Club Justice




 扱うものは、一時の夢。
 泡沫に消えゆく運命の幻。
 全てが偽りだと心の奥底では気付いていながら、それでも限りなく本物に見える『愛』が求められるそこは、まさしく砂上の楼閣。
 ―――けれど。
 それでも、真実は存在する。




「リュウちゃん、3番にアイスペール持ってって」
「はい!」
「リュウ、ちょっと来い」
「は、はいっ!」
 華やかでキラビヤカなイメージのあるホストクラブだが、実情はかなり異なる。生き馬の目を抜く競争世界だから人間関係はドロドロしているし、裏方―――ホールボーイの仕事ときたら、座る所か立っていられる時間も殆どない。
「おい、オーダーまだかよ!」
「今、お持ちします」
 雑用係りの中でも一番新米な成歩堂は、他のホールボーイからもこき使われ、今夜もテーブルからテーブル、テーブルからバックヤードへと常に小走りで移動していた。
 昼間、大学へ行き。何時間もかかり神経も使う課題やレポートや司法試験勉強を抱えている身では、正直いって夜から明け方までのシフトはきつい。時給はいいものの、生活サイクルと成歩堂の性格からして夜の街で働くつもりなどなかった。
 ―――元凶は、やっぱり矢張。嵐を呼び込む幼馴染み。そして、台風の目の悪友。
 前の彼女が『ホストって格好いいよね〜』と漏らした一言で、ナンバーワンホストになる決意をし。ツテをあちこち当たって何とかホールボーイとして雇ってもらったにもかかわらず。
 採用が決まった直後、あっさり振られ。大袈裟なまでに嘆き悲しんだ次の日にできた新しい彼女から『夜の仕事をしている人はイヤ』と言われたとかで、成歩堂にそのバイトを押しつけてきたのである。
 自分で断れ、と成歩堂は至極当たり前なアドバイスをして一度は蹴ったのだが。恩があり、世話になっている人に無理を聞いてもらったから面子を潰せないだの。店も、止めたホールボーイの代わりを至急欲しがっているだのと、いつものごとく泣きついてきて。結局、いつものごとく成歩堂が折れた。
 『スマイル0円』と似通っているようで別次元の接客業は難しく、覚える事は山程あって大変だったが。視点と心構えを変えれば、表の世界しか知らなかった成歩堂にとって生きた勉強ができる貴重な機会を得た。
 畢竟、どんな場所でも問題は起こり。人はトラブルを抱え。抜け道を見付け、悪用し。抜き差しならぬ状況に堕とされる者が出てくる。その殆どは、どこに救いを求めたらよいか知らず救いの手も差し伸べられず、更なる闇へ陥る。
 親友に近付きたくて選んだ道でも、目標は一つだけでなくなってきている。小さくても、その人にとって大切な真実を護れる弁護士になりたかった。
「リュウ、マネージャーが呼んでるぞ。すぐ行け」
「は、はいっ」
 大量のグラスを洗いつつ、今日小耳に挟んだ法律トラブルをああでもないこうでもないと考えていた成歩堂は。フロアチーフに声を掛けられ、ビクッと肩を揺らした。
 面接(というか引き継ぎ)の時にしか会った事のないマネージャー=お偉いさんから、わざわざ勤務中に呼ばれるなんてあまり良い予感はしない。
「何だろう・・・」
あからさまにならないよう気をつけつつ、フロアの一角へ視線を走らせる。インテリアで上手にカモフラージュされているが、その奥にはカメラが設置されていた。成歩堂が自分で発見したそこだけではなく、店内には何ヶ所も据え付けられているらしい。それ故、ホストクラブにありがちな悪質行為がこの店では少ないのだと先輩から聞かされた事がある。
 勿論、成歩堂は悪さなんてしていないけれど、決して器用とは言えない質だからミスをカメラに撮られた可能性は高い。叱責する為に呼び出されたのだろうか、とビクビクしながらマネージャーの前に立った成歩堂へ告げられたのは。
「君、VIPフロアへ配置換えになったから」
「は?」
 全く予想していなかった言葉だった。




 そして、何度手紙を出しても梨の礫だったもう一人の幼馴染みとこんな場所で再会する事も、全く想像できなかった。