ひみつのきずあと




 身だしなみは、大事だ。
 最低限の礼儀として、個性として、それから最近メインの理由は、お手本として。
 元々洒落っけのある神乃木故に、身支度を整えるのは苦ではなかったのだが、その中でも顎髭の手入れは倍の時間をかけるようになっていた。
 その理由は、言わずもがな。成歩堂と暮らし始めてから神乃木の行動原理は、全て成歩堂に帰結する。
 



「クッ・・今日もバッチリだぜ」
 最後に軽くタオルで拭いてから、鏡の前でチェックする。綺麗に刈り揃えられ、明後日の方向に向いていたり飛び出していたりする髭はない。
 チラ、と時計を見遣ればジャストで。185センチの身体がスキップせんばかりの足取りで寝室に向かう。
 キングサイズのベッドの真ん中には天使―――もとい、神乃木にとっては天使以上の存在がすやすやと、それはもう起こさないで何時間も眺めているか、一緒に潜り込んで☆☆☆したいと朝っぱらから発情してしまう、何ともあどけない顔で寝ている。
「まーる。朝だぞ」
 毎朝の苦行を何とか乗り切り、まず耳元で穏やかに囁き、秀でた額へsmackを一つ。
「・・・・む、ぅ・ふ・」
 目覚めの第一声はいかな神乃木でも解読できない言語なのだが、とにかく可愛いのでそれはまたそれでヨシ。両の瞼、鼻筋、頬、顎、とキスするにつれて、成歩堂は瞬いて神乃木を黒瞳一杯に映す。
「ぱぱ、おはよう・・」
 神乃木を認識した途端、ふわりと嬉しそうに微笑むのが猛烈に愛しくて、文字通り食べてしまいたい。
「お早う、まるほどう」
 しかし学校を休ませる訳にもいかず、獣欲をひた隠して挨拶を交わす。伸ばされた腕に自ら上半身を寄せ、暖かい身体を掬い上げる。
「ぱぱ・・」
 まだ眠りを引きずっているのか、ごろごろと身体全体を懐かせ、顎に柔らかい頬をすり付ける。
「なるは、お寝坊さんだな」
 首筋にあてられた、ぽちゃっとしていて熱い手の感触や。密着している所から伝わる、瑞々しくて餅のような弾力の肌や。鼻腔を掠める、砂糖入りホットミルクみたいな匂いとか。
 顔付きと言葉は、幼い子供の覚醒を優しく促す父親のものだが。その脳内は、余す所なく映倫R指定にされるピンク映像が音と匂いと触感付きで流れている。
「ありがと、パパ!」
 毎朝毎朝の破廉恥妄想劇場は、洗面台でようやく目が覚めてきた成歩堂が腕から飛び降りた所で、一旦幕を閉じた。




 幼い肌は、殊更敏感で繊細で。初めの内は、成歩堂に請われるまま髭でざりざりと擽ってやったのだが。大して力を入れていなくても成歩堂の皮膚が赤く擦れるのを見て、いっそ髭を剃り落としてしまおうかとも考えた。
 神乃木の拘りより、成歩堂の柔肌が大切で。
 しかし『パパのおひげ、かっこいいのに!』の一言で永久保存する事に決めた。
 相変わらず、成歩堂が世界の―――以下略。
 となれば、いかに髭で成歩堂を傷付けないかを真剣に、ここ最近ない位に熟慮し。髭の毛質を徹底的なケアで向上させ。痛くない接触の角度などを研究し尽くした。努力の甲斐あって『パパのおひげが、いちばんイイv』と成歩堂から嬉しいお墨付きをもらい。  しかも、別の『愉しみ』までおまけについてきた。




 下から上へ。この流れを基本に、ほんの少し堅くてムズ痒い感触を与える。
 頬、耳、首筋、鎖骨へと、キスと舌での舐りと髭の刺激を織り交ぜながら顔を移動させていくと、真っ白な肌は呼応するかのように一滴また一滴と桃色を加えていった。
「・・ん、ん・・や・・ぅ・・」
 もじ、と細い腰が捩れ、神乃木の髪がくしゃ、と掻き回される。言葉も態度も本当に嫌なのではなく、神乃木から注ぎ込まれる快楽が大きすぎて処理しきれないのだろう。
「いっぱい、イイことしような―――龍一」
 唇でも抓みにくい位小さな果実を周りの皮膚ごと咥え、滑った腔内で転がし、同時に顔を横へ傾ける。
「ぁ、ん・・っ」
 育ちきっていない肢体故に、もう一つの蕾がチクチクとした髭に擦られ、異なる愛撫に若鮎のごとく成歩堂が跳ねる。敏感な戦慄きにそそられながら逸る気持ちを抑えて嬲り続け、やっと顔を上げたと思ったら左右を入れ替えて一から繰り返したものだから。
「ぱぱ、だめぇっ!」
 成歩堂の澄んだ声も音域を跳ね上げた。
「パパ、じゃないだろ?龍一」
 神乃木が聞き咎めたのは、前半部分。『ひみつのやくそく』がキスから先に進む時は、名前で呼び合うと別の約束をしているから。
 目線が合うよう身体をずらして親指で濡れそぼつ花弁をなぞると、パカリと合わせが開いて招き入れ、ちっちゃな舌で懸命に舐めてきた。
「ん・・そう、りゅう・・ぅ・・」
 何も命じなくとも神乃木の教えた通りに振る舞い、指を含んだまま素直に名を綴って神乃木を仰ぐ。
「クッ・・俺のコネコちゃんは魅力的すぎるぜ!」
 成歩堂は。どこもかしこも神乃木の雄を駆り立てる。
 焦れったい程、丁寧に大切に幼い身体を拓いていきたい気持ちと。
 時間毎に膨れ上がっていく劣情を、何の枷もなくぶつけてしまいたい気持ちと。
 相反する想いの狭間で、危うくバランスを取りながら。今夜も神乃木は『ひみつのやくそく』を成歩堂の身体に覚え込ませていくのであった。




 そして、決して成歩堂へキスマークを刻まない神乃木は。
 キスマークの代わりに、殊更柔らかい腿の内側へ一箇所だけ残ってしまった赤い筋を、反省しつつもどこか幸せそうな顔で手当てした。