オドナル

鞭×9のちsmall drop




 気紛れに―――否、おそらくは計算して―――与えられる『飴』が酷く甘くて。
 忘れられなくて。
 また、味わいたくて。




 ガン!!
「っっ〜〜〜っ!」
 本当に痛い時は、言葉なんて出ない。ただただ、悶絶するだけ。
 棚の角で額と臑を同時に、思い切りぶつけた王泥喜は、しゃがみ込んだまましばらく動けなかった。
 気ばかり急いていた己が悪いのかもしれないが、ダブルはキツ過ぎる。
 血はともかく、呻きと涙が出た。
「あっはっはっ、僕よりボンヤリだね」
 上から成歩堂の声が降ってきたが、今は揶揄に反応する余裕もない。石のごとく動かないでいると、成歩堂が覗き込んでくる。
「うわー、真っ赤。線がついて天下御免の向こう傷みたい」
「・・・何ですか、それ」
 やっと声がでるようになった王泥喜は、痛みを紛らわす為にも成歩堂に質問してみた。傷口へ微かに触る指先がひんやりしていて、心地よい。もっと撫でてほしいと思いながら。
「ああ、うん。オドロキくんの年齢じゃ知らないか。時代劇で、額に傷があるお侍さんの話があったんだよ。・・腫れてるけど、大丈夫そうだね」
 けれど成歩堂は具合を確認したら身体を引き、それが当たり前ではあるものの、物足りない気持ちが沸き上がった。
「もう少し周りを見た方がいいよ。傷がどんどん増えてくから」
 成歩堂の口元が猫のようにカーブし、その忠告に王泥喜はオデコ以外も赤くなった。
「オ、オレ、大丈夫です! 気をつけますっ!」
「あっはっはっ、返事だけは一人前だね」
「ううっ・・」
 握り拳で力説しても、笑顔で切り捨てられる。その容赦なさに、収まりかけた涙がまた滲む。
 指摘される通り、一人前には程遠く。普段から落ち着きとは無縁の王泥喜だが、ここ数週間は難しい依頼が立て込んで一杯一杯だった。朝から晩までかけずり回り、睡眠時間もかなり削っている。
 で、注意散漫になり、いつもだったらオデコで留まる衝突事故が弁慶の泣き所まで巻き込んだという次第。
「これを乗り越えれば、0.15人前位はレベルアップするよ。多分」
「それだけなんですか!? そして、不確定なんですか!?」
 慰めているのか更に落ち込ませているのか微妙な物言いが、王泥喜を俯かせる。
 と―――。
「へ!?」
 成歩堂が常に纏う葡萄の香りが、強くなり。
 仄かな温もりが、王泥喜の額に触れて、離れる。
「な、な、成歩堂、さ・・ん・・?」
 瞬間的に閉じていた目を、恐る恐る開く。遠ざかるのは、成歩堂のパーカー。
 では、あれは・・・。
「痛いのが治まるように、オマジナイ。―――あともう少し、頑張って」
 子供じゃないし。
 まだ額はヒリヒリするし。
 仕事はもう少し所ではないけれど。
 成歩堂からのキスと。
 柔らかい眼差しでの励ましとで。
 どんな強壮剤よりも、奮い立ってしまう。




 ぺしゃんくしゃんにしておきながら、最後の最後でほんの少し、優しくする。
 優しさ自体が、奇跡みたいなものだとしても。
 王泥喜はその煌めく瞬間を忘れられない、打たれ強いoptimist。