王泥喜は、気合いが入っていた。
めちゃくちゃ、燃えていた。
今日は、今日こそは、成歩堂に告白するのだから!
成歩堂なんでも事務所に所属した王泥喜は、ずっと心に誓っていた事があった。依頼された弁護で十勝できたら、成歩堂に想いを伝えようと。恋心を自覚したのはもっとずっと前で、しかし猪突猛進な王泥喜にしては珍しく様子見を続けていた。
王泥喜なりに思春期的な悩みを織り交ぜて熟考し、出した結論が十勝の目処。法曹界ではそのラインを越えると、新人扱いから卒業できるのだ。
放任主義より放置に近い成歩堂の指導ではかなり苦労し、時間もかかってしまったけれど。ようやく、先日の裁判で十個目の白星を手に入れた。
機は熟せり。後は、実行に移すだけ。
振られたら、なんて考えない。確率が低いのは承知の上で。でも何度断られたって、その回数分再チャレンジする気でいる程、真剣なのだ。ライバルは多くて、しかもイイ男ばかりでしょっちゅう凹み、焦るのも、本気で恋人の地位を目指しているから。
まずは、成歩堂に意識してもらう。遠回りに仄めかしても、明瞭な意思表示がないのをイイ事に、成歩堂は素知らぬ振りをするに違いあるまい。
「あっ、あの、成歩堂さん! とっても大事なお話があるんですが、大丈夫ですか!?」
「・・・大丈夫じゃないのは、オドロキくんの方だと思うよ・・」
みぬきをステージ会場まで送り届けて帰ってきた成歩堂は、ソファへ横になるか否かのタイミングで走り寄ってきた王泥喜を気怠げに見上げた。
頭の天辺から今にも湯気が立ち上りそうな程、真っ赤で。ツノがプルプルしていて。気が高ぶっているのか、涙目で。息は荒いし、音量は三割増し。
一瞬、インフルエンザを疑った。
「俺は、大丈夫ですっ! 本気です!」
「はぁ・・まぁ、いいか。で、話って何?」
噛み合わないなぁと思いつつ軌道修正は面倒なので、流して王泥喜を促す。ニット帽を目深に被ったのは、自然に瞼を閉じる為。
「はいっ! その、ですね・・すーはー・・」
成歩堂を眠らせない目的ではないだろうが、王泥喜の声は深呼吸を含め、ボリュームが右上がり。王泥喜が発声練習をしている時に使用する耳栓をポケットに入れておかなかった事を成歩堂は残念がった。
準備に手間取ったが、王泥喜は強く拳を握って成歩堂の双眸を真っ直ぐ見詰める。
そして、叫んだ。
「な、成歩堂さんっ! しゅ、す、すす好きです! 大好きなんですっっ」
どもったし。噛んだが。想いをありったけ込め、打ち明けた。年上でも、同性でも、師匠でも、妹の保護者でも、だらしなくても謎だらけでも掴み所がなくても―――好きなのだ。
一時の気の迷いだよ、と軽く往なせない情熱と真摯さで躙り寄る王泥喜に対し。
「ああ、そう。オドロキくんの気持ちは、よく分かったよ」
冗談にはしなかったものの、肯定したものの、何とも平坦に頷く成歩堂。予想と外れた態度に、王泥喜は戸惑った。
何ともリアクションに困ってしまう返答だった。いや抑も、成歩堂はyesもnoも答えていない。
言葉を生業にするから、正確な問いかけをしなければ応えてもらえないのだろうか? 成歩堂に試されているのか? 焦燥と混乱でグルグルしてしまう。
「・・俺と、つ、つつ付き合ってくれますか・・?」
ごくりと唾を飲み込み。歯の根も唇も声も震わせながら、改めて問い掛けた。逃げるのが、隠すのが、秘めるのが得意な成歩堂を好きなのだから、多少は対処法を知っている。
「うーん。とりあえず、あと五勝したら手でも繋ごうか」
「っ!?」
が、やはり成歩堂の方が数段上手だった。
手を繋ぐって事は、恋人として認めてくれたのか?!、とか。
いや、手ぐらいなら恋愛感情がなくったって握れるし、とか。
五勝で手なら、更に五勝したらどんな進展があるんだ!?、とか。
決定的な一言を出さないまま王泥喜をピンクと黒のカオスへ陥らせ、成歩堂はその間に安穏と惰眠を貪った。
「プラス五勝で・・膝枕? いや、今時のコはそれじゃ満足しないか。やっぱりデートかなぁ」
景品ならぬステップアップの中身を考える成歩堂に、娘のみぬきは可愛らしく頬を膨らませた。
「んもう、パパ。そんなに安売りしちゃダメ!」
たとえ発言の内容が可愛らしくなくても、成歩堂は気にならない。そうかな、と真正直に受け取り小首を傾げる。
「オドロキさんが、パパレベルの有名な弁護士になるまでは認めないからっ」
クルリ、ステッキを慣れた動作で回す。
王泥喜は、気付いていないけれど。話すタイミングを見計らっているけれど。王泥喜が実の兄である事をみぬきは知っている。
大好きなパパと優しくしてくれる兄がくっついて。もっともっと『家族』になれたら、それはとても嬉しい事。
だが、しかし!
今はまだ、パパを独占していたい。
そんな甘えを秘めて、抱き付けば。全てを知っているように微笑んで、成歩堂は優しくみぬきを抱き返した。