結婚を機に専業主夫となった成歩堂ではあるが、『弁護士』の資格は当然結婚後も有効で。しかも現役時代は高い勝率で広くその名を知られていたものだから、今でも相談や仕事のアシストを受ける事がある。
家庭に支障がなく、何より旦那さまの許可が下りれば引き受けていたけれど―――。
「ダメだ」
ゴーグルに顔の大半が隠れていても、ゴドーが不機嫌なのは明白だった。
「ええ? 何でですか?」
却下される理由も、突然不機嫌になった訳も分からない成歩堂は瞠目した。
今回のバイトは、ゴドーが要注意人物リストに挙げた者は絡んでいないし、家から遠く離れる必要もない。期間は短く、日程も決まっている。
ゴドーが反対する要素はない筈だ。
「少しでも、響也くんの役に立ちたいんです」
そして成歩堂自身がやりたかったので、成歩堂は食い下がった。
響也―――牙琉響也は、3フロア下に住んでいる友人の弟で1ヶ月後に司法試験を控え、成歩堂に家庭教師を頼んできた。
中学生の頃から知っており、『成歩堂さんみたいな弁護士になりたいんだ』と面映ゆい敬意を隠しもせず慕ってくれる響也を、成歩堂は支えたくて。
「もっと身近に適任者がいるだろう?」
だがゴドーは、端的に切り捨てた。
ここに至ってようやく、劇的に鈍い成歩堂も不機嫌な原因を悟る。
「霧人は、大きな事件を抱えていて、先週から事務所に詰めっぱなしらしいです」
そういえばゴドーと霧人は馬が合わなかったんだ、と思い出し、霧人が不在である事を告げれば、案の定ゴドーの雰囲気が少し和らぐ。
霧人は、諸事情により芸術部から法学部へ転部した成歩堂を、容赦のない言葉と態度ながらフォローしてくれた大学時代からの友人である。
しかし恋人時代、霧人の話をしたり、霧人と二人きりで会う事にゴドーは決していい顔をしなかったし、何度か二人を引き合わせた時も険悪なムードになった為、結婚後は同じマンションに住んでいる割には顔を合わせていない。
時々食事を差し入れるので、響也の方が会う頻度が高かったりする。
「クッ・・寄り道するんじゃねぇぜ、コネコちゃん」
「・・・はい」
引き寄せられてゴドーの膝へ座り額へのキスをもらった成歩堂は、数フロア上がる間のどこで寄り道ができるんだ、とどこまでもボケボケした感想を抱きながらゴドーの許可を得られた嬉しさに破顔し、抱き付いた。
「ゴ、ゴドーさん?」
「ん?」
飛び込んできたコネコを何もせず離すのは夫として愛情を疑われても仕方ないとの持論により、ゴドーはごそごそと服の隙間から手を突っ込む。
煌々と照明のついたリビングで、しかも就寝にはだいぶ早い時間だったので、アワアワと動揺しゴドーの腕を掴んだが。
「・・ぁ、ん・・っ」
感じやすい腰骨の上を擦られて、思わず鼻にかかった声を発してしまい、リトマス紙のように一瞬で真っ赤になった。
もっと淫猥な嬌声を毎晩あげているのに、理性を保っている間は小さな喘ぎ一つで羞じらう初々しさに、ゴドーの方は一瞬で劣情がMAXレベルに到達した。
「クッ・・そんな可愛らしく啼かれちゃ、応えない訳にはいかないなぁ」
「いやいや、待った!」
今度は朱から青に顔色を変えて成歩堂は藻掻いたけれど、ゴドーが止まる筈もなく、成歩堂の身体に己のモノであるという証を刻んでいく。
響也は、まだいい。
成歩堂にベタ惚れだが憧憬の念が強く、加えて本命は大切すぎてなかなか手を出せない純情さが残っているから。
問題は、兄の霧人。
霧人は―――ダメだ。
アレは隙あらば、いや狡猾に隙を造り出して成歩堂を略奪しようとする。成歩堂は霧人を優しい友人と信じているから、あからさまな排除はしないが、御剣と同レベルの警戒網を霧人に対しても敷いている。
あの、冷たい硝子の奥にある双眸。そこに潜んでいる昏い光は、ゴドーの眸が健常であったなら浮かべているであろう、成歩堂への執着。恋慕。
バイトを許したものの、霧人の事を含めて気をつける必要があるな、と頭の片隅にメモし。ゴドーは考え事を止めて全身全霊で『奥さん』を可愛がり始めた。
「こういう条文が出たら、2のパターンだと考えていいよ」
「OK」
脳の大部分はしっかり成歩堂の説明を聞き、勉強に集中していたが。
リビドーを司る視床下部は成歩堂の声、匂い、二人の距離などの刺激にビシビシ反応していた。
憧れの人と二人きり、というシチュに響也の若い性は昂揚し。しかし折角成歩堂自ら教えてくれている貴重な時間を疎かにはしない!と真面目に取り組む。
上半身と下半身の、奇跡の分離活動である。