first impression




「花火やろうか、オドロキくん」
 残務処理というより、事務所の後片付けに追われていた王泥喜に、一人ソファでぐうたらしていた成歩堂が提案した。
「え?花火・・? あ、あの、まだ片付け途中なんですけど・・」
 成歩堂さんが食べ散らかした食器や、成歩堂さんがほったらかしにした書類や、成歩堂さんが仕舞わない衣類とか、と目線で語ってみたものの、そんなものが通用する成歩堂ではない。
「そんなの、帰ってきてからでいいだろ?さ、行くよ」
 結局片付けさせるのかい!とおデコのツノがピンと立って激しく突っ込んだが、口にすらでていない抗議なんてやっぱり役に立たない。こんな時だけ素早い成歩堂に、半ば引き摺られる形で王泥喜は連れ出された。




 バケツも、蝋燭も、ビニル袋2つ分の大量の花火も、王泥喜の分担。先を歩く成歩堂親子といえば、仲良く手を繋いでいたりする。荷物持ちの為に誘ったんじゃ・・と王泥喜が穿っても仕方ないだろう。
「オドロキさん、早く早く!」
「若いんだから、ちゃっちゃっと歩こうねー」
 1mも離れると2人が振り返って王泥喜を呼ぶ、という事がなければ『付き合いきれません!』と叫んで荷物を投げ捨てて帰れたのに。お気楽に何も考えずに過ごしているようで、王泥喜を『輪』から弾き出さない2人を、完全に無視する事はできない。
「なら、少しは荷物を持って下さいよ!」
 王泥喜ができるのは、せいぜいブツブツと文句を言う位。




「さぁ、20連発のダブル、いきますよ〜!」
「え?1つずつの方がいいんじゃ・・」
「あっはっはっ、みぬきの選択に間違いはないよ?」
 パ、パ、パ、パ、パーン!!
 『どこまで親バカなんですか?!』そんな内心の異議すら吹き飛ばす炸裂音は、一応花火可の場所にもかかわらず心配になってしまう程の大きさだった。
 思わず耳を塞いだ王泥喜に、『オドロキくんの声の方が、よっぽど煩いのにねぇ・・』と元祖突っ込みの鬼はぽそりと漏らし。呟きレベルかつ手で押さえているのに、花火の音を縫ってしっかり王泥喜の耳へ届くのは流石だった。
「ぅえええ?オレの声はこの花火以上なんですか?!騒音レベルって事ですか?!」
 ガーン、とショックを受けている王泥喜にちょっと笑って、成歩堂は一本の手持ち花火を袋から取り出した。
「まぁまぁ。どうでもいいじゃないか、そんなの。―――はい」
「どうでもよくないです!―――ぅえ?」
 アイデンティティーに関わるが故にきっちり決着をつける!と勢い込んだ王泥喜だが、目の前に差し出されたモノの所為であっさり気が逸れてしまった。
 一本の花火。多分持ち手なのだろう部分が、王泥喜に向けられている。
 王泥喜は、その花火が宇宙からやってきたUMAであるかのような目でじっと見詰めた。
 事実、王泥喜にとっては未知との遭遇である。
 花火なんて、見た事はあるし知ってもいるが、実際にやった経験はないのだ。
 どうリアクションをとってよいのか戸惑っている王泥喜に近付いた成歩堂は、その手に花火を握らせて火をつけた。
 シャーッッと軽やかな音と共に、極彩色の火花が先端から迸る。その鮮やかな色の明滅やら、指先に伝わる振動やら、独特の匂いだとかは不思議な感動を齎した。そして、王泥喜の手に重なった、意外に小さな成歩堂の手も。
 花火って、こんなにドキドキするものなのか、と思う。
 見掛けた時は楽しそうとの印象を受けたのだが、これは楽しいというより―――嬉しい。
 嬉しくて、何かが王泥喜の中から溢れ出してきそうだ。
 固まったまま花火を握り締めている王泥喜へ、成歩堂は少しだけトーンを低くして話し掛けた。
「みぬきはね。毎年、商店街の福引きで花火を当てるんだ。すごいだろ?」
「はぁ・・」
 毎年あてるなど、確かに強運の持ち主でなければ成し得ない。王泥喜はぼんやりと頷いた。
「来年もやろうね、オドロキくん。それに、来週は町内会の夏祭りがあるんだよ。屋台も沢山来るから、奢ってくれないかい?」
「え、オレが奢るんですか?それが目的じゃないでしょうね?!」
 いつものパターンになったので、いつものように突っ込んだが。
 王泥喜の心中は、いつもより乱れていた。
 こうやって、成歩堂は王泥喜に与えてくれるのだ。家族の温もりを。優しさを。一時的でない、未来の約束を。
 ヒュオ、と川風が変わり、花火の煙がまともに王泥喜の顔に流れてくる。けれど王泥喜の瞳が潤んだのは煙の所為でない事は、王泥喜自身よく分かっていたし。きっと、成歩堂にもバレていた筈。
 王泥喜をからかうのが日課になっている成歩堂は、しかし何も言わなかった。何も気が付いていない振りをして、ただ、次の花火を手渡した。 
「みぬき、落下傘はまだかい?」
「パパったら、堪え性がないですね! 仕方がないから、1つだけ打ち上げてあげます」
「あっはっはっ。優しい娘でパパは幸せだなぁ」
 成歩堂がゆるりと顔を巡らせて、みぬきと会話し始めたのと。幾ら暗がりだろうが、見えてしまうに違いない一筋の流れが王泥喜の頬を伝わったのは、ほぼ同時で。




 成歩堂達は、沢山の『初めて』を王泥喜にくれる。
 嬉しくて泣いたのも、初めての事だった。