バレンタインには、お世話になった人達に感謝の気持ちを贈る風習もある、と聞いた成歩堂は。
『7年前の決着もついた事だし、今年は張り切っちゃおうかなぁ』なんて嘯いて、みぬきと二人で事務所をチョコの匂いで充満させ、造ったチョコをあちこちに配っていた。
そして、1ヶ月後。
ピンポーン。
「お届け物でーす」
成歩堂なんでも事務所は、朝からどうにも騒がしかった。
「オドロキくん、よろしく。珈琲はゴドーさんがいれてくれるから」
「――はい、喜んで!」
あからさまに自棄になった返事をして、それでも言いつけに従って玄関へ走っていく。
「成歩堂龍一さま宛の小包が、2つです」
「お疲れさまです」
おそらく午後も来る事になるだろう配達員を労って、心からの礼を告げる。
「誰から〜?」
王泥喜をバタバタ走り回らせておきながら、自分はソファの定位置から動かない成歩堂をちょっと恨めしく思うが、やっぱり逆らう事なんてできはしない。
「えーと……おー…王都、楼さん…? それに…あの……巖徒、さん…ってぇぇぇぇっっ!?」
読み上げる途中で音量がボリュームアップしていき、最後には、王泥喜の声は近所迷惑な雄叫びになってしまった。
「煩いよ…オドロキくん…」
「その勢いは、法廷で発揮すべきだな」
「クッ…デコっぱちみたいなコイヌは、一から躾けなきゃダメだぜ!」
「でもオデコくんの取り柄は元気だけだから、それをなくしたらマズいんじゃないの?」
「――――」
ソファにだらりと凭れる成歩堂の右に御剣、左にゴドー。真正面には響也。成歩堂の膝の上に座っていたみぬきは学校に行ったが、一人減った所で事務所が飽和状態なのは変わりない。
『アナタ達、仕事はどうしたんですか…?』と聞きたいものの、聞いた所でまともな返事があるとは思えないし、更には3人して王泥喜をやり込めにかかるのは想像に難くなかったので。
『大丈夫です!』と己に何度となく言い聞かせて、忍の一字で耐える。
スキルアップはまだまだな王泥喜も、スルーの技術だけは泣きの涙で磨かれていた。
真ん中に一本だけ、最近開発されたという蒼い薔薇をあしらって。
その周りを数十本の真紅の薔薇で取り囲んだ花束と、全国共通の商品券。
依頼人に出しても恥ずかしくない洋菓子の詰め合わせに、珈琲豆と器具を多数。
転売したらプレミアがつく事は間違いないグッズを山程と、『Nに捧げるラヴバラード』なんて表題のCD。
ホワイトディのお返しは、この3人が皮切りに過ぎなかった。
『海老で鯛を釣る』――そんな言葉が頭に浮かぶ。
贈り主の主張まみれのプレゼントだけではなく、成歩堂なんでも事務所の現状をしっかり把握した貢ぎ物が、ただでさえ雑然とした事務所をカオスに陥れていく。
しかし、新たな『ミツグくん』の登場は、一層王泥喜をカオスに突き落とした。
判決文と噂位でしか知らないが、巖徒も王都楼も重罪犯として獄中にいるのではなかったか…?
前の師匠である霧人からも届いていたけれど、手紙のやり取りをしていたのは知っていたから、疑問には思わなかった。
けれど、成歩堂の交友関係は広すぎる。この分では成歩堂が有罪にした者全てと交流があるのではないかと、恐ろしい想像をしてしまう。
オデコをテカらせる王泥喜を、全く気にせず。
成歩堂はのんびり大物囚人からの手紙を読んでいた。
「ん〜、巖徒さんと王都楼さんが、その内会いに来てくれって――オドロキくんに」
「ぅぇぇえええっっっ!? 何で俺が!?」
そしてのんびり放られた爆弾発言に、またしても絶叫する王泥喜。
霧人ならともかく、巖徒と王都楼なぞとは面識がない。あって欲しくない。
「何故なら――」
王泥喜の当然の疑問には、成歩堂ではなく御剣達が答えてくれた。
「成歩堂じきじきに、頼まれたのだ」
「デコっぱちを存分に可愛がってくれ、ってな」
「みんな、興味津々なんだよね!」
ピラ、と王泥喜に突き付けられたのは、ほんのりチョコの匂いがする一枚のメッセージカード。
そこには、成歩堂の癖字で。
『大切な人が、増えましたv オドロキくん共々、これからも宜しくお願いします』
と書かれていて。
「いっ、異議ありっっ!!」
殆ど泣き声になりながら、王泥喜はブルブル震える指を突き上げた。
憧れの成歩堂から『大切な人』と言われるのは、とっても嬉しいが。
成歩堂に執着しまくっている面々にわざわざ言われるのは、とっても嬉しくない。
というか、身の危険を感じる。
ヤバすぎる。
ダメージを受けまくった王泥喜が、こっそり買っておいたお返しのグレープジュースを成歩堂に渡したのは、それから一週間も後の事だった。