「まだ、寝てる」
事務所に戻ってきた王泥喜は、真っ先にその所在と位置を確認した人物が、外出する前と同じ場所にいるのを見て、少しばかり呆れた。近付くと、『まだ』ではなく『また』である事が分かる。
何故なら、一回起きた時に食べたのであろう残骸と、空になったグレープジュースの瓶がテーブルに置かれていたから。
「あーあ、一本空けちゃって。みぬきちゃんに怒られるぞ・・・」
みぬきに決められた一日の摂取許可量を大幅に超えていて、自分が怒られるかのようにぶるりと震える。それは当たらずとも、遠からず。
結局『パパ』に甘いみぬきは、『オドロキさん。ちゃんとパパの事、見張ってて下さいね!』と無敵の笑顔でお守りを押し付けてくる。最近恒例行事となった、みぬき帰宅後の一騒動を思うと、焦りで額がテカる気がする。
みぬきの笑顔の圧力も恐いが、成歩堂がフェロモンを垂れ流しながらの『ね?いいだろ、オドロキくん・・』お強請り攻勢に、王泥喜が抗えた例はないのだ。
親子の板挟みになるは、成歩堂なんでも事務所の雑務を一手に任されるは、雇用条件は劣悪といっても誇張ではないけれど。からかわれる度に、大音声で抗議するけれど。
王泥喜は、ここで働くのが好きだった。
家族のように受け入れてくれるみぬきも好きで。そして家族として受け入れようとしてくれている事に、複雑な想いを感じずにはいられない成歩堂も。
抱き続けていた憧れは今も尚王泥喜の中にあるとはいえ、日に日に違う『色』が混ざり始めている。
「成歩堂さん・・?」
まだ形が出来上がる途中の想いに名前を付けられない王泥喜は、少し大きめの音量で成歩堂に話し掛け。返ってくるのが安らかな寝息だけなのを確認すると、おっかなびっくり顔を近付けた。
王泥喜が一番惹かれる成歩堂の目―――瞼にほんの一瞬間だけ唇を触れさせ、飛び退く。
緊張と後ろめたさと、達成感と喜び。
それから、もやっとした物足りなさ。
『憧れ』が羽化したその想いの名を、王泥喜は間もなく知る事となる。