16. あたたかな時間
少年は肩を落として、着ている制服ををぎゅっと握りしめた。心から申し訳なさそうな表情をしている少年にジュリアスは声をかけてやりたいと思ったが、何を言ったらいいのかわからず、口を開きかけたものの何も言えないでいる。
握り締められていた少年の手が唐突に動いて、ポケットの中に突っ込まれ、何か薄い紙入れのようなものを取り出した。
「忘れてた。僕、写真持ってるんだけど、見る?」
「何の?」
筆頭守護聖二人は同時に声を上げた。
「お父さんと僕が写ってる写真。この前撮ったの、パスケースに入れてた」
クラヴィスはため息をついた。
「そのようなものがあるのなら、なぜもっと早くに出さぬのだ」
それがあれば、少なくとも隠し子騒ぎになることをあそこまで懸念する必要はなかったかもしれないし、最初からアレクシスの望み通りに、ジュリアスに会わせても問題なかったかもしれない。
クラヴィスの言葉から呆れたような響きを感じて、アレクシスは首をすくめた。
「だから言ったじゃない。今まで忘れてたんだよ……。だいたいさー、親と一緒に写ってる写真なんか持ち歩きたくないじゃん。なのに入れとけってウルサイから……」
誰が「ウルサイ」のか、その主語は明らかにせず子どもはぶつぶつ言ったが、そこまで言って写真を持たせたのは父親だろうか。世の親というものは、自分と子どもが写っている写真を持たせたがるものなのか。クラヴィスにも、ジュリアスにも、それは推し量りようもないことだった。
「仕方なく入れてたんだよ、そんなもん忘れてて当然じゃん。……でも結局ちょっとは役に立ってるってことかな?」
ぶつくさと、まだそんなことを言いながら、パスケースの中から一葉の写真を取り出した。そこには古典的にVサインするアレクシスと、その肩を抱いている父親が写っていた。
「ほら、これが僕のお父さん」
とアレクシスから手渡されて、ジュリアスは手に取ってじっとその写真に見入る。
「本当にそっくりだ。だが確かにそなたより年は上のようだな」
「どれ、私にも見せてくれ」
クラヴィスものぞき込む。そこには数年後の自分はこんなふうであろうかと思われる男の顔があった。
「46歳、と言ったな」
「うん!」
「…なるほど、年の割には若く見える」
「でしょ?」
アレクシスは自慢げにクラヴィスを見上げた。アレクシスのクラヴィスの息子だという主張を信じれば、写真の中の男は将来の自分の姿だ。
不思議な気分だった。自分と、アレクシスと、写真の中の男と。少しずつ年齢の違う同じ顔が三つ。
「何だか妙な気分だ…」
とクラヴィスが言って、
「であろうな」
とジュリアスの顔がほころんだのを見て、アレクシスもクラヴィスも笑顔になった。なぜだかあたたかな、ほのぼのとした空気が漂って、三人は言葉もなくもう一度写真に目を向けた。
満面の笑みを湛えた少年と、面白くもなさそうな顔でこちらを向いて写っている男。肩を抱いた手がその表情を裏切って、「この子が大事だ」と伝えてくる。
「そなたのお父上はよほどそなたが可愛いと見える」
ジュリアスがぽつりとそんな言葉を洩らした。
「え? 写真一枚でそんなことがわかるの?」
「いや何となくな。そう感じた」
「そうだな、そう見える」
とクラヴィスも同意の言葉を口にして、ジュリアスを見つめた。「何だ?」と問うようなまなざしには答えず、無言でクラヴィスは写真に目を戻した。
写真を撮ったのはおそらくは母親だろう。
写っている男が46歳になった私なのであれば、そのときにはジュリアスはこうして傍らに立つことはないのだ…。
この思いを言葉にするわけにはいかなかった。問い詰めてくるかと思ったジュリアスは、口を閉ざしたまま何も語ることはなかった。
クラヴィスの言葉数の少なさに常に苛立っていたジュリアスだったが、今はなぜか嫌な気持ちではない。何だかごまかされたように感じてはいる。しかし妙にしっくりとなじむこの空気は何だろうか。初対面同然の少年と、長年ぎこちない関係であったクラヴィスとに囲まれて、普通ならば居心地の良かろうはずがないというのに。
なぜか妙に心地良い空気があたりに漂っていて、口論めいた言い合いでそれを乱す気にはなれなかった。そんな自分の気持に戸惑いを感じながらジュリアスは唐突に思った。
いつまでもこうしていたい。
この二人と……離れたくない。
17. 明かされた事実
アレクシスと、いくらか年を重ねた自分が写っている写真。これを撮る未来にジュリアスはいないのだという認識はクラヴィスの心に悲哀の影を落としていたが、同時に今こうして三人で共にいることは何とも言えず満たされた気持ちでもあった。
このまま、ずっとこの幸福な気持ちのまま、こうしていたい――。
けれども時間は待ってはくれない。帰還の時が近づく。しばし続いた静寂を破ってアレクシスがためらいがちに声を発した。
「あの、さ。僕もう少ししたら消えるんだけど……その前にどうしてもクラヴィスと二人だけでしたい話があるんだ。かまわないかな?」
ジュリアスを見上げた瞳からは仲間はずれにする申し訳なさがあふれていて、首座は苦笑せざるを得なかった。
「クラヴィスと話したいということなら別にかまわぬ。これまでの事情はわかった。私は自分の執務室に戻るゆえ、好きに話をすればよい」
「ホントごめん、ジュリアス」
闇の執務室を出ようとするジュリアスの背に向かって、アレクシスが謝る。ジュリアスは立ち止まって振り返ると微笑んで、
「かまわぬと言ったであろう? 気にするな」
と言い、静かに扉を閉めた。
「あれほどに会いたがっていたジュリアスを追い出してまでしたい話とは?」
「うん……クラヴィスの方がたぶん頭やわらかいかなーと思ってさ。ってか、クラヴィスには言っとかなきゃマズい気がしたし」
「まだ何か込み入った話があるのか」
未来から来た自分の息子だというだけで、十分に驚くべき話だ。それ以上に驚くようなことがまだあるというのか。
「あのさ、クラヴィス何か勘違いしてるかもしれないから、これだけは言っとこうと思って。僕はクラヴィスと……ジュリアスの息子なんだ」
沈黙。
「聞こえた?」
「ああ…聞こえている」
クラヴィスとジュリアスの息子、だと?
あまりにも似ているゆえ私のクローンという可能性は考えたが、ジュリアスと子を成すなど不可能に決まっている。どういうことだ?
「じゃあ何とか言ってよ」
「……養子か?」
何とか言えと言われて、ついそんなことを口走るほどに動揺していた。
「誰もかもがひとめ見て息子かって疑うくらい僕とクラヴィスは似てるのに、何言ってんの」
確かに、自分と相似形のアレクシスを見れば、自分の子である可能性は高かろうと思う。だがそこにジュリアスがどう関係してくるというのか。たとえどちらかが性転換手術をしようが、生殖能力までは持ち得まい。
「ジュリアスとの間の子、だということか? いったい…どうしたらそれが可能なのだ…」
「悪いけど、これ以上の詳しい説明はできない。未来のことをあれこれしゃべっちゃマズいんだ。だからホントはこれも言ったらいけなかったかもしれないんだけど……。言わなかったら言わなかったで、クラヴィスがジュリアスとの結婚諦めるかもしれないでしょ。そしたら未来が変わる。二人が結婚してくれなかったら僕が生まれる未来はなくなる。未来は確定的なものではない、人が何かを決定するのは無数の可能性から一つを選びとることだ。どれを選ぶかによってその先が変化する可能性があるって言ったの、クラヴィスだよ」
「お前とそんな話をしているのか、私は」
「うん。でさ、クラヴィスがジュリアスと結婚しない道を選んだら、僕の存在の危機ってデタラメが本当になっちゃって、それは困るんだ。だって僕は二人の子どもに生まれてきて幸せだって思ってるから。見た目はジュリアスに似たところないけど、僕が二人の遺伝子を受け継いでるっていうのは本当だよ」
説明もなしでそんな無茶な話に到底納得などできないが、この少年の出現自体、納得の行かないことだらけなのだ。この際そういうことがもう一つ増えたからといって大したことではない。と、クラヴィスは無理やり結論づけた。
「ならばそういうことにしておこう…」
どうにも納得は行かないけれど。アレクシスが語っているのが真実なら、どういうことであるのかいずれは明らかになるのだろう。
「僕がここに来たのはもともとただの好奇心で、若い頃のお父さんやお母さんに会ってみたかったからなんだ。軽い気持ちで来ちゃったこと、今は反省してる。自分の親とこんなふうに接触するのってすごくマズかったんじゃないかって、今になって思ってるところ。タイムトラベルに関する注意事項は一応頭に入れてたから、大丈夫とか思ってたんだよね。甘かったよ。
あと、どうして聖地に来ちゃったのかわからないフリしたけど、もちろんここに来たのは偶然じゃない。未来で、タイムマシンの試作機を試したんだ」
最後の一言に、クラヴィスの眉根が寄った。
「なん…だと? 試作機?」
「僕は王立研究院のタイムマシンプロジェクトに参加してるんだ」
「人体実験のようなことをさせられるのが『プロジェクトに参加』ということなのか?」
こんな子どもを使って!? そんな非道がまかり通っていいものか!
あまりのことに、アレクシスがジュリアスとの間の子だという最初の告白の衝撃もすっかり忘れた。クラヴィスの声が怒気を含んだのに気づいて、アレクシスは慌てて手を振った。
「違うよ! 人体実験とかそんなんじゃなくて、僕は時空間移動装置の開発チームにいるんだ。一応これでも神童、みたいに言われてて。僕がチームのみんなにナイショでちょっと試作機を借りただけ」
神童だか天才だか知らないが、たかだか12歳の子が勝手にそんな危険そうな機械の試作機を使っただと?
セキュリティはどうなっているのだ!!
「お前は何を考えている!! 馬鹿か!!」
ついにクラヴィスが怒鳴った。アレクシスはますます身を縮めて、ぼそぼそと言い訳した。
「動物実験で安全は確認済みだから……」
「だからといって、危険なことには変わりなかろう! 無茶をする奴だ! どれほど頭が良いかは知らぬが、お前はまだ子どもだ。判断力も足りぬし責任ということもまるでわかっておらぬではないか!!」
「いいじゃん。こうやって無事に過去の聖地に来れて……マズいことしたなって反省してるのはホントなんだけど、後悔はしてない。守護聖のときのクラヴィスやジュリアスと会って、話すこともできて、すごくうれしいから」
「…お前は…」
本人にはそんな自覚もなく突拍子もないことをしでかすのは、自分の血のせいかもしれない。
アレクシスに振り回されたここ数日で、自分と長年付き合ってきたジュリアスの気苦労の一端を垣間見た気がする。この状態を20年。ジュリアスはあれで案外辛抱強い。
ため息をつくと、クラヴィスは息子の髪をくしゃくしゃとかき乱した。
18. 父と子
頭に載せられたままのクラヴィスの手をつかんで、少年は頬をふくらませた。
「何すんだよ、やめてよ」
「ジュリアスを知らぬわけではないお前が、あれほどジュリアスに会いたがったのは…何だったのだ」
まさか…まさかとは思うが…早くに亡くなった親にもう一度会いたい、とか…?
急に湧き起こった不安。この上なく嫌な想像をしてしまって青ざめたクラヴィスを見てアレクシスは、
「何ヘンな顔してんの。せっかく過去の聖地に来れたんだから、若い時のジュリアスにも会いたかっただけだよ。縁起でもないこと考えんの、やめなってば」
と、実に的確な答えを返した。勘の良さは父譲りだろうか。ほっとしながら「そうか」と答えたクラヴィスに、
「ところで私のことはお父さんと呼んで、あれは…ジュリアスは、お前にお母さんとでも呼ばれているのか?」
と尋ねられて、アレクシスは吹き出した。
「まっさかぁ。あの人が自分をお母さんと呼ばせると思う?」
「…まず無理…だろうな」
「きれいだけどどう見たって男なのに、お母さんって呼ぶのは僕だってイヤだよ」
「違いない」
くす、とクラヴィスは笑った。
「でもね。『ジュリアスがお母さんだ』って小さな頃に僕に教えたのは、クラヴィスなんだよ。ナイショだけどって言ってさ」
何を根拠にそんなことを幼い息子に言ったのだろうか、自分は? ジュリアスの方が自分よりは母親気質であるかもしれないとは思うが。
「ではジュリアスのことは何と呼んでいる?」
「お父さんが二人ってのも変だし紛らわしいから、どっちも名前で呼んでる。だから……せめて『お父さん』って呼んでみたかったんだ」
「ただそう呼んでみたいというだけならば、わざわざこれほどの手間をかけ危険を冒して時を遡り、過去の聖地まで来る必要はなかったのではないか。お前の生きている時間では私達は共に暮らしているのだろう?」
「うーん、それはそうなんだけどね。いっつもクラヴィスとかジュリアスとかって呼んでるのを『お父さん』って呼ぶの、イジョーに照れくさくって……」
ぽりぽりと鼻の頭をかきながら、アレクシスは言った。
「そんなものか?」
「うん。でね、クラヴィスにお父さんって言おうとしてなかなか言えなくて、顔がほてってきて口パクパクさせてたら、それ見てたジュリアスがびっくりして病院へ連れてくって大騒ぎになって」
「ああ、なるほど」
自分たちが幼かった頃、ジュリアスが自分に対してどれほど世話焼きだったことか。我が子に対してならなおさら、そのくらいはやりそうだと微笑が浮かんだ。
「だから、家ではもうできないなーって思ったんだ。ちょっとムリしたけど、ここまで来たおかげでクラヴィスのことちゃんとお父さんって呼べたし、ジュリアスにも会えたし、満足だよ。二人とも守護聖の衣装すっごく似合っててすっげーカッコいいし」
実の親が二人とも男だというのは、どういう気持ちになるものだろうか。想像もつかないが、明るく振舞っていてもこの子はこの子なりに悩んだのかもしれない。
「…何と言うか…申し訳ない。と言っても今の私には、本当にお前の言う通りのことが起こるのかどうかわからぬが。本来子どもなど持てぬはずが、私達の勝手でお前が生まれたわけだろう? そのせいで辛い目にあわせたのではないか」
「そんなことはないよ。さっきも言ったでしょ、僕は幸せだよ。クラヴィスやジュリアスがカッコいいって言われて自慢の親だし、うるさく小言言う母さんがいないのいいなって友達にうらやましがられるしさ。……みんなはジュリアスが口うるさいなんてこと知らないから」
とアレクシスは笑った。
「毎日楽しくて、両親が男でも何も問題ない。ただ、うちは男ばっかりの家族で華がないってだけ」
「言ったな。ジュリアスはこれ以上ないほど美しいだろうが」
「まあね。でもさ、ジュリアスやクラヴィスがどんなに若く見えてもきれいでも、二人とも女でもお母さんでもないから」
「…そうだな。お前が私達の遺伝子を受け継いでいるのが事実だとしても、どちらも母ではない。だが、親ではある」
クラヴィスは息子を抱きしめた。一緒に過ごすことで深まった愛情は愛情として、息子であるかどうかについてはずっと半信半疑だった。けれども今は確かに、この子どもには自分と同じ血が流れていると感じる。
「お前の未来に幸多からんことを」
「クラヴィスにも、それからジュリアスにもね」
「ありがとう。お前が来てくれてよかった」
「いっぱい迷惑かけたのに?」
「こうしてお前が存在しているということは、私とジュリアスが共に生きる未来が開けていることを意味する。それがわかったことが嬉しい」
「ゼフェルから聞いたよ。ジュリアスとケンカばっかりしてるんだって?」
クラヴィスは苦笑いを浮かべた。
「これから改善するよう努力する」
「そうしてよね。二人の仲が悪いままだと、僕の存在の危機だってこと忘れないで」
「心しておく。アレクシス…」
「なに?」
「…愛している」
本当に、心から。
72時間の間に、その気持はしっかりと心に根づいている。
「まっ……真顔で恥ずかしーこと言うなよ!」
「…親が子を愛して、恥ずかしいことはあるまい」
「そんなふうに言われたら照れるじゃんか!」
「あいにく私はそうは思わないのでな」
そう返しながら真っ赤になっているアレクシスを見て、そこにジュリアスの面影を見て取ってはっとした。顔立ちは明らかに自分譲りだというのに、どこかジュリアスに似ている。
気のせいか…? いややはり…この子は本当に自分とジュリアスの子なのかもしれない。
それは何とも言えない感動を呼び覚ました。自分の子。愛するジュリアスとの間に生まれる、自分たちの息子。
それが実現すればどんなにすばらしいだろう。アレクシスと出会うまでは子が欲しいなどと思ったことはなかった。今も、誰でもいいわけではない。この子が、アレクシスが誕生してほしい。ジュリアスと共に育てたい。その未来が訪れることを切望してやまない。
「僕んちのクラヴィスもそうだけど、やっぱクラヴィス、どっかずれてる」
「同じ人間であれば当然かと思うが」
「もう帰るよ!」
「…寂しくなる」
「ホント?」
「ああ」
「でもまた会えるよ」
「そうだな」
――遠い未来に。
「ちゃんとジュリアスと結婚してよね」
「ああ、できるものなら必ず」
「ケンカしないでね」
「それは…努力はするが…」
「努力努力って、そんな程度じゃダメに決まってるでしょ。あの人相手なんだから心してかかんないと」
「…フッ…」
「笑ってごまかさない!」
真剣なまなざしの息子からぴしりと人差し指を突きつけられて、今度は声を上げて笑った。
「お前、外見は私に似ているが、性格はどちらかと言えばあれに似ているのではないか」
「どっちにも似てるらしいよ」
クラヴィスはもう一度しっかりと息子を抱きしめた。
「また会える時を楽しみにしている…」
「僕も」
「お前は元の場所に帰ればすぐに会えるだろう?」
「46歳のクラヴィスとジュリアスにね」
「彼らによろしく」
「言っとくよ。……あ、あと少しで時間だ。僕を追うようにセットしてあるから大丈夫だと思うけど、最初に実体化した場所に近いほうがいいはずなんだ」
では研究院へ行こうと二人は執務室を出た。
19. 今は、さよなら
並んで歩きながら、アレクシスはにこにことクラヴィスを見上げた。
「でも、よかったー。いつものクラヴィスに戻ってくれて」
「何のことだ」
「タイムマシンの話したときさ、すごく怒られて、このままお別れだったらイヤだなって思ったから」
本当に、この子は未来へと帰って行くのか。ここから消えてしまうのだろうか。
その思いに何だか胸が詰まる思いで声を出せずにいたが、アレクシスはかまわず話を続けた。
「クラヴィスにはびっくりだよ。最初の日に執務室から逃げて見つかった時もだけど、僕クラヴィスにあんなに大声で叱られたことってなかったんだ。本気で怒るとジュリアスより怖いや。普段うちではジュリアスの方が怒るの専門だから」
「…では、私は?」
「ナイショ」
「教えてはくれないのか…?」
「自然にわかることでしょ。今から知りすぎたら、きっと楽しみがなくなるよ」
「それもそうだ」
「あっ!」
「…何だ?」
クラヴィスに胡乱な目で見られて、アレクシスは首をすくめた。
「もひとつ、ホントのこと言ってないことがあった……」
「まだ何かあるのか」
いささかうんざりしたように、クラヴィスは言った。アレクシスから告げられるのは、心臓に悪い話ばかりだ。
「うん……あのね、12歳って言ったけど、ホントは誕生日まであと三週間くらいあるんだ」
それがどうだというのだ。何かもっと驚くような話の序章なのか。
「だから今はまだ11歳。ほとんど12歳だからそう言ってかまわないやって思ったんだけど……やっぱりウソはダメだよね……」
それを聞いて一瞬あっけにとられた後、クラヴィスは声を上げて笑った。
「そこ笑うとこ?」
アレクシスは不満げな声を出した。
「いや…またどのような恐ろしい話を聞かされるのかと思っていたら…11歳、か…」
息子の頭を撫でて、
「子どもだな」
とクラヴィスは微笑んだ。
まったく、子どもだ。三週間。この子にとっては、その程度の年齢詐称とも言えぬようなささいな違いが、これまで聞かされ続けた驚くような話と同レベルの重大さなのか?
爆弾発言ばかりして、私を殺す気か…。最後の重大な告白がこれとは…拍子抜けしすぎて息が止まりそうだった。
「私が早死にしたらお前に責任を取ってもらうぞ」
「え? え? 何で? 何の話?」
研究院に着いてすぐ、アレクシスが思いつめた顔で言い出した。
「お願いがあるんだけど……」
「何だ」
「もう一度ジュリアスに会いたい。……ムリかな?」
「お前が何も言わぬからもうよいのかと思っていたのだが…会いたいのならもっと早く言わぬか」
遠慮会釈なくさんざん振り回してくれたくせに妙なところで遠慮して、とため息混じりに言いながら、急いで来てくれとジュリアスを呼び出した。
かなり時間が迫ってきて、予定の時刻まであと数分しかない、ジュリアス間に合わないかもしれない、とアレクシスがやきもきし始めた頃、ようやくジュリアスが到着した。理由も知らされないまま、ただ緊急だからと言われて駆けつけた首座は、二人の姿を見つけてさっそく尋ねた。
「わざわざ私を呼んで、何があるというのだ?」
「どうしてもアレクシスが会いたいと言うのでな…」
「僕が幻だっていう証拠をこれから見せるよ。本当に、僕はこの時空間の人間じゃないんだ」
「……アレクシス?」
どういう意味だと尋ねようとしたジュリアスに、声をかけたのはクラヴィスだった。
「そろそろ時間だ」
ジュリアスには未来のことは教えないほうがいいということで二人の意見は一致していた。
「タイムパラドックスの話とかあるじゃん。もう僕たちは会っちゃったから、それ自体はもう仕方ないけど、なるべく影響が出ないようにしなきゃ」
「未来の情報を知る者は少ないほど良いということだな」
「要するにそういうこと。クラヴィスは話が早くて助かるよ」
「それはどうも。神童とやらのお前に誉められて、光栄の至りだ」
「ジョーダンきついなあ。自分の子どものくせにナマイキとか思ってるんでしょ」
「さて、どうだか」