思い出した。それはいい。
ジュリアス的には非常に喜ばしいことだ。しかし問題もある。まだ記憶喪失自体が治ったわけではなく、現在のクラヴィスはとても素直で開放的でかわいらしい性格なのである。そんな彼の、

恋人に甘えたい。
いつだって触れたい、抱きしめたい、キスしたい。
だって大好きだから。

という勢いでの力いっぱいの愛情表現に困っている。ジュリアスは、このこと自体を問題視しているわけではないのだ。むしろ嬉しい。曲がりくねった性格をしていた記憶喪失以前のクラヴィスと比べて、今のクラヴィスの何とかわいいことか。愛しさ倍増と言っていい。
ただ、闇の守護聖がその気持ちに素直に従って行動すると大変なことになる。周囲が大騒ぎすることは確実だ。だから一応「宮殿などの人目のあるところでは特に親しいそぶりは見せない」という約束は交わした。クラヴィスも回りに知られるのは好ましいことではないというジュリアスの説明は理解したし、今の彼には自分もみんなの役に立ちたいという思いがあって、記憶喪失以前よりもずっと仕事熱心だ。基本的には、宮殿は仕事をする場所ということで了解している。けれども根が素直なものだから、言動の端々に「ジュリアス大好き」が見え隠れしてしまうのである。
周囲は「記憶喪失になって新しい人間関係を築きつつあるクラヴィスは、ジュリアスとの仲もずいぶんと改善した」と見てくれているようではあったが、二人が特別な仲であると知れてしまうのも時間の問題かもしれないとジュリアスは懸念していた。そうなったらなったで仕方がないと腹もくくった。が、ジュリアスとしてはなるべくなら人に知られたくない類のことであるのは変わらない。

今日も今日とてクラヴィスは隣の執務室を急襲して、執務机についているジュリアスにいきなり抱きついて頬ずり。とりあえず執務室内は二人きり、ではあるのだが、仕事中である。そんなことをしている最中に誰が来るとも知れない。
「クラヴィス、やめぬか」
ジュリアスはくすぐったそうにたしなめたが、クラヴィス、一向にやめる気配なし。
「…お前に触れていないと気が狂いそうになる…」
なんて囁きながら、キスのおねだりである。もちろん自分からしちゃってもかまわないし、そうすることも多々あるのだが、どうも今回は「恋人からのキス」がほしいらしい。だけど執務中のジュリアスがそんなことをしてくれる確率は極端に低い。って言うか、ほぼムリ。頬ずりは勝手にさせておいてくれたが、キスをしてくれる気配は微塵もなかった。
頭ではわかっていたことだが、やはり恋人からキスしてもらえないのは寂しい。クラヴィスしょんぼり。
「執務中なのだ、無理を言うな」
と髪を撫でてやりながら、まるで子どもをなだめているようだとジュリアスは心中で嘆息した。実際の話、「いい子だから聞き分けてくれ」とか口走っちゃいそうなほどに、こういうときのクラヴィスは子どもっぽい。そんな恋人がとてもかわいいし愛しいし、素直な愛情表現にこちらも応えてやりたいとは思う。しかし、と首座のジュリアスがそれを押しとどめる。
クラヴィスの言動は許容してやってもよいが、自分までがそれに倣ってしまっては示しがつかないではないか。
「どうしても…?」
キスしてくれないの? とすがるような目で見られて、耳元に囁き返した。
「続きは今宵、館で」
「夜までは長すぎる」
と言いながら一瞬唇を触れ合わせて、「また来る」とクラヴィスは執務室を出て行った。

今日はこれで執務開始から6度目、しかもまだ昼前。幸いなことに、記憶喪失の闇の守護聖はわからないことがあると首座のところに尋ねに行くと周囲は思ってくれているようだが、実情は単に甘えたがりのクラヴィスが恋人の顔を見に来ているだけなのだ。ジュリアスだって可愛い恋人と顔を合わせるのが嬉しくないわけではないが、こう回数が多いとさすがに不審に思われているかもしれない。そう思うと自然とため息が出てしまう日々なのであった。



2. 禁断症状

一陣の風の如く朝の宮殿を疾駆する人影。それを目にした者は皆ぎょっとしたように後姿を見送る。なぜならば、それは闇の守護聖その人だったからである。
「今の……」
「クラヴィス様?」
「でしたよね」
「何であんなに急いでいらっしゃるんでしょう?」
「……さあ?」

年少の守護聖はたまに宮殿の中を走ってジュリアスから呼び出しを食らったりしているが、闇の守護聖が全力疾走しているところなんか、いまだかつて目撃されたことはなかった。あんなずるずるべったりの執務服であの勢い、転びはしないかと心配してしまう。って言うか。クラヴィス様に何が起こったのか!? という驚きを禁じえない。
何が起こったかと言えば記憶喪失になったのだが、それがいきなりの全力疾走とどう関係しているかは、本人以外にはわかりようがなかった。記憶喪失を起こしてから今日で一週間あまりが過ぎたが、彼の記憶はほとんど戻ってはいなかった。

さて、光の執務室まで全力で走って到着したクラヴィス、息をはずませながら扉を開いた。そこにジュリアスとオスカーを見い出して、がっくり。うなだれた。
「……いきなりどうした、クラヴィス?」
「走っていらしたのですか、クラヴィス様?」
二人から次々に問いかけられて、まだはあはあしながら、クラヴィスはようやく声を出した。
「…私は…またオスカーに負けてしまった…」
「何のことです?」
「お前は…毎朝ジュリアスのところに来るだろう? 私もジュリアスや他の皆の役に立ちたいからお前を見習おうと思ってな…」
「朝一番にここ来たからと言って特に何かが変わるわけでもあるまい」
かつての闇の守護聖からは考えられないような台詞を聞いて、ジュリアスは抑えきれぬ笑いをかみ殺しながらそう言った。
「クラヴィス様、俺は警備関係のことなどの打ち合わせがあって毎朝こちらに伺っています。クラヴィス様はジュリアス様との打ち合わせが必要な業務はおありにならないでしょう。執務開始前から無理にこちらにいらっしゃる必要はないのでは?」
「そのようなことはない。一日の始まりに首座に挨拶をしようという心構えの問題だ」
「クラヴィス、そなたの熱意はよくわかった。だが宮殿内を走るのはやめるように。そのような振る舞いをして、年少の者たちに対して悪影響を及ぼすかも知れぬからな」
クラヴィス、首座から注意を受けてしょんぼり。
「…気をつける」
「そんな顔をせずともよい。そなたの熱意は認めると言っているだろう? オスカー、話は済んでいるから、もう下がってくれてかまわぬ。クラヴィスは残れ」
「では俺はお先に」
オスカーが執務室から出て行った途端、クラヴィスはジュリアスを抱きしめた。
「昨日は晩餐だけ共にしてお前が帰ってしまったから、これで10時間と53分も顔を合わせていなかった。…会いたかった」
会えなかった10時間53分の分を取り戻すように抱きしめて頬ずりをして何度もキスをして、少し落ち着いた様子になる。そんなクラヴィスを見て、ジュリアスは困ったような笑みを浮かべた。
「首座に挨拶をなどという先程の言は単なる言い訳か?」
「お前に会いたくて思わず走ったのは事実だが…オスカーのようにお前に頼られる同僚になりたいのも事実だ」
「そなたとオスカーとは違う。私は二人のオスカーがほしいわけではないぞ。そなたはそなただ。そなたらしくいてくれればよい」
「今の私はあまり役には立てていないが…それでもかまわぬのか?」
「記憶が戻っていない割にはよくやってくれていると思う。他の者では、そなたのような状態になっていきなりこれほどのことはできまい。何も気に病むことはない」
「よかった」
とクラヴィスは嬉しそうな顔になって、もう一度ジュリアスにキスをして「また来る」と部屋を出て行ったのだった。
他の何もかもを忘れて恋人への愛だけが蘇った彼は、まるで初恋が実ったばかりの少年のような熱意でジュリアスを求めてしまう。言わばジュリアス中毒とでもいったような状態だ。大好きな恋人から離れていると禁断症状が出る闇の守護聖、本日は何回首座の執務室を訪れることになるのだろうか。



3. 数えてたの?

首座はこのところ毎晩闇の守護聖と夕食を共にしている。何しろ、いついつまでもどこまでもジュリアスにひっついていたい、そのくらいにジュリアスが大好きなのである、闇の守護聖様は。

記憶喪失になって以来、クラヴィスにとっては何もかもが物珍しく興味深く、執務さえも彼の知的好奇心を大いに刺激してくれて、仕事するのはちっとも苦にならない。ただ、執務の最中にジュリアスと離れているのだけが寂しい。だから執務時間中もしょっちゅう首座の執務室を訪れるし、執務時間が終わると同時に「帰ろう」とジュリアスのところに誘いに来るのである。小学生か、キミは。
今日も終業後に光の執務室に現れたクラヴィスに引っ張られるようにして闇の館の馬車に同乗し、そのまま闇の館での晩餐となった。

「クラヴィス、約束はどうなったのだ?」
食事をしながら、ジュリアスが問う。
「…約束?」
「特に親しいそぶりは見せないようにすると決めたではないか」
「私は何か…まずいことをしたか?」
ジュリアスはかんで含めるように言って聞かせた。
「まず、終業と同時に首座の私が宮殿を出るのは抵抗がある」
「決められた執務時間はきちんと働いているのだから、問題はないと思うのだが…?」
「それで済むものではないのだ。しかも、そなたと二人でとなれば、他の者の目には親しげに映るだろう」
とか言いながら、抗いきれずに一緒に帰ってきて晩ごはん食べてるのはだぁれ? という突っ込みは置いといて。
「とにかく、同時に帰るのはあまり良くない。時間をずらし、それぞれの馬車でそれぞれの館にまず帰るべきだ」
そんなの嫌。というのがあからさまに顔に出ているクラヴィスを、ジュリアスは諭した。
「そなたも大人なのだから、そのあたりは弁えてもらいたい」
「…23回だ」
ジュリアス、唐突な言葉に首を傾げた。
「何の話だ」
「お前への貸し」
「だから、何の?」
「くちづけだ」
「どういう意味だ」
「今日お前の執務室へ行ったのが23回、私からのくちづけが23回。お前からは…一度もない」
しょぼ〜ん。
うなだれたクラヴィスに、ジュリアスはあわてた。
「執務室でそのようなことは」
「お前は、私がお前を好きなほどには私のことが好きではないのだな…」
しょぼぼぼ〜〜〜ん。
「仕事にはなるべくそういったことは持ち込みたくないのだと話しただろう」
「だが…私はいつもお前に触れていたい…。宮殿の中であっても、他の者の目がないところでくらい…よいではないか…」
しょーーーーんぼり。

さて困った。この甘ったれをどうしたものか。
対処に困っていると、クラヴィスが言った。
「23回、私にくちづけを」
「そなたは貸し金の取りたて屋か」
ジュリアスは笑って、恋人に唇を寄せた。
1回、2回、3回4回、5かーい、6回7回8回……。

食事の途中で何やってるんスか、お二人さん。

「あ」
クラヴィスが声を上げた。
「どうした?」
「お前、やりすぎだ…んっ…」
「これで25回」
「私は23回と」
「2回は利息だ、取っておけ」

こんな調子で、当初話していた件はすっかりうやむやになった。二人の仲が周囲にばれるのは時間の問題って気がする。



4. お手本

記憶喪失のまま半月程が過ぎて、クラヴィスも仕事の流れは飲み込めてきた。書類の処理の仕方でわからないところはジュリアスやルヴァに教えを請いつつ、大過なく一日が終わるようになった。相変わらずジュリアスの執務室へ駆け込む回数は多いし、相変わらず執務室ではジュリアスからのキスはないままだが。

とにかく、日常生活にかなり慣れてきて、周囲に目を向ける余裕が出てきたのである。これまではジュリアス大好きと執務三昧の二本立てで日々は飛ぶように過ぎた。恋人への愛は何も考えなくても十分に注げるが、と言うよりも、心のままに愛を注ぐとジュリアスにたしなめられるほどだが、仕事の面ではわからないことだらけなので、学ぶことが多くてそのふたつ以外に精力を割いている暇などなかったのだ。そして少しばかり余裕ができたところで、気がついた。
出仕してきた朝の宮殿で行き会う人々におはようと挨拶しても、一瞬驚愕の表情になってから他人行儀に畏まって「おはようございます」と丁寧に頭を下げられることが多い。皆の驚きは記憶喪失以前のクラヴィスが自ら声をかけるなどということがほとんどなかったためなのだが、本人はそれを知らない。守護聖仲間はそこまで恐縮はしないものの、年少組はおっかなびっくりといった風情で、とにかく周り中から遠巻き気味に見られている感がある。

聖地で働く者たちにしてみれば、守護聖、それも筆頭の片割れは「ものすごく偉い人」なのだから、その反応は当然と言えた。けれども今のクラヴィスはそのあたりの感覚がいま一つわからない。そういうものだと教えられても、ピンと来ないって言うか。周囲から距離を置かれているようで寂しいって言うか。要するに、寂しがりの甘ったれという本質全開状態にある。

私はそこまでとっつきにくい男なのだろうか…。

周囲との距離に気がついてしまうと、わりとショック。意外なほどにダメージが大きい。普通にしゃべってくれる年中以上の守護聖以外の人々の動向が気になって、観察してみた。
ランディやマルセルは明るく元気に周囲の人々に声をかけて、宮殿で働く人々にも受け入れられているように見える。ぶっきらぼうなゼフェルでさえ、ぶっきらぼうなりに周囲と親しげだ。
中でもランディの笑顔はいいと思った。本人に自覚はないものの、クラヴィスは「元気なタイプ」が好みなのである。ランディの挨拶の仕方を物陰からしかと観察して、自分との違いを把握した。
「『やあ! おはよう!』……か。私もランディを見習ってみたら、周りの皆ももう少し打ち解けてくれるだろうか…」

で、次の朝。さっそくそれを実行に移してみた。
闇の守護聖から満面の笑みで「やあ! おはよう!」とやられた女官は、「お……おはよう、ございます」と口ごもり、頭を下げるとそそくさと離れて行ってしまった。
その後も何人かにランディ風の挨拶をしたが、誰もが似たり寄ったりの反応を返すので、クラヴィスはすっかり落ち込んだ。
このところの習慣どおりまず最初に首座の執務室へとやってきたものの、それまでの「にぱっ」の反動か、すっかりくたびれ果てた顔をしていた。

「…ジュリアス…」
くらーい声で小さく名を呼ばれて、ジュリアスは驚いて顔を上げた。
「一体どうしたのだ、クラヴィス?」
オスカーは既に退室した後だったらしいのを幸い、クラヴィスはそのままジュリアスに抱きついた。
「何があった」
大きな背中を撫でてやりながら、ジュリアスは静かに尋ねた。
「皆、私に冷たい」
最近のクラヴィスをめぐる状況を考えてみて、ジュリアスは首をひねった。

誰も彼もが彼を気遣い、優しく接しているように見えているが……? まさか、自分の目の届かないところで陰湿ないじめが!? クラヴィスが記憶喪失なのをいいことに苛める者がいるとでもいうのか。……あり得ぬ。

「きちんと説明してくれ」
ジュリアスの髪に顔を埋めながら、小さな声でクラヴィスは訴えた。
「朝の挨拶をしても、誰もが逃げるように去っていく…」
逃げるように、というのは単にクラヴィスの主観の問題ではないのか。
そう思い、そう口にしたら、まだ抱きついたままでクラヴィスは首を振った。
「今朝はそれがいっそう顕著だった。誰も彼もが私を…避ける…」
くすんとハナをすすって、悲しそうにクラヴィスは呟いた。
「周囲の反応が違うというのならば、そなたはどうなのだ? 挨拶するときにいつもと変わったところはなかったのか」
クラヴィスはがばと顔を上げた。アメジストの瞳が驚異も露わにジュリアスを見つめた。
「お前は本当に賢いのだな。確かに、今朝はいつもと違うことをした」
「どのように?」
とジュリアスに言われて、クラヴィスはいきなりにぱーっと笑顔を作って「やあ! おはよう!」と元気よく言って、「…こんなふうに挨拶をしてみたのだが…」と暗い表情になる。
ジュリアスは一瞬あっけに取られ、そして笑いの発作に見舞われそうになった。執務室にいて首座モードで本当に良かったと思いながら、冷静な面を崩さずにクラヴィスに告げた。
「その挨拶の仕方では誰もが驚いても無理はない。いつも通りの挨拶に戻せば、皆も普通に挨拶を返してくれるようになろう」
「だが…普通と言うが、何だか距離を置かれているような気がしてな…。ランディたちはもっと周りと打ち解けて話しているではないか…。私もああなりたくて、手本にしてみたのだが」
何がいけなかったのかと首をかしげるクラヴィスに、ジュリアスは微笑で答えた。
「そなたはそなただ。オスカーでもなく、ランディでもない。いつもの様子とあまりにも違っていれば、奇異に思われるのは当然だろう?」
「…そうか」
明るさ全開の笑顔が似合うランディをうらやましく思いながら、クラヴィスはため息をついた。
「私達は守護聖なのだ。そしてそなたも私も守護聖の中では年長者であろう? 人からある程度の距離を置かれるのは仕方がないと諦めることだな」
首座の言葉を聞き、わかったとうなずきながら、それでもまたため息が出た。
「まだ何か思うところがあるのか」
「あ、いや…。ただ…そうだな、少し寂しいと思って」
ジュリアスはついに立ち上がると、クラヴィスを抱きしめた。誰よりも、この大きな甘ったれが愛しい。
「守護聖であっても心は他の人と変わらぬ。それは誰よりも私達自身が知っている。他の者達からの距離を寂しく思うのは自然なことだ。だから、寂しければ私のところへ来ればよい。……愛している、クラヴィス」
キスこそしてくれなかったものの、最愛の恋人に執務室で抱きしめられて愛していると囁かれて、クラヴィスの憂いは一気に晴れ渡ったのだった。



5. 見られた!
-前話の直後-

「失礼します、ジュリアス様。先程の件ですが」
と言いながら執務室に入ってきたオスカーは、机の向こうで抱き合う筆頭守護聖を目にして固まった。なんとゆーか、しっとりってゆーか、甘やかってゆーか。男二人の空間が何だか妙に色っぽい。

この雰囲気……えーーーーーと、これって…………???

険悪な二人の図を長年見慣れた目には、今見ているものが何なのかよくわからない。と言うよりもわかったような、わからないような。焦りながらも、何かものすごくまずいときに乱入したらしいことは悟った。ので。
「突然に申し訳ありません。警備予定に急な変更が入ったのでご報告に伺ったのですが……また後程参ります。お邪魔いたしましたっ!」
俺は何も見てない! とりあえずこの場は退散するに限る、後で仕切り直しだとばかりに部屋を出ようとした炎の守護聖を、ジュリアスが呼び止めた。
「待てオスカー。出て行く必要はない。クラヴィスが少し……情緒不安定になっていたのでな。慰めていただけだ」
さすが交渉事では百戦錬磨の首座、判断はすばやく言いくるめるのも上手い。そもそも口にした言葉はかなりの部分真実だ。首座が平然と語る声を聞いていると、お二人が抱き合ってるのは別に大したことじゃないんだ、ははは俺の早とちりめ! なんて思えてくるオスカーである。
クラヴィスはジュリアスを抱き締める腕にそっと力を込め、「また後で来る」と囁くついでにオスカーからは見えない側なので調子に乗って耳朶を軽く食んで仕上げに耳元にキスをして、ジュリアスをぴくりと震えさせた。恋人の反応に満足そうな顔になると、オスカーには「私は自分の執務室に戻るゆえ、警備の話とやらをジュリアスとするがいい」と告げて部屋を出た。

後姿を見送ったオスカー、すごーく緊張していたことに気がついてほっと肩の力を抜く。
ジュリアス様は別段いつもとお変わりない。さっきのあれは本当に何でもなかったんだな――。
深く追及しない方が良い類のことだという判断が働いているにせよ、そう納得した。
「クラヴィス様のご様子について、よろしければお聞かせ願えませんか」
「なぜそなたがあれのことを気にする必要がある」
「同じ守護聖として仲間の不調は気にかかります。記憶喪失でいらっしゃるし、もしも危うい精神状態にあるのなら常時護衛をつけるべきかもしれません」
ジュリアスは微笑した。
「そこまでのことではない。何でも、あれに対して周囲が冷たいのだそうだ」
一瞬の沈黙の後、オスカーはよくわからないといった顔をした。
「そのようなことはないと思いますが?」
「ああ、私もそう言って聞かせておいた。記憶がないせいなのか、どうも子ども返りしているような部分があって、人と密に接していないと不安なようだ。周りが普段どおりであっても、あれにしてみれば距離を置かれているという気がしているらしい」
あのクラヴィス様がとオスカーは目を見張り、最近のクラヴィスの言動を思い起こしてみた。確かに今の彼は人懐っこくてかわいげがある。
「そうですね。あの方は案外と素直でいらっしゃるから、守護聖として敬われることに距離を感じて寂しいと思われて、それを口にされたのかもしれません」
「そなたはクラヴィスのことをよく理解しているのだな」
「いえ、そうでもありませんが」
と答えて、後は本来の用事へと話題が移った。

その日クラヴィスは数えるのも面倒になるほど光の執務室を訪れた。いっそのことジュリアスの執務室で一緒に仕事をしたほうがいいのではないかという頻度だ。そのたびに律儀に相手をしてやる首座の仕事は滞り気味だ。いくらカワイイ恋人だからって、これはひどすぎる。さすがにジュリアスも小言を言った。
「来るのは良いのだが……もう少し回数を抑えることはできぬのか」
「お前が『寂しければ来ていい』と言った。お前の側にいなければいつも寂しいのだから、仕方なかろう」
なんて言って、本日何十回目かもわからないキスをしまくる闇の守護聖。熱烈なキスを受けながら、ジュリアスは自ら墓穴を掘ってしまったとその朝のことを思い出し、あの時オスカーに真実を気づかれはしなかったろうかとちょっぴり悩んだりもしていた。




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■BLUE ROSE■