依頼人や証言者の嘘を見抜くのには、便利だが。日常生活において、嘘発見機なんて厄介そのもの。
大体、小さなものから大きなものまで。善意の隠し事から悪意がボタボタ滴る罠まで、人が一日につく嘘はかなり多い。
当初、腕輪の能力を制御できなかった頃は腱鞘炎になるのではないかと思う程、終夜ダメージを受け続け。率直に言って、人間不信に拍車がかかった。自分の事を棚上げするつもりはないが、あまりにも『嘘』がそこかしこに溢れていて。
今では、特定の人物へ特別に意識を向けた時だけ作用するようにコントロールしている為、格段に過ごしやすくなった。
サインを見逃すリスクはあっても。
道具に頼らなくても事件を解決できる弁護士を目指しているのだから、そこは気合いでカバー。
だが。
そんな崇高(?)な信念にも、例外が一つあった。
ツキリ
腕輪が、反応した。
骨に響くレベルとは違い、皮膚の上からちょっと強めに爪を立てられた位の痛痒。これは、『本当の事を言っていない』。隠し事をしている時のサインだ。
他にも『からかい』『敢えて偽る』『気遣いからくる隠蔽』『極秘』『封印』などなど、実に様々な『嘘』がある。
「成歩堂さん、それって御剣検事から聞いたんですか?」
成歩堂の瞬き一つも拾い上げるべく集中して、問い掛ける。
「んー? 御剣じゃなくて響也くんだったかなぁ・・。あっはっはっ、忘れちゃったよ!」
申し訳程度の無精髭を擦り、相変わらず適当に答える成歩堂。
身構える事なく。
だらりと。
一見、開けっ広げに笑って。
―――王泥喜が、腕輪の能力を使っているのを。成歩堂の嘘を探っているのを承知の上で、成歩堂は平然と嘘を吐く。
成歩堂が『御剣じゃないよ』と返してくれたなら、話は簡単。痛みの有無で、真偽が判別できる。 しかし、『響也から』と『忘れた』と別の要素を織り交ぜられては。『御剣』と『響也』と『忘れた』のどれがフェイクなのか、はたまたフェイクは複数なのかまでは区別できないのだ。
無論、成歩堂の発言はそのカラクリと限界を踏まえたモノ。王泥喜は健康そうな頬を染め、ツノを萎れさせ、きつく歯噛みした。
たった一人。
四六時中、対成歩堂にはデメリットの多い能力を全開にして。
痛みだって、敢えて味わって。
ウソとホントを見分けようと、努力しているけれど。
甲斐あって分類はできたし、パターンも大凡は掴めたけれど。
成歩堂の思考を読み解くなんて、まだまだ無理。成歩堂の全てを知るには、知識も経験も、それから王泥喜が習得できていない何かも恐ろしく足りない。
「そういえば、この間牙琉検事と食事したって聞きましたよ。その時に話したんじゃないですか?」
話の軌道が少し逸れてしまうが、尋ねずにはいられなかったコト。響也に検事局の廊下でわざわざ呼び止められ、どこか自慢げに『楽しかったと伝えてほしいな☆』と告げられた時の悔しさが今更ながら甦ったのである。
成歩堂は眇めた黒瞳で、王泥喜を数秒眺め。そして、ゆるゆる微笑んだ。
何もかも知っているのにも拘わらず、何も知らない振りをする王泥喜の目標。試しているのか、試練を与えているのか、器を計っているのかすら、腕輪の力を借りたとしても意図は見抜けない。
それでも、王泥喜は何度でも挑戦を繰り返す。山程の艱難辛苦を乗り越えてでも、成歩堂の傍らに並び立ちたいと強く思う。
故に今日も、粘り強く成歩堂との距離を縮める努力に余念がない。
「そんな話、したかなぁ・・。今度、響也くんに確かめておくよ」
王泥喜の身勝手で切実な妬心や渾身の希求をも全て見透かしているのかと錯覚しそうな、言葉。ここでツッコまず、揶揄せず、それからはぐらかすのが、成歩堂の優しさと残酷さ。
ツキリ
手首が、締め付けられる。
少し、息苦しくなる。
決して心地良いとは言えない感覚だったが、王泥喜は成歩堂に関してだけは不快に思わなかった。
―――成歩堂を想う、胸の痛みに酷似しているから。