デジタルの表示が0になって、日付が進む。
ただ、それだけの事だと思っていた。
「みぬき・・? ああ、寝ちゃったか」
後半の音量を潜め、成歩堂はソファから立ち上がった。優しくみぬきを抱き上げ、寝室へ運んでいく。その動きは普段の気怠さが全くなく、娘への愛情の程が見て取れる。
「起こした方がいいんじゃないですか?」
王泥喜は、成歩堂が戻ってくると気遣わしげに尋ねた。みぬきは今年こそカウントダウンをしようと、普段は飲まないブラックコーヒーを何杯もお代わりしたり、昼寝をしたりとすごい気合いの入れようで起きていたから、寝過ごした事を知ったら元旦早々がっかりするのではないかと心配したのだ。
「毎回だから、みぬきも大して気にしないよ。やっぱり夜更かしは良くないしね」
はふ、と大きな欠伸を噛み殺しながら答える成歩堂。翌朝起きられなくなる、とか。子供は早く寝るもの、とか。そんな世間一般の理由とは違い、『肌に悪い影響があるから』と早寝を勧めている成歩堂も、大晦日だけはみぬきの好きにさせていた。
だが、本心は別だったらしい。どこまでいっても親バカだなぁ、と王泥喜の方は溜息を噛み殺す。
「オドロキくんも、寝るかい?」
「へぁ? え、や・・折角なので、年明けまで起きてます」
ソファの背に掛けてあった毛布を視線で示しての言葉に呆れも眠気も霧散し、上擦った声で慌てて返した。
「そう。なら、グレープジュースを入れてきてほしいな」
「・・・はい」
少々挙動不審であっても、成歩堂はあっさりスルーしてしまう。加えて、悪びれず王泥喜を使う。ツッコまれなくて安堵したのか残念なのか己でも微妙なお馴染みのジレンマを味わいつつ、王泥喜は反論する事など頭の隅にも浮かべず冷蔵庫へと向かった。
―――年越しパーティに誘われ。勿論と言うか淋しくもと言うか、予定の入っていなかった王泥喜はツノをピンと立てて応じた。仕事始めは当分先だし、パーティの終わるのが真夜中過ぎでも、健康と節約の為に自転車通勤をしているので問題はない。
しかし、成歩堂は王泥喜を泊めるつもりでいたようだ。改めて見遣れば、毛布の他にスウェットも用意されている。わざわざ『泊まり』だと前もって告げなかったのは、成歩堂にとって言うまでもない当たり前の決定事項だからなのか。
「どうぞ」
「ありがと。お、もうすぐだね」
付けっぱなしのテレビから、カウントダウンの音頭が流れてくる。王泥喜は、ただただ成歩堂の横顔だけを見詰め続けた。
「・・・あけましておめでと。今年も宜しく」
「あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします」
0、のコールがされ。賑やかしく交わされる新年の挨拶の中、成歩堂が王泥喜の方を見た。うっすらと口唇に浮かぶ、笑み。柔らかく細められた、双眸。
ブワリ、と身の深い所から湧き上がるものがある。
年明けなんて、単なる日付変更としか捉えてなかった。感慨も、拘りも―――思い出も、なかった。けれど、成歩堂が言祝いでくれるだけで。成歩堂と2人きりで迎えた新年は。一瞬にして、王泥喜の『特別』となった。
「オドロキくんにとって、良い年になるといいね」
「・・・・っ、はい・・!」
想い人から紡がれる祝福。近しい、温かい雰囲気。
ああ。
こんなにも胸が締め付けられる夜明けを、王泥喜は知らない。