「また海外出張なんだって?」
そう聞いてきた成歩堂の声は、少し悄然としていた。
「漏洩元は糸鋸刑事かね? 一応機密事項なのに、困ったものだ」
御剣は眼鏡を外し、やれやれと肩を竦めてみせた。珍しく素直に答えたのだが、成歩堂は気に入らなかったらしい。
顰められた眉が表すのは、怒りか、哀しみか。
「黙って行くつもりだったのかよ? 相変わらず、冷たい奴だな」
「出発すれば必然的に周囲へ知れるから、向こうから連絡しようと考えていたのだが。何か、不都合でも?」
御剣を責め立てる成歩堂の唇は少し尖っていて、その幼い仕草に沸き上がった衝動―――噛み付きたいとの―――を抑え込むのに数秒を要した。
御剣の計略には、緻密さが不可欠。迂闊に成歩堂への執着を示すのは、厳禁だ。
「そういう問題じゃないだろ!? ・・いいよ、もう。忙しい所、邪魔したな」
表面上は冷徹さを保っていたら、成歩堂はとうとう拗ね、出て行ってしまった。
「稚い事だ」
クツクツと、執務室に雰囲気の異なる笑い声が広がる。
御剣には、分かる。
腹を立てた成歩堂が、明日には『気をつけて行ってこい』などと御剣を気遣うメールを送ってくる、と。
後は出張中に『帰ったら会おう』というメールで帰国の日時を教えれば、今回の作戦も成功裡に終わる。
長い歳月と確執を経て『生まれ変わった』御剣と、成歩堂は離ればなれになっていた分も親しくなりたがっているのだが。
御剣は、そう容易には近寄らせない。
極たまに成歩堂だけに心を開く素振りを見せるものの、すぐに以前の御剣を彷彿とさせる態度に戻り、成歩堂を哀しませ、攪乱する。
そうやって、少しずつ成歩堂に気付かれないよう四方八方に張り巡らした糸を手繰れば―――。
御剣の元にやってきた時には、成歩堂の心は雁字搦めになっているに違いない。
途中、愚かな回り道をしたものの。
あの遠い日の出会いから、御剣の欲しいものはたった一つだったのだ。
一度『死んで』ようやくその真実に至った御剣は、二度、過ちを重ねる気は微塵もなかった。