コンコン。
「どうぞ」
書類を捲っていた手を止め、御剣は入室を許可した。
――最近は、ノックの音すらも聞き分けられるようになった己を少々気恥ずかしく感じながら。
「ちょっと早かったな。ゴメン」
ひょい、と扉から現れたのは、御剣の予想通りトンガリ頭もチャームポイントの恋人だった。
「ム…構わん。私も、もうすぐ終わる所だ」
「……そっか。ならいいけど」
別段ナルシストではない御剣は、執務室の見える所に鏡など設置していない為、自分がどんな表情をしているのか分からないが。
きっと、成歩堂が入室した時から、表情は緩む一方なのだろう。成歩堂が御剣の顔を見遣ったかと思うと、さっと頬を赤らめて含羞むように目を反らしたのだから。
「あ。それ、使ってくれてるんだ」
泳いだ視線が御剣の手元で止まり、再度御剣に向けられる。嬉しそうに。
「当然だ。既にペン先が馴染んで、使い勝手も向上したしな」
御剣の手元にあるのは、流線型の模様が美しい真紅の万年筆。成歩堂が、御剣の誕生日プレゼントとして贈ったものだ。
成歩堂との仲を取り持ってくれたといっても過言ではないから、御剣は殊更大切に扱っている。
――蘇る想い出に耽り、時折仕事が中断してしまうのは難点だが。
「お待たせした」
五分後。
きっちりファイルに綴じた書類を鞄に仕舞い、最後に万年筆を恭しい仕草で胸ポケットに差した御剣は、ソファで待っていた成歩堂の傍らに立った。
「時間通りなんだから、待ってないって」
あわせて立ち上がった成歩堂が、ニッコリ笑う。
言葉通り、成歩堂の丸い瞳には一週間ぶりに夕食を共にできる喜びが煌めいていて。
込み上げる愛しさに、つい、ポロリと、御剣の本心が口を突いて出てしまった。
「出掛ける前に――キス、してもよいだろうか?」
「!?」
成歩堂の肩が揺れ、一瞬にして首筋まで真っ赤になる。
パクパクと開いては閉じる唇は多分、唐突な申し出に突っ込みたかったに違いない。
けれど。
成歩堂は斜めに俯き、知らぬ者が聞いたら怒っているのかと勘違いしかねない口調で呟いた。
「そんな事、いちいち聞くなよ。………ダメな訳、ないだろ」
後半部分は、聞き取りにくい程の小声で。
「了解した。では、遠慮なく」
あまりの可愛らしさにクラクラしながら、御剣はそっぽを向いた成歩堂の頬を両手で包み。
少し強引に上向かせ。
御剣を待ち侘びているかのごとくうっすら開かれた花弁を、存分に味わった。