眠れぬ夜は側に居て




「ねぇ、王泥喜くん」
「何ですか?成歩堂さん」
 密かに(でもないが)恋心を抱いている成歩堂が、前後の脈絡もなく切り出した。
「今夜、僕と寝ない?」
「!? ゲホッガホッ!…い、ぎ…ゲホッ!」
 ちょうど遅めの夕食を摂っていた王泥喜は、口の中に入れたアスパラガスを吹き出す事は耐えたが。代わりに喉に詰まらせて、派手に噎せた。
 途中抗議しようとしたが、単語すらまともな形にならなくて、チアノーゼ寸前まで咳き込む。
「行儀悪いなぁ…」
 呼吸困難に陥れてくれた張本人は、しれっと非難して他人事のように王泥喜が苦しむ様を眺めている。
『つ、冷たい(泣)……でも、好きだ!』
 滲んだ涙に、酸素不足以外からくる雫を混ぜながらも、王泥喜の『結論』はいつも同じで。
 だからこそ先程の発言は聞き捨てならず、麦茶を一気飲みして何とか喋れる状態に根性で回復する。
「あ、あの! ね、ねねねねるって、僕とねね、ねるるって、どういう事ですかっ?!」
「何でそんなに吃るかなぁ…? まぁ、どうでもいいけど」
「よくありませんっ! 詳しくはっきりと明確に、説明して下さい!!」
 ズビシ、と指を突き上げ、勢い込んで尋ねる。場合によっては、毎晩寝る前に欠かさず祈ってきた事が実現するかもしれない、と鼓動は高まる一方。
 尤も、そんな簡単に神様が願い事を叶えてくれたら、『努力』という美徳は廃れてしまう。
 弟子としての王泥喜にはスパルタ(放任主義)な成歩堂では、ストレートに喜べるフラグは立たないとの現実を王泥喜は直視すべきである。
「寒い、んだ」
「へ…?」
「今日、特に冷え込んでるだろう?みぬきが外泊してるから、このままだと寒くて寝られないと思うんだよね」
「・・・・・・」
 成歩堂なんでも事務所に王泥喜が登録され、ほんの僅かずつ収入が増えてきたものの、『節約』は未だ成歩堂なんでも事務所のモットーである。冬の寒い日は、成歩堂とみぬきは添い寝で暖を取ると聞いた事があり、それが続いているらしい。
 種明かしされて、半分はガッカリしたが。空回りな程前向きな新人弁護士は、半分、歓喜に打ち震えていた。現時点では到底望めない同衾を、成歩堂から提案されたのだ。
 王泥喜が重要視しているのは、一つ布団で眠れるかどうか。そこさえ見抜ければ、(あくまで今は)どうでもいい。
   



「王泥喜くんって、体温高いねぇ…」
「は、はい! オレ、大丈夫ですっ!」
「…耳元で叫ばないでくれるかな? 眠気が覚めちゃうよ」
 成歩堂はブツブツ文句を言っていたが、王泥喜はその吐息にすら桃色の感動を覚えていて、全く堪えはしない。
 好きで好きで堪らない成歩堂の肩が。
 腕が。 
 腰が。
 太腿が。
 爪先が。
 過去において最も接近しているのだから浮き立ってしまうし、一部箇所なんて、うっかり勃ち上がってしまう始末。
「熱を分けて欲しい位だな」
「幾らでも、どうぞ!」
 間髪入れずの、心からの申し出。
 一番熱を吸い取って欲しい部分は、流石に触れないよう細心の注意を払ったが。いそいそと数p、くっついてみる。
 ここで、『据え膳食わぬは男の恥』とばかり腕を廻して、見掛けよりタイトなラインの腰をぐっと引き付けるようにはなりたいけれど。
 そこまで開き直れない王泥喜にとっては、『棚からぼた餅』。
 幸せすぎる夜だった。
 たとえ、ガチガチに勃ち上がったままの部分につられて、一晩中一睡もできなくとも。
 熟睡し、温もりを求めた成歩堂が王泥喜の腕の中へ潜り込んできたのだから。
 そして、成歩堂の寝顔が(暖かかった所為か)とても幸せそうで。
 それだけで、報われて余りある王泥喜だった。