**神乃木に引き取られて、数ヶ月が経った頃のお話です**
成歩堂は、TVをあまり見た事(記憶)がないらしい。見てもいいと言っても、1人でいる時は決して点けず。2人でいる時は神乃木が構い倒しているから、点いていても視線をやらず。
ただ、興味はあるようだ。今も、神乃木がトイレから戻ってきた時、その円らな瞳はじっと目まぐるしく変わる画面を映していた。
「コネコちゃん、何か面白いニュースでもあったかィ?」
後ろから柔らかく抱き締め、旋毛へ唇を落とす。神乃木が触れた瞬間の揺らぎは無くなっていないものの、随分と小さかった。
「・・・まめまき、してます」
数秒間たっぷり黙っていた後で、成歩堂は小さな声で話し始めた。改めてTVを見遣れば確かに全国各地の節分を紹介している。表情には出なかったが、神乃木は舌打ちしたい気分になった。
1つでも、楽しい思い出を。新しく。
そう考えて、機会を見付けては成歩堂と一緒にイベントを催してきた。
しかし、今年は節分を見送ろうと決めていた。成歩堂の性格と精神状態では、このイベントを楽しめないと判断したのだ。神乃木の読みは当たっていたらしく、豆撒きの説明をしているTVへ向ける双眸は不自然な程、澄んでいる。
「今夜は、煮豆に挑戦しちゃうぜ!」
意識を『こちら側』に引き戻そうと、いつもの調子で髪の毛を撫でたのだけれど。
「ねぇ、ぱぱ」
「―――何だィ? まる」
真っ直ぐ神乃木を振り仰いだ視線は、それを許諾しなかった。
「おいだされたオニは、どうなるの?」
「・・・・・」
超・マイペースで巧みな弁論を操る神乃木が。一瞬、詰まった。無論、答えを知らなかったからではない。知っているからこそ、躊躇った。
成歩堂が、鬼側の視点に立っている―――異分子と見なされ、排除される者に感情移入しているのは明らか。となれば、『悪い鬼は退治されましたメデタシメデタシ』なんて言えようか。
ここは、重要なポイント。神乃木の優秀な頭脳が高速で回転した。
「豆で、鬼の悪い部分がなくなって。福の神に変身したんじゃないかィ?」
答えを弾き出すまで、1呼吸分しかかからなかったのは神乃木ならでは。ご都合主義でも、甘くても、通念と掛け離れていようとも。神乃木は形良い唇に笑みを乗せながら、堂々と。自信たっぷりに言った。
ぱちり、と大きな瞳が瞬く。
成歩堂は、今の言葉をゆっくりじっくり咀嚼しているようだった。悪が浄化されて善になるという思考は理解するには少々難しいだろうが、敢えて神乃木は使ってみたのである。
「・・・そうなら、いいね」
やがて、成歩堂の呟きが零れる。
『そうなんだ』ではなく。
『そうであって欲しい』と吐露する子供が、神乃木の胸を締め付ける。
こんな幼いにもかかわらず、成歩堂の世界は不条理で埋め尽くされていた。何1つ罪がないのに、罪人の扱いを受けていた。
「クッ・・俺が言うんだ。間違いないぜ」
「・・・うん、ぱぱ」
これからは、神乃木が『福の神』同様。いや、もっともっと大切にする。
ぎこちなく、けれど微笑みらしきものを浮かべるようになった成歩堂は、何にも代え難い宝物。福の神より、神乃木の内に招き入れたい存在だった。