潔癖性で、毒舌で、冷酷で、他人を虫螻のように見下すのも仕方ないとやっかみ半分で認められる程、優秀な霧人と。
ふわふわしてて。人前で大泣きしてしまえる程、精神年齢が幼くて。演劇をやっていた筈なのに、いつしか司法試験の勉強をし始めた不思議ちゃんコト成歩堂。
この二人が友人になった事は、大学の七不思議に数えられ。いつまで交友関係が続くか、賭が行われた。
周囲の下世話な奇心など霧人は歯牙にもかけず、成歩堂は全く気付かず、ちょっぴり雰囲気は噛み合わないけれどそんな事は二人共拘らないで親しげな付き合いを続けていた。
「この解釈だと、判例はBだよね?」
「解釈も、回答もそれで間違いないでしょう」
「やったー。マル、と」
今は、昨日受けた司法試験の答え合わせ中。しかも、二次の。大方の予想を裏切って成歩堂は一次試験を突破し、外野の賭や話題は二次の合否へ移っている。
「間抜けなミスをしていない限り、基準ラインは超えていそうですね」
霧人が冷ややかな印象を受ける容貌を、ふわりと綻ばせた。賭に大きな影響を及ぼす情報だが、無論霧人が漏らす事はない。反対に、裏から操作して霧人と成歩堂を愚かにも賭の対象にした輩はきついお灸を据えるべく画策済み。
「牙琉に何度も注意されたし、ケアレスミスはないと思う」
試験開始ギリギリまで厳しく指導されてきた成歩堂は、苦笑する。
名前を書く。マークシートの番号を確認する。
仮にも司法試験を受験する者への助言にしては基本的すぎるが、己の抜けっぷりに自覚があるから、見捨てず注意してくれた事には感謝しかない。
「僕が合格できたら、それは全部牙琉のおかげだよ」
しみじみ、漏らす。成歩堂の無謀な夢を笑わず。それ所か、貶しながらも後援してくれ。プライドの高い霧人は絶対認めないだろうが、多分、成歩堂の為に一年受検を遅らせた。
「ホント、ありがと。発表になったら、結果がどうあれ何か奢るよ」
「落ちるなんて、許しません」
「ハハハ。怖いなぁ」
気の弱い者なら凍り付いてしまいそうな、険しくて冷たい眼差しを寄越す霧人。友人に向けるものではないが、成歩堂はちっとも怖くなさそうに―――かえって嬉しそうに口元を緩める。
思えば、出会いの時から。いくら霧人が慇懃無礼というには棘のありすぎる態度で接しても、成歩堂に忌避は伺えなかった。幼馴染みで耐性ができたらしいが、理由はどうあれ、それが稀有で霧人の心を揺らす切っ掛けになった事は紛れもない事実。
「貴方が凡ミスをしなかったのなら、それだけで十二分な報償ですよ」
メガネのブリッジを上げ、クールに言ってのける霧人。
「うーん、でもなぁ・・」
成歩堂が納得しないのは承知の上で。
ニコリ、と高級な陶器さながら麗しく微笑む。
「では、成歩堂。無事合格した暁には、一つだけ願いをきいてくれますか?」
「へ?」
成歩堂が意外そうに、双眸をぱちくりさせる。命令や強制はしても、霧人が成歩堂に対して『依願』する事など一度としてなかったから、ビックリするのも当然だろう。
「あまり高いものだと、時間がかかっちゃうけど。うん、いいよ」
苦学生の癖して、高価なものはやめてくれ、とは口にしない成歩堂。あくまで誠意をもって、霧人の望みを叶える気でいる。内容も聞いていないのに、ただ霧人への感謝と好意だけで即答する。
「そうですか。楽しみにしています」
いつもなら、『付け込まれる隙を与えるとは、何事です』と説教が始まるパターンなのだが。霧人はただ、笑みを深めるだけだった。
そして。
見事、二人とも最難関の資格試験に受かった夜。
何故か霧人の奢りで連れてこられた高級レストランで、それは告げられた。
「恋愛感情で、好きなんです。貴方の心を私に下さい」
「・・・うん?」
「ああ、貴方の親友更正計画には協力を惜しみませんから」
霧人の、唯一の望み。
友達だと思っていた霧人からの告白に、流石の成歩堂も驚いたが。
霧人は嫌いじゃないし。
寧ろ、好きだし。
御剣と仲直りする事も手伝ってくれるみたいだし。
『まぁ、いいか』
例のごとくポヤポヤした思考を巡らし。
「うん、分かった」
成歩堂は、あっさり承諾した。