○この話は、オフ本『red&blue』(完売)に収録されている、『怜侍くんの恋人』の続編にあたります。
○とはいえ、ナルが綾里の秘術によりバービーサイズになった事だけご理解いただければ、読むのに支障はありません(笑)
「……また、真宵くんの菓子を取ったのか?」
厚い胸板の前で腕を組み、御剣は冷ややかに成歩堂を見下ろした。
とても高い位置から。
二人の身長差は数pの範囲内で。
お互い立っていて。
御剣が、椅子や机に乗っている訳でもないのにもかかわらず。
「今回は、ただのアクシデントだから」
精一杯首を曲げて御剣を見上げていた成歩堂は、いい加減疲れたので現状を打破する事にした。即ち、ソファにでも座ろうと考えたのである。
しかし。
「うう、届かない……」
長年応接室で使用しているソファへ腰掛ける事は、叶わなかった。
何故なら、今の成歩堂がどれだけ爪先立ちしても。両手を上へ伸ばしても。ソファの座面にすら到達しないサイズになってしまっているのだ。
「やれやれ。詳細を話してみたまえ」
御剣は肩を竦め、呆れたように首を振るお馴染みのポーズを決めると。片手で成歩堂を持ち上げ、ソファへ腰掛けて足を組み、腿に乗せた両手の上へ成歩堂を座らせた。
「成歩堂さま、本当に申し訳ございません……」
「ああ、春美ちゃん。大丈夫だって。気にしないでいいよ」
そこへ、所長室に入ってきた春美が泣きそうな顔で深々と頭を下げる。成歩堂は慌てて小さな手を振り、春美を元気付けようと殊更明るい口調で話し掛けた。
「ふむ。大凡の経緯は把握した」
「え? マジかよ」
「弁護士として相応しくない、粗雑な言葉遣いは止めるよう何度言ったら分かるのだ。―――推測するに、春美くんが不可抗力で貴様を小さくしたといった所だろう」
「……あってるし……」
前回、バービー人形サイズへと縮んだのは成歩堂がミスして真宵の怒りを買った為で。自業自得とも言える。だが今回、成歩堂は巻き込まれただけだった。
偶々、遊びに来ていた春美の術が暴走し。
偶々、近くにいた成歩堂へヒットし。
偶々、小さくなり。
術の種類も術者も違うのに同じ縮み方をする辺り、成歩堂に対する綾里の女性達の扱いが仄透けるけれど、それは見て見ぬ振りをした方がいいだろう。
兎にも角にも、素晴らしく優秀な頭脳で事態を掌握した御剣は表情を和らげた。
「そういう事であれば、面倒を見よう」
「ありがとう、御剣。ね、春美ちゃん。心配しないで行っておいで」
喜んでミニ成歩堂の世話をするであろう春美やみぬきが居るのに御剣を呼んだ理由は、一つしか思い当たらず。その御剣の読みは、また的中したようだ。
「でも………」
「ほら、みぬきも待ってるよ」
「御剣さん、パパをヨロシクお願いしますー」
「承った」
みぬきと出掛ける予定で上京していた春美は躊躇っていたものの、成歩堂達の後押しとみぬきの誘いを受け、最後には少し元気を取り戻して出発していった。
「食事の後は、風呂か」
「いやいやいや、一日くらい入らなくたって死なないし!」
「却下だ。それに遠慮する間柄ではなかろう」
「異議あり! 尤もらしい事を言ってても、笑い方がヤらしいん……うわぁっ!?」
ジタバタ暴れる成歩堂の身体から、次々衣類が剥ぎ取られていく。
力加減には最新の注意を払わなければならないけれど、人形サイズの抵抗など高が知れている。あっという間に丸裸にされた成歩堂は、お湯が入っているプラスチック桶へそっと下ろされた。
そして、御剣が取り出したのは―――綿棒。パシャン、と成歩堂の動揺を伝えて水面が大きく波打つ。
「み、みみみ御剣っ! それは止めろって!」
「異な事を。この間も、大層気に入っていただろう?」
玲瓏な貌に、婀娜な微笑みが浮かぶ。御剣も、以前成歩堂が小人化した時の悪戯を思い浮かべているのだろう。
成歩堂は温かなお湯に浸かっているというのに、忽ち酷い悪寒に襲われた。
「隅々まで、世話してやるから安心したまえ」
「安心できるかーっっ!」
精一杯の声で、異議を申し立てた成歩堂ではあったが。
懇切丁寧すぎるケアを受けさせられたのは、言うまでもない。