子なる

甘い悪戯をちょうだい




 去年の反省を踏まえ。
 『パパとコネコちゃんだけの特別パーティ』だと、繰り返し刷り込んで。
 店でのパーティ用に、もう一つコスプレ衣装(勿論、露出が極力ないもの)を用意し。
 その上で、成歩堂に着させたのは。
 チリン、チリン
 首へ巻かれたリボンの鈴が、高く澄んだ音を奏でる。
「すっごく、もふもふ」
 両手足。胸と腰回り。ピンとたった耳。特殊な針金が入っていて、動く度しなやかに揺れる尻尾。
 黒く長くふさふさでふわふわの毛を、成歩堂は纏っていた。手は肘まで。足は膝丈。保温性もバッチリな特注衣装だが、肘から上と、太腿、ウエストは素肌剥き出しの為、風邪予防で暖房は3℃上げてある。
「よく似合ってるぜ、俺のコネコちゃん」
 ひょいと、それこそ猫の子を摘み上げるような感じで抱っこした神乃木は、緩む口元を何とか押し止める。
 似合うだろうとは予想済みだったが、予想を越えた可愛らしさで。漆黒の艶やかな毛並みと、純白の瑞々しい肌とのコントラストが絶妙。手足を覆われている所為か動作がいつもより辿々しいのが、また堪らない。
「にくきゅうもついてるよ」
 ニコニコ笑いながら、プニ、プニ、と神乃木の頬を押してくる成歩堂。やっぱり露出の多さに最初は恥ずかしがっていたものの、ハロウィンで何故黒猫なのか、という疑問はないらしい。
 神乃木への信頼と知識不足を思い切り悪用した悪い大人に天罰が下る様子は、今の所ない。そして、成歩堂から聞かれた場合には、『魔女の使い魔』という答えをしっかり用意していた。
「さて、まるまる」
「んん?」
 衣装など着なくても、神乃木は狼そのもの。美味しい美味しい極上の獲物を前に、ペロリと舌舐めずりした。
「Trick or Treat」
「わわっ!?」
 神乃木の腕の中で、黒いコネコがぴょんと跳ねる。
 その呪文を唱えられたら、相手はお菓子を差し出すか悪戯をもらわなければならない。去年の遊びを、成歩堂はちゃんと覚えていたから。今、悪戯を回避するお菓子を一つも持っていない事に気が付いて慌てたのだ。
「パパ、ちょっとだけ待ってて。すぐに・・」
「まーる。ないのかィ?」
「ううー」
 パタパタ、耳や尻尾や手足を愛らしく揺らしてのお願いではあったが。ここで成歩堂のキュートさにやられては、計画が台無しである。逃げ出さないよう、しっかり抱え直し。ほんの少しだけ声を低くして、神乃木は問い掛けた。
「なら、悪戯だな。―――俺がいいって言うまで、まるほどうはネコの言葉しか喋っちゃだめだぞ」
「ええ? ねこ言葉?」
「オイオイ。にゃあ、だろ?」
 びっくりして目をまん丸くするのも。耳がピーンとたって見えるから不思議だ。もう神乃木は、真面目な表情を取り繕う事がきつくなってきた。
 神乃木だけの、コネコ。
 コネコにコネコの格好をさせて愛でたいと常々妄想していたが、ようやく願いが叶った。
 柔らかい手触りの衣装に包まれた、もっと感触の良い肌を撫で摩る。
 と―――。
「にゃめぇ・・っ」
 小さな身体をクネらせて、成歩堂が高く鳴く。
 素直に。
 健気に。
 神乃木の言い付けを守りながら。
「クッ・・・もの凄い破壊力だぜ」
 己が計った事といえど。一瞬にして策に溺れ。
 神乃木は、早足で寝室へと向かったのだった。