神乃木は、ロリでもショタでもペドでもゲイでもバイでもなかった。過去形なのは、ショタと変態の誹りを免れない感情を抱いてしまったから。
己の現金振りに時々頭痛を覚えるものの、後悔はない。それ位、惚れ込んでいるのだ。
しかし流石の神乃木も、真剣に考えた。
流石に、この扉は開いちゃマズいんじゃないか、と。
「ァア? 馬鹿げた事、ぬかすんじゃねぇよ。可愛いにきまってんだろーが。・・・却下だ。今日は勿論、オマエにはしばらく会わせるもんか」
ブチ!!
電源ボタンが本体にめり込む勢いで通話を終了させた神乃木は、深い深い溜息をついた。
「パパ・・?」
しかしどこか不安げな声が耳に届いた途端、苦虫を噛み潰したような表情をスパッと一変させ、柔らかく笑いかけて愛し子を抱き上げる。
「ああ、まる。やっぱり直斗の悪戯だった。数時間で戻るそうだから、心配しなくていい」
「直斗お兄ちゃん、こんなこともできるんだね」
「オイオイ、あっさり許すんじゃねぇよ。今度会ったらメッしてやれ・・・いや、それだとアイツは喜ぶな。無視だ、無視」
絹糸にも負けない手触りの黒髪を撫で、その後一瞬躊躇ってから、真っ白なモフモフの塊をそっと触る。
ピルッ、と動き。それでも神乃木の手から逃れようとはしない『ソレ』は、純白の猫耳。そう、成歩堂の頭に猫耳が生えていたりするのだ。
朝、小さな手と声に眠りから目覚めた神乃木は、思わずまだ夢の中かと頬を抓ってしまった程、度肝を抜かれた。いつもならふにゃふにゃ笑いながら起こしてくれる成歩堂が涙目だった事自体、驚いたし。昨日までは確かになかった猫耳と尻尾が付いていれば、己の目と意識を疑ってしまうのも無理なからぬ事。
猫耳セットなどではないと恐る恐る確かめた神乃木は、落ち着こうととびきり濃いエスプレッソを呷り―――成歩堂には無論、ホットミルクを作ってやった―――猫化の原因と解決法を考えた。
差程時間がかからず思い浮かんだのは、悪友の顔。昨日、神乃木はほぼ1日仕事で家を空け、その間直斗に成歩堂の世話を頼んでいたのである。直斗は成歩堂を可愛がっているものの、その可愛がり方は普通とは違う。
一体どんな仕組みかはしらないが、成歩堂に猫耳をつけようなんて発想がまずぶっ飛んでいる。
電話で問い詰めた所、直斗はあっさり白状した。直斗の目論見では、神乃木の留守中に変身してまた戻る筈だったのだとか。けれど一向に変化しなかった為、失敗したと思っていたらしい。
厚かましくも『写メ送ってよー』と言ってのけた直斗に、軽く殺意を覚えたが。直斗へのお灸は二の次。神乃木の最優先は、いつだって成歩堂。
「しかし、よく出来てるな・・」
目処がつくと、成歩堂の姿をじっくり見る余裕が出てきた。成歩堂の視線や表情にあわせて動く白い耳はいかにも柔らかそうで、ケセランパサランはこんな生き物かもしれないと夢想してしまう。
加えて、細くしなやかな尻尾ときたら! 背中を撫でられているのが気持ちよいのか、ゆらゆらと揺れ。手を止めると、催促するかのごとく神乃木の腕に巻き付いてくる。
―――アレで、アレを撫でてもらったらどんなに気持ちよいだろう。
―――いや、成歩堂の肌をアレで擽るという手もある。特に敏感な部分を、触れるか触れないかの匙加減でなぞって・・・
「パパ?」
「っ! ん、どうしたィ?コネコちゃん」
朝っぱらから妖しい空想に陥りかけた神乃木は、はっと我を取り戻した。動揺を表に出す事はなかったけれど、後ろめたさで背中がムズムズする。
「んーん、なんでもない」
上の空だった神乃木が気になっただけなのか、成歩堂は小さく首を振って神乃木の腕に収まった。自然、フカフカの毛玉が、目の前に。
―――コレに歯を立てたら、猫みたいに啼くのか・・?
性懲りもなく、そして次々と沸き起こる慾。
こんな機会は滅多になく。しかし、こんな状況に付け込むのもどうなのか。
猫耳の成歩堂は、いつにも増して可愛かったが。それ故、神乃木を酷く悩ませた。